第50話 逃げるぞ
次の日の早朝、二人は街を出発した。あまり長居すると騎士団の捜索網が街にまで広がるかもしれない。乗馬したまま、山の向こうに昇る朝日を見つめた。何処まで逃げて、いつ王都に反撃をするか、それを考えるが今は身の安全を確保する事が先だった。
騎士団以外にレイトに味方をしてくれそうなのは、呪われた一族くらいだ。しかし、王国のいざこざに彼らを巻き込むわけにはいかない。ただ、鬼火の森の奥に住むドラゴンなら、力を貸してくれるかもしれない。
それにドラゴンを利用すれば王都に空から襲撃をすることが出来る。流石にイェノムとサラドルも空から強襲されることは、予想にしていないだろう。今はただ、鬼火の森へと急ぐしかなかった。
道中で魔物に襲われ邪魔されたが、レイトがこれを討伐。しかも、近くの街に寄った際、部位を売ると結構な金になった。そう言えば、朝から何も食べていない。お腹の虫が鳴り始める。アリッサに目をやると、お腹を抑えている。相当、減っているようだ。
「何か食べるか」
「そうですね。お腹すきました……」
馬を旅人に解放されている小屋に入れて、街を歩く。商業都市ラムザほどではないが、ある程度の大きさがある街だった。適当な店を見つけ、二人で入る。人はいるが、混んでいると言うほどではない。目立たない様に奥の席に向かい合って座る。
適当なメニューを頼むと、パンとサラダ、ソーセージが出てきた。ゆっくりとそれを口に入れる。鬼火の森に最も近い、王国領土内の都市は城塞都市「マルク」である。マルクまではもう数日かかる。
食料は最悪、魔物や獣を殺せばなんとかなる。ただ、マルクまで何も補給できないことも事実である。それにマルクに辿り着く頃には、勇者と姫が王都を脱出したと言う情報が、届いているかもしれない。
レイトは目の前で食事を続けるアリッサに目をやった。彼女の蒼い髪は人混みでは目立つ。それは黒髪であるレイトも同じだ。この街にも少ないが王国の兵は入る。
彼らの耳には何処まで情報が届いているのだろう。今後、捜索の目が厳しくなるのなら、街での買い物も厳しくなるかもしれない。買える時に必要な物を買っておくべきか。
パンを手に取り一口かじる。ゆっくりご飯を食べる機会も減ってゆくだろう。この状況が長引けば長引くほど、こちらは不利になる。力押しで勝てていた、今までの戦いとは違う難しさが、この戦いにはある。
知性を持った相手はとてもやっかいだ。しかも、規模も物量もこちらは圧倒的に不利。前の世界に居た時、読んだ本に、不利な状況でこちらが勝つには短期決戦に持ち込み、相手のトップを速やかに打ち取るしかない。と書いてあった。
実際の戦いにそれが通用するかどうかは別にして、この戦いに勝つには確かに、それしかないように思える。しかも、今回の敵はイェノムとサラドルだけだ。彼らに率いられる兵たちは自分の役割をこなしているだけに過ぎない。
必要以上は巻き込みたくないと言うのが本音だ。王国と敵対する道を選んだ以上、この手にかけることもあるかもしれない。しかし、それも最小限に抑えたい。現実は問題だらけで、障害だらけだ。
そう思うと、重いため息が漏れた。
「大丈夫です。二人ならなんとかなります」
アリッサは凛とした表情でパンをちぎり口に入れた。彼女はどんな時も状況では、下を向かない。そのくせ、落ち込む時はとことん落ち込む。ポジティブなのか、ネガティブなのかよく分からない。ただ、今の状況で味方が居るのは心強かった。
もし一人なら、知らない世界での孤独に耐えられなかったかもしれない。周りは知らない人と、味方だと思っていた人間は全て敵。何処から狙われているのか分からず、精神は摩耗してゆく。まとな判断も思考も出来なくなり、復讐心だけで動いていたかもしれない。
幻の勇者はどうだったのだろう。ふとそんなことを思った。彼は逃亡の果て、王国に殺された。恐らく殺したのはイェノムだろう。確証は無いが、その魔素を吸収した可能性だってある。異界人と王族の血の混合種を生みだし、魔物たちを退ける絶対の力を得る。
アリッサとシエルは異界人と王族の血を受け継いでいる。そして、異界人だけに宿る固有魔法もアリッサは使える。だとすれば、シエルにも特有の魔法が発現するはずが、今の所その兆候はない。普通の魔術師よりも優秀だが、少しと言った程度だ。自分やアリッサのように絶対的ではない。
それに、シエルはきっとスペアに違いない。イェノムは計画から離反したアリッサを殺す気かもしれない。だとすれば、シエルにも同じことをしようとするだろう。今度はなりふり構わず。また、自分のように異界人が呼ばれるかもしれない。
しかも、魔物の侵攻を止めるのではなく、殺されるだけの道具として。
(異界人は道具じゃない)
パンを握る手に力が入る。自分の両親は金を生む道具と見られ、犯人に殺された。他人を自分の都合の尺度で考え、その人の命を軽視し、命を奪うという行動を許すことは出来ない。たとえ、国を守ると言う大義名分がイェノムにあったとしてもだ。
食事を終えて店を出た。二人とも黒のフードをかぶり、気配を消す。人混みに紛れ、露店の並ぶ道を歩く。保存食など、野営に必要そうなものを見つけて次第、買っていった。一通り、荷物を揃える頃には、手持ちの金が無くなった。
「大分、補給できましたね」
「そうだな。マルクまでは余裕で持ちそうだ」
レイトは荷物の入った袋を肩にかけた。馬を置いた小屋へと、人混みをかき分け進む。多くの人とすれ違うが、違和感に気がつく。
(誰かに見られてる)
フードを被っているため、すれ違う人には見られるが、その視線は遠くから監視されるような、まとわりつくものだった。レイトは目に魔力を集中させ、辺りを見渡す。
(いた。二人組か)
人混みの向こうで二人の男がこちらを見ている。旅人のような格好なので、王国の人間ではない。しかし、背中にはそれぞれ、弓と大剣を背負っている。王国の兵以外に街で武器を持っているなんて、今ではギルドの人間か賞金稼ぎくらいだ。
王国騎士団の隊長クラスには裏で賞金がかけられていることがある。王国と帝国が戦争していた時は、そのせいで暗殺された人もいるそうだ。その名残で強者と言われる者には、賞金がかけられることがある。何処の誰が金を出しているのか、全くの不明で。
魔物の侵攻を止めた英雄、「黒の勇者」。王国の誇る最高クラスの魔術師、「蒼の女神」、裏で賞金がかけられても不思議ではない。
「レイトさん。どうしますか?」
アリッサも男たちに気付いている。戦えば負けないが、騒ぎを起こすのはマズイ。騒ぎは噂となり、騎士団の耳に入れば、居場所がばれる。
「逃げるぞ」
アリッサの手を握り、人混みをかき分け疾走する。裏の道へと入り、狭い路地を通って馬小屋を目指した。馬小屋まであと少しに迫った二人の足元に、矢が一本打ち込まれ、足を止められる。
「黒の勇者と蒼い女神だな」
脇から大剣を握った男が出ていた。弓を打った男は建物の上からこちらを狙っている。どうやら、先周りされていたようだ。向こうはこの街に相当詳しいらしい。
「だったらどうするんだ?」
大剣の男は剣を構えた。
「その首、貰い受ける」
屋根の上に居る、男が矢を放つ。レイトは魔法障壁を前面に展開し、矢を防いだ。そして、アグナの宝剣を腰から抜き、男の大剣を受け止めた。
「流石、黒の勇者。英雄は伊達じゃねぇな!」
「お前たちに構っている暇は無い」
「言ってくれんじゃねぇか……その首、もらい……」
男が意識を失い倒れた。屋根の上に居た男も意識を失い、落下した。
「さすがの魔法だな」
「ありがとうございます」
アリッサは笑顔で持っている長杖を振った。呪われた一族の幻術をベースにした新しい魔法だ。相手に怪我を負わすこと無く、無効化できる。以前、アリッサに実験台に使われ、二日間寝ていた。
受けたことのある身からすれば、この二人はしばらく起きることは無い。あとはこの場から去るだけだ。この街での目撃情報は残るかもしれないが、何処に行くかまでは予想できないはずだ。
二人は賞金稼ぎを持っていた縄で縛ると、馬に跨り、街を出発した。街や村に寄れば、また賞金稼ぎなどに狙われるかもしれない。人の多い場所を避けて、鬼火の森を目指して数日。二人はとうとう、鬼火の森の入口まで辿り着いた。
「今日はこの辺で休むか」
「分かりました」
日はすでに沈んでおり、辺りは漆黒の世界だ、夜に鬼火の森を進むことは、出来るだけ避けたい。二人は馬を下りて、野営の準備をし、火を熾した。レイトは木にもたれかかり、眠気に身をゆだね瞼を閉じた。
アリッサは薪を火にくべた。パチっと音を立てて薪が燃える。レイトは木にもたれて寝てしまった。朝から、馬の手綱をとっていたせいで疲れが溜まっていのだろう。さらに魔物や獣に襲われれば、黒の波動を使って撃退していた。
魔法の術式がない黒の波動の乱発は、脳に負担がかかる。つまり、彼は戦うたびに摩耗してゆく。過度な使用は脳を焼き切るほどの負担だ、その疲労も積み重なっていたに違いない。
「無理しちゃダメですよ」
アリッサの言葉は誰にも聞かれない……はずだった。
足音に気がついた時にはすでに接近を許していた。殺気を感じたアリッサは振り向いた。そこには蒼のローブを身に纏った白髪の男。今、最も会うべきではない男がそこにはいた。
「答えは決まったかアリッサ?」
「父上……」
アリッサは唇をキュッと噛んだ。




