第17話 全てを賭して
最奥地の最深部まで進んだレイトたちに、天まで伸びる光の柱が目に飛び込んできた。すぐさま木の枝を飛び移り、その場所に向かう。そこには、人型の魔物と五番隊の姿が見える。そして、その魔物がアリッサに向けて向かっていることが、魔力で視力を強化したレイトにはハッキリと見えた。
「ごめん、ロリフィ!」
「え? って、きゃあぁぁああ!!!」
レイトはロリフィを真上に放り投げると、枝を蹴り、魔物とアリッサの間を目がけて急降下した。魔物が腕を振り上げ、アリッサを襲おうとしているその瞬間、足を伸ばし魔物の顔面に蹴りを放り込んだ。
吹き飛んだ魔物を確認し、軽やかに地面に着地する。そして、後ろにアリッサの方を向き。
「お待たせ」
安心させるために出来る限りの笑顔で。
「レイトさん……」
半ば放心状態のアリッサに見惚れそうになったが、ある事を思い出す。ロリフィを空中に放り投げたままだった。見上げると紅い髪を持った女の子が、今居る場所に落ちてきている。足を肩幅ほど開き、レイトはロリフィをしっかりとキャッチした。
「レイト君!? あたしを殺す気!!?」
「ちゃんと受け止めただろ? 非常時だし仕方なかったんだ」
レイトの腕から降りたロリフィは、何故かアリッサの方へと歩み寄った。
「ねぇ、レイト君。この人を守るためにあたしを放り投げたの?」
「あー……まぁ、そうなるな。助けられてよかったよ」
「ふーん……ねぇ、あなたレイト君とどうゆう関係なの? 彼女とか?」
何故か好戦的な態度でロリフィはアリッサを威嚇する。腰に手を当て、もう片方の手で人差し指をアリッサに向けた。
「わ、私はレイトさんの彼女じゃありませんっ」
慌てて否定するアリッサに少しだけ傷ついたが、それを聞いたロリフィが満足そうな笑みを浮かべた。
「よかったぁ。一緒に寝た仲なのに彼女が居たらどうしようかと思った~」
ロリフィが飛んで追ない事を言った。
「ちょっと、待ってください。レイトさん?」
「はい? なんでしょう?」
レイトは怖くて振り返ることが出来ない。アリッサはきっと笑顔だけど目が笑っていないと思うからである。
アリッサに背を向けるレイトに何か、固いモノが当たった。振り向くとアリッサが、ガノからもらったロングソードを差し出していた。
「必要ですよね?」
「もちろん、サンキュ」
レイトはロングブレードを受け取ると腰に装着した。
「終わったら、色々と聞くことがあるので……その……怪我、しないでくださいね」
(クソが! めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!)
久しぶりに見るアリッサの上目遣いは強力だった。雑念が入り始めたレイトを律するかのように、ルルが冷静ないつも通りの声を発した。
「勇者様、集中してください。あいつには魔法が効きません」
「なんでだ?」
レイトの後ろにいるアリッサが答えた。
「どうやら、魔法障壁を全身に滾らせているようなんです」
「でも、障壁は魔法なんだろ? 大丈夫だ、俺がメインであいつをやる」
「レイトさん! 無茶言わないでください!」
「ううん、アリッサ様。彼の魔法ならあの障壁を突破できるかもしれない」
魔力が少し回復したのか、顔色がいつもの調子戻ったネセリンがアリッサを制した。レイトの持つ、魔法は、魔法を喰らう魔法であり、触れたモノ全てを飲み込む。もしかするとあの魔法障壁をも飲み込むことが出来るかもしれない。エルフの里の結界を破ったあの魔法なら。
「決まりだな」
人型の魔物がゆっくりと立ち上がる。何かするつもりなのか、レイトたちの方へは向かってこない。
「魔力を溜めてる。魔法を使う気だよ。それも火属性の」
魔物を観察していたロリフィが声を出した。
「ロリフィ、見えるのか?」
「うん。全身に滾らせた魔力が障壁みたい。体内の魔力も見えるから、次にどの属性の魔法が来るかは、事前に予測できるよ」
どうやら彼女の瞳術は、相手の魔力を視覚的に捉える事ができるようだ。
レイトは考える。当初考えていたのは接近戦で隙をつくり、その間に魔法をぶつけ障壁を突破、そのままトドメをさすというプランだ。しかし、相手に魔法を使われるとそれを防ぐのはとてもやっかいだ。もしかすると近づけないかもしれない。
「分かった。アリッサ、相手の魔法に反対の属性をぶつけて、相殺することはできるか?」
「もちろんです」
「私も手伝います」
「じゃあ、ネセリンもアリッサと同様に相手の魔法を相殺してくれ。ロリフィは2人の近くで次に来る魔法の指示。ルルは相手が3人に近づいた時の用心棒で」
レイトの指示に各々が頷く。他の兵たちはこのスキにすでにこの場所を離れており、戦いに巻き込まれる心配はなさそうだ。
「じゃあ、行くぜ!!」
レイトが地面を抉るほど力強く蹴った。すぐさま、人型魔物との距離を詰める。人型魔物はこれ以上接近させまいと、両手に火球を生みだすと、それをレイトに向かって投げつけた。
本来なら回避すべきだが、レイトは一直線に火球へ突っ込んでゆく。アリッサとネセリンが放った水球がレイトを追い越した。水と火の激突で水蒸気が発生する。その水蒸気を壁にして剣を突きだす。胸を狙った一撃は障壁に防がれ、レイトの手に固い感触がはしる。
人型魔物はバックステップで距離を取ると、水で槍を造りそれを投げつけた。レイトは魔法を発動し、剣を持たない手に黒球を造り出す。相手の水の槍に当てて消すのではなく、人型魔物に当てるためだ。
レイトの足元にある土が隆起し、壁となった。その壁が水属性の槍からレイトを守る。そして、土属性で生成した壁から、黒い流星が飛び出し、人型魔物を襲った。
「ガアア!」
人型魔物は右腕を黒い流星につき出し、甲の部分でそれを弾き、軌道を変えた。人型魔物を外したレイトの魔法は後方の大樹を貫いた。
「レイト君! そいつ、右手に魔力を集めて、障壁の固さを変えたみたい!」
人型魔物の魔力を観察していたロリフィが声を出した。
(どおりで、弾かれたわけだ)
レイトの魔法には一つだけ弱点がある。ネセリンから教えてもらったのだが、対魔法で黒い波動を使用した場合、レイトが使用した魔力と、同等量の魔力しか喰うことが出来ない。極端な話、レイトより使える魔力量が多い敵と対峙した場合、弱らすことはできても完全に消し去ることは出来ない。
(それをこいつは一瞬で見抜きやがった)
この人型魔物は右手の甲に魔力を集中させ、一時的にレイトの放った魔法以上の魔力が、込められた障壁で攻撃を防いだ。どうゆうわけか、この魔物には魔法に関してかなり詳しいらしい。
(どうする……? 闇雲に魔力を込めれば暴走するかもしれない。かといって、無策に撃っても防がれるだけ)
人型魔物は策を考えるレイトに狙いを定める。しかし、突然降ってきた雷属性の槍の雨が人型魔物を襲った。人型魔物は両手で頭をすっぽり覆い、障壁を張り、それを防いだ。
「レイト君! ちょっと、耳貸して!」
レイトの耳をロリフィが強引に近づけた。
「今から、あたしとレイト君の感覚を共有するね。あの魔法は後ろの2人が陽動で出してくれてるから、おそらくそれを防ぐために、相手は障壁の密度を変えるはずなの、だから魔力が弱くて障壁が薄い所をピンポイントで狙撃して」
人型魔物の頭上に降り注ぐ雷属性の魔法は、アリッサとネセリンが発動させているらしい。魔物が一歩も動くことが出来ないほどの波状攻撃だ。魔力の消耗も尋常では無く、長くは持たない。あの2人の攻撃が続いている間がチャンスであり、選択の余地はなかった。
「分かった、やってくれ」
ロリフィはレイトの背中に手を当てると、魔力を流し込んだ。呪われた一族が開発した、感覚共有の魔法により、レイトの視界に変化が訪れる。
「あの魔物を覆っている、ピンク色のやつが魔力か?」
「そうだよ、色が濃い部分が魔力が多いってこと」
(これがロリフィの見ている世界)
本来なら身体に馴染まない視野は頭痛を発生させる。おそらくこの状態は長くは維持できない。レイトは目を凝らし、魔力の薄い場所を探す。
(あそこだ!)
胸の一部分が周りよりも薄いピンク色をしている。レイトは魔法を発動させ黒い球体を造り、弓を放つような体勢で狙いを定める。
「特攻形態」
レイトの言葉と同時に野球ボールほどの黒球が小さく、ピンポン玉ほどの大きさになった。魔力密度を上げることで、より正確にそして速く、一点を貫くつもりだ。
(いけ!)
意を決して黒球を放つ。黒い光の筋が一直線に魔物へと伸びてゆく。空間を裂く、黒い流星は人型魔物の胸の一点を正確に貫いた。突破された障壁が「パリン!」と音を立てて消え去った。感覚を共有していたレイトの視界に、もうピンク色に映る魔力を人型魔物は纏っていなかった。
「勝ったね」
「そうだな」
ロリフィの言葉にレイトが頷く。障壁が無くなった魔物に無数の雷の雨が降り注いだ。雷鳴がとどろき、耳を裂くほどの音が響き渡る。さきまで、魔物が居た場所には小さなクレーターが出来ていた。感覚共有を解除したレイトが近づくと、そこには手足がバラバラとなった魔物の姿があった。
「さすがにもう無理だろ」
レイトの言葉にアリッサやネセリンは緊張が解けたのか、地面にペタンと座り込んでしまった。2人とも肩を上下させ、呼吸が乱れている。彼女たちの魔力もきっと限界寸前だったのだろう。もう少し戦闘が長引けばどうなっていたか分からない。
(まぁ、勝てたしいいか。でも、もう少し早く来れば、犠牲者を減らせたかもな)
レイトは魔物にやられた五番隊の隊員を見て、そんなことを思っていると、突然、魔物死体から光の粒子が出て来た。その粒子はレイトの手元で一つに集まり、レイトの顔と同じくらいの大きさの光球になった。
「それは魔素!?」
ネセリンが驚いた声を上げた。彼女は魔素の塊を手に持つレイトに近づくと、それをまじまじと見つめた。
「どうして……あの魔物から魔素が……」
「ネセリン。あんた、禁忌のことを知ってるな?」
レイトは彼女の反応から察した。元々、魔法に明るい彼女が昔の研究でそこまで辿り着いていても不思議ではない。
「レイト君も知っているんですか?」
「あの子の村に行った時、村長に聞いた」
レイトはロリフィを指差した。
「そうですか……ならば、この魔素はレイト君が吸収してください」
「禁忌だぞ? いいのか?」
「はい。上には報告しないでおきます。それに私がその禁忌を研究していたのはこの侵攻を、一日でも早く終わらせるためです。そのためにあの子のような、呪われた一族が犠牲になるくらいなら、レイト君が力をつけた方がよっぽど人道的で、早くこの戦いを終わらせることが出来そうです」
「待ってください!」
アリッサがネセリンとレイトの間に入り込む。
「レイトさんがそこまで、背負わなくてもいいんじゃないですか……? 自分が呼んでおいて、言っていることがおかしいのは理解しています。でも、これ以上、あなたに重荷を背負わせるわけには……」
「心配してくれてありがとう。でも、アリッサだって分かってるだろ? この先、もしも今回のような魔物が出てきたら、今のままじゃ勝てない時が来るかもしれない。その時、力があればとか思いたくない。守れるものを守るために俺は……」
レイトは魔素を胸に押し付けた。ドクンと心臓の音が大きくなり、身体に光球が吸収されていく。完全に吸収したレイトにネセリンが尋ねた。
「何か、変わった所は?」
「いや……何も……」
「デマ……だったのでしょうか?」
「まぁ、それはそれでいっか」
些細な事だと笑い飛ばすレイト。今は城塞都市マルクまで帰ることを考えようと思った。怪我人に合わせてゆっくりと帰路につこうとした時、風が吹いた。目を開けることが困難なほどの風を吹かせながら、それは現れた。
「ドラゴンだ!!」
隊員の1人が叫んだ。蒼い身体を持つドラゴンは、4本の足で地上に舞い降りた。
「グオオオオオン!!」
叫び声が森に響き渡る。人型魔物との戦闘後だ、選択肢は一つしかない、
「ネセリン! 皆を連れて逃げろ! こいつは俺が足止めする」
レイトは叫ぶとドラゴンと対峙した。勝てるかどうか分からない、ドラゴンから発せられる圧はこの世の強者と呼べるものだと直感的に感じた。
(先手必勝だ!)
レイトは魔法を発動させ、黒球を造り出す。ドラゴンにそれを向け、放とうとした時だった。
「落ちつけ。礼を言いに来た」
「え!? しゃべった……」
ドラゴンは深みのある低い声だった。




