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第九章 四年後の私へ~神崎詩織~

第九章 四年後の私へ~神崎詩織~

 大学の講義を終え、あのドーナツ屋に向かう。

「今日は何をやろうかな~」

鼻歌交じりの独り言で、街を闊歩する。周りに知り合いが居なくて良かった。

文哉君との勉強会が始まってもう一週間が経ってた!時の流れ早すぎない⁉最初はそこまで大変ではないだろうと思っていたけど、想像以上に壊滅的だったな~特に数学ね!それに、彼の考えていることはやっぱり私には難解なの~例えば…


「こういう二次関数の問題は、平方完成が大事なの!ほら!すぐ解けたでしょ!」

「…」

あれーなんで無言⁉わからないのかな?どこからわからないんだ?平方完成が難しいのかな?どうしよう!考えすぎて頭パンクする~

「えーと、ちょっとわかりにくい?」

「いや、大丈夫です。同じ系統の問題解いてみます。」

そう言って文哉君は勢いよくペンを握ったの。彼はつまずきながらも問題を解いていたよ!でも、回答は合っているものもあれば間違いもある。とても根気が要りそうだ。

「うーんどこが難しいか言える?」

彼に少し近づいてみる。さっきは無言だったんじゃなくて、小声で聞こえなかっただけかもだし!

「え、えと。切片の計算にちょっとてこずりました。」

「おっけー!なら一緒にやっていこう!」

彼にまた近づく。

「じゃあまずねー」

「…」

また無言だよ~私のこと本当は嫌いなのかな?いつもならもっと喋ってくれるのに~もう!私の教え方がやっぱりよくないのかな?それで文哉君に幻滅されちゃった⁉心なしか私が近づいたら文哉君ちょっと離れてるし!私の心は硝子なんだからそんなことしたら泣いちゃうぞ!でも、少し彼の顔が赤い気もする。体調が悪いのかな?今日はちょっと早めに切り上げようかな。

「文哉君、今日はこの問題できるようになったら終わろうか!」

「今日はバイトの日ですか?」

「いや?特に何もないよ!」

なぜかしょんぼりしてる!なぜ⁉私何か変なこと言っちゃった⁉え~んわからないよ~学校の先生ってこんな難しいの~助けてよ~桜~私くじけそう。


そんなことがあって、私は不安を抱えて今日もあのドーナツ屋に行きます。

ドーナツ屋に着くといつもの場所に文哉君の姿が…ない⁉

「どういうこと?もしかして私の教え方がダメダメで逃げちゃったのかな?それだったら凄く悲しい…でも!彼ならきっと何も言わず消えたりしないよね!何か理由があるはず!だってあの時の彼は誰よりも優しかったもん!私には絶対できなかったことを当たり前のようにやってのけたヒーローだし!」

そう独り言を小声で漏らす。私だけが彼を知っている。彼は知る由もない。だってあの瞬間、彼はヒーローで私はモブだった。ヒロインにはなりきれなかった。気づけるはずがないよね。でも、もし彼が気づいていたら…私たちは本当に運命の赤い糸で繋がっているはずだよ。

 アイスコーヒーを飲み、高校の教科書を指でなぞる。彼にどう教えようか考えて、考えて、考えた。大学受験の時よりも頭を悩ませたかも。彼のことを思い浮かべると、あの日を思い出す。彼と出会ったあの白い日。太陽なんて見えなくて目の前に広がるのは絶望だけだった。

「あれからもう四年か…」

きっと私がこんな風になるのは、あの日を思い出す時だけだろう。そんな美しくも辛い記憶に浸ろうとしていると、英雄の声が聞こえた。

「すみません、詩織さん。遅れました。」

なぜかボロボロで腕に引っかき傷があった!痛そう!

「遅かったね文哉君!てか、ボロボロだし、その傷痛そうだね⁉どうしたの?」

「実は猫が木の上に登ったのはいいものの、降りられなくなってて、それで助けようとして木に登ったらこんなことに。傷は猫に引っかかれました。」

「痛そう!ちょっと待ってて、近くのコンビニで絆創膏買ってくるから!」

文哉君が何か言っていたような気がしたけれど、気にせずコンビニに向かった。やっぱり彼は優しい!あの日と変わらない。四年前のあの日と何も。文哉君、私はあの日から変わったよ。でも、君はあの日のままだね。だから私も気づけたんだ。

 絆創膏を彼に渡し、ほんの少しの雑談の後、勉強を始める。やっぱり彼はどこか不器用で、頭を悩ませている。しかし、それでも熱心に勉強をしている姿は私の教師魂に火をつけたのである。そんな時、彼が不意に口を開いた。

「詩織さんってどこの出身なんですか?」

急な質問にびっくりしちゃった!でも、彼から質問してくれるのはちょっと嬉しい。

「北海道だよ!」

「そうなんですね。僕、北海道に行ったことありますよ。」

「ほんとに⁉」

わざとらしく驚いてみた。本当は知っているよ。

なんてね。

「北海道楽しかった?」

「実はあんまり記憶にないんですよね。」

「え?そうなの?」

「ちょっとした事故に巻き込まれて、その時のストレスが凄くて軽い記憶障害らしいです。」「…」

私は絶句した。指先からペンが落ち、自身の力が抜けていたことに気づく。

「詩織さん、これ落としましたよ。」

「あ、ああ、ありがと!」

何も知らなかったのだ。何であの時、不思議に思わなかったのだろう。彼の記憶障害、絶対にあの日だ。

「疲れていませんか?僕、勉強苦手なんで大変ですよね。」

「全然いいよ!一緒に頑張ろ!」

ショックのあまり、その後の勉強会はあまり記憶にない。でも、彼には幸せになってほしい。四年前の私の誓い、そして、四年後の私へのお願い。


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