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我流自権先  作者: いせゆも
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我流自権先・2

 ハヤは例の殿方との一件は進展がないようです。教室に居る時も、読書もせず着席しながら静かに瞑想をしているだけ。このぴりぴりとした空気の近くに寄ることも、仲の良くない生徒にとっては大変に難しいのです。

「ではこの答えを……日下部さん。分かりますか」

 ですが教師にとっては、たかが学生一人の覇気など、通じてくれないようで。

「…………。……分かりません」

 あらら。そこは平時の通りなのか、悔しそうに言いました。可愛らしい。


「お古都は母上や父上から、使用人していることに、なにか口出しされたりしないのか?」

 お昼休みは、やはり三人で屋外に集まります。お空の機嫌さえ悪くなければ、これはもう暗黙の了解なのです。ここは私たちの愛の在処、とでも言っておきましょうか。そのワードを呟けば、キヌは私から逃げて行き、ハヤは狂喜乱舞するでしょう。……間違えても言えませんね。

「するよもちろん。でも最近は、脚を運んでいないから、どうも訝しがっているみたいだけれど」

 私が緑霊館に通い始めた頃は事情もありましたから、お父様もお母様もお兄様も口出ししませんでした。不義理にも娘を売った重責を背負っていたのです。しかし私が喜んで通うところを見て、それはそれで不安がっておりました。今度はその逆。私が毎日、ふつうに帰ってきていることに、得も言われぬきな臭さを感じているようです。全て知っているはずの宗司様は、何も説明せずにお金を届けてくれるところは、更に疑惑を増しているでしょう。

「……え? あの美古都さんが?」

「本人を前にして、あのってなによ。あのって」

「なにせ美古都さんは、甲斐甲斐しく世話をする人だと思っていましたから」

 私だって、自らをそのように分析していました。何もなければ、いつまでも先生のお傍で、心身の補助をしていたかったのです。それを崩壊させてしまったあの方の暴挙。許すわけにはまいりません。目論見は、全て潰さなければ。

 しかし、その一歩を踏み出すためには、もう少しだけ、勇気が必要でした。

「ちょっと訳ありで。色々と準備に忙しいんだ」

 そう言いますと、二人は顔を向かい合わせます。私に聞こえぬよう、ひそひそ話。「……美古都さんの準備は、不穏な空気を感じますわね」「わたしたちはそれで一度、煮え湯を飲まされてるからな。ああ、なんだか鳥肌が……」とでもいったところでしょうか。失敬な。あの時の二人は、ああまでしないと争いを止めなかったくせに。

「ふうん。そんなこと言っちゃうんだ」

 ニコリと笑いながら言いますと、二人はビクンと身体を振るわせました。やや涙目で、私にあわあわと許しを懇願します。

「そういえばさあキヌ、一ヶ月ほど前、一人で帰る時に、」

「み、美古都さん、なんで知っているんですの!?」

「ねえハヤ。一週間前に、件の男性と夜に、」

「ど、どこにいたんだお古都は!?」

 私は今一度、爽やかな笑みで返答します。

「ああ怖い怖いのですわ隼さん、わたくしはどうしてこんな蛇に舌をちらつかれなければならないのでしょうか。もう十分なほど隼さんに贖罪したのですから、わたくしに残った罪はないといいますのに」

「いい、もう水に流したし、残っていたとしてもわたしが全て拭いさってやる。お絹は悪くない。だからお古都、お前の悪心はわたしが受け止めてあげるから、どうかその怒りを沈めてくれ!」

 あら失礼です。私はただ、本人は隠しきれていると思っている真実を、白日の下にさらそうとしているだけですのに。

「――ま、そういう冗談として」

 大切なお友達に、どうしてそんな非道いことができましょうか。私の声の調子から、こちらの言葉が本当だと思ってくれたようです。

「忙しいってのは本当かな。あ、二人には関係ないことだから心配しないで。ちょっとこれだけは失敗したくなくて。まだちょっと物足りない部品がある。どうやって埋めたものかな」

 その調達手段に手間取ったものです。

「…………」「…………」

 二人はまた、顔を向き合わせます。

「美古都さんが本当に困っているというのなら、手伝うのは吝かではありませんわ」

 凛としたキヌの言葉。その態度はあくまでも超然としてて、私に前向きという単語の意味を、生き様で示してくれます。

「ああ。怖さはもちろんあるが、それ以上にわたしたちは、お古都に恩義もある。……いや、それは違うな。そんなものがなくたって、お古都のためになることなら、喜んで手を貸すぞ」

 柄にもなく、素直に恥ずかしいことを言うハヤ。自覚しているのか、顔を赤くしています。

 お互いに遠慮しないのが友情というものなら。

「キヌ。ハヤ。友達として、ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけれど、いいかな」

 私がそう言いますと、キヌはとても満足そうに、ハヤは恥ずかしそうに、それぞれ表情を形作りました。そういえば、この二人に頼ったことはただの一度としてありませんでしたっけ。私こそ、人に頼らなければならないのでしょうね。


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