エピローグ
鬼火の森に降っていた冷たい雨は、激しい雷雨に変わっていた。雷雨の原因となった激しい炎が次第に鎮火されてゆく。黒の勇者と騎士団の戦闘は、熾烈を極めた。あくまで周りから見ればの話だが。
選び抜かれた騎士団の精鋭が大規模な魔法を使うが、アリッサの魔素を吸収した黒の勇者の力は、まさに規格外のモノになっていた。騎士団の者を殺さぬように、地形を変えるほどの黒の波動で、騎士団を撤退させることに成功した。
レイトは森を一人で歩き、これから何処に行くべきか考える。もう、愛する人は居ない。信頼できる人も殺された。王都へは当然戻れない。そんなレイトが行っても、大丈夫な場所。それはあの一族が住む村しかない。
騎士団に狙われる自分が行って大丈夫か心配だが、今はそんなことを言っていられない。それに、サラドルもダメージを負って、すぐには追撃を再開できないはずだ。魔物の侵攻も常に警戒しなければならない。しばらく身を隠せば騎士団も諦めるはずだ。
(それに……新しい問題も発生したしな……)
レイトは自分の右手に目を落とした。先ほどの戦闘で力を使った時にハッキリと感じた。このまま、力を使い続ければその内死ぬ。異界人であるレイトの身体と、この世界の人間であるアリッサの魔素は完全に馴染んでいない。
それを馴染ませずに力を使えば身体は死へと向かう。時間がどれだけかかるか分からない。それでも、いつか来る『その日』に備え、やらなければならない。彼女とした最後の約束を果たすためにも。
レイトは呪われた一族の住む村へと足を向け、闇の深い森へとその姿を消した。
黒の勇者と姫の逃亡。王都では二人は行方不明として処理された。総隊長であるガノの死も謎のまま、闇へと葬られた。新しい総隊長にはサラドルが就任。キャリアが最も長い彼が就任する事に、異を唱える者は少なかった。
ギルドとの同盟、魔物の警戒、村や町の復興。サラドルの指揮の下、新体制となった騎士団は全てが順調に進んでいた。そして、時は流れ、いつしか黒の勇者と蒼い女神は伝説となった。様々な噂が流れるが、真実は誰にも分からない。
――二人は死んだ
それが最も有力な説とされ、10年の月日がたった。
姉と同じ蒼い髪を肩に切りそろえたシエルは17歳となった。そして、城の地下にある、とある部屋に足を踏み入れた。石が敷き詰められた部屋の真ん中には、「あの魔法陣」が白線で書かれている。
「これが召喚魔法の陣」
シエルは膝を曲げ、白線に触れた。姉とあいつが出会う事となった魔法陣。姉は死んだと言われているが、シエルは信じていなかった。あの人はきっと今もどこかで生きている。だから、王位を継ぎ、名前を轟かせる。そして、姉に気付いてもらう。
そのためにも、異界人を召喚しなければならない。姉を超えた証明、それを父イェノムに示すためにも。
「大丈夫、あたしならやれる……!!」
シエルは両手を陣につき、魔力を流し込んだ。陣が蒼白い光を放ち、中央に光が集まる。かなりの魔力が陣に持って行かれる。油断すると、意識を失いそうだ。シエルはグッと歯を食い縛り、意識を繋ぎとめる。
中央に集まった光がバンと音を立てて弾けた。そして、中から「アイツ」と同じ黒い髪を持った少年が現れた。中性的な顔をした少年が目を開ける。シエルと目が合うと、目を丸くした。
(あいつもこんな風だったのかな)
そんなことを考えていると、少年が口を開いた。
「君は……?」
彼は本当に異界人のようだ。辺りを見渡し、心ここにあらずと言う感じだ。召喚魔法は成功した。安堵と喜びが入り混じり、左手を腰に右手の人差し指を少年に向けた。そして、勢いで高らかに叫んだ。
「あたしの王位継承を手伝いなさい!!」
「え!?」
驚いた少年が『勇者』と呼ばれるようになるのは、もう少し先の話。
「魔力が揺れた……」
伸びた黒髪を後ろで束ねた男は空を見上げた。そこにはあの日と同じ、灰色の雲が広がっていた。もうすぐ、雨が降る。広大な森の中で雨に当たることは避けたい。すぐ村に戻らなければ。
「ロリフィ! 帰るぞ!」
腰まで伸びた赤い髪を揺らし、彼女は振り向いた。10年の間に彼女は、大人の女性へと成長していた。スラッと伸びた細い足に、引き締まった腰、視線を惑わす張りのある胸。そして、『あの人』と対照的な紅い瞳は、燃えるように輝いている。
「はーい。雨降る前に帰りたいね」
彼女は男の隣に立つと、二人は並んで自分たちが住む村へと向かった。男は何故、今になって魔力の揺れを感じたのかを考えていた。
(まさか、誰かが召喚されたとか)
自分と同じ異界人が召喚された。根拠はない。ただ、そんな気がした。そして、それを確かめなければならないことも。
「レイト君、何考えているの?」
ロリフィが心配そうな顔で覗きこんできた。10年も一緒に居れば、隠し事は出来ない。だが、言葉で伝えることもできない。これは自分に課せられた使命なのだから。
「なんでもないよ」
男は笑みを浮かべ、空を見上げた。雨の匂いはもうすぐそこまで来ていた。
(どんな奴か楽しみだな)
ただ、漠然とそう思い、笑みがこぼれた。
やがて出会う二人の異界人。彼らの運命が交錯するのはもう少し先である。しかし、運命の糸は少しずつ彼らを引き寄せようとしていた。




