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我流自権先  作者: いせゆも
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恋・3

「ああははは! おかしい、おかしいですわ! だ、だって、自分の蒔いた種ですのに!」

 これで教師や親に見られた日には、どれだけ怒られるのでしょうか。少し心配になってしまうほど、キヌは心も体も疲れ果てて戻ってきたハヤを見て高笑いをしていました。

「ふ、ふ、ふふ……」

 かくいう私も、笑いを堪えることは大層難しく……ふふ。

「貴様等……覚えていろよ……」

 昼休みの開始と同時に聖堂へ行ったハヤは、昼休みの半分も経たないうちに屋上へ舞い戻ってこれました。さすがは無尽蔵の体力を持つ女学生。

「しかも先に食べておってからに……お前らは少し待つこともできんのか」

「わ、私はハヤを待とうよって提案したんだから」

「その割にはしっかりと箸を動かしているではないか?」

「だって、お腹空いたんだもの……」

 あの広い聖堂をこの短時間で雑巾がけをし、教師の許可を出してしまったのは驚きですが。あそこは通常、五人揃っても三十分ほど掛かる、生徒たちの間で最も掃除当番に当たりたくない場所ですから。一人で五人以上の働きをしたということですか。

 ハヤから詳しく聴きます。簡単に言えば、休日、ハヤが町を出歩いていますと、ハンケチを落としてしまった。気が付かなかったハヤのために、拾ってくれた男性がいた。その男性とはそこから知り合い、様々なことを聴きだしてきて……。

「はあ。まさか、隼さんがそのような常道で引っかけられてしまうなどと。世の中、なにがあるのか想像できませんわね。しかしそれ以上に……どのような殿方が隼さんにお声を?」

「菜瀧中学の生徒だとかでな」

「菜瀧。さぞインテリな方なのでしょうね」

 この近所では、頭のいい男子が通う学校ということで有名です。ただ、身勝手なことに、私はあまりいい心象を持ち合わせていません。私の中で、インテリといえばどうしてか宗司様が頭に浮かんでしまうのです。あれはかなりのナンパ者なわけで。私の持っているインテリのイメージとは「好色者」なのです。

「普段は勉学に励んでいるのだが、わたしを見て、そんな気持ちも吹き飛んだとかなんとか」

 あー、一目ぼれというやつですか。とても共感します。一目拝んだだけで、身体が粟立つんですよね。

「わたしもちょっとどうかしてて、声が出なかったから、最低限の言葉だけで済まそうとしたら、なんか結果として」

「猫を被ってしまった、とでも言いますの」

 こくり。ハヤは小さく肯きました。

「隼さんは黙っていればただの少女でしかありませんからね。本性を隠されてしまった殿方が可哀そうですわ」

「わ、わたしだってしたくてしたわけじゃない! だが、押し切られては……その……」

「隼さんはよくそのような軽薄な男性と付き合えますわね」

「ハヤは誰よりも乙女だから。そういう方法だったからこそ成功したのだと思うよ?」

 宗司様と楽しくお話していたキヌには言われたくないです、とは言わないでおきました。大人の男性と少女小説で盛り上がっておいて。

「私が乙女……だったらいいよな。なあ。どうやったら気を引けると思う? こんなつまらない女、気に入ってくれる男性、いないのではなかろうか? なにせ相手は菜瀧だ」

 埴生の意味も分からないのか、と悩んでいたのは、そういうことですか。

「嫌でしたら、人造人間をやめて、普通にクラスに溶け込めばいいのではないですの?」

「できるかそんな、今さら、……ふ、普通の女学生ぶるなんて……」

 ……ああ、根本的すぎて忘れていました。ハヤが人造人間ロボットをしている訳を。それは私たちだけの、大切な秘め事です。たとえ我自権先様に言えと命じられましても、これだけは墓場まで持っていくだけの覚悟があります。

 まあ、少し安心しました。

 もしかしたら、ハヤがその殿方を排斥したい、と思う可能性だってありました。今回はどうやらその逆のようです。敵対するハヤは剥き身の刃でして、全力で鞘とならないといけませんから。それでどれだけ周囲を傷つけたことやら。

「何を言っているの。ハヤは十分、普通の女学生たる素質は持っているんだよ。自分で放棄しているから気が付けないだけで」

「ま、勿体ないとは思いますわね。それだけのお顔をお持ちなら、いくら腕っ節が強かろうが好きになってくれる男性もいてくれるでしょう」

 ハヤは、素直に恋をしたいのです。

 出会った当初、私もキヌも、そんな単純なことすら分からなく。ハヤにとっては辛く当たってしまいました。

 自分はそんな意図したわけでもなくても、相手はそう受け取ってくれない。私が人間関係の当たり前に気が付かされたのは、他ならぬハヤからでした。

「……はあ。どうしてこう、世の中は逆転しないものなのですかね。わたくしが隼さんの立場なら、もっと上手く立ち回ってみせますわ」

「そんなことを言っても現実には入れ換わることなどできないんだから。私たちができるは、少しでもハヤが事を成せるよう、いろいろと傾向と対策を練ることだよ」

 そのためには、少しでも案を出し、ハヤにその気にさせることです。

「例えば……そう。アイ・ラブ・ユー」

「い、言えるわけないだろう破廉恥な!」

「そうですわよ美古都さん。まさか、あなたからそのような台詞を聴くことになるとは思いませんでしたわ」

「どうせならわたしに直接言ってくれ!」

「あ、そっちですの……」

 相手の方が英語を分からなければ、どさくさに混ぜることができるかもしれませんが……菜瀧中学に通う男性ならば、知らない方が不自然というものですから。

「ですが私、言葉でなければ伝わらない想いもあると思うんです。日本ではそういった概念からしてありませんから。なにも言わなくても通じ合うことができる。この境地に達するためには、異体融心をする必要すらでてきます」

「なんだ、その、イタイユウシンというものは」

「聞いたことありませんわね」

 そうでしょう。そして、その反応が返ってくるのは、これで二度目です。

 私は、一度目の時を暫しの間、思いだします。


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