第12話 ドジしちゃいました
「つまり、この里の結界の仕組みを知ろうとして里に入ったら捉えられたと」
「えへへ、ドジしちゃいました」
レイトの言葉にロリフィは小さな舌を出しておどけて見せた。彼女はこの森にある小さな村に住んでいるらしいのだが、村を魔物から守るために、この里の結界を使えないかと考え、里に入った所を見つかり捕まった。
「聞けば教えてもらえるんじゃないか?」
「無理だよー、エルフの人たち、『私たち』のこと嫌いだし」
「人間が嫌いなのか?」
「……そうゆうこと。この里の長であるおじいさんは、エルフ以外嫌いなんだよ。だからレイト君も独房に入れられたんでしょ」
ロリフィは何故か、レイトが異界人であると言うことが分かるらしい。厳密にはこっちの世界の人と違うと言うことが。本人いわく、魔力の流れ方が普通の人と違うとのこと。彼女の眼に何が見えているのか、気になる所だが今はそれどころではない。
「で、君はどうやってここから出るつもりだったんだ?」
「それを考えてたんだけどね。村の人はあたしがここに捕らえられているなんてしらないだろうし、里の防御結界は突破できても、あたしじゃこの独房の結界は突破できないし。八方ふさがりだね」
「俺の仲間が助けに来てくれれば、一緒に行くか?」
「……あたしは、きっと行けないよ」
「なんでだ? 頼めばきっと大丈夫だって」
「君は本当に何も知らないんだね……ともかく、あたしはここから自力で出る以外、帰る方法も無い。殴られたりするのも飽きていたし、死ぬのもいいかなって」
彼女は死ぬと言っているのに笑顔を見せた。
「村に戻っても今の魔物たちにゆっくり滅ぼされるだけ。誰も助けてくれない、『あたし達』のような存在は人知れず消えてゆくだけ」
彼女の事情を詳しく詮索するつもりはない。初めて知り合った人に言いたくも無いこともあるだろう。しかし、この世界は彼女のような幼い女の子に「死ぬ」と言わせるほど、希望も未来も無いのだろうか。
「よし、じゃあ。一緒に脱出するか」
「ここの結界をやぶれるの?」
「分からん。だけど、いきなり頭をぶん殴って、こんな場所に放り込まれて、俺は少しだけむかついているんだ。黙って、出て行ってやる必要も無い」
(それに最悪の事態を想定すれば。他の3人も捕らえられている可能性がある)
レイトだけが入れられたのか、3人も一緒に捕らえられたのかは分からない。しかし、もし救援の要請が嘘で王国側の人間を捕らえることが目的だとしたら、3人も捕まっているかもしれない。しかも、アリッサは王族の人間だ、人質としても効果は絶大だ。
(まぁ、ネセリンとルルが大人しく捕まっているとは考えづらいけど)
王国の人間かどうか微妙な立場である人間が、エルフの里と王国の関係に首を突っ込むはあまりよくない。もし、アリッサを人質に取るような暴挙に出ればネセリンとルルが対処するだろう。
エルフの里から勝手に脱出して、王国とエルフの里との関係が悪化しないか、少しだけ心配だが、そもそも独房に入れられている時点で不当な扱いだろう。仮に悪化しても王国は「異界人だから」と言ってレイトを切ることもできる。
(少しくらい暴れても大丈夫だろう。ロリフィは里の結界を突破できると言っているし、ここから出れば彼女を村まで送り届けられる)
レイトは魔法を発動させた。バチバチと音を立てる黒い魔力を掌に集め、長い針状の形をイメージする。レイトの魔法はあらゆる物質を破壊するが、魔法でもそれが適応される。相手の魔法を喰らう、絶対的な力。それはエルフの結界でも同じことだ。
黒い魔力が形を織りなす、レイトの掌にはサバイバルナイフほどの長さをした、黒い針ができあがった。それを結界に近づき振り下ろす、針先で結界を切り裂いた。一ヶ所に傷がつけられた結界はパリンと音を立てて消えた。
「じゃあ、行くか」
結界は消えた、あとはエルフたちがこれに気付く前に逃げるだけだ。レイトは笑顔でロリフィに手を差し出した。
「うん!」
彼女はその手を取ると元気に立ち上がった。
アリッサたちはラーヴァイカに連れられ、里の中央に位置する精霊樹に来ていた。鬼火の森にある、巨大な森の上に造られたエルフの里のさらに上空まで伸びる精霊樹はこの里を覆う防御結界の要であり、この里にとって最も重要な樹である。
ラーヴァイカの話によると、魔物領からやってきた魔物が鬼火の森に住みつくようになると、何故か呼応して精霊樹の力が弱まっていった。今はラーヴァイカ自身で補助しながらなんとか里の結界は保たれている。
「では、アリッサ様。中へお入りください。人ひとりしか入れませんので我々はここで待機しております」
ラ―ヴァイカはアリッサを精霊樹に空いている穴へと入るよう促した。樹に直接空いたその穴は樹の中に入れるようになっており、アリッサは身をかがめてその穴に入った。
アリッサを見送ったネセリンとルルに、エルフの長、ラ―ヴァイカが改めて向き合う。
「さて、本題に入りましょうか。姫様が居てはあなた方もお話しづらいでしょう?」
「その前に一つ確認しておきたい。姫様はこの中に入って本当に大丈夫なんでしょうな?」
ルルの攻撃的な言葉にもエルフの長は全く動じない。
「結界が弱っているのは本当であり、それをアリッサ様しか修復できないのも事実です。何故、我々がアリッサ様の貴重な力を欲しているか。ネセリン隊長ならお分かりでしょう」
ラ―ヴァイカの全てを見尽かすような視線がネセリンに突き刺さる。彼女は舌唇をぐっと噛み、考えをまとめる。大方の察しはつくが本当にそうだと思いたくなかった。
誰もが欲するエルフの里を囲む防御結界。この結界があれば魔物の侵攻も恐れることはない。かつて、その技術を強制的に奪おうとした帝国もこの里の結界の前には何も出来なかった。門外不出の結界の仕組み。50年前の魔物侵攻時に結ばれた王国との協定以後、エルフの里は魔法開発の協力はしても、里の結界に関する情報は教えようとはしなかった。
それもそのはずだと、ネセリンは自分の仮説を得て納得をしてしまった。今までは精霊樹と呼ばれる樹が無いから、この場所以外ではできないと考えられていた。しかし、精霊樹はあくまで媒介にすぎないと調査で判明している。それはラ―ヴァイカも昔、王国での魔法開発会議で言っていた。
同じような魔法具は、巨大で高出力の魔力を備えた魔法石を使えば造れると。そのような巨大な魔法石があるかどうかは別にして、仮に同じような魔法具を造ってもこの里と同じ結界は発生させることが出来ないと。彼は理由を言わなかった、それもそのはずだ。この里のしていることはかつて王国が禁忌として封印した、古代の技術を使っているのだから。
「人が媒介になっているのですね」
「さすが、王国最強の魔術師。ご名答です」
ラ―ヴァイカは満足そうな笑みを浮かべた。
もはや失われた魔法の術式を使用し、魔法石に代わって、魔力の高い人、もしくは亜人を使い、半永久的に魔法を使い続ける。今回、アリッサにしか治せないと言うのはその人柱である人物の生命力が弱っているからだ。医療魔法に長けたアリッサならその者の生命力を回復させることが出来るかもしれない。
「し、しかし、何故私たちに結界の秘密を教えたのですか? あなたたちが守ってきた秘密を」
ネセリンの問いにラ―ヴァイカは迷わず答えた。
「それはあなたが私と同じもう一つの禁忌に、手を染めようとしているからですよ」
「まさか、あなた……!」
「ご安心ください。あの少年は殺しませんよ。その代わり、私は王国ではなく。ネセリン・サロタニア、あなた個人と協力関係になりたいと思っている」
「断ったら?」
「断れますかね? 勇者と呼ばれる少年はこちらが拘束している。あなた方の姫も今は精霊樹の中……つまり、我々の手の内も同然。決裂したとなればどうなるかは……想像にお任せしますが」
「その場合、王国との全面戦争になりますよ。かつて、この里の結界を破った魔剣を持つ『爆炎のガノ』は今もまだ健在ですよ」
「仮にそうなったとして、残るのは弱った王国です。そのような状態で今の魔物の侵攻を防げますかね?」
ネセリンとラ―ヴァイカの間にピリついた空気が流れる。それを割くように2人の間に声が割り込んだ。
「どうしたんですか? 深刻な空気が流れていますが?」
声の主は精霊樹から出て来たアリッサだった。
「アリッサ様、もう終わったのですか?」
「あ、はい。中にあった魔力核に魔法をかけたら樹、全体の魔力の流れが良くなったので……ダメ、でしたか?」
ラ―ヴァイカの問いにアリッサが答えた。ラ―ヴァイカは満足そうな笑みを浮かべた。
「いえいえ、助かりました。これで、里は安全になりそうだ」
頭を下げるエルフの長。依頼の1つはこれで完了した、アリッサも精霊樹の中から帰ってきた。後はレイトさえ解放されれば、この交渉は対等なモノになるとネセリンが考えていた時、男のエルフがラ―ヴァイカに駆けより、耳元で何かを報告した。それ聞いた彼はため息をもらした。
「どうやら、あなたが方の勇者が結界を破り、里の外へと出て行ってしまったようです。捜索はお任せしてもよろしいですかな? 何せ、魔物にやられたせいで、我々は人手不足だ」
彼の言葉に、早急にこの場を去った方がいいと考えていたルルはすぐさま反応した。
「承知しました。では、これで失礼します。行きましょう、ネセリン隊長、アリッサ様」
「は、はい。では、ラ―ヴァイカ様。失礼します」
確実に怒りを溜めこんでいるアリッサをルルが先導する。ネセリンが踵を返し歩こうとしたときだった。
「少年と同じ場所に拘束されていたのは、『呪われた一族』の少女です。あの一族も今は森に住みついた魔物のせいで危機に瀕している。そして、その原因となっている魔物は森の最奥地に住む、一体の魔物です」
「それを倒せば、この侵攻の原因を教えると?」
「厳密には原因を知っているモノ……と申しましょうか。そのモノに聞けば分かるでしょう。それに、あの一族はあなたにとっても重要だ。あの禁忌をより完成に近づけるにはね」
言葉を発するラ―ヴァイカにネセリンは決して振り返ろうとはしなかった。