第三十七話 尋問2
ここはどこだろう? どこかの森の中のようだ。
うっそうと木々が生えて、葉の傘で地表が薄暗い中、一カ所かけ開けて光が射し込む場所がある。懐かしい雰囲気の場所だが、具体的にどこだったか思い出せない。
生命の流れが息づく森の中は、気功の訓練に適している面があるという話から、自分も昔この場所に通わされていたんだと思う。
「ライア、今日もやるの?」
「当たり前でしょ! 今日は絶対に勝つわ!」
自分の声が自分の声でないような、随分幼いかけ声を自分が発している。己の手には、訓練用の木刀が握られ、今面と向かっている相手に構えをとっていた。
目の前の人物は、まだ8~9歳ぐらいの少年に見える。何だか困ったような表情をする彼と、自分の目線がちょうどあっていることから、自分も少年と同じ背丈のようだ。
これはいつの話だったろうか? 自分=ライアにとっては、ただ武闘の稽古ばかりしていれば、それで良かった頃の話。
「はぁああああああっ!」
「・・・・・・・・・うん」
森の中で、ライアは幼いカイと、その場で木刀で決闘をした。木刀の剣身には、まだ微弱ではあるが、気功を纏った輝きが見える。
決闘は長引いていた。こっちが気合いを入れて木刀を振るっているのに対し、向こうは随分余裕があるように見える。明らかに手を抜かれていた。
「真面目にやりなさいよ、あんた!」
「でも・・・・・・・・・」
「母さんの言うことなんて考えないで!」
自分の父親は、目の前の少年の両親と同僚で、古くから付き合いがあった。ある日、年が同じ自分の子供を引き合わせ、ちょっと試しに武闘の稽古をさせてみようという話になった。
結果、ライアは見事に、カイに惨敗していた。
その時にライアは肩に軽い怪我をしていた。訓練ならば、例え子供でもこの程度の怪我、日常茶飯事である。
特に気功士は、身体の治癒能力が尋常でないぐらい高いため、誰もこんなこと気にしない。一日も立てば、傷跡など痕も残さず消えるだろう。
だがそれを黙っていない人がいた。自分の母親のアルマである。彼女は負けた後で、鬼のようにカイの家族に怒鳴りかかってきた。
自分の子供に怪我をさせた、誠意を持って謝れと。渋々彼らが頭を下げても、彼女の激昂はしばらく止まらなかった。
その後、家に帰った後、ライアは思いっきりアルマにひっぱ叩かれた。
《プライスのガキに負けるなんて、何てざまよ! 我が家の恥が!》
財力も地位も、こちらより劣るプライス家に負けたのが我慢ならなかったらしい。このとき母から受けた体罰で出来た傷は、カイから受けたものよりも遙かに深い傷であった。
負けた事への悔しさよりも、この時の母親からの恐怖の方が、幼いライアの記憶に深く刻まれていた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・・」
「えっと・・・・・・大丈夫?」
戦いはライアのスタミナ切れで負けとなった。息が荒く膝をつく自分に、カイが心配して駆け寄る。その顔には、相手を見下すようなものはなく、本気で自分を気遣うものだった。
「明日・・・・・・またここで・・・・・・」
もう張り合う元気もないライアは、ゆっくりと立ち上がり、それだけ言ってカイに背を向ける。カイはこれにまた困惑していた。
「でも・・・・・・それじゃあ」
「母さんのことなんて気にしないで、そう言ったでしょ?」
あの一件以降、父とカイの両親は、二人を引き合わせないようにしていた。アルマから、またあのような癇癪を起こされてはたまらない。
だがライアはこれに反発して、こうしてこっそりとカイと会っていたのだ。
やがて時が流れ、ライアは訓練を重ねて、どんどん力をつけていった。そしてある日、とうとうカイに勝利することが出来た。
とても嬉しかった。長年の目標をついに達することが出来たから。
《はぁ、ついに負けちゃったよ・・・・・・ライアもすごく強くなったね。僕もまだ練習が足りないかな?》
負け勝負の後、爽やかにそう言ったカイ。こちらと違って、相手は特に悔しさや、こちらへの敵意など持っていなかった。
やや拍子抜けしたが、勝負って普通はこんなものなのかな?とライアは納得していた。元々自分の母親の方がおかしいということぐらい、幼かった自分でも十分理解していたのだ。
自分にとって反面教師になったという意味では、あの母親に感謝してもいいかもしれない。
その後まもなく、カイと勝負して勝ったことが、家の者にも伝わっていた。こっそり会っていたのに、どういう経路で知られたのかは、今でも判らない。
あのアルマは、今までの鬼のような形相が一変して、自分を褒め称えてくれた。だがあの時の、醜く歪んだ顔で、自分を何度も木刀で殴った恐怖は忘れられず、それに何の喜びも感じなかった。
やがて時が流れて・・・・・・
「ライア! ライア! 起きて!」
「・・・・・・・・・うん?」
耳元に響く聞き慣れた声に、ぼんやりとしていたライアの意識が、徐々に鮮明になっていく。目を開けると、こちらを心配そうに見下ろすカイの顔があった。
「おはようカイ・・・・・・今日は何時に出る・・・・・・」
「いや、ここは家じゃなくて、憲兵署だから・・・・・・」
やや呆れた口調のカイの言葉に、ライアの意識が一気に覚醒した。
周りを見渡すと、そこは堅固な壁で覆われた取調室(ゲドがいたところとは別)の中であった。
自分はパイプ椅子に座っており、目の前には金属の机が、そしてその更に前には、自分と向き合うように憲兵が座っている。
「グゴォーーーーーーーーーーー! グゴォーーーーーーーー!」
その憲兵は寝ていた・・・・・・。
凄まじい豚の鳴き声のような鼾を上げて、涎をダラダラ流しながら爆睡中である。ちなみにこの憲兵は若い女性。織女にあるまじき醜態である。
「そうだ私、確か憲兵に・・・・・・」
あの霊術士らしき身なりの少女が起こした騒ぎの後、明かされた事実にまともに動けない彼女は、あのあと父が送ってきた使いの者に連れられて帰宅した。
そして今朝、憲兵隊が家にやってきて、一家全員が事情聴取のために、憲兵署に連れて行かれたのだ。
ただし父親の方は、騎士団で重大な仕事があるからと呼び出されていたが。
だが取り調べのために、この部屋に入り、そして椅子に座った直後からの記憶が全くない。
「一体何が・・・・・・ていうか、何でカイがここにいるの!?」
自分の座っていた椅子の、右横隣に立っていたカイ。どうやら眠っていた自分を起こしたらしいが、そもそも何故ここにカイがいるのか・・・・・・。
慌てて立ち上がって、カイとライアが向き合う。
「それが・・・・・・ライアのことが心配になって・・・・・・ちょっと憲兵署の近くを見に来たんだ。そしたら何か変な力を感じて・・・・・・」
「変な力?」
「多分眠りの魔法だと思う。この建物にいた人、皆寝てたし」
「へぇ?」
カイに連れられて、取調室から出てみるライア。事情聴取中に、勝手に出歩くのはマナー違反だが、相手の方が仕事中に寝るという醜態を晒しているので、お相子にしてもらおう。
憲兵署の廊下を歩き、各地の部屋を覗いてみる。そしたらカイの言うとおりに、憲兵や役員、全員が見事に爆睡中であった。
廊下には何人もの人が倒れている。何かあったのかと駆け寄ってみたら、彼らはただ寝ているだけであった。
事務室の方を覗いてみると、机の前で書類仕事をしていたらしい人物が、机上の書類に顔面キスをしながら眠っていた。眠りながらも、手にはペンがしっかり握られており、日頃から仕事熱心な人なのかも知れない。
試しにライアの時のように、揺さぶったり声をかけたりしてみたが、誰も一向に目を覚まさなかった。
「これっていったい・・・・・・」
「判らないよ。攻撃を受けた、にしては何か変だけど・・・・・・」
本当にここ最近は、おかしな事ばかり起こる。特にあの子供とか・・・・・・
「あっ!?」
その時ライアは、あるとてつもないことを思い出した。取調室に連れて行かれる途中で、自分は憲兵達のある話を立ち聞きしていた。
確か学校で騒ぎを起こしたあの子供が、今日この憲兵署に来ていると・・・・・・
その話を思い出した途端、ライアの胸中に底知れぬ嫌な予感がわき起こってくる。
「カイ! あの霊術士の子は、この建物のどこかにいるわ! 行こう!」
「えっ、ちょっと!?」
二人は大慌てで、ゲドを探しに署内を駆け出した。
ゲドが連れ出された取調室では、まさに惨劇が起こっていた。
それは身長140センチにも届かない子供が、身長180台の大柄な男を、一方的に殴りつける光景である。
勿論子供が大人と格闘ごっごをしているとか、そんなものではない。
子供=ゲドは、仰向けに倒れている憲兵の腹の上に立っており、そこから下の方、つまり憲兵に向かって何度も拳を突き続けている。
「うらうらうら~~どうした、何か言ったらどうだ? さっきみたいに国家反逆だの、ゲスだのと、馬鹿みたいに叫んでみたらどうだ!?」
無抵抗の憲兵に向かって、ゲドは何度も何度も殴りつける。彼の顔を、胸を、肩を、その小さな拳を叩きつける。時々足下を思いっきり踏みつけて、彼の腹にも圧迫を与える。
ゲドの拳は、憲兵の血ですでに真っ赤に汚れていた。彼女の服にも、相当な返り血が染め物のように付着している。
ゲドの馬鹿力で放たれた、鋼よりも硬い拳。本気でやっていたら、一撃で彼は即死していただろう。
だがゲドは上手いことパワーを調節して、ギリギリ死なない範囲で殴っていた。だがそれもそろそろ限界が来ている。
ゲドが拳を止めると。見下ろす位置にいる彼の姿。顔の骨格が砕け曲がりくねり、もはや人間とは思えないほどの、真っ赤な変面顔になっていた。
肩も粉々になっており、腕があり得ない方向に曲がっている。肋骨は全てへし折れて、肉と皮がグチャグチャに破れて、内部の肺や内臓が見えている。
これを見て、彼がまだ生きていると言われても、誰もが信じられないだろう。どうやら彼は、一流の気功士だったらしく、生命力は常人を遙かに凌ぐ。
だが今回はそれが仇になった・・・・・・。本当なら死んだり、気を失うような怪我や苦痛を負っても、彼の意識は消えずに、絶えず痛みを味わい続けているのだ。
「おし、そろそろだな・・・・・・・・・ヒーリング!」
ゲドは彼を殴るのを止めると、彼に向かって右掌を突き出し、魔法を放った。
掌から暖かな白い光が、木陰に射し込む太陽光のように、光線となって彼の死にかけた身体に照射されていった。
するとどうだろう。彼の身体はみるみる内に回復していく。まるで映像の逆再生のように、砕けた身体が見る見る修復されて、彼の元の人間の姿に戻っていった。
ヒーリングとは、肉体の自己治癒能力を高め、身体の傷を治す術である。それでもこれほどの傷を、こんな一瞬で完全治癒など、そうそう出来るものではない。
「かあっ!? はぁ、はぁ・・・・・・・・・ひぃいいいいいいっ!?」
身体の治癒と同時に、意識も強制的に引き戻されたらしい。自分の腹の上に立ち乗りしているゲドの姿を見て、恐怖のあまり泣き出した。
さっきまでの彼女らへの強気な態度が、まるで嘘のようである。
(うわ~~えぐ・・・・・・そろそろ止めようかしら?)
どう考えてもやりすぎの行為に、ステラは止めようとも思ったがすぐに考え直す。
殴られた事への怒りも当然ある。ただこいつは、最初に詰問したときも、こちらの聞いていることに全く答えようとはしなかった。
ただひたすらこちらを、反逆者だの悪党だのと、罵倒の言葉を繰り返すだけ。具体的に自分たちが何をした容疑で、そのように罵ってくるのか、その辺の説明が全くない。
ただひたすら「本当は判っているくせに惚けたことを言うな!」「無意味な説明など必要ない!」と繰り返し言い続けるのだ。
向こうが先に脅迫と暴力による尋問をしてきたのだ。ならばこいつにも自分が拷問を受ける事態も、覚悟してもらうべきだろう。
「さあ、12回目のお仕置きといきますか!」
再び、さっきと同じように憲兵を殴りつけるゲド。肉が、骨が、皮が、再びグチャグチャに破壊されていく。
そしてそろそろ限界と見たところで、またさっきのように回復魔法で癒やし、また殴りつける。そんな行為が、その後何度も繰り返され続けた。
最初は回復の度に、こちらにまたあの罵声を浴びせていた。だが回数を追うごとに、徐々にその声は小さくなる。ゲドの方ももういちいち質問を繰り返すのをやめて、ひたすら暴力に明け暮れている。
やがて、もう助けてくれと、弱気な発言を口にするようになった。もちろんそれでゲドが手を緩めることはなかった。
「そろそろいいんじゃないの? 話を聞いてみたら?」
17回目のリンチが終わったところで、ずっと隣で見ていたステラが、ようやくそう口にする。さっき殴られた傷は、もうほとんど回復していた。
「ああ、そろそろ飽きてきたしな。ヒーリング!」
再び治癒される憲兵。もう彼は言葉すら発しなかった。肉体は無事でも、繰り返し味あわされた痛みの記憶で、もはや口を開く精魂すら湧かないのだ。
ただ悪魔を前にするように、ゲドの姿に怯えているだけだ。




