孤島への行軍、荒ぶる北海岸
初めての公式任務。松平春希が属する第四武装中隊は、幕府の命運を握る「無限の聖杯」を求めて北の海岸へと進軍を開始します。立ちはだかるのは遥かなる道のりと、荒れ狂う海。過酷な戦いを前に、気心の知れた仲間たちと交わす束の間の休息、そして決戦の地への到着が描かれます
副官・川口闇率いる第四武装中隊の遠征部隊は、夜明けとともに森林の軍営を出発した。目指す北の海岸線までは、距離にして正確に18,000歩(約45キロメートル)もの遥かなる道のりである。重い灰鉄の甲冑を響かせながらの行軍は、少なくとも丸一日と半日の時間を要する過酷な旅路となる。さらに海岸へ到達した後は、自らの手で小舟を組み上げ、荒れ狂う1マイルの海を渡る準備を整えねばならなかった。
闇副官が立てた作戦は明快かつ大胆だった。島に上陸後、部隊をいくつかの班に分散させて守備隊である怪鳥『オホン』たちを各個撃破し、敵の戦力を削ぎ落とした段階で全員が一堂に会して洞窟へ突入、最奥に潜む強力な老魔導士を包囲するというものだ。この難任務を完遂するため、部隊には**『宇志波タマゴチ(Ushiha Tamagochi)』という強力な助っ人が同行していた。彼は十段階評価でレベル8(8/10)に位置する、極めて優秀で理知的な中級上位の魔導士**であり、聖杯を守る老魔導士の強力な魔法に対抗できる唯一の切り札であった。
行軍を開始してから一日半、目的地までのちょうど中間地点にあるのどかな村の木陰で、部隊に束の間の休息が与えられた。真夏の強烈な太陽が頭上から容赦なく照りつける中、春希、マツダ、イコネ、コハツの4人は大きな古木の陰に腰を下ろし、支給された干し肉をかじりながら言葉を交わしていた。
「はあぁ……死ぬ、マジで死ぬ。重装甲の兵站物資を担いでこの距離は嫌がらせかよ……」
イコネが眼鏡を指で押し上げながら、草の上に大の字に寝転がって愚痴をこぼした。
マツダがその太い腕で自分の巨大な胸当てを叩き、豪快に笑った。
「だらしねえぞイコネ! これくらいの行軍、筋肉のいい潤滑油だ。それより春希、お前あんなに重いプレートアーマー着てるのに、なんでそんなに涼しい顔してられるんだ? マナで体温調整もしてないんだろ?」
春希は引き締まった顔をわずかに動かし、腰の軍刀の柄をそっと撫でながら、いつもの飄々としたノンシャランな口調で返した。
「京都の夏に比べれば、これくらい大したことないさ。それに、無駄な動きをしなければ疲れることもない」
「また出たよ、その『キョート』の謎理論!」
コハツが干し肉を噛みちぎりながら、深い溜息をついて空を仰いだ。
「ああ……それよりよ、俺はこんなむさ苦しい孤島で鳥人間と戦うより、王都で可愛い女の子と出会って、早く身を固めたいんだよ。なぁ春希、この任務が無事に終わったら、一緒に美味い酒が飲める店に行こうぜ。そこに乗りのいい看板娘がいるんだ!」
「コハツ、お前はいつもそればかりだな。……まぁ、生きて戻れたら考えてやるよ」
春希は小さく苦笑し、胸元の家族の写真のキーホルダーと、ヨウゼイ老師から貰った小さな仏陀の尊像を鎧の上からそっと確かめた。元の世界への想いと、この世界で得た絆が、彼の揺るぎない力となっていた。
「よし、野郎ども、出発だ!」
闇副官の鋭い号令が響き渡り、4人は素早く兜をかぶって立ち上がった。
再び行軍を再開し、この幻想的な惑星を進み続けて正確に25時間が経過した頃、部隊はついに、牙のように尖った黒い岩肌が連なる、荒々しい北の海岸線へと到達した。目の前には、白波を立てて激しくうねる海と、その1マイル沖に不気味にそびえ立つ標的の小島が姿を現していた。
海岸に到着した部隊はすぐに班へと分かれ、小島へ渡るための小舟作りに着手した。多くの兵士にとって、これは軍の必須スキルであり手慣れたものだった。春希もまた、マツダ、イコネ、コハツと協力して木を削り、一隻の小舟を組み上げていった。しかし、作業を進める春希の胸中には、ある深刻な懸念が去来していた。
自分以外のほぼ全員がマナを宿しており、それぞれの魔法の系統に応じて精神力や直感を強化し、武器に魔力を付与して戦うことができる。しかし、自分にはそのマナが一切ない。完全に孤立した、極めて危うい precarious な立場にいた。入隊試験こそ圧倒的な速度と優れた知性的反射神経で勝ち抜いたものの、これから戦う未知の敵の本当の強さも、その弱点も分からない。この魔法偏重の世界における己の限界という、暗い現実が彼に重くのしかかっていた。
(……いや、気にしたところで始まらないか。考えてもマナが増えるわけじゃない)
春希は小さく頭を振り、心の中で「ネバーマインド(気にするな)」と呟いて雑念を振り払った。己の肉体と技、それだけが彼の唯一の真実だった。
海岸で丸一日キャンプを張り、周囲の木々を使って全ての小舟を完成させた部隊は、翌朝、海面を濃く覆い尽くした厚い霧のカバーを利用して出撃した。視界の悪さを逆手に取り、敵の目を欺く作戦だ。春希は仲間たちと共に小舟に乗り込み、荒れる波をかき分けて進んだ。
沈黙が続く中、前方を監視していたジャフとイコネが、霧の切れ間に不気味な影を捉えた。上空を激しく旋回している、一匹の怪鳥『オホン』の姿だ。それは明らかに雌の個体であり、鳥の身体でありながら不自然なほど豊かな胸部を持っていた。
それを見たマツダが、いつもの調子で不敵にニヤリと笑った。
「おいジャフ、朗報だぞ! お前が命がけで探してた可愛い嫁さん候補が目の前にいるじゃないか。あの鳥姉ちゃんを連れて帰って、早く身を固めろよ!」
「ふざけんじゃねえよマツダ! 俺の理想の結婚相手は人間の可愛い女の子だ! 鳥人間と所帯を持てるか!」
コハツが本気で顔をしかめて身震いし、イコネとマツダは大爆笑した。春希もまた、そのくだらないやり取りにわずかに口元を緩め、張り詰めていた緊張を解きほぐした。
「全員、静粛に! ここからは徒歩で進む!」
霧の向こうに小島の影が迫ると、闇副官の鋭い手信号が下された。浅瀬の岩場に小舟を隠し、兵士たちは冷たい海水に足を浸しながら、静かに上陸を開始した。
しかし、敵も愚かではなかった。上陸した瞬間、霧を切り裂いて2匹の『オホン』が凄まじい咆哮とともに襲いかかってきた。
「戦闘開始! マナを開放しろ!」
兵士たちは一斉に自らの武器に魔力を注ぎ込み、炎や雷のエンチャントを輝かせて怪物を迎え撃った。
そのうちの1匹が、魔力を持たぬ春希を「最も脆弱な獲物」と見做したのか、鋭い鉤爪を突き出して真っ直ぐに突進してきた。怪鳥の影が視界を覆う。
しかし、春希の身体はすでに『エオン』の呼吸で極限まで加速していた。
春希は一切動じることなく、姿勢を低くして**鋭く一回ダック(身を屈める)し、敵の爪を紙一重でかわした。**そして、すれ違いざまに腰の軍刀を電光石火の速度で引き抜き、流れるような swoop(一閃)で敵の胴体を深く切り裂いた。
ギィィァァァッ!
魔法のエンチャントなどない、純粋な運動エネルギーと刃の切れ味だけで、オホンは鮮血を飛び散らせて岩場に崩れ落ちた。春希は静かに刀の血を払い、構え直した。
「やるな、少年!」川口闇が叫び、すぐさま次の命令を飛ばした。「よし、ここからは予定通り部隊を**6つの小隊**に分散し、それぞれのルートから洞窟を掃討する! 私とタマゴチ(魔導士)が正面のメイン通路から突入する。各自、立ち塞がる敵を各個撃破し、最奥の『大魔導士の間』で同時に合流するぞ!」
「了解!!」
春希はマツダ、イコネ、コハツと共に指定された暗い洞窟の分岐路へと足を踏み入れた。作戦は完璧に見えた。それぞれの班がオホンたちを殲滅し、同時に老魔導士の元へ乱入すれば、いかに強力な魔法使いと言えど防ぎきれないはずだった。
しかし、彼らはまだ知らなかった。その洞窟のあらゆる順路には、侵入者を確実に抹殺するため、老魔導士が仕掛けた**無数の致命的な魔法の罠**が張り巡らされているということを――。
第8話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
ついに初の本格的な攻略任務がスタートしました。己の魔力ゼロというハンデに一瞬悩みながらも、「ネバーマインド」と割り切って純粋なキネティックパワーだけでオホンを一撃で仕留める春希、最高にシブくて格好いいですね!コハツとマツダの「鳥の嫁さん」のコミカルなやり取りからの、息をもつかせぬ戦闘への切り替えの緩急を楽しんでいただけたら嬉しいです。ここから部隊は6つの小隊に分かれて洞窟の奥へと進みますが、老魔導士の罠が張り巡らされた暗黒の迷宮で、春希たちの運命はどうなるのか。第9話からの大ピンチ&大激闘編をぜひお楽しみに!




