恐怖のトラ屋敷
40分ほど走った末に、トラックは、目的の場所にと到着しました。コバヤシくんとマユミちゃんも、ようやく、車の外に出してもらえる事になったのです。
ただし、そのままの状態で解放という訳にもいきませんでした。
まず、コバヤシくんは、携帯電話や探偵バッジなどを全て取り上げられてしまいました。もちろん、連絡・通信の手段を皆、奪ってしまう為です。これで、コバヤシくんの方は、持ち物を洗いざらい調べられて、せっかくの秘密の探偵道具も失ってしまいました。完全な丸腰にされてしまったのです。
一方のマユミちゃんは、もとから携帯電話すらも持っていなかった事が分かると、それほど念入りな持ち物チェックは受けませんでした。そもそも、彼女は、たまたま一緒に誘拐してしまっただけでしたし、まだ小さい女の子なので、特に用心する必要はないと判断されたのです。
それでも、トラックの荷台を下りる直前には、二人とも、目隠しをされたのでした。そのあと、二人は、偽タクシーの運転手に手を引かれて、目の見えない状態で、荷台の下まで誘導される事となったのです。
荷台を下りてからも、二人は、もくもくと歩かされました。さすがに、マユミちゃんも、やや不安になってきたらしくて、おどおどしながら、歩いていたのでした。コバヤシくんの方は、この手の冒険に慣れていたのか、おとなしく、相手の指示に従って、落ち着いて歩いているのです。
やがて、彼らは、命令されて、立ち止まったのでした。どうやら、最後の目的地にも着いたみたいなのです。ここで、ようやく、目隠しも外してもらえる事になりました。
目隠しの取れたコバヤシくんの目の前には、明るい空間が広がったのです。しかし、同時に、彼は、いろいろとハッとさせられる事になったのでした。
この場所は、何とも広い部屋の中なのです。コバヤシくんには、ここがどんな部屋なのかが、すぐに分かりました。ここは、大広間なのです。だから、こんな広い部屋だったのであります。しかも、ただの大広間ではありませんでした。コバヤシくんも、過去に見た事のあった大広間だったのです。
そう、この大広間は、あのセタガヤ区の怪しい洋館の中の一室らしいのでした。もっとも、そうだとすれば、少し妙なのです。今のこの大広間は、きれいに掃除されて、飾られていたのですから。コバヤシくんも知っている、すすけた空き家の状態とは、まるで違っていたのでした。
となると、ますます、おかしいのです。この部屋は、いつ、こんなに丁寧に装飾されたのでしょうか。そんな時間や余裕が、いつ有ったのでしょう?大体、セタガヤの洋館は、事件が起きた場所として、現在、警察の管轄下にあったはずでした。とても、こっそり忍び込む事さえも出来ないだろう、と思われるのです。
コバヤシくんは、何だか、異世界にあるセタガヤの洋館にでも迷い込んでしまったかのような、不思議な気分にと陥ってしまったのでした。
そして、こんな広い部屋の中で、コバヤシくんの手前の方には、老人が一人だけ、ふんぞり返って、立っていました。べっ甲メガネに八字ヒゲ、黒いオーバーに、黄と黒の二つの色の髪の毛のこの老人は、まさに、天野くんや大友くんから聞かされていた魔法博士の風貌にぴったり一致していたのです。
「勇気ある探偵助手のコバヤシヨシオくん。ようこそ、魔法博士の魔法の館へ」
コバヤシくんが問いかける前に、この老人の方が、元気な声で、先に自己紹介してきました。やはり、この老人こそは、かの魔法博士で間違いないのです。
と、この時、コバヤシくんは、そばに、マユミちゃんがいない事に気が付いたのでした。コバヤシくんの横には、あの偽タクシーの運転手が立っているだけです。この大広間には、コバヤシくん、魔法博士、偽タクシーの運転手の三人の姿しか見当たらないのでした。
コバヤシくんは、ちょっと、うろたえました。なんだかんだ言っても、やはり、幼いマユミちゃんの事が一番心配だったのです。彼女は、一体、どこに連れて行かれたのでしょうか。
「どうしたのかね、コバヤシくん」と、魔法博士が聞いてきました。
「あ、いや・・・」コバヤシくんは、口ごもって、ごまかしました。マユミちゃんの身を気に掛けている事がバレたら、自分の不利になるかも知れないと、とっさに判断したのです。
「まあ、驚いても当然だろうね。わしは、少年探偵団の副団長の大友くんに続いて、団長の君まで、軽く手玉にとってしまった訳なのだから。どうだ、わしの実力を思い知ったかね」魔法博士が、得意げに話します。
「さあ、どうだろうね。本当の勝負はこれからだよ」と、コバヤシくんも、負けずに言い返しました。
「ふふふ。強がりを言っていられるのも、今のうちだ。わしは、大友くん同様、君のことも、しばらくの間、この館で預かっていようと思う。気の毒だが、君のことは、誰にも見つけられはしないよ」
「いいや。アケチ先生だったら・・・」
「ほう、名探偵のアケチコゴロウの事かね。わしも、実はな、その事は頭に浮かんでおった。わしはね、こうして、少年探偵団の連中のことは、全員、知恵比べで打ち負かしてしまった。そこでだ、今度は、君の師匠であるアケチ探偵に挑戦しようかと思っておるのだよ。どうだい、面白い趣向だろう?」魔法博士が高らかに笑いました。
「うちの先生が、そう簡単に、お前なんかに負けてたまるか!」コバヤシくんも怒鳴ります。
「さあて、どうだろうね。君に約束しよう。間もなく、アケチ探偵の事も、わしは鮮やかに盗んでみせて、この館へと連れてくるとな。君の事務所の人間は、ことごとく、わしの前に敗北して、ひれ伏するのだ」
魔法博士は、なんとも不気味な予言をしてみせたのでした。それから、彼は、キッと、偽タクシーの運転手の方に目を向けたのです。
「おい。この勇気ある探偵助手を、客人の部屋まで連れて行きなさい。あくまで、丁重にな」
命令された運転手が、コバヤシくんの体を小突きました。どうやら、この男は、コバヤシくんの事を、どこかの部屋に連行するらしいのです。恐らくは、牢屋へと監禁されてしまうのでしょう。
運転手がせっつくので、コバヤシくんは、やむなく、移動する事にしました。でも、その時、彼は、運転手が拳銃を持っていなかった事に気付いたのです。コバヤシくんの方も、今はいっさいの束縛を受けていませんでした。両手も両足も完全に自由な状態だったのです。
コバヤシくんは、頭の中で、素早く、いろんな事を計算しました。
運転手はコバヤシくんの背後に立ち、コバヤシくんを前に歩かせています。そうして、二人は、大広間の入り口のところにまで辿り着いたのでした。コバヤシくんが先に立って、入り口のドアを開きます。
次の瞬間でした。コバヤシくんは、猛ダッシュで、ドアの向こうへと走り出したのです。
「あ、待て、この野郎!」後ろの方で、慌てた様子で、運転手が怒鳴っていました。
でも、もちろん、コバヤシくんは立ち止まる気などはないのです。彼は、さらに全力を出して、走ったのでした。
大広間の入り口のドアの向こうは、廊下だったのです。かなり長い廊下でした。だけど、やはり、見覚えのあるセタガヤの洋館の中の廊下だったので、コバヤシくんには、おおよその間取りが分かったのです。だから、このまま、洋館の玄関まで突っ走る事だって難しくはなさそうなのでした。幸い、見張りだった運転手は、飛び道具を持っていませんでしたので、うまく行けば、コバヤシくんの脚力なら走り逃げ通す事もできそうなのです。
もっとも、コバヤシくんは、一人だけで逃げる気はありませんでした。
「マユミちゃーん!マユミちゃん、どこにいるんだい!」と、彼は、走りながら、叫び続けました。
実は、コバヤシくんが逃走したのは、自分が逃げる事以上に、早く、マユミちゃんの安否を確かめたかったからなのでありました。
照明がまぶしく灯っていた大広間とは違って、廊下はひどく薄暗い状態でした。電灯が消えていた上に、外もすでに夕方だったらしく、日差しが入ってこなかったのです。それでも、そんな視界の悪い中を、コバヤシくんは、頑張って、走り続けたのでした。
おや。廊下の向こうの方で、何かが光っているのです。それは金色でした。金色の大きな固まりが、なにやら、廊下の上に、どんと置かれているのです。
しかし、コバヤシくんは、不用心にも、その金色の物体のそばに、走って、接近していったのでした。背後から追い掛けられている以上は、もはや、彼には前進するしかなかったのです。
突如として、その金色の物体が上方へと大きくなりました。いや、膨れ上がったのではありません。それは、ムクッと立ち上がったのです。その物体とは、実は動物なのでした。
数メートル手前にまで近づいて、コバヤシくんにも、ようやく、その金色のものの正体が見抜けました。彼は、ギョッとして、目を見開く事になったのです。
その謎の物体とは、虎でした。全身が金色に光った、大きな成獣の虎なのです。その虎が、コバヤシくんの方に体を向けて、鋭く睨んでいたのでした。金色の虎とは、なんとも、美しくて、面妖なのです。
虎は、コバヤシくん目がけて、大声で吠えました。それどころか、今にも飛びかかってきそうな体勢まで構えているのです。
「うわあああっ!」たまらず、コバヤシくんも悲鳴をあげたのでした。
彼は、無我夢中で、回れ右をすると、急いで、今来た方向に逃げ出そうとしました。虎に襲われるよりは、人間に捕まった方が、はるかにマシなのです。
ところが、あまりに驚きすぎたせいか、コバヤシくんの体は力が抜けてしまっていて、少し走っただけで、足がもつれて、その場に倒れてしまいました。
「バカな小僧だ。これで分かったかね。君がどう頑張ろうと、この館からは逃げ出す事ができないのだ。この虎は、この館の番人だよ。インドから来た猛虎ヨーガだ。よおく覚えておきたまえ」
廊下にうつ伏せているコバヤシくんの耳に、上の方から、そんな魔法博士のあざ笑う声が聞こえてきました。
コバヤシくんが、そっと頭を上げてみます。すると、目の前には、魔法博士と、それと、あれほど探していたマユミちゃんが、魔法博士に手を握られて、その隣にと、キョトンとしながら、立っていたのでした。




