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ジークさんと一緒に帰宅すると家の前に豪華な馬車が二台、止まっていた。
一台は王家の紋章が入ってるので国王が乗ってきたものだろうが、もうひとつは誰のものだろう。
なんとなく嫌な予感がして家の中に入るのを躊躇った私にジークさんが首をかしげる。
「スザンナ?どうした?」
なんと言えばいいのだろう。
嫌な予感がするから家に入りたくない?今は入らない方がいい気がする?うまく説明出来ずにいると突然家の中から固いものが倒れるような大きな音がした。
慌ててジークさんと家の中に駆け込むといつも皆で食事を取っていたテーブルがひっくり返されているのが目に入る。
テーブルを囲むようにソニアさんとお父さんが立っていて二人の男性と向き合っていた。
二人の男性は入り口から入ってきた私達に背を向ける形で立っており、一人は服装から国王だと分かる。
ではもう一人は?後ろ姿だけだと背の高い男性ということしか分からない。
「ふざけるな!!」
いきなりお父さんの怒鳴り声が響き私はびくりと肩を揺らす。
「今更そんな事が罷り通ると本気で言っているのか!?お前が俺達家族にした仕打ち、忘れてないぞ!!」
「金は払うと言っているだろう。それに元々あれは我が公爵家のものだ」
「この野郎っ……!」
お父さんが男性の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした瞬間、私はその腕にしがみついた。
「お父さんやめて!」
「スザンナ!?」
驚き目を見開くお父さんを安心させようとぎゅっと手を握る。どんな理由でもお父さんに暴力を振るって欲しくはない。
そんな私の肩を誰かが掴んだ。
思わず振り返るとそこにいたのは、かつて父と呼んだ人。母を拐い、母に暴力を振るい殺した公爵だった。
「喜べ、お前をまた公爵家で受け入れてやる。帰るぞ、スザンナ」
公爵がそう口にした瞬間、私は肩を掴む彼の手を振り払った。
「触らないでください」
はっきりとした拒絶に公爵が目をつり上げる。
「こんなボロ小屋のどこがいい、クレアもお前もなぜ私に従わない!親子揃って愚か者め!」
「いい加減にっ――」
拳を握り振り下ろそうとしたお父さんの手を慌てて抑え込むと私はまっすぐに公爵を見つめた。
正直なところ、公爵には母への仕打ちに対して恨みがある。けれど幼い私が生活していけたのはこの人のお陰でもある。
「幼い私が暮らしに困らず過ごせたことは感謝しています。けれど私はもうあなたとはなんの関係もない人間です。なぜ今更私を引き取りたいと仰るのかわかりませんが、公爵様の元に行くことは一生ありません」
「貴様……っ小娘の分際で私に逆らうのか!」
ハッキリとした拒絶に公爵は顔を真っ赤にして怒鳴り拳を振り上げた。
殴られると思って身構えた私をお父さんが引き寄せ守ろうとし、さらにジークさんが庇おうと公爵との間に入ってくれたが振り上げられた拳は国王によっていつのまにか押さえつけられていた。
「そこまでだ。お前がかつての仕打ちと今回の事に関して詫びたいと言うから連れてきたが……私を謀り、このように見苦しい真似をするとは。弟を守った功労者を引き込めば私が公爵家を罰しないとでも思ったか」
「っぐ……しかし陛下!そもそもスザンナがいなければマリーナが苦しむことも、使用人が道を踏み外すことも無かったのです!!スザンナさえいなければクレアもその男ではなく私を愛したはずなんだ!スザンナさえいなければっ!!お前など生まれてこなければ良かったのに!!」
国王の呼んだ騎士達によって取り押さえられた公爵は私を睨み付けながら喚き散らす。
「愚か者はお前の方だ。使用人一人御することも出来ない者に爵位はやれん。公爵家は取り潰す事とする。娘は下級貴族の養子に、公爵……いや元公爵、お前は一兵卒として北の荒野に送る。そこで自分を見つめ直すのだな」
「そんな!?陛下!なぜそのような者共を庇うのです!?スザンナお前が何か吹き込んだのか!?陛下、全てはその娘が悪いのです!!」
「……聞くに耐えないな、連れていけ」
国王の言葉を受けてなおも喚く公爵は騎士達によって連れ出された。
喚き声が遠ざかり、家の中は急に静かになる。
「これでもうお前たちが公爵家に害される事もないだろう……昔はあの男も心優しき貴族だったんだが、人は変わってしまうものだな。不愉快な思いをさせてすまなかった」
国王がそう告げると騎士を連れて出ていってしまった。
「……国王様が罰したから手打ちにしろって言っても……納得なんか出来る訳がないだろ……」
倒れたままだったテーブルを起こしながらお父さんが呟く。
「それでも罰を与えてくださったのは確かだわ」
今まで黙っていたソニアさんがそう告げる。ソニアさんは少しだけ目を伏せたかと思うとすぐに顔を上げて微笑んだ。
「忘れる事も水に流すことも難しいけれど……今はまた家族が揃った事に感謝しましょう」
お父さんもソニアさんも、お母様の事があってからいろんな気持ちを抱えてきたのだろう。
私だって思うところはある。
罰を与えたからすぐに許せる訳じゃないし、気持ちの整理だってつけられない。
だけどもう公爵家と関わることはないし平穏な暮らしに戻れるのも事実だ。
その事だけは感謝できる気がした。
◇◇◇
あの出来事から早いもので一ヶ月が過ぎていた。
私は日常を取り戻し、リンダさんのお店に復帰していたしジークさんは空き家を買い取って村に住み始めた。
その理由を尋ねた時、ジークさんは私にこう言った。
「スザンナと離れたくないからここで暮らすことにした」と。
その意味がどういうものなのか、私が期待するようなものなのかはまだはっきりと分からない。
けれどこの時、私は自分がジークさんに恋心を抱いていることを自覚してしまった。
私と離れたくないと言ってくれた事が嬉しくて、もし生涯を共にするならこの人とがいいと思った。
はっきりプロポーズされたわけでもないしお付き合いしようと告白されたわけでもないけれど。
多分私はこの人とずっと一緒にいるような気がしてる。
ジークさんは人気者過ぎてライバルが多いけれど、この際だから私からはっきりと伝えてみようと思う。
決意を固めたある日のこと、私は仕事を終えたばかりのジークさんを湖の近くに呼び出した。
ここは私の両親の思い出が詰まった場所。
少しでも力を貰えたらと思いこの場所で伝えることにした。
「スザンナ、話ってなんだ?」
私にまっすぐ向き合いながらジークさんが首をかしげる。
その何気ない仕草すら恋心を自覚してから愛しく思えて仕方ない。
私はうるさいほど鳴り響く鼓動を抑えながらゆっくりと口を開いた。
「私、ジークさんの事が好きです」
そう伝えた時のジークさんの笑顔を私は一生忘れないだろう。




