第9話 普通に入ってもいいのかな?
空が僅かに明るくなり始めた明朝。五番隊隊長、ネセリン・サロタニアは沈んだ気分で馬に揺られていた。幼少期から魔法にのめり込んだ分、人見知りで対人スキルが低い自分が、異界より召喚された少年と仲良くできるのか。
しかも、今回の引き取りには王女であるアリッサも一緒だ。自分が魔法を教えたアリッサとはいえ、王女を部隊に引き取り、保護するのはプレッシャーがかかる。
「無理だよー……私には……」
ため息を漏らすネセリンと並走する、副隊長のルル・トバールトが白銀の髪を揺らしながら口を開いた。
「無理だと思うのならば、断ればよかったのです」
「だ、だって、総隊長のお願いだよ? 断れないよ……」
「そんな弱気だから兵にも、胸お化けといじめられるのです」
「む、胸は関係ないでしょ! ちょっと人より大きいだけで!」
「俺の視界の端で動くその脂肪が「ちょっと」なわけないでしょう? ほら、もうすぐ街に着きますよ」
2人は街に着くと駐屯していた兵に場所を聞き、勇者が眠っている小屋へと向かった。
「ルル、こうゆう時って、普通に入ってもいいのかな?」
木の扉を前にネセリンは戸惑っていた。馴れしたしんだルルやアリッサはともかく、ただでさえ初対面の人と話すのは苦手であり、ましてや今回のような異界人となれば自分が上手く話せるかどうか緊張して落ちつかない。
「あなたの頭の中はその大きい胸の脂肪のように、脂肪が詰まっているのですか? ノックをするのが普通でしょう。異界人とはいえ彼にも見られたくないモノがあるでしょうに」
「ご、ごめん! でも、見られたくないモノって何?」
「……早く、ノックしてください」
ルルは視線を外した。
「誤魔化した! 今、絶対、誤魔化した!」
「男の秘密を察するのがいい女の条件ですよ。胸お化けの隊長さん」
木の扉を前に言い合いをする2人は、後ろから近づく人影に気がつかない。
「こんな朝早くに、レイトさんの小屋の前で何をしているんですか?」
2人が振り向くとそこには白いローブを着たアリッサの姿があった。
「姫様!」
「ネセリンとルルじゃありませんか! こんな所で何を?」
「この隊長がこの大きな胸で。勇者様を誘惑しようとしていたんです」
「ルル!? そんなこと一言も言ってないよね!?」
「なんてこと……レイトさんなら絶対に引っ掛かる……」
アリッサが頭を抱える。そして、その時、木の扉が唐突に開いた。
「朝から何を騒いでるんだよ……」
寝起きと確信できる四方に飛び散った寝癖。眠気の残る半開きの目を擦りながらレイトは出て来た。擦った目を開けたレイトは目の間に居る、緑色の髪を持つ、ネセリンを見て固まった。視線が少し下めで。
(胸、大きすぎだろ)
ネセリンは外套の下に身体のラインが分かるほど、ピチっとしたウェアを着ている。魔法補助の機能がついた高価なウェアだが、ローブの隙間から見える大きな二つの山は男性の視線を必要以上に引き付けてしまう。
「あ、あの!」
「はい!?」
ネセリンが突然、大きな声を出したことにより、驚いたレイトも思わず大きな声を出してしまった。
「わわわ私! ネセリン・サロタニアとぃぃぃい言います! この度は。ゆ、勇者様とあ、アリッサ様の身をひ、引き取りにき、来ました!」
「とりあえず、落ちついて下さい。ね?」
レイトは緊張で舌が上手く回らないネセリンをなだめる。それを見たルルがスッと前に出て来た。
「隊長が失礼しました。副隊長のルル・トバールトです。総隊長の命令であなた方2人を五番隊が預かることとなりました。すぐに街を出発しなければいけないので準備をお願いします。あと、ガノ総隊長より預かり物があるそうなので、確認をお願いします」
冷静に淡々と話し終えたルルは一礼すると踵を返した。ネセリンが慌てて一礼しその後について行った。嵐のように過ぎて行った2人にレイトは呟く。
「また、変なのが隊長してんだな……」
ガノからの餞別は黒の外套と戦闘時の服である、黒のレザージャケットと同じく黒のズボンだった。前の世界から着ていたボロボロのジャージを棄て、貰った服に着替える。ブーツも新調されようやくファンタジーっぽい服装へとなった。
もらった服には全て魔法による付加が施されており、長旅に耐えるのも大丈夫と言う優れモノで、アリッサが言うには恐らくはオーダーメイドで結構高いとのこと。
(値段は何も知らないことにしておこう……)
レイトたちは馬にまたがると南を目指した。そこに居る五番隊の本隊と合流するためである。ちなみに、レイトは街に居る際、アリッサと街人の指導のお陰で馬に乗れるようになった。もちろん、手綱使いはまだまだ一人前には程遠いが。
街から本隊までは数日かかるとのことで、レイトは尻の耐久値に不安を覚える。不慣れな乗馬の振動による尾てい骨、およびその周辺の筋肉へのダメージは未経験だ。魔法で尻を強化しようか迷ったが、それに気を取られて手綱の操作を誤るのも怖いのでやめた。
初日の夜を迎える時には痛みで座ることが難しかった。アリッサに頼めばすぐに治してもらえるような気がしたが、その絵を想像すると頼む気が起こらなかった。
「まぁ、いいや。やれることはあるしな」
レイトは皆が寝静まったタイミングを見計らって、野営している近くの小川に松明を持って訪れていた。理由は覚醒した自分の「能力」を試すためである。制御できるかどうかも分からない、この「力」を街に居る時は、試しに使うことは出来なかった。もし暴走すれば大惨事になることは容易に想像できたからだ。
街灯もないこんな所で松明を持っていたら、魔物や獣が集まってくるかもしれないが、それはそれで「能力」のテストが出来るので構わないと思っていた。左手に松明を持ち右手に魔力を集中させようとした時、後ろの茂みから音がした。
「なんだ?」
魔物か獣かもしれない。レイトは松明で音のした茂みを照らし、「能力」はまだ発動できていないので、腰にさしていたロングソードを抜いた。集中力を高め、茂みから飛び出してくるはずの何かを待ち構える。静かな夜は心臓の鼓動が聞こえて来そうなほど不気味で、緊張感も高まっていく。
「あの……私です」
茂みから出て来たのは、自分の背丈と同じくらいの長杖を持ったネセリンだった。敵でなかったことに安堵したレイトは剣をしまった。
「なんですか?」
「いや、そ、その、報告にあった魔法を見せてもらいたいなー……なんて……」
ネセリンは長杖を左右に振りながら気まずそうに言う。ネセリンの名前はアリッサから一度聞いたことがあった。アリッサの師にして王国騎士団最強の魔法使い。魔法の研究にも熱心で、その功績から騎士団の魔術師から尊敬を集める。そんな、彼女が未知の魔法が勇者に発現したと聞けば、興味を引くのは当然と言えた。
「別に構いませんよ。それにまだ制御できないので、魔法に詳しいネセリンさんが居てくれれば安心です」
「ありがとう!」
ネセリンは笑顔になるとレイトの発動をまだかと待ち始めた。
(そんなに見られると発動しづらいんだが……)
息をゆっくり吐き、腹に力を入れる。集中力を再び高め、右の掌に魔力を集中させる。
「発動」
レイトが呟くとバチバチと音を立てて、黒い魔力が雷のように掌に現れる。それを球体のイメージで少しずつ集めてゆく。黒い波動が集まり、ゴルフボールほどの大きさをした黒い球体が出来あがった。
「本当に真っ黒なんですね。魔法の構造を私の魔法で調べるので少し、そのままでいてくださいね」
ネセリンは長杖を黒い球体にかざすと魔力を読みとる。時間にして1秒もかからなかった。
「もう大丈夫ですよ。今、以上に魔力を込めることは出来ますか?」
「ちょっと、自信ないです」
レイトは申し訳なさそうに言った。本能的にレイトはこれ以上の魔力を過剰に加えると、この力は制御できないと理解していた。事実、見境なく使った最初の時は使用後に意識を失った。強力なこの力はあくまで諸刃の剣なのだ。
「まだ、身体に馴染んでいないようですね。一度、解除してください。説明します」
レイトはネセリンに促され能力を解除した。そして、彼女の説明によると、レイトの魔法は込めた魔力に比例して破壊できる量が増え、黒い波動を様々な形状に変えることができるらしい。
ただし、形状の変更に使える波動の体積は込めた魔力に比例するため、今の段階ではゴルフボールほどの小さな体積分しか、自在に使うことができない。まだ、この魔法はレイトの身体に馴染んでいないらしく、使っていればその内に込められる魔力は大きくなるとのこと。
「俺が倒れたのはなんでだ?」
「それはこの魔法の回路はオンかオフの二つしかないからです」
魔法には術式と言われる回路がある。難しい上位の魔法になればなるほど、その回路は複雑で、魔力は慎重に回路に流さなければいけない。回路に対し平常心を欠き、膨大な魔力を流せば回路は壊れてしまう。
レイトが魔術系の魔法を使えなかった、最大の理由は回路にどれだけの魔力を流したらいいのかを、把握できなかったせいだ。しかし、レイトの「能力」で生まれたこの魔法にはその回路が無く、魔力を流せば発動されるスイッチがオンになるだけであり、回路を通したのちに発動させる通常の魔法に比べ膨大の量の魔力を流せる。
それが脳の負担となり、レイトは前回の発動時に意識を失った。
「しばらくは私がついて、訓練しましょう。まじかで魔法を見たいですし」
後半が本音だろうが、制御できるようになるのであれば、なんでもありがたい。
「よろしくお願いします」
レイトはそう言って頭を下げた。




