第三十九話 ステラの事情
憲兵署を沈黙させた後、そう遠くないところにある王宮の近くの公園で、隠れるように密談をしていた。ちなみに二人の武器である、刀と魔道杖は、当然既に回収済みだ。
「さて善処すると言ったが、具体的にどうする? 殴り込んで、国王・大臣共を吊し上げるつもりでいたが・・・・・・」
「とりあえず騎士団にはちゃんと加減した方がいいわね・・・・・・。少なくともそいつらは、ただ真面目に職務をこなしているだけなんだから」
この国はロームと違い、一応騎士団は本来の役目を担っている。勿論全員が誠実な人物というわけではなかろうが。
「あいつの言ってたこと。あれってやり過ぎだったと思うか?」
「どうかしらね? 私もあいつをぶん殴ってるとこ見て、最初はすごい快感だと思ってたし・・・・・・まあ私らは聖人じゃないんだから、真面目に考えてもどうしようがないわ。ただこの場を一番に穏便に解決させる策はあるわ。前にやった脅迫よりもっと、順当な手段がね・・・・・・」
「ほう・・・・・・?」
ローム・エイドアでの貴族院脅迫は、内乱を誘発させてしまって、結局失敗したと言える。だが今回の作戦はいかがなものだろうか?
頑強な城壁に囲まれた、この都市のどこよりも巨大な建造物。
建物自体は質素なデザインだが、城壁内の庭園はとても華やかだ。綺麗に枝葉を剪定された、多くの木々が生えた林が広がり、中央の芝生には大きな池がある。池の真ん中にはフレットを模った、地竜の像が建てられ、その足下からマッシュルーム型噴水が吹き出ている。
今日も庭師達が、せっせと世話しているここは、エイドアの貴族院よりもやや小さいが、十分立派な物だ。
華やかな庭園とは違い、城の中は余計な装飾など無く、外見通りの質素なものだ。石造りの廊下の中で木の扉の部屋がいくつも並んでいる。
城壁の方の正門は、四人の屈強な騎士が番をしている、鋼鉄製の巨大な扉であった。ただし奥の方での、王宮や議会室は、そちらは対照的に、えらく金のかかった煌びやかな装飾で飾られていた。
フレット王国の政治の中心地であり、このロックツリー城に、今日は二人の客人がやってきた。言うまでもなく、ゲドとステラである。
ステラから今回の事態を、どう処理するかの作戦を聞いたゲド。そんな彼女が、まず先に行ったことは、正面からの殴り込みであった。
「お前はっ!? ふがっ・・・・・・・・・」
見張りをしていた騎士達が、ゲドの姿を目視した直後に、唐突に身体がふらつき、次々と倒れていった。
別に死んだわけではない。憲兵署で行ったのと同じスリープで、相手を眠らせたのだ。
「もういっぺん強めにかけるぞ! スリープ!」
ゲドが背中に差した刀を抜き、その刀身に魔法の力を注ぎ込んだ。
刀身が青く輝き、魔道剣によって力を増幅された、二発目のスリープが、ロックツリー城全体に放射された。
青白い光の粒子を纏った風が、猛吹雪のように城全体に吹き荒れる。庭・城内・王宮・議事堂・聖堂、そこにいる全ての人間を眠りに落とす呪いが、城領域全てに侵食していく。
まもなくして、城の中は、無数の寝息の大合唱が聞こえてきた。騎士も庭師も使用人も、全員が深い眠りの底についている。
庭師などは、むしった草をゴミ袋に入れようとしている姿勢のまま、立ち眠りをしていた。この城にいる者で、眠りの魔法の効果を受けなかったのは、城の中で飼われている番犬と、王族が飼育している籠の中の小鳥のみ。
彼らは城の中の異常など、どこ吹く風で、暢気に座っていた。
ゲドの刀の刀身の光が、少しだが変化は起きた。刀はさっきスリープを放ったとき同じ、青白い光を纏っている。
だがその光の色合いが、さっきと微妙に変わっている気がした。隣にいるステラが、その光のエネルギーが、魔力ではないことにすぐに気づく。
「それって、もしかして気功?」
「ああ、前にカイの身体を解析したとき、だいたいの力の出し方は覚えた。それ!」
ゲドが正門の巨大な鋼鉄門から、百メートル以上離れた位置に立ち、その気功を纏った刀を、横向きに思いっきり振った。
剣撃としては、何もない空間を斬っただけである。だがその剣撃の軌道から、薄く長く巨大な、気功力のエネルギーの塊が放射された。
剣撃を振った角度と同じ角度で、巨大な光の刃が瞬時に形成され、前方へと飛んでいく。それは前方へと飛びながら、瞬く間に巨大化し、正門の長さと同じぐらいの巨大な刃と化す。
ゴウン!
しばらくして、そこに自身のような地響きが鳴った。あの巨大な鋼鉄門が上下に真っ二つに割れ、門の下部分が、只の板のように後ろに倒れたのだ。
倒れた門の下位部分から、城壁の向こう側の風景がよく見える。あそこから人が通ることも出来るだろう。
ゲドの使った技は飛斬撃。刀などの刃物型の武器に気功を宿し、そこから名前の通り、飛ぶ斬撃を放つ技である。攻撃力は、刀で直接斬り付けるよりもずっと劣るが、剣士の遠距離攻撃として、よく活用されている技である。
そして今ゲドが放った技は、魔法結界で強化された、分厚い鋼鉄の門を、バターのように容易く斬ってしまったのだ。
よく見ると、正門の向こう側にある建物も、横に少し斬れている。手加減して撃ったにも関わらず、とんでもない威力である。
「別に門を壊さなくても・・・・・・城門を飛び越えれば良かったんじゃないの?」
「これぐらいやった方が、かっこいいだろ?」
城内を進んでいく二人。別に急ぐ必要も無く、城内観光をしながら進んでいく。確かに一般人ならば、こんなところ滅多に見れるところではないだろう。
庭園を土足で歩き、食堂の机に出されていた料理を勝手に頂く。ある扉を開けてみれば、真っ昼間から一緒にベッドの中に潜り込んでいる男女がいた。
城内を勝手に出歩く二人の侵入者を、咎める者は誰もいない。何故ならば咎める役目の騎士達が全員寝ているから。
ある者は床に倒れ、あるものは座り込んで、ある者は器用にも立ったまま気持ちよく寝ている。途中で番犬がこっちに向かって吠えてきたが、ゲドが一睨みすると、あっさりと大人しくなる。
王宮の中を覗いてみると、今まで質素だった城内の様子が一変する。
金銀の家具・黄金の模様が塗られた壁・馬鹿でかいシャンデリア・上等な布でできたカーペット・壁に掛けられた数々の絵画・王族貴族と思われる銅像。
高価な物が置かれているのは当然だが、この密度はあまりに濃い。エイドアの貴族院議事堂と同様に、何とも無駄に金のかかった、王宮の内装に、少し頭が病みそうだ・・・・・・。
王族・貴族というのは、もっとマシな金の使い道はないのだろうかと。
「もしかして俺が庶民的なだけで、これが普通なのか?」
「どうかしらね? 確かに王宮なら、綺麗に飾るのが当然だけど、これはちょっと行きすぎな気がするわ。最近景気がいいのをいいことに、陛下が高価な物を片っ端から買いあさっているっていう噂はあったけど・・・・・・」
「ああ、土の精霊石がたくさん採れたっていう話だったったけ?」
王宮の中を歩くのもすぐに飽きて、当初の目的地へと足を進める二人。
だが途中でステラが驚きの表情で足を止めた。その顔は驚きから、すぐに憎しみに変わり、やがて勝ち誇ったような余裕の笑みに変わる。
彼女の目線の先には、聖堂への渡り廊下の中で仰向けに倒れている、一人の騎士の姿があった。
当然彼もゲドのスリープの効果で寝ている。彼の鎧についている階級章から、騎士の中でもそれなりの身分であることが判る。
「ごめんゲド・・・・・・ちょっと私に用が出来た」
「ああ、いいさ。時間ならいっぱいある」
ステラは不敵な笑みを浮かべて、その倒れている騎士の元に歩み寄る。そして手に持っていた魔道杖を、思いっきり振り上げた。
「起きやがれ、ドスケベ!」
魔力強化された魔道杖の先端を、その騎士の腹に思いっきり叩きつけた。魔力全開の必殺の一撃で放たれた、その魔力撃が、騎士の頑強な鎧を凹ませ、彼の内臓を砲弾が当たったかのような衝撃を加える。
「ぐへぇええええええええええっ!?」
その大ダメージに、今まで気持ちよく寝ていた彼の意識が、一気に引き戻される。
目が飛び出そうなほど見開かれる。口からは、大量の気持ち悪い色の液体が、噴水のように大量に上に向かって放射された。
そのまま痛みと共に、再び意識を手放しそうだった騎士だが、ステラに顔面を踏みつぶされて、また無理矢理意識を呼び起こされる。
痛みで昏倒し、むせ返りながら彼が今一度目を開くと、仰向けに寝ていた自分を見下ろす、一人の女の姿が目に移った。
「久しぶりね、大隊長♫」
「おっ、お前はステラか!?」
「ええ、そうよ。覚えてもらっていて嬉しいわ♫ ・・・・・・そして・・・・・・喰らいやがれ!」
凄まじい怒気を放ちながら、再び魔力撃を彼の身体に撃ち込む。一発ではない。何発も何発も、起き上がれない相手に向かって、容赦なく振り下ろされる。
「ふごっ! ふがっ! ぐがぁ!」
騎士は何の抵抗も出来なかった。殴られ続けながらも、何とか腰の剣に手を当てようとするが、その前にステラに指を踏みつぶされた。
「まさかこんな日が来るとはね! ずっと、ずっと、あんたをこうして、いたぶってやりたかったのよ! きゃははははははははっ! どう、痛い!? もっともっと、たっぷりサービスして上げるわ!」
狂ったような快楽の笑い声を上げて、何度何度も、キリがないくらい殴り続けるステラ。
骨が折れる音がいくつも聞こえ、血しぶきが廊下の壁や床に、赤い模様を作り上げていく。さっきゲドがしていたのと変わらない、一方的な暴力行為だった。
以前はゲドの暴力を非難していたくせに、自分の因縁となると、そんな考えは捨ててしまうようだ。
かつてステラは、二日間だけ騎士団に在籍していたことがあった。フェルメール家の中でも、飛び抜けて強い力を持っていたステラは、その実力を認められて難なく入団することができた。
元々家業のようなものだった学者になることは、ステラは望まなかった。彼女は幼い頃から物語などで憧れていた、正義の戦士=騎士を夢見ていたのだ。
だが入団の翌日に、上司から尻を触られるという行いをされた。その上司は、これまでも女性の同僚や、城の使用人達に日常的にこういうことをしていたらしい。
だがステラはこれまでの彼の被害者達とは違い、黙って我慢するということはしなかった。
恥ずかしめられた自分を、にやけて見下ろすその顔に、躊躇無く渾身の一撃を食らわせられてやった。
その後すぐに、ステラは拘束された。挨拶をしてきた上司を、理由もなく一方的に殴りつけたという暴行罪で。
騎士の職も当然下ろされ、二ヶ月間に判って拘留されたステラ。釈放後、彼女は家に帰ろうとはしなかった。
騎士団に入ったことを、家族や知人に自慢しまくった後での、この醜態。とても合わせる顔など無い。
家族にも一度も顔を合わせることなく、国を出て行った。やがて彼女は、外国で傭兵になって、生計を立てていくことになる。
「お~~~~い、ステラ? そろそろ行かないか?」
「ええ、もうこの辺でいいか・・・・・・。ゲド、お願いだけど、こいつにサプレッションをかけてくれない?」
「了解した」
さっき憲兵にかけたのと同じように、その騎士に永久持続のサプレッションで、彼の力を封じる。
ここまで行けば判ると思うが、この騎士こそが、ステラが殴ったあの上司である。
まだ殴りたりないといった感じだが、人殺しまではしたくないので、渋々手を下げる。
最も彼の状態は、最早人であることすら識別困難な状態であった。いかに生命力の強い気功士でも、果たして彼はどこまで息が続くのだろうか?
・・・・・・・・・恐らくだが、出血と殴打による脳損傷で、数分後には永遠の眠りについているだろう。




