天野くんの冒険
不思議な方法で塀を上っていくロボットの姿を眺めているうちに、天野くんは、ふと、このロボットから貰ったチラシの紙を思い出しました。
その紙には、ただ、上の方へと矢印の先が伸びたイラストが描かれていたのです。もしかすると、この図は、ロボット自身が地面から宙へ浮かび上がってみせる事を予告したものだったのではないのでしょうか。
果たして、この予想が当たっていたのかどうかは分かりませんが、しかし、もし、この推理が正しかったとすれば、この謎のロボットは、わざと、自分が塀を上る様子を、天野くんに見せていた事になります。
さて、天野くんがそんな事を思いふけっていた間に、当のロボットは、とうとう、塀の頂上にまでよじ上ってしまいました。ロボットは、途中は飛ぶように浮かんでも、最後は、きちんと手と足を塀のへりにかけて、塀のてっぺんに姿勢よく立ってみせたのです。
そのあと、このロボットは、ぴょんと、塀の向こう側に飛び降りてしまいました。その姿は、天野くんの方からは、全く見えなくなってしまったのです。
この塀の向こう側には、大きな洋館が立っていました。この塀だって、もともとは、その洋館の周りを取り囲んでいた塀だったのです。そして、この洋館の持ち主については、近所に住んでいながらも、天野くんも詳しい事は知らなかったのでした。
一説では、この洋館は空き家らしいとも言われていました。誰かが住んでいたのかどうかも、分かっていなかったのです。
だから、天野くんは、あのロボットのことが気になりはしたけれど、しばらくは戸惑っていて、その場に立ち尽くしていたのでした。
なぜ、あのロボットは、あんな奇怪なやり方で、この館の塀を上ってみせたのでしょうか。その行為自体は、すでに十分に不法侵入の犯罪行為だとも言えます。でも、もし、このロボットが、この館の持ち主か、その知り合いだったとすれば、そこまで悪い事をしたとも言えなくなってくるでしょう。
天野くんは、そんな事を思い巡らしてしまったものだから、この先、どうすればいいかが、判断できなくなってしまったのです。
その時でした。
「きゃあああーっ」
そんな女の悲鳴が、塀の内側から聞こえてきました。若い女性の声です。どうやら、洋館にいた誰かが叫んだ声らしいのです。
もしかすると、この洋館の中の住人が、さっきのロボットに襲われたのではないのでしょうか。そのように考えれば、今の悲鳴も合点がいくのです。そして、もし、そうだったとすれば、あのロボットは、やはり、強盗か何かの悪い奴だった事になります。
これで、迷っていた天野くんも、ようやく、決心がつきました。
彼は、洋館の中にいた住人の女性を助けるべく、この洋館の中に乗り込む事に決めたのです。今の悲鳴を聞いたのが、きっと、天野くんしか居なかった以上は、もはや、彼しか、洋館の中の被害者を救える人物はいません!
そして、何よりも、天野くんは、例のロボットのことが気になって、すでに、居ても立っても居られなくなっていたのでした。天野くんは、早く、事の続きが知りたくて、抑えきれなくなっていたのです。
と、このように書くと、皆さんは、天野くんがずいぶん勇敢な少年であるかのようにも思えたかも知れません。
だけど、天野くんが、勇気があって、行動的だったのも、当たり前だったのです。だって、彼の尊敬するイトコのお兄さんは、あのコバヤシくんだったのですから。
そう、かのアケチコゴロウ名探偵の一番助手であるコバヤシヨシオくんです。天野くんは、普段から、コバヤシくんからは、ワクワクするような冒険談や手柄話をいっぱい聞かされていたのでした。だったら、コバヤシくんのイトコである天野くんにしても、いつかは、コバヤシくんのような素晴らしい活躍をしてみたいと思ってしまうのも、当然の話だったのであります。
そして、今この時こそ、どうやら、そのチャンスが訪れたらしいのです!
天野くんは、キョロキョロと周囲を見渡してみました。すると、今しがた、通り過ぎた付近に、ちょうど、この洋館に入るための門があったのです。そこだけが塀が途切れていて、中への入り口になっていたのでした。
天野くんは、別に悪い事をしようと企んでいるのではありません。だから、彼は、堂々と、その門から洋館へと入っていく事にしたのです。
門には、鉄格子の扉がついていましたが、その時は、なぜか、大きく左右に開いていました。さっきから開いていたのかどうかは分かりません。でも、天野くんにとっては、とても好都合の状態だったのです。
彼は、臆せずに、門をくぐり抜けました。
門の先には、早くも、洋館の大きな外観が見えています。その玄関も、まっすぐ正面にあるのです。
そのまま、玄関の方へ突き進もうとした天野くんでしたが、そこで彼はハッとして、立ち止まりました。
よおく考えてみますと、今、この洋館の中では、賊であるロボットが、何か悪い事をしている最中かも知れないのです。洋館の住人だって、この悪者ロボットの手中に落ちていて、ひどい目に合わされている可能性があります。何よりも、先ほどの女性の悲鳴が、その憶測を裏付けているのです。
だとすれば、このまま、のほほんと、正攻法で玄関から洋館に入るのは、たいへん危険な行為なのではないのでしょうか。天野くんが危ないだけではなく、洋館の住人にまで、もっと危害が及ぶ恐れがあります。となると、この玄関からは、じかに洋館の中へは入らない方が良さそうなのです。
そんな事を瞬時に思い浮かべて、天野くんが困って、立ち往生していますと、ふと、彼の目には、地面に書かれた何かが目に入ったのでした。
それは、地面の土を引っ掻いて描いた矢印なのです。この洋館の玄関前の地面には、なぜか、そんなイタズラ書きが残っていたのでした。
いや、それは、ただのイタズラ書きではなかったのかも知れません。先ほどだって、例のロボットが天野くんに手渡した紙には、矢印が描かれていたのです。
だとすれば、この地面の矢印も、あるいは、あのロボットが書いたものではなかったのでしょうか。しかし、何のために?ひょっとしたら、この矢印の先に自分は向かったと言う、ロボットのメッセージだったのでは?
何だか、よくは分かりませんが、とにかく、この矢印の先頭は、玄関の方へではなく、違う方角へ向いていました。その矢印どおりに進めば、洋館の壁に沿って、回り道して、進む事になるのです。
どうして、あのロボットがこんなメッセージを残していったのかは知りません。そもそも、本当に、あのロボットが書いた矢印かどうかも怪しいのです。
しかし、それでも、天野くんは、とりあえず、この矢印の導く方向に進んでみる事に決めました。もしかすると、この矢印は賊の罠の可能性もあったのですが、それでも、あまりに不思議な出来事の連続だったので、天野くんとしても、素直にその謎を探ってみたくて、仕方なくなっていたのです。仮に、これが罠であったとしても、その時は、罠の直前で、うまく機転を利かせて、逃げ出せばいいだけの話なのであります。
かくて、そのように考えをまとめた天野くんは、地面の矢印がさす方角に向かって、果敢に歩き出したのでした。




