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そして伝説の騎士は。

「いっちに! いっちに!」


「いっちに! いっちに!」


 陽の光にさらされて暑いのか髪を汗で額に貼りつかせて、子供特有の甲高い声を出しながら足踏みする可愛い私の天使。タライに入っている洗濯物を、泡まみれの足で踏んでいく。


「毎回洗濯するのも一苦労だわー」


「ひとくろーだわー」


 腰を軽く叩いていると、銀髪の天使も私の腰を叩いてくれた。可愛い。マジ天使。


「ありがとう。はぁ、まさか魔法が使えないとはねー」


「まほー?」


「そうよ。便利なのよ」


 あの時、灰色の渦に巻き込まれた私は、その強い力ごと温かな薄い膜で包まれたのを感じた。そして気づくと森の中にいたのだ。

 薄い膜は結界のようだった。その強固な結界の中で私は天使を産む。私には見えないけど、その時だけは精霊が助けてくれたようだった。

 むせ返るような緑の香りを感じつつ、私を包んだ温かな薄い膜はそのままテニスコート二つ分くらいの広さになる。小さなログハウスとその横には畑があり、常に色々な野菜がたくさん実っている。手押しポンプの井戸もあり薪も自然と常備されていた。

 あとはもうとにかく家事と育児に勤しんだ。結界内では魔法も使えなかったため、すべては手作業だった。天使の成長は早く、一年経っていないのに三歳くらいに見える。やっぱりオルの血をひいているからかな。


「いっちに! いっちに!」


 一生懸命タライの洗濯物を踏む天使を見て、少しだけ不安がよぎる。いつまでこのままなんだろう。灰色の力は感じられなくなったけど、どうなったんだろう。そして……。


「ママ!」


 切羽詰まるような叫びに、ハッと顔を上げる。

 そこには、呆然と立っている愛しい愛しい人がいた。


「……っ!!」


 湧き上がる喜びに、ただただ言葉もなく立ちすくんでいると、転がるように裸足で駆けていく天使。我に返った私は慌てて制止しようとしたけど、力強く逞しい私の大好きなオルは迷うことなく天使を抱き上げた。


「やっと会えた!! 俺の息子!!」


 天使の喜ぶ声に、私は目の前が霞んで見えなくなっていく。そんな私の前に、愛しい人は天使を抱いたままゆっくり歩いてくるのが気配で分かる。


「エンリ、ほら、おいで」


 子供じゃないんだからって文句を言いたかったけど、涙と鼻水でグシャグシャな私はただ頷いて腕を伸ばして抱きつく。逞しい腕と胸筋に包まれて、懐かしい柑橘系の香りをクンカクンカする。


「相変わらず、犬みたいなヤツだな」


「オル、オル、大好き」


「俺も大好きだ。愛してる、エンリ」


「パパ?」


「おう、お前のパパだ」


 片腕で軽々と抱いている天使のほっぺに、無精髭をスリスリさせて「ひゃぁー」と言われているオルに、私は首を傾げる。


「ねぇ、オルはなんでこの子を息子だって分かったの?」


「そりゃ分かるだろ」


「だって、ほら、髪の色が……」


 超絶に可愛い私の天使は銀髪で、目はオル譲りの青い色をしている。生まれたばかりの頃は灰色だった髪が、数ヶ月経つと銀色になっていったのは驚いた。そして灰色の力も感じられなくなったから、きっと天使が頑張ってくれたんだろうと思っている。


「銀髪は『精霊に愛されしもの』だからな。遺伝でなるものではない。それにな……」


 オルはそう言いながら、天使と私の交互にキスの雨を降らせている。器用だなと笑ってしまう。


「こんなエンリにそっくりの可愛い天使が、俺の子じゃないわけないだろう?」


 そう言って男臭くニヤリと笑ったオルは、私に今度は深いキスをして抱き上げると、そのまま寝室に行こうとする。その瞬間、後ろに控えていた森の薬師様が思いっきりオルを引っ叩いて「ほら、僕が付いてきて正解だったでしょう」と、ため息まじりに呟くのだった。

 ありがとう薬師様!!

 オルのバカ!! スケベ!! 大好き!!







 それからは、特に言うこともないけど……少しだけ。

 森の薬師様と可愛い奥様にお礼を言って泣かれて、王都にいる魔法使いと影にいる可愛い奥様にお礼を言って泣かれて、お世話になった人達にお礼を言って泣かれたりした。

 ちなみに、私の実家には必ず連れて帰ると言ってたらしく、両親と妹に天使を見せたらやっぱり泣かれた。


「ほら見ろ、エンリが、無謀なことを、するからだ。反省しろ」


 オルが憮然とした顔で私に言ってくるけど、言葉の合間にデコちゅーしてたら反省できないよ?

 そして、子供はエルトーデではなく、地球側で育てることにした。理由は色々あるけど、一番は親に孫の成長を見せたかったからかな。元々は日本の神様の穢れだった灰色の力を天使は持っているからってのもある。


「じゃ、仕事に行ってくる」


「はーい、いってらっしゃい」


「パパいってらっしゃい」


「いい子にしてろよ、俺の天使たち」


 その素晴らしい筋肉にぴったりと合うスーツを着こなしたオルに、甘く微笑まれた私は今日もメロメロだ。毎朝の事とはいえ、その甘い空気に両親も妹も生温かい目で見ている。


「はうぅ、オルかっこいい」


「はうぅ、パパかっこいー」


 うっとりする私に抱かれた天使もうっとりとしている。


「ちょっとお姉ちゃん、それ大丈夫なの?」


「しょうがないわよ。オルさん格好良いもの」


「母さんまでうっとりしている!?」


 後ろで私の家族が言い合っているのを見て、天使がキャッキャと笑う。

 私も笑う。




 そして、週末には異世界に行く。

 彼の国で、私の騎士は未だ現役なのだから。







完結です。

お読みいただき、ありがとうございました。




別作品ですが『オッサン(36)がアイドルになる話』絶賛連載中です。

こちらもよろしくお願いします。



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