第8話 3人の隊長と2人の幼女
日が高くなり始めた昼間、一番隊隊長にして総隊長のガノは不慣れなデスクワークに頭を悩ませていた。いつもならば月一で各隊からの報告書が届くのだが、今回の召集によりそれが一度に全部来てしまった。
読むのは非常にめんどうなのだが総隊長という責務がある以上、これを放棄するわけにもいかない。それに、二、三番隊の主力は最前線に近いと言うこともあり、隊長2人は生存を知らせる文を報告書に書いて、王都への召集には来られないとのことだった。
(まったく……まぁ、仕方ないか)
各隊の隊長は騎士団の中でも抜きんでた力を持っている、魔物領との境目、つまり最前線では隊長の力は必要であり、それが離れるとなると下手をすれば隊が壊滅的被害を受けるかもしれない。現場での判断は各自にガノが任せているのでこれを承認した。
そして、王都にいち早く着いた四番隊隊長のフロリーの報告書によれば、レイトはその能力を覚醒させ、魔物たちを殲滅した。現在は街にアリッサと共に泊まり、回復に努めている。隊長クラスの力があるレイトは戦力的に見て貴重であり、隊を率いてない分、自由に動ける。今後、どうするかは後に来る五番隊の報告を受け、考えることにしていた。
「魔物領に入れる日も近いかもしれないな」
ガノはそう呟き、次の報告書を手に取った。
シエルは城の外の庭で暇を持て余していた。レイトとアリッサが遠征へと出撃しすでに四日が経過している。街の防衛が成功したと聞いて安心し、気が緩んだのかも知れない。なにせ、その報告を聞くまでは夜もろくに眠れず日中は睡魔に襲われていた。
魔法の訓練をしようにも相手が居ないことに、何処となく歯ごたえの無さを感じ、やる気が起きない。レイトが居ないと張りあう相手もいない、アリッサがいなければ見せる相手もいない。魔法以外にも一国の姫として勉強すべき事があるのだが、集中できずこうして草の上で日中、日向ごっこをしている。
「シエル様!」
声に反応し振り向くとそこにはガノ譲りの白銀の髪を持った、同い年の少女が居た。
「セイナ!」
久しぶりの友人との再会に嬉しくなったシエルは立ち上がり、駆け足でセイナに近付く。普段は城で暮らすシエルにはそもそも会うことのできる友人の数が少ない。ましてや同い年となれば居ないに等しい。しかし、セイナは総隊長であるガノの娘であるため比較的、自由に出入りしている。このことに関してはガノが親バカでよかったと思っている。
「今までどうしたの?」
「近隣の獣を父の友人の手を借りて狩りに行っていました。昨日、帰って来たので会いに来ました!」
セイナはショートカットの髪を揺らし笑顔で答えた。セイナはガノが騎士団の総隊長ということもあり、剣は小さい頃から英才教育を施され、すでに腕前は大人と変わらない。そして、時々、修行と称してガノには内緒で狩りに出かけている。
「そういえば、勇者様はどこにいるのです? アリッサ様が召喚に成功したと聞きましたが?」
「あの変態のことは知らない方がいい」
シエルの表情が無くなり周りの空気がピンと張り詰める。その威圧感は王族が生まれ持った独特の雰囲気そのものだ。セイナは背中が寒くなる、そして戦慄する。シエルにここまでの威圧感を出させる勇者とは何者なのか。
(いざとなったら、私がシエル様をお守りしなければ)
シエルは右拳をぐっと握り決意する。ここにまた1人レイトの天敵が誕生した。
四番隊隊長のフロリーは若き2人の幼女のやり取りを、城の中にある会議室で見ていた。国の未来を背負うであろう、シエルとセイナのやり取りはどこか微笑ましい。
「フロリー、外見てないで手伝ってくれー」
総隊長であるガノが緩い声を出した。彼は自室から持ってきた報告書を会議室の円卓の上に並べ格闘中だった。自室では終わらず持ち込んだのだろう。五番隊は先ほど王都に入ったばかりで隊長が来るにはもう少し時間がある。
「ガノ総隊長。ご自身の仕事は自分で片付けて下さい」
「お前は相変わらず真面目だなー。俺の代わりに目を通してくれるだけの簡単な仕事だぞ?」
「結構です。それより、サラドル隊長とヌーイが帰還しないとは本当なのですか?」
「本当だ。あいつらは魔物領に近い最前線に居るからな。判断は任せるさ」
「最年長であるサラドル隊長はともかく、ヌーイにその判断を任せるのは理解しかねますが」
「あいつは若いが実力は確かだ。お前に比べると少し真面目さが足りんがな。ハッハッハ!」
ガノは豪快に笑った。フロリーは短いため息を漏らした。なんでも笑い飛ばすこの人の性格はつかみにくい。細かいことを考えられないのかと思えば、時々見せる指摘は的確で目が行き届いている。
(さすがはサラドル隊長を押しのけて総隊長になった男と言うべきか)
フロリーが円卓テーブルの椅子に座ると会議室のドアがゆっくり開けられた。
「あのー……遅れて、すいません……」
ドアの隙間から緑色の髪が覗き、ゆっくりと部屋へと入ってくる。
「おう、ネセリン早く入れ」
ガノは手招きで緑色の髪と目を持った女性を招き入れる。五番隊隊長、ネセリン・サロタニアはゆっくりと部屋に入るや、素早く頭を下げた。
「お、遅くなってごめんなさい! なんでもするので許してください!!」
「ほぉ、なんでもか」
ガノがにやりと口端をあげ、ネセリンの胸に視線を移した。20代中盤の彼女は今まさに女性として、最も美しい年齢にあると言える。巨大な二つのそびえる山に、悶々とした日々を過ごす五番隊の部下もいるだろう。
「何を考えておられているのです?」
横のフロリーが威圧感を放ちガノを睨みつけた。ガノは場を締め直すため咳払いをすると、手に持った報告書を円卓の上に置いた。
「うぅん! さて、ネセリンとりあえず座れ」
「は、はいっ」
ネセリンは慌ててガノの横に座り、慌てて走ってきたせいで、乱れたローブを整える。以前、寝癖がついたまま隊長会議に出た際、フロリーに「身だしなみは整えろ」と注意されて以来、衣服や髪型の乱れには敏感である。
「おい、ネセリン」
「はいぃぃぃい! な、なんですか、フロリーさん!!?」
ビクッと肩を揺らしたネセリンにガノは笑いを堪えている。
「いや……今回、集まったのは我々3人だけだから、そんなに固くならなくてもいいと、伝えたかっただけなんだが」
「え!? 私たち3人だけですか!?」
「おー、サラドルとヌーイは最前線に近いからな。向こうに残るそうだ」
「怒られると思って急いで来たのに……」
がっくりと肩を落とすネセリン。彼女が誰に怒られると思っていたのかはさておき、ガノは本題に入ることにした。
「ネセリン、お前この後は何処を担当する予定だ?」
「えっと……最前線から漏れた魔物を討伐する遊撃が中心の任ですので、特に担当とかは言われていません」
ガノは予想通りと笑みを浮かべた。
「なら、お前の部隊で勇者を預かってほしい」
「ほへ?」
ネセリンの間抜けな声が会議室に響いた。