第十九話 吊り上げ
「ずっと前から判ってたけど、正面から話を聞いて、胸がすっとしたよ! この国の政府には何の価値もない! ただインチキ宗教を吹聴して、金を巻き上げるだけの詐欺集団だって、はっきり判ったよ! 正直こんな国、いっそギールに負けて支配されたほうが、今よりずっとマシになるんじゃないのか!?」
ゲドは自分自身がずっと思っていた事を、腹の底から迷わずに言ってのけた。
こんな発言が出来る者など、この国には一人もいないはず。これは国に対する不敬罪なんてレベルじゃない。
政府関係者や聖教信仰者の耳に入れば、あっとうまに本人とその家族含めて皆殺しだ。
だがゲドにはその心配は全くない。一度死んで姿を変えたゲドの家族など、どうやったって見つからないだろうし、何よりゲドには力がある。どんな敵が現れても全く恐れる必要がない力がだ。
それはまだ男だったかつてのゲドのように、弱者には決して出来ないことを出来る権利を得たということ。弱者でなくなったからには、何でも自由に己の考えを主張できる。
だからこそこうして、堂々と国を侮辱した言葉を、宿の外=大勢の人が行き交っている大通りにも、はっきりと聞こえるぐらい大声で言ってやったのだ。
彼女の発言にはステラを含めた他の者も、この世の終わりでも起きたかのような、唖然とした表情で固まっている。
「きききききっ・・・・・・・・・貴様は・・・・・・いいいいいいいいインチキだと~~!?」
顔を真っ赤にして、怒りのあまりまともな言葉が出せずにいる。そんな彼の滑稽な様子など、あっさりスルーしてゲドは言葉を続ける。
「インチキってとこの、どこに否定要素がある? もともとコンという女は、自分を崇拝の対象にすることを認めてなかった。それどころか本人は、もうこの世界にはいないんだぜ? それをどれだけ崇めようが、俺たちに何の加護がある?
ただ適当な教義を口にして、お布施とかいって金を巻き上げて、まつりごとを好き放題操っているだけだろうが! 正直聖教が邪教だとか言ってる、霊界教や精霊信仰の方が、よっぽど世の役に立ってるぜ」
「貴様っ!? ずけずけと言わせておけば! おとなしく我らに従えば、罪を償う権利を与えてやろうと思ったが、もう許さん! 今から貴族院に報告して、貴様を死刑では生ぬるい罰を与えてやる!」
反論する騎士の言葉に、ゲドは相手側に判りやすいアクションで、鼻で笑ってやった。やはりこいつの目的はそれだったのかと。
どんな重大犯罪者でも、たった一人の騎士が数名の私兵だけを連れて現れるというのは、捕り物としては一般的ではない。
おそらくこれは貴族院からの命令ではなく、彼個人がゲドを自分の手元に取り込もうとした策略なのだろう。
当然彼が言ったご託も、本来正当化できるものではない。勇者による民家への略奪・傭兵による盗賊行為。政府と教会が取り決めたこれらを黙認する方針は、れっきとした職務放棄である。
今までは信仰と世界を守るという大義名分の元で、無理矢理話を通してきたが、それももう限界が近い。民衆の政府への不満と怒りは、どんどん上がってきている。
最初は政府を支持していた聖教信徒達にも、立場を入れ替える物が続出している。いつ大規模な反乱が起こるか判らない状態だ。
そんな折りに勇者狩りで多くの民衆を助けているゲドを、凶悪犯罪者として捕らえたら、それは崩れかけた堤防に、とどめの一撃を入れるようなものだ。。
先ほど騎士が言った《元々勇者は、俺の身に起こった災難は、己の力で克服する物と、あえて何も言わずにいた》という理屈は当然存在しない。
相手がどんなろくでなしであろうが、ゲドがしてきたことは間違いなく傷害罪、よくても過剰防衛であり、れっきとした犯罪である。
しかも先日には、家一つを焼失させる放火までしたのだ。これを見逃す道理など本来はないのだ。
ゲドが今まで指名手配されなかったのは、絶対的権威を持っているはずのロームが、着実に追い詰められていることを物語っている。
ギールとの戦争が、想定以上に長引いたのが原因だろうが、全ては身から出た錆びだ。
「覚えていろよ! 己の愚かさを後悔させてやる!」
そう捨て台詞を吐いて、宿から逃げるように飛び出そうとする騎士。だが突然その足が止まる。それどこからすっころんで、顔面を思いっきり地面に激突させた。
この光景はさっきの声に驚いて、集まってきた外の大勢の野次馬に、思いっきり目撃されていた。
彼が転んだ原因は、ゲドが後ろから彼のマントを掴んで引っ張ったからだ。
いつのまにテーブルから騎士との距離を詰めていたゲド。鼻血を垂れ流しながら、後ろに振り向いてきた騎士に、彼女はこう言った。
「帰るのはいいんだけどよ。一応こっちのおもてなしを受けてからいけよ」
ゲドはとても晴れやかな笑顔を向けるのとは対照的に、後ろにいたステラ達は絶望感たっぷりだ。
「ちょっとゲド! あなたいい加減に・・・・・・」
ステラが静止の言葉を上げようとするが、恐怖のあまり言葉が続かない。ゲドはマントを掴んだまま、ジタバタと喚きながら暴れている騎士を、ズルズル地面に引き摺っていく。
大勢の人々の目線の中で、ゲドは大通りの方へと歩いて行った。
数十分後。街の東地区の中央通りにある、ここの名物の時計塔に、ある物が吊されていた。
何千人もの人々が見上げるそれは、両手足を折られて裸になった状態で縄で縛られて、時計塔からてるてる坊主のようにぶら下がっている、あの騎士であった。
「ちょっとあんたっ! あれはどういうつもりよ!」
まるで何事もなかったかのように宿に戻ろうとするゲド。だが道中でステラに遭遇し、怒声を浴びせられた。
あの後すぐにステラは、ゲドの後を追いかけていった。そしてあの時計塔の現場を数千人という野次馬と共に目撃してしまった。
あの人物が、そこそこ名の通った騎士の一人であることが知れ渡ると、野次馬達の反応は二極化した。トラブルの気配を感じて、足早にそこから立ち去る者。そしてこの光景を喜び、面白がって野次を飛ばし、写真を撮ったり、物を投げつけたりする者。
ローム王国の歴史上、前代未聞の大事件である。そしてその事件の根源に、自分は深く関わってしまっている事実に、ステラは寒気を感じる。
一瞬この街から逃げだそうと思ったが、すぐにそんな考えはドブに捨てた。彼女にはどうしても、この事件の犯人に言ってやりたい言葉があったのだ。
「何で怒ってんだよ? いつもの通りじゃんか?」
「全然いつも通りじゃないわよ! 相手が何者か判ってんの!?」
「ロームの騎士様だろ? それがどうした? 結局あいつも勇者と同類のクズだぜ」
それはステラも同意見だ。だが問題なのはそこではないのだ。
「こんなことしたら只じゃ済まないわ! あれはもう、不敬罪なんてレベルじゃない! 政府は明確にあんたを捕まえる口実が出来たのよ! 貴族院は本気になってあんたを殺しに来るわよ! もしかしたらあんただけでなく、今まであんたが少しでも関わった奴らにも、害が出るかも知れないわ!」
「それは勿論お前もだよな? 怖がることない、俺がまた返り討ちにしてやるよ。むしろこっちには好都合だ。最終的には貴族院に乗り込んで、全員潰してやるつもりだったからな。俺はそのためにここに来たんだ」
「はぁ!?」
ゲドの本心にステラは唖然とする。彼女としては、ここで勇者や貴族お抱えの傭兵達をありったけ潰して、奴らの面子を潰してから、この都市を抜け出すつもりだと思っていたのだ。
だがゲドは最初から貴族院に、正面から喧嘩をするつもりだったのだ。そんな無茶なと、普通は言う所だが、ゲドとしばらく付き合っていたステラには、それは可能だろうと結論づける。
ゲドが本気になれば、ローム王宮本軍と正面から戦うことも出来るかも知れない。こいつはそんなレベルの化け物なのだ。だがそんなことをしたら・・・・・・
「あんた・・・・・・・・・最近調子に乗りすぎてない? あんたは正義の味方を目指してたんじゃないの? はっきり言うけどね、何でも暴力で解決できるほど、世の中は甘くないのよ」
元々自分だって暴力的な行為を繰り返していたステラ。
だが世の中には、そんな自分でも吐き気がするようなクズはたくさんいる。そういう奴を踏みにじるゲドの姿を、ずっと側で見ていたステラは、何となく気持ちの良いものを感じていた。
だが今ゲドがしていることは、そんな気持ちを吹っ飛ばして、逆に嫌悪を覚えるほどになっている。
この世界には、ゲドにとって敵がいなさすぎるのだ。本人はあまり判っていないようだが、怖いものが何もない存在は、他の者から見れば存在自体が脅威である。
このまま彼女の思い通りに破壊を繰り返せば、どんな事態を招くか・・・・・・
「ほう? 例えば?」
「例え腐っていても、貴族院は政府の中核の一つよ。それが壊滅したら、この地区一帯は、大きく混乱するわ! 当然民衆に犠牲が相当出るわ」
「だったらその国を荒らす奴らを、片っ端から潰せばいいだろ?」
「だからそういう暴力的な考え方が・・・・・・」
「いい加減にしろ!」
怠そうに返事していたゲドの声が、一気に冷徹で怒りの混じった声色に変化した。
急な態度の変化に、それに気押しされて、ステラも思わず黙る。
「暴力はよくないって、そんな言葉言えた口か? お前は? お前が砦でどんな振る舞いをしてきたか、俺はよく覚えてるぞ! そのことを差し置いて、いつからお前はそんな説教できるほどの人格者になったって言うんだ!? 俺を死なせたとき、お前は少しでも後悔したか!?」
「それは・・・・・・」
ものすごい勢いでゲドが叫ぶ。かつて自分を殺した事実を、彼女は決して水に流したわけではないようだ。予想外の口答えをされたことに苛立ち、感情が再び爆発してしまったようだ。
これには答えられるはずもない。
気に入らないこと、思い通りにならない事があったら、己の力と暴力で解決させる。ステラ自身がこれまでしてきたことだ。
人がばたばたとゴミのように死んでいく戦場では、知らない奴が何が原因で死んでも、特に感傷を持ったりはしなかった。例えそれが自分のせいであっても。
何故今自分が、あんな平和主義者みたいな抗弁をしているのか、自分自身でも不思議なくらいだ。
何だか自分自身の価値観が、頭の悪かった子供の頃に戻ってきているような気がする。
「これ以上余計な口は叩くな! お前は俺の保護者を演じていれば、それでいいんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ステラが何も喋らなくなると、ゲドはさっさとあの宿に足を進めていった。その後を追うステラの胸中には、混乱と不安と自己嫌悪が入り交じっていた。




