第49話 脱出
城から脱出したのはいいが、王都内にはすでに騎士団による包囲網が敷かれており、外に出るのは困難だった。大した土地勘もないレイトには、力づくでしか突破の道が無い。かといって、それを実行すれば犯人は自分と言っているようなものだ。捕まれば、どの道未来は無い。
「どうっすっかなぁ」
建物の物陰に隠れ、ため息を吐いた。白い息が宙に浮かんで消えた。夜になると身を裂くような寒さが、身体に走る。慌てて出てきたせいで外套は忘れた。何処かで調達しなければならない。
「身震いする勇者とは情けないですね」
女性の声だ。そして、後ろから顔の横を杖が通った。振り返らなくても声の主は誰だか分かる。久しぶりに聞いた声だが、それが誰なのかハッキリと。
「色々あってな。で、どうするんだ? 騎士団に俺を引き渡すのか?」
「そうですね……それはあなたの返答次第です。黒の勇者」
凛とした声だ。今、あなたがどんな顔をしているのか、考えるだけでも恐ろしい。本当のことを言ったら彼女は信じてくれるだろうか。彼女がガノを慕っていたことは知っている。
(いや、正直に言うことがせめてもの誠意か)
自分はガノを救うことが出来なかった。見殺しにしたと言っていい。人の死には慣れたとはいえ、苦い思いをしたことに変わりは無い。そんな彼への誠意として、彼女への誠意として正直に話そう。
「ガノが死んだ話は知っているな?」
「はい。今はあなたに容疑がかかり、捕獲せよとの命令です」
「彼を殺したのは、サラドルだ。イェノムと結託してガノを殺害。それを俺に擦りつけたんだ。平和な世界に勇者は要らないってことだろう」
言ってみて改めて思ったが、普通なら信じてもらえないだろう。国のトップを直接批判しているのだから。
「あの人……やっぱり……」
彼女はそう呟くと杖を下ろした。振り返ると黒の外套とフードから蒼い瞳が覗く。久しく見る最愛の人の姿だった。
「これを着て下さい。風邪ひきますよ」
彼女はレイトが愛用していた外套を差し出した。彼女の言葉に甘え、外套を身に纏う。先ほどまで感じていた、寒さが少しだけマシになった。
「やっぱりって、何か心当たりがあるのか?」
「……それは移動しながら話します。まずは王都から脱出しましょう。こちらへ」
彼女は踵を返し、そそくさと歩いてゆく。脱出出来るルートを知っているのだろうか。しかし、今のレイトに選択の余地は無かった。彼女の後を周りに見つからない様についてゆく。
建物の裏道を抜け、しばらく歩くと、そこは検問をする兵たちの駐屯所だった。
「ここで馬を奪ってあの門を突破します」
アリッサが指を向ける先には、外へとつながる小さな門があった。騎士団に直接物資が送り届けられる際に使われる門だろう。それに今は、王都内の捜索で兵たちはほとんどで払っている。門の前に二人、兵が居るだけであとは気配が無い。
「強行突破か。ありがとう。助かった」
「私も行きます。レイトさん一人じゃダメです」
「本気か?」
「はい。一人にしたら、変な女に捕まっちゃいます」
「あのな。遊びじゃないんだぞ」
「百も承知です」
彼女は力強くこちらを見て来る。こうなった時の彼女は絶対に意見を変えない。何を考えているのか分からないが、止めても無駄そうだ。姫の誘拐が罪状に追加されそうだが、そんな悠長なことも言っていられない。
「分かった。好きにしろ」
「はい。絶対に離れません」
アリッサの笑顔に少しだけ鼓動が早くなる。咳払いを一つして、気を引き締め直す。見つかると色々と厄介だ。脱出する時に見つかるのだが、今見つかれば戦闘は避けられない。二人は慎重に馬が繋いである小屋に近づき、中へ入る。馬が一頭しか居ないので、レイトが前でアリッサが後ろに座った。
「じゃあ、行くか」
「愛の逃避行みたいでドキドキします」
アリッサが腰にまわした腕にギュッと力を込めた。
「呑気な事言ってる場合か」
レイトは馬を走らせ、小屋を脱出し門へと一直線に向かう。
「何者だ! 止まれ!」
兵の制止を振り切り、門を突破し、ひたすら馬を南へと走らせる。しばらく走り追手が来ないことを確認すると、速度を落とし、近くの街を目指した。とりあえず、今日寝る場所を確保しなければならない。
街に入るとあることを思いだした。レイトは宿に泊まるお金を持ち合わせていない。慌てて出てきたのだ、基本的な荷物は当然ながら自室に置きっぱなしである。アグナの宝剣は腰に差していたが、それ以外は何も持っていない状態だった。それをアリッサに話すと、運よく彼女は一部屋で一泊くらいなら出来そうな所持金を持っているらしく、安堵した。
宿で受付を済まし、部屋へと案内される。本来なら一人分の部屋なのでベッドは部屋の真ん中に一つあるだけ、それ以外は何もない殺風景な部屋だった。ただ、今は寝る場所があるだけでもよしとするしかない。
二人は外套を脱ぐとアリッサはベッドに腰掛け、レイトは立ったまま、部屋の壁に背を預けた。
「さて、アリッサ。色々と聞きたいことがある」
「そうですね……私はあなたに謝らなければなりません……」
彼女はそう切り出し、全てを話してくれた。イェノムに与えられていた最後の課題が自分の抹殺だったこと、そのせいで部屋に引きこもり何事も無く過ぎることを期待していたこと、そしてそのせいでガノが殺されてしまった。
「はぁ……状況は最悪だな……」
ため息しか出なかった。こんな状況でも味方をしてくれそうな人はガノしか居ないが、彼はすでに居ない。親しい人の死は初めてではないが、こっちの世界に来てから父のように慕っていた人の死だ。そう割り切れるものでは無かった。
イェノムとサラドルに襲われた時は、あまりに急な事態で自覚は無かったが、時間が経つとジワジワと、彼が居なくなったことを自覚する。彼の無念は晴らしたい。しかし、それはストレニア王国を敵に回すことになる。魔物の侵攻が終わり、人々が歓喜する中、王都を恐怖に陥れるかもしれない。
何もしない。それも一つの方法かもしれない。ただ、それで済むほど自分の気持ちは収まりそうにない。アリッサを道具として利用したイェノムに怒りを覚えているにも事実だ。
「……レイトさんは、これからどうする気ですか?」
「そうだな。どうしようか」
腕を組んで思考をまとめる。本当は今すぐにでも、イェノムとサラドルを殺しに行きたい。ガノを殺した、彼らにそれ相応の報いを与えてやりたい。しかし、現実はそれをするには、一国を敵に回すことになる。そんな、修羅の道に王女である彼女を巻き込むわけにはいかない。
「私は絶対にレイトさんから離れませんよ」
考えが顔に出ていたのだろうか。彼女が力強く言った。
「レイトさんを殺すことなんて、私には出来ません。それに、国にこんな不信感をもったまま止まることは出来ません」
「王位の継承はどうするんだ?」
「……既存の手段での継承は諦めるべきでしょう」
「父親を敵に回すつもりか?」
「仕方ありません……私はあなたを信じます。たとえそれが茨の道でも」
彼女の意思は固そうだ。部屋に引きこもり悩んだ末の結論だ。こっちが何を言っても無駄に思えた。たとえ、イェノムを殺すことになったとしても、実の娘である彼女に手をかけさせたくない。
両親が居ないレイトとしては、出来るだけ親とは確執を持って欲しくない。そう思っていたが、どうも上手くいきそうになく。対立は避けられそうにない。ならば、せめて王殺しの大罪は自分が背負う。今はそう思うことしか無かった。イェノムとサラドルを殺せば、思い残すことは無い。
その後、皆の目の前でアリッサに殺されれば、彼女の身の潔白も証明できるだろう。アリッサは嫌がるかもしれないが、それしか方法が無くなればこの命、アリッサに捧げる覚悟だ。
(こうなったら覚悟を決めるしかない。この手を血で染める覚悟を)
レイトは自身の右手に視線を落とした。これが、この世界での最後の仕事になりそうだ。そう思うと、少しだけ寂しい気持ちになる。だが、やり遂げて見せる、そう自分に誓った。




