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黒の波動を携えて  作者:
第2章 鬼火の森と呪われた一族
19/58

第16話 副隊長として、男として


 最初に反応したのはロリフィだった。


「レイト君、あれ見て」


 彼女が指を向けた方向では、キノコ雲のような灰色の煙が上がっていた。


「誰かの魔法にしても……あの規模は……」


「あの辺りって、最奥地でも一番奥の場所だよ」


「その住みついた魔物が居る可能性は?」


「高いと思う」


 今、現在2人は最奥地の入り口に居る。身体を休めていたが状況が変わった。もしかすると、五番隊がすでに戦闘をしている可能性が出てきたからだ。


 エルフの里での依頼について詳細をレイトは知らない。しかし、住みついた魔物の影響が、森全体に出ていて、エルフでは討伐出来ないとしたら。王国に依頼するのも頷ける。


 もしも、ネセリンらが戦闘を開始しているのであれば急がなければいけない。あれほどの規模の魔法を使わざる得ないほど、魔物に苦戦しているかもしれないからだ。


「ロリフィ。ちょっとごめんな」


「ちょ! レイト君!?」


 レイトはロリフィを抱えた。いわゆる御姫様だっこと言うやつだ。2人で移動するならこれが一番早い。足に魔力を溜め地面を蹴った。木の枝に飛び乗ると、そのまま枝から枝へジャンプして飛び移る。


 風でロリフィの髪が舞い上がる度に、いい匂いが鼻孔を刺激するが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「ロリフィ、速度をあげるから。しっかり捕まっとけよ」


「う、うん!」


 レイトの首に巻きついた彼女の腕にグッと力がこもる。レイトはさらに加速し森を疾走した。









 ネセリンは決断を迫られていた。目の前に居る人型の魔物は、どうゆう訳か分からないが、自分の魔法を防ぐほどの障壁を持っており、隊員の多くは負傷している。このまま戦闘を続けても事態は好転しない。隊のことを考えれば、一度、体勢を立て直すために撤退するべきである。


 しかし、もう一度この魔物と会えると言う保証もない。この場で倒さなければ、エルフの長ラ―ヴァイカから、魔物侵攻の原因を聞き出すことは出来ないかもしれない。一か八か総攻撃をかけるために、隊員を犠牲にしてまでも戦闘を続けるべきか。


 思考をまとめ、ネセリンは決断する。


「この場から撤退する! 動ける者は負傷者に手を貸して! 私が時間を稼ぐ!」


 ネセリンは右手を地面につき、土属性の魔法を発動させる。自分と人型の魔物を囲むように地面が隆起し、土の壁を生成された。戦うには十分な広さで、この魔物が空を飛べるかどうか分からないが、この魔物の標的は自分である。戦い続ける限り、この魔物は逃げ出さないだろう。


「ルル! みんなを連れて逃げて! 1人でも多くマルクに帰還すること!」


 土の壁越しに居るはずの、自分の右腕たる男に声を送る。姿は見えなくてもきっと声は届いている。


「しかし、これではあなたが!!」


「『隊長は隊員の命を預かる者だ』、フロリーさんからの言葉だよ。私は隊長なの、あなたも副隊長ならば自分のするべきことをしなさい!!」


 力強い声は、普段の気弱なネセリンからは想像が出来ない。ルルには迷いがあった。自分の大切な人が、この壁の向こうで犠牲になろうとしている。助けに行きたい、壁の高さは5mほどだ。飛び越えようと思えば飛び越えることはできる、今すぐ参戦して戦うことができる。しかし、彼女の指示は部下を逃がすこと、隊長である彼女の指示は絶対だ。


 迷えるルルにネセリンの優しい声が届く。


「ルル、あなたなら大丈夫。みんなをよろしく」


 次の瞬間、爆発音と凄まじい衝撃が目の前にある、土の壁を揺らした。魔物とネセリンの戦闘が始まったのだろう。逃げるのなら今しかない。彼女の言葉を胸に隊員たちの元へ走った。それが正解なのか分からない、今も迷っている。


(クソ! 俺は……)










「ネセリン……」


 アリッサが呟いた。今頃、土の壁の中ではネセリンが戦っている。助けに行かなければいけない。あの魔物は強過ぎる、1人でなんとかできるレベルの魔物じゃない。


 何かにすがりたくなるような圧倒的絶望、こんな時、あの人がいたらどうするだろう。アリッサは腰に差した、ロングブレードに目をやった。レイトがエルフの里で取り上げられたものだ。お守りの代わりとして持ってきていた。


(どこで、何やってるの……)


 頼ってはいけない、頭ではそう思っている。彼は本当ならば、こんな残酷な世界に関わることはなかった。勝手に彼に背負わせてしまった、希望も期待も全てをあの背中に。だけれど、彼に頼りたくなる、すがりたくなるほど状況は切迫している。


「皆! 退却だ! 動ける者は負傷者に手をかせ! 急げ!」


 ルルの声が響いた。その声に反応した動ける者は、負傷者の肩を担ぎ後退を始めた。アリッサは致命傷となる傷は治していたが、それも一命を止めるだけにすぎない。より多くの命を救うには、1人を歩けるまで回復させる時間が無かった。


「ルル! ネセリンはどうするのですか!?」


「……退却です。アリッサ様も急いでください。隊長が足止めしている今のうちに」


「置いて行くつもりですか!!? あの魔物が1人じゃ無理なことくらい、あなたも分かっているでしょ!! このままじゃネセリンは!!」


「そんなことは分かっている!!」


 普段は声を荒げることの無い、ルルが叫んだ。


「分かっているんですよ……そんなことは……俺だって、助けに行けるなら助けに行きたい……でも、副隊長として今やるべきことは、あなたを含めた隊員たちを後退させることなんですよ!!」


 クールな顔を歪め、悲痛な顔で叫ぶ彼は必死に自分を納得させようとしている。副隊長としての責務を理由に、自分を殺して。


 そんな、ルルにアリッサは右手を振り上げ、頬を思いっきり引っ叩いた。王女に殴られると思っていなかったルルは殴られた頬を抑え、きょとんとしている。


「男なら! 自分の大切な人くらい守ってみせなさい!!」


 ルルの頬を叩いた右手が熱い。


「お願いします……もう、嫌なんです……大切な人を失って、悲しむ人を見るのは……だから、ネセリンもちゃんと連れて帰りましょう。私も手伝います」


「でも……」


 ルルが視線を足元に落とした。指示系統がバラバラになった部隊が、ちゃんと帰られるだろうか、もしかすると帰りに魔物に遭遇するかもしれない。考えをまとめるルルに隊員の1人が叫んだ。


「副隊長! ネセリン隊長を助けて下さい!!」


 声は続く。


「動ける者は武器を取れ! 隊長を助けるぞ!!」


「動ける魔術師も行くわよ!」


 負傷者たちはすでに後退を始めている。しかし、一様にかれらは歯を食いしばり悔しそうだった。ネセリンを助けに行けないことを悔やんでいるのだろう。動ける者は助けに行こうと今にも飛び出しそうだ。あの圧倒的絶望を見せられても彼らは諦めていない。


 これほど部下に慕われるあの人を見殺しにしていいのか? 嫌だと心が叫ぶ。助けたい、まだ、自分はあの人と居たいと。

 

 ――ならば、やるべきことは決まっている


「動ける魔術師は雷属性の魔法で壁を破壊しろ!! 壁の破壊後、近接戦闘の者は武器を敵に投げろ! 俺が敵に突撃する!」


 ルルの指示に兵たちは準備を始める。アリッサも長杖を持ちルルの横に立った。


「アリッサ様、私と一緒に危険を冒してもらいますが、よろしいですか?」


「もちろん、ネセリンの救出と離脱ですね」


 アリッサの笑顔にルルは力強く頷いた。


「全員、気を引き締めろ!! 勝負は一瞬だ!!」


 ルルは作戦の概要を早口で説明した。









「はぁ……はぁ……強い……」


 ネセリンは長杖で身体を支え、目の前に仁王立ちの魔物に目を向けた。数々の魔法を繰り出したが、この魔物は全身に魔法障壁を展開させ、ありとあらゆる魔法を防ぐ。魔法を無効化する、そんな都合のいい魔法でも無いかぎりこの障壁は破れそうにない。


(でも、もう少し……)


 しかし、このまま敗れる訳には行かない。隊員たち逃げる時間を稼げるだけ稼がなければ、それが今の自分の役割なのだから。


「来い!」


 ネセリンが長杖を魔物に向けた。魔物がゆっくりと足を出す。一歩踏み出せば、大地が軋み、魔物が放つ圧が恐怖が、身体に突き刺さる。逃げ出したい、死ぬのは怖い。しかし、それをも凌駕する隊長としての責任が、自分を奮いたたせ、この場に止まらせている。


(ちょっとは隊長らしくなれたかな?)


 ネセリンがふとそんなことを思った時だった。周りを囲む壁が、一部分だけ崩れた。その方向は、隊の皆が後退しているはずの方角だった。次に槍や剣などの武器が飛んできた。ネセリンは後方に飛び、魔物との距離を開ける。


 魔物は飛んできた剣や槍を両腕で全て打ち落とした。そして、ネセリンの目の前に二つの影が現れた。


「ルルにアリッサ様!?」


 アリッサが長杖を振り下ろし、溜めた魔力を地面に叩きつけた。小さな爆裂魔法は魔物の足元の地盤を破壊し、魔物は体勢を崩した。しかし、爆発の拍子に舞い上がった小さな石粒が爆風に乗って、ネセリン達を襲った。このままではただではすまない。


 ルルがネセリンとアリッサを抱えると、爆風に乗って後ろへと思いっきり飛んだ。多少ながら体術系の魔法を使ったこと、爆風の勢いで魔物との距離はかなり空いた。魔術師たちが遠慮なく魔法を打ち込めるほど。


「今だ!!」


 ルルの合図と同時に、雷属性の槍、数十発が魔物に次々と打ち込まれる。さすがの魔物もガードで手一杯と言う感じだ。そして、次に土属性の魔法で魔物の足場の地面を弱くする。アリッサが叩きつけたのは爆風を生む爆裂魔法と、ある条件の元、地面を弱くする土属性のトラップ魔法だ。


 今回の条件は雷属性の魔法に反応すること。つまり、魔物に打ち込んでいる雷属性の槍のうち何本かは、魔物の足元に直撃している。それが引き金となり、魔法が発動し地面が弱く、沼のようになる。魔物は重さで勝手に地面へと沈んでいく。


 そして、ルルの手から離れたアリッサと、次の動作を察したネセリンが魔法を発動させた。腰あたりまで地面に沈んだ魔物の動きを完全に封じるために、魔物、近くの土を隆起させ、魔物を生き埋めにしていく。生き物のように次々と地面が魔物に襲いかかる。やがて、雷の槍の雨はやみ、高く積み重なった土の墓標が出来あがった。


「仕留めるまではいかなくても、しばらく見動きはとれないでしょう。今のうちに撤退を」


「ルル……なんで……?」


魔力を使い過ぎたのか、肩で息をしているネセリンをルルがしっかりと支えた。


「あなたに死なれるのが嫌だからです。それに……いえ、なんでもありません」


(ホント、素直じゃないなー)


 アリッサは2人から少し離れた場所で、ネセリンからプイッと目をそそらすルルを見てそう思った。


 魔物を閉じ込めた土の塊は動きを見せない。とりあえず悪夢は一応終わった。今はこれが最善策であり、城塞都市マルクに帰還することが優先だと。誰もがそう思った。


 その時だった。


 響き渡る爆音、魔力を練り込み固めた土から発せられる、天まで伸びる一筋の光。そこにいる面々が気がついた時には、その絶望を振りまく魔物は宙を舞っていた。そして、それは蒼い髪を持つ女神へと一直線に向かって行く。


「アリッサ様!!」


 ルルが声をあげた時には、魔物はすでにアリッサの眼前に迫っていた。反応が遅れたアリッサは逃げることが不可能だと悟った。目の前で黒い爪を振り上げる魔物に、自分は今から身体を裂かれるのだろう。


(レイトさんに勝手な事を押し付けた……罰……かな)


 もう一度、あの笑顔を見たかった。でも、それは叶いそうにも無い。アリッサはグッと眼を閉じ、来るであろう痛みに備える。しかし、次に感じたのは痛みでなく、何かの打撃音だった。恐る恐る目を開けると、そこには黒髪をなびかせる少年が立っていた。


 その少年はどうやら人型の魔物を体術で吹き飛ばしたらしい。少し離れた場所で魔物が空に向かって寝転んでいた。少年はアリッサの方を振り向くと、笑みを見せた。


「お待たせ」


「レイトさん……」


 それはアリッサがもう一度見たいと思っていた笑顔だった。


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