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第81話 再評価隊は、数字を信じて死ぬ

人間側が立てた警告板は、三日も持たなかった。


 壊されたのではない。


 増えた。


 一枚だった板が、三枚になった。


 さらに、赤い布まで結ばれた。


 森の外縁には、簡易の柵が作られ、街道側には見張り小屋まで置かれている。


『迷靄洞』


 森糸通信から、フィルエの声が届く。


『今度の人たち、前より硬い』


「硬い?」


『装備じゃなくて、考え方が。冒険者より、調査の人たち』


「正式再評価隊か」


《可能性が高いです》


 白い部屋の監視面に、人間の隊列が映った。


 数は七。


 剣士二人。


 盾持ち一人。


 治癒術師一人。


 魔術師一人。


 斥候一人。


 そして、最後尾に灰色の外套を着た男。


 その男だけ、武器を持っていない。


 代わりに、背負子に黒い箱を載せていた。


「箱だ」


《魔導記録器の可能性》


「記録器?」


《迷宮内部の地形、魔力濃度、魔物反応、隊員の生死信号を一定間隔で外部へ送信する道具です》


「……つまり、全員殺しても情報だけ外へ出るのか」


《はい》


 余は黙った。


 面倒だ。


 だが同時に、面白い。


 情報が外へ出る。


 なら、こちらが食わせたい情報を送らせればいい。


「再評価そのものを罠にする」


《前回の方針です》


「そうだ。今回は殺すだけでは足りぬ」


 余は監視面を拡大した。


 黒い箱。


 そこから、細い銀線が伸びている。


 隊員たちの腕輪に繋がっていた。


 生存確認。


 位置確認。


 迷宮反応の記録。


 おそらく定期送信式だ。


 人間側は考えたのだろう。


 帰還者がいないなら、帰還しなくても情報が戻る道具を使えばいい、と。


「賢いな」


《はい》


「だから殺しやすい」


《理由は?》


「数字を信じる者は、数字を疑わぬ」


 余は笑った。


 白い部屋の床に、ダンジョン新聞が落ちている。


 そこには、数日前の記事がまだ残っていた。



次の焦点:

・正式再評価隊

・白磁庭園の観測

・赤剣洞との競争継続

・迷靄洞のランク判定



「新聞。見ておれ」


 もちろん、新聞は返事をしない。


 だが、紙面の端が少しだけ震えた気がした。


準備は三つ。


 一つ目。


 再評価隊を、正しい道へ入れない。


 二つ目。


 魔導記録器に、間違った数字を食わせる。


 三つ目。


 最後に全員殺す。


「影縫い大蜘蛛、カゲヌイ」


 天井の大蜘蛛が脚を鳴らす。


 壁の影から、影縫い罠師カゲヌイが出る。


「今回は、道を隠すだけではない。測らせる道を作る」


《測定用偽層を構築しますか》


「そうだ」


 第一層の一部を、わざと分かりやすくする。


 通路は広い。


 罠は少ない。


 ゴブリンの足跡をわざと残す。


 魔力濃度も低く見せる。


 人間にこう思わせる。


 この迷宮は、警戒されすぎているだけだ。


 対策すれば進める。


 そして、その記録を外へ送らせる。


「マネ」


「ギィ」


「冒険者の悲鳴ではない。今回は、安心した声を真似ろ」


「ギ?」


「たとえば、“安全だ”“罠は解除済みだ”“魔物反応なし”だ」


 マネは少し首をかしげ、それから死んだ大盾持ちの声で言った。


「――罠は解除済みだ」


「よし。腹立つくらい上手い」


 マネは嬉しそうに胸を張った。


「赤錆噛みネズミ」


 赤黒い小さなネズミが、錆びた金具をかじりながら顔を上げる。


「銀線を噛め。ただし、最初から切るな。噛んで、弱らせて、こちらの湿灰を染み込ませろ」


《魔導記録器の通信改竄を狙いますか》


「そうだ。切れば警戒される。繋がったまま腐らせる」


 赤錆噛みネズミは、きち、と牙を鳴らした。


「グズは奥で待て」


「ギィ……」


「不満そうにするな。今回は最後に殴らせる」


「ギ!」


 分かりやすく機嫌が戻った。


 単純なやつは助かる。


「追跡者は温存。アンデッドゴブリンは、途中でわざと倒される役だ」


《骨組み術式を使いますか》


「使う。ただし弱く見せろ。倒された後、後ろから起き上がれ」


《了解》


 最後に、フィルエへ繋ぐ。


「フィルエ」


『うん』


「外の送信先を見てくれ。記録器の光がどこへ飛ぶか知りたい」


『分かった。森の上から見る』


「危なくなったら下がれ」


『迷靄洞こそ、気をつけて』


「余は迷宮だぞ」


『迷宮でも、失敗すると死ぬ』


「……そうだった」


 軽く言われると、逆に刺さる。


 ダンジョンが攻略されれば、ロードも存在ごと消える。


 どれだけ強くなっても、その事実は変わらない。


 だから、勝つ。


再評価隊が入ってきた。


 先頭は斥候。


 その後ろに盾持ち。


 剣士二人。


 魔術師。


 治癒術師。


 最後尾に記録官。


 記録官の黒い箱が、かち、かち、と音を立てている。


《魔導記録器、作動中》


《初回送信まで、およそ百二十呼吸》


「最初の送信で嘘を送る」


 斥候が床を調べた。


「足跡あり。小型亜人系。ゴブリンか」


 魔術師が壁の魔力を測る。


「濃度は低い。噂ほど濃くない」


 記録官が箱に手を当てる。


「記録。入口付近、魔力濃度低。罠反応微弱。魔物反応、少数」


「よし」


 余は白い部屋で頷いた。


「食った」


《偽情報、記録器へ入力》


 実際には、その通路のすぐ上に影縫い大蜘蛛がいる。


 壁の影にはカゲヌイがいる。


 床下には赤錆噛みネズミがいる。


 だが、測定用偽層は薄く作ってある。


 表面だけは本当に弱い。


 だから、人間の道具には嘘ではなく“浅い真実”が映る。


 浅い真実ほど、よく騙せる。


 再評価隊は進んだ。


 途中で、通常ゴブリンが二匹出る。


 わざとだ。


「ギャッ!」


 ゴブリンは剣士にあっさり斬られた。


《通常ゴブリン二体死亡》


《損耗》


「構わぬ」


 剣士が言う。


「弱い。警戒しすぎじゃないか?」


 盾持ちが首を振る。


「油断するな。帰還者なしの迷宮だ」


 記録官が箱に告げる。


「小型ゴブリン二体を処理。脅威度低」


「よし。もっと書け」


 次に、アンデッドゴブリンを出した。


 これは少し強い。


 だが、正面から出す。


 盾持ちが受け、魔術師が光で焼く。


 アンデッドゴブリンは倒れる。


「死体再利用型だ!」


 治癒術師が嫌そうに叫ぶ。


「でも動きは遅い。白光で止まる」


 記録官が箱へ言う。


「死体再利用型あり。ただし白光に弱い」


 余は笑った。


「そう思え」


 倒れたアンデッドゴブリンの指が、床下で動いた。


 骨組み術式で組まれた骨が、まだ折れていない。


 後で起きる。


 今は死んだふりだ。


《初回送信まで十呼吸》


「赤錆噛みネズミ」


 床下を、赤黒い影が走った。


 記録官の足元。


 黒い箱から伸びる銀線。


 赤錆噛みネズミが、それを軽く噛む。


 切らない。


 牙で傷をつける。


 そこへ湿灰を擦り込む。


《銀線に湿灰侵入》


《通信汚染、開始》


 箱が、かち、と鳴った。


《初回送信》


 監視面の外側で、森の上に小さな光が飛ぶ。


 フィルエの声。


『光、飛んだ。森の外の見張り小屋へ向かってる』


「内容は」


《推定送信内容:低脅威、ゴブリン主体、死体再利用あり、白光有効、罠反応微弱》


「よし」


 最初の嘘が外へ出た。


再評価隊は、さらに奥へ進んだ。


 斥候は優秀だった。


 床の湿りを見て、戻り水を警戒する。


 天井を見て、糸を警戒する。


 壁の影を見て、罠を警戒する。


 だが、見える罠だけを警戒している。


 余が見せている罠を。


「ここから先、構造が変わるぞ」


 斥候が言った。


「魔力濃度が上がっている」


 魔術師が頷く。


「本体は奥か」


 記録官が箱へ言う。


「第二層相当へ進入。魔力濃度上昇。以降、慎重に進む」


 違う。


 そこは第二層ではない。


 第一層の腹だ。


 影縫い大蜘蛛とカゲヌイが作った、測定用偽層の底。


 再評価隊が“ここからが本番”と思った瞬間、本物の罠はすでに背後にある。


「閉じろ」


 影縫い大蜘蛛が糸を引く。


 カゲヌイが影を縫う。


 来た道が、音もなく曲がった。


 出口へ戻る道が、湿灰の壁へ変わる。


 斥候が振り返った。


「待て。後ろの空気が変わった」


 鋭い。


 だが遅い。


「マネ」


 マネが、記録官の声を真似た。


「――記録継続。異常なし」


 黒い箱が反応した。


 箱の表面に、小さな文字が浮かぶ。


《音声認証、部分誤認》


「よし」


 記録官本人が眉をひそめる。


「今、俺は喋っていない」


 盾持ちが盾を構える。


「音真似の魔物だ!」


 ここで、床下の赤錆噛みネズミが銀線をもう一度噛んだ。


 今度は少し深く。


《通信汚染、進行》


 魔導記録器は、隊員の声とマネの声を同時に拾う。


 正しい記録に、偽の記録が混ざる。


「魔物反応なし」


「違う! いる!」


「罠解除済み」


「喋るな! それは俺の声じゃない!」


「進行可能」


 箱が、かち、かち、と狂った音を立て始めた。


 人間たちの顔が変わる。


 道よりも、罠よりも、記録器を疑い始めた。


 調査隊にとって、記録器は命綱だ。


 それが狂うということは、自分たちの死が外に正しく伝わらないということ。


 恐怖の種類が変わる。


「魔導線を確認しろ!」


 記録官が叫ぶ。


 斥候が銀線を追おうとしゃがむ。


 そこへ、赤錆噛みネズミが飛び出した。


 斥候の短剣の鞘金具へ噛みつく。


 きちちち!


「ネズミだ!」


 斥候が短剣を抜こうとする。


 抜けない。


 鞘金具が錆び、刃が引っかかる。


 その一瞬。


 天井から影縫い大蜘蛛の糸が落ちた。


 斥候の腕を絡める。


 カゲヌイの錆影針が、その短剣の影を床へ縫いつける。


「まず一人」


 グズはまだ出さない。


 斥候は情報役だ。


 先に口を奪う。


 影縫い大蜘蛛が、斥候の口に糸を吐く。


 叫びが潰れる。


 そのまま天井へ引き上げた。


《斥候、捕縛》


 盾持ちが叫ぶ。


「上だ!」


 盾を上げる。


 だが、その盾は鉄縁だ。


 錆影縫いが走る。


 盾の縁が床の影に引かれる。


 重くなる。


「盾を捨てろ!」


 剣士が言う。


 盾持ちは一瞬迷った。


 その迷いを、余は待っていた。


「グズ」


「ギィィィ!」


 横穴からグズが飛び出す。


 棍棒が盾ごと盾持ちを叩く。


 一撃目で膝が折れる。


 二撃目で盾の縁が割れる。


 三撃目で頭が潰れた。


《盾持ち死亡》


《獲得ソウル:36》


 記録器が、かち、と鳴る。


《第二回送信まで二十呼吸》


「送らせろ。ただし、内容を変える」


 マネが盾持ちの声を出した。


「――盾で防げる! 正面から押せ!」


 死んだ盾持ちの声。


 それを箱が拾う。


 記録官が青ざめる。


「違う! 死んだ! 今のは偽音声だ!」


 だが、銀線は汚れている。


 記録器は、死者の声を“生存者の報告”として扱い始めていた。


《虚偽報告、混入》


「いいぞ」


 人間が作った記録が、人間を裏切る。


戦闘は一気に崩れた。


 剣士二人が前へ出る。


 片方は冷静だった。


 もう片方は焦っている。


 冷静な方が叫ぶ。


「記録官を守れ! 箱を持って戻る!」


 戻る?


 戻れる道など、もうない。


 影縫い大蜘蛛が天井の糸を引く。


 戻り水が足元を流れる。


 カゲヌイが影を縫う。


 彼らは戻っているつもりで、さらに奥へ進む。


 魔術師が光を放った。


 白光ではない。


 青い探知光。


 影縫いの糸が一瞬浮かび上がる。


「糸だらけだ!」


「燃やせ!」


 剣士が叫ぶ。


 魔術師が火を作る。


 その瞬間、天井から斥候が落ちてきた。


 まだ生きている。


 口を糸で塞がれ、手足を縛られたまま。


 魔術師の足元へ。


 火が止まる。


「っ、仲間が!」


「撃て!」


「撃てない!」


 甘い。


 だから人間は使いやすい。


「アンデッドゴブリン、起きろ」


 さっき白光で倒されたアンデッドゴブリンが、背後で立ち上がった。


 骨組み術式で、折れたままでも前へ進む。


 治癒術師が悲鳴を上げる。


「後ろ!」


 剣士の一人が振り返る。


 その背中へ、影縫い大蜘蛛の糸が絡む。


 カゲヌイが剣の影を縫う。


 赤錆噛みネズミが剣の鍔を噛む。


 剣が抜けない。


 グズの棍棒が横から入る。


《剣士一名死亡》


《獲得ソウル:41》


 もう一人の剣士は強かった。


 仲間の死体を踏み越え、グズへ斬りかかる。


 グズの肩が裂ける。


《グズ、損傷》


「グズを下げろ!」


 影縫い大蜘蛛が糸でグズを引く。


 剣士が追う。


 足元の湿灰が沈む。


 沈み鎧床の簡易版。


 重装ではないから深くは沈まない。


 だが、片足を取るには十分。


 カゲヌイの錆影針が、剣士の靴金具の影を縫う。


 赤錆噛みネズミが靴の留め具を噛む。


 剣士が片膝をついた。


 そこへ、天井から影縫い大蜘蛛が落ちる。


 顔面へ糸。


 喉へ糸。


 腕へ糸。


 剣士はまだもがく。


 強い。


 だから、余は惜しまない。


「追跡者」


《起動しますか》


「短くていい。強い個体だけ斬れ」


《ソウル35消費》


 湿灰から落武者の影が立ち上がる。


 剣士の目が見開かれる。


 太刀が振られた。


《剣士一名死亡》


《獲得ソウル:48》


 残りは、魔術師、治癒術師、記録官。


 そして、捕縛された斥候。


 第二回送信まで、五呼吸。


 記録官が箱を抱きしめて叫ぶ。


「外へ送れ! 危険度上方修正! 影糸、音真似、武器腐食、死体再起動――」


 正しい。


 非常に正しい報告だ。


 だから、混ぜる。


 マネが記録官の声を真似た。


「――ただし、白光と火で突破可能。主戦力はゴブリン。中核蜘蛛は脆弱」


 記録官が絶叫する。


「違う!」


 箱が鳴った。


《第二回送信》


 森の外へ、光が飛ぶ。


 フィルエの声。


『送信、見えた。さっきより濁ってる』


「よし」


《送信内容、汚染成功》


 外へ届いた情報は、おそらくこうだ。


 危険。


 だが対策可能。


 白光と火が有効。


 主戦力はゴブリン。


 中核蜘蛛は脆い。


 実に都合がいい。


 次に来る連中は、白光と火を多めに持ってくる。


 なら、白光と火を喰う罠を作ればいい。


魔術師は最後の賭けに出た。


 火ではない。


 風でもない。


 記録官と治癒術師を守るように、透明な膜を張った。


《防護結界》


「硬いか」


《物理攻撃耐性あり》


「なら、呼吸を殺す」


 影縫い大蜘蛛が結界の外側に糸を張る。


 カゲヌイが、結界の影を床に縫う。


 結界は壊れない。


 だが、動かない。


 内部の空気も動かない。


 戻り水を結界の周囲に流す。


 湿灰から、森灰の細かな粉を立てる。


 火を使えば爆ぜる。


 風を使えば結界が揺らぐ。


 魔術師は動けない。


 治癒術師が泣いている。


 記録官はまだ箱に向かって叫んでいる。


「正しい情報を、正しく送ろうとするな」


 余は言った。


「ここは余の迷宮だ。正しさも、こちらが決める」


 赤錆噛みネズミが、結界の下を掘った。


 結界そのものは噛めない。


 だが、黒い箱から伸びる銀線は床を通っている。


 そこを噛む。


 きち。


 きちち。


 ついに銀線が切れた。


《魔導記録器、外部通信断絶》


 記録官の顔から血の気が引いた。


「切れた……?」


「そうだ」


 余は静かに命じた。


「もう送らせるものは送らせた。殺せ」


 カゲヌイが結界の影を縫い縮める。


 影縫い大蜘蛛が糸を重ねる。


 結界は壊れない。


 だが、内側が狭くなる。


 魔術師が耐えきれず火を放った。


 結界の中で火が暴れる。


 酸素を食う。


 煙が満ちる。


 治癒術師が倒れる。


 記録官も膝をつく。


 結界が揺らいだ瞬間、グズが棍棒を振り下ろした。


 一撃。


 結界にひび。


 二撃。


 破裂。


 三撃。


 魔術師の頭が潰れる。


《魔術師死亡》


《獲得ソウル:44》


 治癒術師は、アンデッドゴブリンに押さえ込ませた。


 治癒術師の力は、殺す前に調べる価値がある。


 だが長く生かす必要はない。


 影縫い大蜘蛛が腕を縛る。


 カゲヌイが影を縫う。


 赤錆噛みネズミが杖の金具を噛む。


 治癒術師は泣きながら、祈りの言葉を唱えた。


 白い光が傷を塞ごうとする。


《治癒光を確認》


《解析候補:白光回復反応》


「素材として取れるか」


《死亡直前の杖核に残留可能》


「では取れ」


 追跡者は使わない。


 グズでもない。


 アンデッドゴブリンが、治癒術師の喉を噛み切った。


《治癒術師死亡》


《獲得ソウル:39》


 最後に記録官。


 彼は武器を持っていない。


 黒い箱を抱いたまま、震えている。


「頼む……記録だけは……」


「駄目だ」


 余は答えた。


「それはもう、余のものだ」


 赤錆噛みネズミが箱の留め金を噛んだ。


 影縫い大蜘蛛が箱を糸で巻く。


 カゲヌイが箱の影を縫う。


 記録官が手を伸ばす。


 グズの棍棒が、その手ごと胸を潰した。


《記録官死亡》


《獲得ソウル:33》


 吊られていた斥候も、最後に落とした。


 まだ息がある。


 目だけで出口を探している。


「お前はよく見た」


 余は言った。


「だから、見たものごと死ね」


 影縫い大蜘蛛の糸が締まる。


《斥候死亡》


《獲得ソウル:37》


再評価隊は全滅した。


 だが、ただの全滅ではない。


 情報は二度、外へ送らせた。


 一度目は低脅威。


 二度目は危険だが対策可能。


 そして三度目は送らせない。


 これで人間側は迷う。


 危険なのか。


 対策できるのか。


 なぜ通信が切れたのか。


 全滅したのか。


 逃げたのか。


 記録器が壊れたのか。


 迷いは、次の侵入準備を歪める。


《戦闘結果を表示します》



【正式再評価隊迎撃】


撃破:

盾持ち

剣士二名

斥候

魔術師

治癒術師

記録官


獲得ソウル:

+36

+41

+48

+37

+44

+39

+33


損耗:

通常ゴブリン二体死亡

グズ肩部損傷

アンデッドゴブリン二体損壊

影縫い大蜘蛛、糸消費大

赤錆噛みネズミ軽傷

測定用偽層、一部破損


取得:

魔導記録器

汚染銀線

治癒杖核

探知光石

再評価隊の腕輪

危険度記録板

斥候用短剣

防護結界片


新規解析候補:

記録汚染罠

探知欺瞞層

治癒光残滓

白光・火対策罠



「魔導記録器は使えるか」


《破損していますが、内部記録を抽出可能》


「よし。次に人間が来る前に、あれを逆用する」


《外部へ偽信号を送るには追加解析が必要です》


「やれ」


 フィルエの声が届く。


『迷靄洞、外が騒がしくなった』


「送信を受けたか」


『うん。見張り小屋から人が走っていった。たぶん街かギルドへ』


「内容は読めぬか」


『人間の紙は読めるけど、今は遠い。でも、慌ててる』


「十分だ」


 余は監視面の死体を見た。


 かつてなら、死体が転がるだけで慌てていた。


 今は違う。


 死体はソウル。


 装備は素材。


 記録は餌。


 人間の評価すら、迷宮の罠になる。


 その時だった。


 白い部屋に、ダンジョン新聞が落ちた。


 いつもより重い音だった。


 紙面が勝手に開く。



【号外】


迷靄洞、人間側正式再評価隊を撃破。


特筆事項:

・測定用偽層の構築

・魔導記録器への情報汚染

・生還者なし

・外部送信を逆利用

・罠、魔物、情報戦の複合運用


評価委員会コメント:

「単なるCランク罠迷宮ではない。侵入者の認識、記録、帰還後の対策まで設計に含めている」


迷宮ランク再判定、開始。



「来たか」


《はい》


 余は白い部屋で、動かなかった。


 いや、動けなかった。


 Eランクから始まった。


 ゴブリン二十匹。


 ソウル百。


 小便する馬鹿ども。


 剣士、魔術師、斥候の三人に殺されかけた。


 あのときは、本当に終わると思った。


 それが今。


 人間の正式再評価隊を喰い、情報まで歪めた。


 白磁庭園を退けた。


 赤剣洞の試験にも勝った。


 影縫い大蜘蛛とカゲヌイが、迷宮の道を殺す。


 赤錆噛みネズミが、武器と記録を噛む。


 グズが殴る。


 マネが声を奪う。


 追跡者が奥で待つ。


 フィルエが外を見る。


 迷靄洞は、もうただの弱小洞窟ではない。


 新聞の文字が、黒く滲んだ。



【ランク再判定結果】


迷靄洞


旧評価:Cランク

新評価:Bランク相当


正式昇格条件:

次回、外部迷宮または上位人間勢力からの干渉を退けること。



「……相当?」


《正式昇格ではありません》


「今、かなりいい流れだっただろうが!」


《Bランク相当です。正式昇格には、もう一つ実績が必要です》


「新聞め、焦らすな!」


 だが、悪くない。


 Bランク相当。


 あと一つ。


 あと一つで、迷靄洞は本当にBランクになる。


 その時、新聞の下に、小さな黒い追記が浮かんだ。



【追加情報】


白磁庭園、観測段階を終了。


次回、庭師ではなく“庭園騎士”が動く可能性あり。



 白い部屋の空気が冷えた。


「庭園騎士」


《白磁庭園の中位戦闘個体と推定》


「つまり」


《正式Bランク昇格条件に該当する可能性があります》


 余は笑った。


 少しだけ、震えた。


 だが、それを表には出さない。


 配下が見ている。


 ロードは、迷宮の前で怯えない。


「よい」


 余は新聞を見下ろした。


「白磁庭園が来るなら、ちょうどいい」


 影縫い大蜘蛛が天井で脚を広げる。


 カゲヌイが錆影針を握る。


 赤錆噛みネズミが、魔導記録器の銀線をかじる。


 グズが棍棒を担ぐ。


 マネが、死んだ記録官の声で呟いた。


「――異常なし」


 余は低く笑った。


「異常しかないわ」


 白い部屋の監視面に、森の外が映る。


 遠く。


 白いものが、ゆっくり近づいていた。


 人ではない。


 蝶でもない。


 人形でもない。


 白い鎧。


 白い槍。


 白い花弁のような盾。


 森の影を、白く染めながら進んでくる。


《白磁庭園騎士、接近》


 あと一つ。


 これを喰えば、Bランク。


 余は命じた。


「全層、白磁迎撃態勢」


 迷靄洞の奥で、湿灰が動く。


 影が縫われる。


 錆が噛む。


 糸が張る。


「庭園だろうが、騎士だろうが関係ない」


 余は白い鎧を睨んだ。


「ここは余の迷宮だ。咲く前に、腐らせてやる」

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