我流自権先・3
「おい美古都、四番テーブルだ」
「はーい四番ですね」
お父様に頼まれ、私は客席へ注文を届けます。日を追うごとに気温の上がる今日この頃。ソーダ水が、後から押されるよう次々と注文が入ります。
「……しかし、よく働くなあ。そこまでして欲しいもんってなんだよ」
私の仕事ぶりを見て、お父様と同じ厨房で働く『』兄さんが、しみじみとそう言ってきました。
キヌが格安で売ってくれることになりましたが、今の私の手持ちでは、到底届きません。この店の実の娘ではありますが、お雇いさんと変わらぬ給料で働かせてもらっています。その分、しっかりと職務に励まないといけませんが。このくらいの対価なら真っ当なものです。
「女学生の秘密を知りたがるなんて、兄さんはデリカシーが足りないですね」
「でり……? はっ。一丁前に横文字なんか使いやがって。近頃じゃ無駄に着飾ってよ。まだ青いちんちくりんのくせに、なに色気付いてやがんだ」
「あら。私ももう、誰かのお嫁さんになってもおかしくない歳ですよ。もう殿方を喜ばせる術を学んでもいいと思いません?」
「……なに? おい美古都、兄さんは、そういうの許さないからな」
兄さんはよくからかってくる割には、いざ私が男性と一緒に居るところを見ると、途端に情けない顔をするのです。お客様から、私的にお声をいただいた時なんか、厨房の向こうからお客様を睨んでいます。まあそういった時は私も丁重にお断りさせてもらっています。兄さんはお父様に拳骨をもらっていますが。その度に私はけらけらと笑ってしまいます。
「あ、お客様です。行ってきますね」
本当のことです。ドアベルがカランカランと、涼やかな音を店内へ響かせていました。私はすぐに接客しに行きます。
「……って、あら」
「やあ美古都ちゃん。久しぶりだね。ああ、今日は純粋に客だから」
初めて会った時から変わらぬ笑顔を顔に貼り付かせた、宗司様。まるで何事もなかったように、私の前に姿を表しました。
「あのリビング以来だから……二週間ほどか。いやいや、ほんの少し会わない間に、また綺麗になったね美古都ちゃん。やはり、目標に向かっている少女は、目を見張るものがあるよ」
そう言いながら、さっさと一人で空いている席に座りました。一応案内しようとした私は、宗司様の後ろに追従した形になります。
「ふう。僕も最近は入れ込んでたから、やっと人心地ついたよう。心を亡くすと書いて忙しいと読むわけだけれど、事実だねい」
「そんな忙しい中にきてくれたんですね。ありがとうございます」
「くっくっく。その言葉、素直に受け止めればいいのか皮肉ととらえるべきか、判断に迷うねい」
さあ。私とて、どちらのつもりで発言したことやら。
「僕に少しだけ時間をくれないかな?」
「申し訳ございません、客様からのお誘いは、全てお断りさせていただいているので。」
「まあまあ。一つ確認しておきたいだけだから。返事は一言だけでいいよ」
これまでの宗司様なら、「それじゃ、仕事が終わったら」と、いつまでもその口調と同様に粘るでしょう。立場が立場だけに、お父様や兄さんもお店から追い出せません。
「手短にお願いしますね」
「――君は、金字のためになることのために、金字から離れているのかい?」
「当然です。私が先生を見捨てるはずなどありませんから」
「そうかい。それは安心したよう」
混じりっけのない、心からの言葉でした。
「もう僕は、諦めたのさ。やってることが裏目に出ていたんだからねい。これ以上余計なことをして、傷を広げたくはない。少しの方向転換で人のためとなるなら、敢えて中止させる理由を僕は持たないよう」
――先生を許せないと思うのが宗司様の一面なら、先生の友人という役割もまた、宗司様の一面なのでしょうか。
「あ、お金の心配はしないでね。金字の財布の紐を握ってるのは僕だから。美古都ちゃんが金字を見捨てない限り、きちんと払ってあげるよう」
「ありがとうございます。唯一の懸念が晴れました」
宗司様の援護です。これで、私はもう行動に移さない理由こそなくなってしまいました。
「金字はね、七君からの願いは断らない。七君の言ったことは、全身全霊を掛けて実行しようとする。そういう覚悟を持っている。生かすも殺すも、どこかにいるその女性次第さ」
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あとは、その契機。
「おや」
一通の手紙が届いていました。宛先は――




