終・後
「ふむう。これがお古都の仕えている屋敷……なのか?」
「随分……悪趣味ですわね」
「近所では緑霊館と呼ばれているみたい。そんな不名誉を取り除くために頑張り中。まあ外装は誰かに頼まないといけないからどうにもできないけど……とにかく、中に入ってみてよ」
二人の反応を見ていますと、三カ月ほど前のことが思い出されます。初めてこの御屋敷へ来た時も、私は同じようなことを宗司様へ言いましたっけ。もうすでに懐かしいものです。
「おおう、いつもより華やいでいると思ったら、三種の花が芽吹いていたとは。今日がその日だったんだね」
リビングの扉を開けて入ってきましたのは、まだ私よりも長く緑霊館へ通っていらっしゃる、宗司様。毎週この曜日には金字さんに会いに来るので、宗司様に二人を会わせるのは織り込み済みでした。
「ごめんなさい宗司様。二人がどうしてもと言うので、連れてきてしまいました」
「ははは。僕が『嫌だ』と突っぱねるとでも?」
そんなことがあるはずありません。宗司様は変わらず、ナンパなお方ですから。
「あ、あらやだ、クロック様、いらしたのですか」
ポッと顔に火を灯すキヌ。あー、この反応は本格的に。
「待てお古都。お絹はともかく、わたしは別に面会したくない。なにをさらっと捏造している」
少しの嘘は、香辛料。私もいよいよ罪悪感が湧かなくなってきました。
「金字さんの様子はどうです?」
ハヤの言葉を無視し、私は話を進めます。
「元気に執筆をしているよう。いやあ、最近の金字は凄いねい。これが吹っ切れた馬鹿の力ってやつだ。僕には絶対に真似ができないや」
からからと笑う宗司様は、以前までの得体の知れなさはどこにもなく、純粋な好青年そのものでした。
「……ねえ隼さん。ワタクシの記憶が正しければ、雇用主を『先生』と呼んでいたような気がするのですけれどねえ」
「ああ奇遇だな。全く同じことを思っていたぞ。少なくとも、梅雨が明ける前は先生と呼んでいたな」
そういえばそうでしたね。たった約二か月前の出来事でしたかあれは。
「……何時の間に、そんな名前で呼ぶような仲になっていたのです? というか、どういう仲なのです?」
「現実逃避はやめろお絹。…………。どういう仲なんだ?」
「隼さんの方こそ重傷ではないですの」
二人で秘密の会議。正直、筒抜けです。
「いやいや、どうしてこう、女学生の秘密の会話というものは、見ているだけで心が踊るのだろうねい」
「宗司様。そういうのは心に押し止めるだけにしませんと。悪趣味は嫌われますよ」
「……手厳しいねい美古都ちゃん。そんなにズケズケと物言いする娘だったかな?」
「私の周りは最近、自分に素直となった人が多いですから。私もそろそろ、素直になってみようかと思いまして」
「それにしては、ぱっと見だけの美古都ちゃんはいつまでも変わらないよねい。というか、変わらないように、見えるねい」
「私、演技はできませんから。……宗司様。あまり悪いことをおっしゃいますと、ミズ・ヤンデルに宗司様のことを教えますよ?」
「あっはっは! いやあ、婦女子は怖いねい、全員が演劇者ってところかい! いやいや、勉強になったよう。もう、本気になった女性と莫迦には喧嘩を売らないことにするさ。お家芸のはずなこちらが、蛇のように締め殺されちゃどうしようもない」
突如笑い始めた宗司様を、ハヤとキヌはぽかーんとした表情で見つめます。
「あのな宗司。七君を悪く言うな」
突如現れた先生は、丸めた原稿用紙で宗司様の頭を小突きました。
「いきなりお言葉だね金字。金字も気を付けろよ。僕が美古都ちゃんの年頃ではよく大人を愚弄してきたものだが、まさかこちらが好き勝手、手のひらで転がされるとは思わなかった。友人としての忠告だ」
「それならそれで、俺がそう育てたのだから本望だ」
「まったく。惚気はいい加減にしてほしいねい。吹っ切れたからってさ」
「ふん。お前にここまでいい女がひっつくことは今度あるまい」
「はいはい。それなら僕は、大和撫子ではなく、レディーを狙おうとするかねい」
こちらはいつもと変わらぬいい争い。私には慣れたものでした。二人の関係をそれほど知らぬ二人には、普通に喧嘩しているようにしか思えないでしょう。
この二人は、いつまでも友達であり続けます。是非、私たちもそうなりたいものです。
「ねえクロック様、最近のお勧めの小説はありますか?」
「んー、そうだねい、」
いい加減、痺れを切らしたのか。キヌが宗司様を独占しようとします。一度火が点いたら周りが暗くなるキヌからすれば、よくも持った方ではありますか。
「……あのな、先生とやら。いや、もう既に過去か? どうでもよい。自分がお古都を変えたように言うのは心外だ。そもそも、どこまでお古都に影響を与えているというのだ」
「ふん、小娘が。女を変えるのは男だ」
「前までは自信がなかったくせに、急にどうしたというのだ。そんな情緒不安定では、お古都の側にいさせるだけでも危険すぎる」
「何を言う。俺は彼女の両親まで助けている。それでいて、俺はずっと、彼女を陰から支えてきた。これで何故に危険と吐き捨てられる」
「そもそもわたしは、貴男の名前すら知らん。お古都の師匠というのなら、その名前ぐらい出しても問題なかろう? でなければ、わたしは貴男を信頼できん」
「ふむ、俺の名か」
そう言った先生は空を仰ぎ見ます。
「これまでは我自権先を名乗ってきた。これよりは我流自権先。七君により、リュウを取り戻した男だ」
驚きで目を丸くするキヌとハヤを見ながら、金字さんは、現在お庭で咲き誇っている向日葵のように笑いました。
私の夢は、叶いました。
これからもずっと、私の力で叶え続けます。
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なんというか、申し訳ありません。
「この設定どうした」とか、「この展開はありえない」といった意見があるのは重々承知しております。
全ては、自分の力がなかったからだと自覚しています。
それでも、もしもここまで読んでくれた方がいらしたら。
そのときは、心からのお礼を申し上げます。