第20話 二番隊隊長 サラドル・アビロニメ
鬼火の森での死闘から数日後、レイトとアリッサを含めた五番隊に、王都への帰還命令が出た。今回のネセリンらの報告を受けて、隊の大幅な配置換えを行うとのこと。そんなことで、久しぶりに王都へ帰ったレイトに出たのは待機命令。
魔物を狩りに行くとガノに言うと、「今は魔物たちが驚くほど静か」とのこと、魔物領の境目である最前線には3、4番隊を配置しそれだけで、対処している。ガノが言うには魔物たちが不自然に静かな時は、後になって良くない事が起こる。
この大侵攻が始まる少し前も魔物たちは静かだった。だから、もしものときに備えて、力蓄えておけと、ガノに言われレイトは王都で待機となった。
「ふいー……こんなもんかな」
朝方、城よりも少し離れた場所にある騎士団の訓練場に居た、レイトは額の汗を拭った。目の前には模擬戦に付き合ってくれた、騎士たちが肩で息をしている。王都に帰ってから、身体がなまらない様に、早朝の時間は模擬戦などで汗を流す。
ガノは騎士団の運営で色々と忙しいらしく、王都に帰ってからは一度も手合せはしていない。そのため、王都に駐屯している1、5番隊の兵たちを相手に身体を動かしていた。
すでに魔物との実戦で何度か修羅場を経験したレイトにとって、隊長・副隊長クラスの兵以外は物足りなさを感じさせる。デスピアの魔素を吸収後、魔力の操作や黒い波動の扱いなど、あらゆる面で飛躍的に力も伸び、経験と実力に裏打ちされた腕はすでに王国側の切り札と言っても差し支えない。
「弱い者いじめとは趣味が悪いですね。勇者様」
模擬戦を脇で見ていたルルがレイトに毒を吐いた。
「訓練だ。ルルもやる?」
「遠慮しておきます。他の者と同じ末路は辿りたくありませんし」
「そっか……俺はルルと一度手合せしたいんだけど」
「あなたが戦闘狂だったとは意外ですね。密室で姫に手を出す変態だとばかり」
「戦闘狂じゃないし、そのことはほっとけ!」
レイトは手に持った木刀の切っ先をルルに向けた。ルルは鼻で笑うと寮の中へ入って行った。もうそろそろ、朝食の時間だ。レイトのお腹の虫が音を出した。
騎士団の寮の食堂に行くと、朝の早い兵たちがポツポツと来ては、朝食をとっていた。レイトも朝食のパンとコンソメ味のスープを受け取ると、ルルの目の前に座った。
「今日って二番隊が帰ってくるんだよな?」
「その予定ですね。そう言えば勇者様はサラドル隊長と会うのは始めてでしたね」
「そうだな。どんな人なんだ?」
「そうですね……」
ルルいわく、二番隊隊長、サラドル・アビロニメは騎士団の中で最年長であり5人の隊長たちの中で唯一、通常武器を使用する人で、剣のみの戦闘なら騎士団の中でも最強と言われており、『剣聖』の異名は帝国まで広く響き渡っている。
「ガノより剣の腕が上って、どんな化け物だよ」
「他の隊長もあなたも立派な化け物ですよ」
ルルが困ったように笑みを浮かべた。その時だった。2人が居る、食堂に女の子の声が響いた。
「黒の勇者はどこ!!」
兵たちの視線が、食堂の入口に立つ銀色の髪を持った幼女に集まる。腰に剣を指した幼女は、ショートカットの髪を左右に揺らし食道を見渡す。黒の勇者を探しているのであろう。
「一応、勇者は俺だけど」
レイトは右手を上げた。始めてみる幼女が自分になんの用なのか分からないが、わざわざ朝早くから騎士団の食堂に来るくらいだ、急ぎの用事か何かだろう。
幼女はズカズカとレイトに近づいてくる。目の前まで来ると指をビシッとレイトの方へと向けた。
「勝負しなさい!!」
「は!?」
訓練場は騒ぎを聞きつけた兵で溢れかえっていた。黒の勇者、レイトと向き合うのは銀色の髪を持った1人の幼女。彼女は手に持つ、訓練用の木刀を軽々と持ち上げ、切っ先をレイトへと向けた。
「これまでの姫様たちに対する数々の無礼。負けたら二度と姫様たちに近づかないで!」
レイトは困惑していた。何故かこの女の子は始めて会った自分に対し、完全なる敵意を持っており、それはアリッサ達が絡んでいる。色々と間違った噂を聞いたようだが、根に端も無い噂のはず。それをこの女の子は信じている。
「誰から聞いたんだ?」
「シエル様から直接だ!」
(……あいつ、俺のこと変態だとか吹き込んだんじゃないだろうな)
「勇者は変態で、アリッサ様に欲情しシエル様のような、人をいじめて快楽を得るクソ野郎だとな!」
「クソ野郎とはひどいな!!」
「さぁ行くぞ! 武器を持て!」
幼女がレイトに叫んだ。レイトは今、武器を持っていない。素手で彼女と対峙している。それがお気に召さなかったようだ。
相手は女の子、ましてや小さな子に本気を出すほど、自分の力は低くないとレイトは確信していた。怪我をさせないためにはある程度のハンデを背負って戦うのが、一番だと判断したからだ。
「怪我、させるわけにはいかないだろ。俺は素手だ。俺が変態だけど強いってことを証明してやる。さぁ、かかってきなさい!!」
レイトが指を上にして手招きをする。完全に格下だと思われた幼女の歯ぎしりが聞こえる。
「どこまでもふざけた奴……正義の鉄槌を下してやる!!」
幼女は力強く地面を蹴った。
アリッサは城での朝食をとり終わると、騎士団の訓練場へと向かった。レイトの寝室に行ったが、すでにもぬけの殻だった。最近は訓練に打ち込んでいるレイトとゆっくり過ごす時間は少ない。
(私のこと見るって言ったくせに……)
「姉さま? 顔が怖い」
横に居るシエルが心配そうな表情を浮かべた。レイトに対する不満が顔に出ていたようだ。シエルに指摘され、アリッサはすぐに笑みを浮かべた。
「なんでもないわ。シエルも騎士団に用事なの?」
「うん。セイナが居るって聞いて」
セイナ・ヨラザル。総隊長ガノの娘であり、将来は騎士団に入り隊長を継ぐと言われている、剣術の天才少女。小さい頃からガノを見て育った彼女は剣にのめり込んだ。受け継いだ才能と膨大な練習量が生み出した確かな実力は、王都でも広く知られている。
「仲良しだもんね。私も会うのは久しぶり」
「セイナは勇者とお姉さまのこと心配していた」
「え? なんで?」
「あいつに姉さまが変なことされてないかって」
言えない、実は自分から我慢できずにレイトに抱きついたなど、断じて言えない。この子らの中ではすでに、レイトが完全なる変質者としてのイメージが確立されている。もし、自分から抱きついたなど言えば、レイトは不当な責任をなすり付けられ周りから白い目で見られるだろう。
(なんとか誤解を解きたいものですが……本当に変質者だったらどうしましょう……)
アリッサが頭を悩ませていると、いつの間にか訓練場に着いていた。周りには朝の時間にも関わらず、人だかりができている。シエルと人混みの間をぬって見える位置まで移動する。
「レイトさんとセイナ?」
目の前ではセイナの木刀による攻撃を避けるレイト。2人はどうやら模擬戦をしているようだった。近くの兵に事情を聞いて、頭を抱える。
(セイナにケンカを売られたって……何してるんですか)
「セイナがあいつをぶっ飛ばしてくれる」
呆れるアリッサとは対照的に、シエルは何故かワクワクした様子だ。
(まぁ、レイトさんならセイナを怪我させることもしないでしょうし、静かに観戦ね)
王族姉妹が来たとあって、それに気がついた兵たちのボルテージが一層高まる。気がつくと模擬戦とは思えないほどの盛り上がりを見せていた。
(何をそんなに盛り上がってるんだ?)
急なテンションの上がりように疑問を感じたレイトは、辺りを見渡す。蒼い髪を持った姉妹を見つけてその理由を察した。
「よそ見するとは余裕だな!!」
目の前ではセイナが眉間にしわを寄せている。
「避けてばかりで恥ずかしくないのか!!」
彼女が言う通り、レイトは一切手を出さずセイナの振る木刀を避け続けている。彼女の動きは想像以上に早く力強い。素手では回避に全力を注ぎ込まないと、被弾してしまう。それでできた隙を目の前の女の子は見逃さないはずだ。
手荒な手段に出れば勝つのは簡単かもしれない。しかし、それをせずに勝つとなると難しい相手だった。あくまでも正攻法での話だが。
「俺はすでに君を倒す算段はすんでいる。次の攻撃が君の最後の攻撃になる。心してかかってきなさい!」
レイトの挑発にセイナが前へ飛び出る。目に魔力を集めて木刀の軌道を見切る。彼女の選択した攻撃は突き。レイトは身体を横にスライドさせ避ける。そして、一歩前へと踏み出し、セイナとの距離をつめる。そして、顔が交錯する瞬間、レイトは彼女の首筋に息を吹きかけた。
「んっ」
身体をビクッとさせ、セイナの動きが一瞬止まった。レイトはその隙に木刀を奪い、彼女の首筋に当てた。
「俺の勝ちだな」
湧きおこる歓声。レイトは勝ち誇った顔で右手を上げ声援に答える。そして、1人の老人が兵の間から現れた。
「見事な腕前じゃな。勇者どの」
「あんたは?」
レイトは現れた老人に尋ねた。その老人の白く伸びた髪と髭、細い目は見開いているかどうか分からず、腰には剣を一本さしていた。
「お初目にかかる。二番隊隊長、サラドル・アビロニメじゃ」




