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黒の波動を携えて  作者: 達
第2章 鬼火の森と呪われた一族
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第19話 それぞれの気持ち


 五番隊はマルクのとある居酒屋でひっそりと宴会をしていた。ネセリンとルルは隊員たちに導かれるまま、2人だけで奥の個室へと案内され、向かい合う形で座ると、とりあえず適当な飲み物で乾杯した。


「魔物が出現する数が減ったから、商人の出入りが激しいみたいだね」


「そのようですね。ここ数日で街には大分、活気が戻っています」


 ルルは手に持ったコップを置くと、目の前の皿に盛りつけられたフルーツに手を伸ばした。カラフルな色合いで様々なフルーツの中から、リンゴを取ると口に運んだ。


「ガノ総隊長への報告はされるのですか?」


「あのデスピアについて? うん、仮説だから正式な文ではしないけれど、耳には入れておこうと思ってる」


 今回の魔物討伐の任で現れた、新種の人型魔物は『デスピア』と呼称されている。ネセリンが勝手につけた。そして、何故このような魔物が急に現れたのかを仮説を立てたネセリンは、ガノへの個人的な報告を決めていた。その仮説があまりに突飛的でもだ。


「あの魔物は元は人間である……ですか。普通は信じ無いでしょうね」


「だよね……でも、エルフの里の結界が人間を媒介にしていたように、人を媒介にして魔法を使ったとして、擬似的な召喚魔法を行った。結果は失敗でその末路があの魔物……だとか」


「しかし、何処の誰が? 召喚魔法の術式は王家に伝わる秘密ですし、勇者様が居る時点で、実用可能と言うことになります。人体実験まがいのことを誰が行うのでしょうか?」


「やりそうな理由があるのは帝国だけど、あそこは魔術系の魔法はまだそんな所まで進歩していないし…」


「と、なると怪しいのは王国ですか」


「私たちの知らない秘密があるんだろうね。幻の勇者も突然、姿を消しったって言い伝えられているし」


 先の魔物侵攻から王国を救った英雄である『幻の勇者』、相手の攻撃に当たらない特殊な戦闘スタイルと、ある日、突然その姿を消したことから、『幻』という異名がついた。


「王妃様や、アリッサ様たちの祖母の死に関わる噂も色々と絶えませんし、色々と奥の深そうな話ですね……異界人である勇者たちが絡むと」


「今頃、その勇者のレイト君とアリッサ様……どうしてるのかな?」


「それは男女の営みで熱い夜を過ごしているのでしょう」


「ルルって、そうゆうこと平気で言うよね……」


「これでも隠しています。細かく言いましょうか?」


「いいよ! 解説しなくて!」


 ネセリンは顔を真っ赤にして、目の前のコップを手に取ると、中の飲み物を一口だけ口に含んだ。


「そうだ、ルル」


「なんでしょう?」


「あの時、見捨てずに助けてくれてありがとう。本当に嬉しかったよ」


 彼女はデスピアを引きつけるため、1人で囮になった時のことを言っているのだろう。


「礼には及びません。アリッサ様に「大切な人くらい守って見せろ」っと、ビンタされましたから」


「あの子のビンタか……痛そうだね」


「はい、身体にも心にも痛かったです」


「でもさ、大切な人ってどうゆうこと?」


「………いつかその意味が分かるといいですね」


 ルルは珍しく優しい笑みだった。ネセリンはジト目でルルを見る。何か裏が無いか疑っているようだ。鈍い彼女はきっとこの気持ちには気付かない。いつ死ぬか分からないこんなご時世だ。いつか、伝えなければいけない。


 ルルは手に持っていたリンゴを再び口に運んだ。













「私のこと……恨んでいますか?」


 空気が一瞬にして変わった。レイトが戦場で体感する空気とはまた別の重さが、肩にのしかかり、思考を鈍らせる。部屋のドアを閉め、それの前に立つアリッサの顔は、足元に向けられていて、今は見えない。


 レイトを召喚したあの日、彼女は「恨まれても仕方がない」と言った。前の世界での生活を奪ったのだからと。もしもあの時、レイトが彼女を殺していたらその時はガノに後のことは頼んでいたそうだ。


 もしかすると、彼女はこんな残酷な世界に自分を放り込んだことを、ずっと責めていたのかもしれない。ケロフが死ぬ前の夜に言った「常人には受け入れられない運命をあなたは受け入れた」、レイトが経験していることは、こっちの世界の人たちにとっても異常な事らしい。


「なにも……答えてくれないんですね……」


 アリッサがポツンと言葉を落とした。彼女はレイトの返事が質問に対し肯定と捉えているようだ。『レイトは自分を恨んでいる』、それが今の彼女の認識になりつつある。


(違う、俺はアリッサを恨んでなどいない)


 レイトは鈍くなった思考を動かす。ずっと苦しんでいた彼女にどうすれば、自分の気持ちが伝わるのかその答えを出すために。


 前の世界でなんのために自分が居るのか分からなかった。淡々と流れ過ぎる日々の色を、両親の死を切っ掛けに失ってしまっていた。感情は取り戻したが、孤独感と寂しさは消えてはくれなかった。


 でも、今は違う。勇者としてみんなに必要とされ、自分が感じられる。このために、自分は生まれて来たのかと思うほどに。この世界は残酷だ、昨日まで隣にいた人間が今日は居ないかもしれない。そんな世界で新しくできた繋がりを守りたかった。


(でも……だからこそ……)


 ケロフが死んだときに思い出してしまった。親しい人を失う恐怖をその喪失感を。繋がりが強ければ強いほど失った時に深手を負う。だからこそ、彼女が笑顔の裏で苦しんでいることに、見て見ぬふりをして。自分は無意識のうちにアリッサとの繋がりから目を背けていたのかもしれない。


「恨んでなんかいない」


 レイトは息を吸い、腹に力を入れ、言葉を紡ぎ出す。アリッサが満足するかどうか分からない。それでも自分の正直な気持ちを伝えるために。


「そりゃ最初は戸惑ったさ。俺になんか勇者はなれないって思った。でも、俺は今この世界で他人に必要とされている。前の世界で1人で生きていた俺には、今まで無かったことだ。この世界にアリッサが呼んでくれなきゃ、俺はそれを経験できずにいた」


 彼女の顔はまだ上がらない。レイトはベッドから立ち上がり、彼女に歩み寄る。右手を彼女の頬に合わせ、顔を上に動かした。初めて見たあの日から、綺麗だと思っていた、蒼い瞳が姿を見せる。アリッサの顔は歪んでいた、苦しそうで、今にも泣き出しそうな顔だった。


 そんな彼女に微笑みを返す。


「だから、俺はアリッサを恨んでなんていない。俺に生きる意味を与えてくれてありがとう。それから、ごめん。俺は失うことに怯えて、アリッサから目をそむけた。見て見ぬふりをしていた方が、失った時に楽だから」


 レイトは思った。失うことが怖いなら自分が守ればいい。その為の力だろうと。一番近い人が守れなくて、何が勇者だ、何が英雄だ。そうとも、自分はそんなに大きくない。目の前の大切な人の苦しみを察することもできない、ただの男だ。


「でも、もう目をそらさない。だから、そんな顔しないでおくれ。俺は笑っているアリッサが好きだ」


 アリッサはレイトの胸に飛び込んだ。胸に顔をうずめる彼女をレイトは優しく包み込む。華奢な彼女の身体はその気になれば、折れると思うほど細く小さい。その小さな背中に王国の民からの期待と、王女としての重圧を全て背負ってきた。どんな時も希望はあると、そう皆に言い続けて来た。


 ――そんな彼女を自分は苦しめていた


「こんな私を……許してくれるんですか……?」


「許すも何も最初から恨んでなんかいない」


「これからも、レイトさんを辛いことが待っているかもしれない。私が呼ばなければ、辛い思いをすることも無かったのに?」


「その代わりに、いいことも待っているかもしれないだろ。それに、辛いことがあってもアリッサが横に居てくれれば、それもきっと乗り越えられるって」


「……はい……」


 小さくけれど確かに彼女は返事をした。とりあえず自分の気持ちが伝わったことにレイトが安堵した時だった。


「でも……小さい子に抱きつかれて、喜ぶのはやめてください」


「え……?」


 アリッサはレイトの胸から顔を離すと、赤くなった鼻と目尻に光るモノを含ませレイトを睨んだ。口をとがられる彼女の女の子らしい表情は初めて見る。


「この5日間、あのロリフィとか言う女の子と何やってたんですか?」


「何もしていない、本当だ。俺を信じてくれ」


 レイトは必死に懇願するも彼女の表情は変わらない。


「小さい子が好きなんですか?」


「違う! 断じて違う!」


「じゃあ……私が抱きついたりしても、嬉しいですか?」


「……ちょっと、落ちつこうか」


「嫌なんですね……」


「違う! 嬉しんだけど、その……色々とダメなんだ!」


 アリッサはレイトに体当たりと思うほど強く抱きついた。レイトは彼女の勢いに負けて後ろへと倒れ込む、このままじゃ床で頭を打つと思い、反射的にベッドに飛んでいた。


(これって……俺がアリッサに押し倒されているように見えるよな……」


「嫌です……」


 抱きついた際にレイトの胸に顔をアリッサが上げた。


「他の子はいいのに、私だけダメなんて絶対に嫌です!」


「お前は何を言ってるんだ!! ロリフィにしても俺はいいと言った覚えはない!!」


「でも、喜んでましたよね?」


「も、黙秘するっ」


 アリッサはレイトの顔の方へと移動し、吐息が感じられるほど近づいた。彼女の細い吐息がレイトの理性を殴りつけ、視線は彼女に吸い寄せられる。


(やばい! なんでこんな状況になっているんだ!!?)


 パニックになるレイトに対し、完全に勢いに任せてレイトを押し倒したアリッサもまた、半分混乱していた。


(どど、どうしよう!! 我慢できずにレイトさんに抱きついて、いつの間にかこんな近くに!)


 王女である自分が異性の上に乗っている、こんな状況は当然初めてで、この後のことは何も知らないし、考えていない。ロリフィがレイトにべたべたするのを見て、自分もしたかったなど、似たようなことは叫んでしまったが、そのまま言うわけにもいかず。行動だけが先行してしまった。


 見つめ合い、固まる2人。さっきまでの深刻な空気は何処にもない。むずがゆい沈黙を打ち破ったのはドアが開いた音だった。


「なんで私だけが支払いを……ルルのバカ」


 ぼやきながら入ってきたのはネセリンだった。彼女は部屋を間違えたらしい。そして、ベッドにいる、アリッサとレイトを見ると目を大きく見開き、叫んだ。


「本当にごめんなさぁぁぁあい!!!!」


「待て、ネセリン! 一回、落ちついて話を」


 レイトの言葉はネセリンの耳には届かず。彼女は猛ダッシュで部屋を去って行った。次の日、アリッサに平謝りするネセリンを見て、少しだけ変な噂が流れたのはまた別の話。


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