恋・5
先生に顔を合わせ、しっかりと言い切ることができました私は、これ以上ないほどに嫌みな女だったでしょうか。あの先生が否定しているのです。たかが使用人である私に、否定する権利があるとは、冷静となった今ではありません。
二人に、我自権先様から教わったその意味を、一語一句間違うことなく伝えました。
「……なるほど。少しは理解できるな」
「わたくしは全く理解できませんわ。そこまで相手の方を知ろうと思いませんから」
意見とは異なるべき。たとえ気の置けない間柄であろうとも、全てを譲り合う必要はない。私たちの仲は、そのように成立しています。
「わたくしの場合、許嫁のためにそこまでの労力を使いたくありませんわ」
許嫁。
それは、私たち女学生にとっては、自分ではどうしようもない運命。大半の女性は、それでも親の意向には逆らわないのですが……キヌは、どうも素直に従いたくないのだとか。
お相手の方が素敵な方なら、文句を言える筋合いなどないのですが。
「はあ……自由恋愛……羨ましいですわね……羨ましい、羨ましい……」
そう小さく呟きながら、右手親指の爪を何度も何度も強く噛むキヌ。
「また始まったか。そういう部分がなければ、普通なのにはお絹は」
ですが私たちは敢えてなにも言いません。そのように淡泊であるからこその関係ですから。
両親の決めた相手。それはそれでいいのかもしれませんが、私たち三人は、やはり小説のような自由恋愛というものに憧れてしまう心もあまり強くは否定しません。ですがキヌの言った意味合いは、それとはまた違いました。
「不安なの?」
「ふふ。相手の家はコブラのような家だと。最近、そういう風評を聴きましたわ。言い得て妙、といったところです」
やっと落ち着いたキヌは、いたって平生に会話へ戻ってきました。
「コブラ?」
「ええ。蛇の一種ですわ。あ、ちなみに蛇とは、ニョロニョロした生き物ですわ」
「蛇ぐらいは知っているぞぅ」
ハヤがむくれました。口をへの字に曲げて抗議するそのおかしさときたら。私はふふっと笑ってしまいました。
「コブラというその種類のヘビは、毒を含んだ牙を獲物に突き刺し、弱ったところを飲み込むそうですわ。まさにそういう家なのですよ、私の許嫁は」
ご飯時に暗い話は合わない。それを誰よりも知っているキヌは、あくまでも笑い話のように言います。私とハヤも分かっているので、キヌの話に笑ってあげます。しかしキヌは、誰に相談しようが助けを求めようが解決できないこの問題に、心の底から怖がっているのは、誰の目にも明白でした。
「キヌ。そんなご飯が美味しくなくなる話題はやめましょう」
「うむ、そうだな。お前はわたしを弄っていればそれでいいんだ」
雲雀家の話をするたび、キヌは暗く落ち込んでいきます。私もハヤも、キヌの暗い顔など見たくありません。いつも気高くおほほと笑っていてこそ中屋敷絹というものです。それにご飯というものは、誰かと囲っているのならば、楽しく食べるべきなのです。
「おほほほほ。ついに認めましたわね隼さん。これでわたくしは、貴女公認の存在となりましたわ。さあ、もっと白状なさい!」
「あ、そう言う意味ではないのだぞ! わたしはただなあ、」
「いいじゃない。どうせ、いつかはハヤから明かすだろうから」
私は、広く浅い付き合いなど嫌です。どうせするからには、相手のことを誰よりも知りたい。そうして私は、十四年間生きてきたのですから。
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