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第79話 錆びる剣ほど、よく喋る

 外の松明は、王都のものではなかった。


 白灯ではない。


 規則正しい軍靴でもない。


 それでも、弱い相手ではない。


 森の闇を進んでくるのは、冒険者と傭兵の混成隊だった。


 数は九。


 先頭に大盾持ち。


 その後ろに斧使い。


 槍使い二人。


 弓使い一人。


 油壺を持った火付け役が一人。


 そして、首元に護符を巻いた女魔術師。


 最後尾には、荷車を引く男が二人。


 荷車の上には、替えの武器と、束ねられた丸太と、油布が積まれていた。


「……準備がいいな」


《王都調査隊の未帰還を受けた、民間討伐隊と推定》


「民間?」


《冒険者組合、近隣領主、商人組合のいずれかが賞金を出した可能性があります》


「新聞は読めぬはずだな」


《人間側はダンジョン新聞を読めません。情報源は未帰還、噂、街道封鎖、森の異変です》


「ならよい」


 そこは大事だ。


 ロードの新聞を、人間が読むことはない。


 だが、人間は人間で勝手に騒ぐ。


 隊が戻らない。


 森に白い粉が残る。


 冒険者が消える。


 そうなれば、金の匂いを嗅いだ連中が来る。


 迷宮にとっては、腹立たしい。


 だが同時に、ありがたい。


 ソウルが向こうから歩いてくる。


「赤錆噛みの準備は」


《赤錆剣鬼の錆粉を湿灰に混合中》


 第一層の床に、赤黒い筋が走っている。


 ぱっと見れば、ただの湿った泥だ。


 だが、そこには赤錆剣鬼から得た熱を帯びた錆粉が混ざっている。


 鉄が触れれば、噛む。


 刃を鈍らせる。


 鎧の留め具を脆くする。


 名は、赤錆噛み。


 人間の武器を喰う罠だ。


「ただし、追跡者の太刀には触れさせるな」


《了解》


「グズの棍棒は?」


《木製と骨補強のため、影響軽微》


「よし」


 余は監視面を見た。


 影縫い大蜘蛛は、天井の奥にいる。


 戦闘後で腹は少ししぼんでいるが、糸は張れる。


 カゲヌイは、赤錆噛みの縁に影糸を通していた。


 赤錆の罠と、影縫いの罠。


 これを重ねる。


 足を止める。


 武器を鈍らせる。


 そこへ魔物をぶつける。


 単純だが、強い。


 問題は、人間側が何を用意しているかだ。


 フィルエの声が森糸通信から届いた。


『迷靄洞』


「見えているか」


『うん。あの人たち、鉄の武器だけじゃない』


「何?」


『木槌、骨槍、石刃。あと、油を染み込ませた布。錆びる罠を警戒してるわけじゃないと思うけど、湿った迷宮対策はしてる』


「ちっ」


 錆びる武器だけで来てくれれば楽だった。


 だが、そう都合よくはいかない。


《敵は長期潜行用の予備装備を保有》


「なら、最初に予備を潰す」


 余は荷車を睨んだ。


 武器。


 丸太。


 油布。


 あれを持ち込まれると厄介だ。


 丸太は足場にもなる。


 油布は糸を燃やす。


 替え武器は赤錆噛みへの保険になる。


「マネ」


「ギィ」


「荷車を焦らせろ。森の奥から、王都兵の声を出せ」


「ギィ」


 マネが喉を鳴らす。


 そして、死んだ分隊長ギルベルトの声を出した。


「――民間隊か! その荷車を前へ出すな! 罠だ!」


 森の中で、声が響いた。


 人間たちが止まる。


 大盾持ちが盾を上げた。


 女魔術師が周囲を睨む。


「今の声、王都の隊か?」


 斧使いが言う。


 指揮役らしい大盾持ちは、すぐに首を振った。


「違う。音真似の魔物がいるという噂だ。声は信用するな」


「でも、荷車を前に出すなってのは正しいんじゃねえか?」


「だから罠なんだよ」


 大盾持ちは荷車係へ命じた。


「荷車は入口の外に置け。予備武器だけ半分持つ。油壺は三つ。残りは外だ」


「……慎重だな」


《被害を限定する判断です》


「嫌なやつめ」


 全部は潰せない。


 だが半分は外に残った。


 なら、中に持ち込んだ半分を喰う。


冒険者隊は、入口へ入った。


 先頭の大盾持ちは、盾を床に軽く当てながら進む。


 鉄製の盾。


 厚い。


 赤錆噛みの最初の餌にちょうどいい。


「まだだ」


 余は待った。


 入口で錆びさせると、すぐに戻られる。


 奥へ入れてからだ。


 影縫い大蜘蛛が、天井で静かに糸を引く。


 カゲヌイが、床の影を縫う。


 戻り水が、赤錆噛みの湿灰を薄く流す。


 人間たちは、出口に近いと思いながら、少しずつ奥へ進む。


 弓使いが天井を見上げた。


「糸があるぞ」


 女魔術師が指を鳴らす。


 小さな火花が飛び、天井の糸を焼こうとした。


 影縫い大蜘蛛が糸を引く。


 カゲヌイが影を折る。


 火花は空を焼くだけで終わった。


「蜘蛛がいる」


「分かってる。油布を使うな。まだ早い」


 大盾持ちは本当に慎重だった。


 火も、予備武器も、深追いも、すぐには使わない。


 だが、慎重な人間ほど、荷物を守る。


「灰噛みネズミ」


《ソウル8消費》


 四匹の灰噛みネズミが壁際から走った。


 狙いは人間ではない。


 背負い袋。


 油壺の紐。


 予備武器の革帯。


 ネズミが油壺の紐を噛む。


 壺が落ちる。


 割れる。


 油が床に広がった。


「火をつけるな!」


 大盾持ちが叫ぶ。


「油を踏むな! 滑るぞ!」


 その判断も正しい。


 だから、こちらが火をつける。


「苔灰ゴブリン。火ではない。煙だ」


《ソウル15消費》


 苔灰ゴブリンが湿灰から現れ、油の上に森灰を投げた。


 火はつかない。


 だが、油と森灰が混じって、ぬるりとした黒い膜になる。


 そこへ戻り水。


 床が、逃げる方向へ滑るように見える。


 実際には、奥へ引く。


 槍使いの一人が足を取られた。


「うわっ!」


 助けようとした斧使いが一歩踏み込む。


 その足が、赤錆噛みの筋に入った。


 じゅう。


 斧の刃先が床に触れた瞬間、赤黒い錆が走った。


「なんだこれ、斧が!」


「赤錆噛み、起動」


 斧の刃が鈍る。


 留め金が脆くなる。


 斧使いが引き抜こうとした瞬間、柄と刃の接合部が割れた。


 斧の頭だけが床に残る。


「武器が死んだぞ!」


「予備を出せ!」


 荷物係が替え武器を出そうとする。


 そこを、待っていた。


 影縫い大蜘蛛の糸が天井から落ちる。


 予備武器の束を絡める。


 カゲヌイが、その束の影を床へ縫いつける。


 荷物係が引く。


 動かない。


 灰噛みネズミが革帯を噛み切る。


 武器の束がばらけ、赤錆噛みの床に落ちた。


 じゅう。


 じゅうじゅう。


 鉄剣が赤く濁っていく。


「よし」


《敵予備武器、半数腐食》


「これで丸腰が増える」


 だが、女魔術師が動いた。


「風よ、払え!」


 風が通路を走った。


 霧が割れる。


 糸が揺れる。


 油と森灰の煙も押し戻される。


 影縫い大蜘蛛の位置が、一瞬見えた。


「上だ!」


 弓使いが矢を放つ。


 大蜘蛛の脚をかすめた。


《影縫い大蜘蛛、軽傷》


「ぐっ」


 余の中で、怒りが跳ねた。


「大蜘蛛を狙うな、人間風情が」


《敵は中核個体を認識しました》


「なら認識ごと潰す」


 カゲヌイが骨針を抜いた。


 影縫い大蜘蛛の負傷した脚から、黒い糸が一滴、垂れる。


 血ではない。


 影を含んだ糸液。


 それが赤錆噛みの床に落ちた。


 赤錆が、影に染み込む。


《異常反応》


「何だ?」


《影縫い大蜘蛛の糸と赤錆粉が混合。新規性質を確認》


 赤黒い糸が、床から伸びた。


 まるで錆びた鎖のように。


 それが斧使いの足に絡む。


 鎧の金具を錆びさせながら、影ごと床へ縫いつける。


 斧使いが叫んだ。


「足が、鎧が、動かねえ!」


 カゲヌイが、その糸を見た。


 小さな罠師が、骨針で赤黒い影をすくう。


 影縫い大蜘蛛が、低く脚を鳴らした。


《新規連携罠候補:錆影縫い》


「今、使えるか」


《不安定ですが可能》


「使え!」


 カゲヌイが床へ骨針を突き刺した。


 赤錆噛みの筋が、影縫い大蜘蛛の糸に沿って広がる。


 人間の足元。


 武器の影。


 盾の影。


 鉄の影だけを噛むように、赤黒い縫い目が走る。


 大盾持ちの盾が、床に貼りついた。


「盾が重い!」


「捨てろ!」


「捨てたら前が――」


 その迷いが、命取りだった。


 グズが飛び出す。


「ギィィィ!」


 棍棒が、大盾の上から叩き込まれた。


 盾は錆で脆くなっている。


 ひびが入る。


 二撃目。


 盾が割れる。


 三撃目。


 大盾持ちの肩が潰れた。


《侵入者一名重傷》


「まだ殺すな。指揮役だ。声を取る」


 マネが近づく。


 大盾持ちの呻き声を聞く。


 命令の声。


 怒鳴る癖。


 息の詰まり方。


 全部を覚える。


「よし。殺せ」


 グズの棍棒が、大盾持ちの頭を潰した。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:38》


隊が崩れた。


 指揮役を失った瞬間、人間は別々の判断を始める。


 斧使いは壊れた斧を捨て、木槌を取ろうとする。


 槍使いは仲間を引きずる。


 弓使いは大蜘蛛を狙う。


 女魔術師は風をもう一度唱えようとする。


 火付け役は油布を広げる。


 全員が正しい。


 全員が別々。


 だから弱い。


「マネ」


「ギィ」


 マネが、死んだ大盾持ちの声を出した。


「――油布を使え! 天井を焼け!」


 火付け役が反応した。


「やっぱり焼くぞ!」


 女魔術師が叫ぶ。


「待って、風の後に――」


「命令だ!」


 油布に火がつく。


 天井へ投げられる。


 影縫い大蜘蛛はすでに逃げている。


 火のついた油布は、糸ではなく、壁の影へ落ちた。


 そこにはカゲヌイが縫った戻り水の筋がある。


 水は少ない。


 火は消えない。


 だが、流れる。


 燃えた油布が、逃げ道だと思われていた通路を逆に滑っていく。


 人間の足元へ。


「うわあああ!」


 火付け役自身に火が移った。


《侵入者一名炎上》


「自分の油で焼けるか。効率がいいな」


《ロード的評価です》


「褒めるな」


 火付け役が転げ回る。


 その影をカゲヌイが縫う。


 逃げられない。


 湿灰が口に入り、悲鳴が止まった。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:26》


 弓使いが、なおも影縫い大蜘蛛を狙った。


 今度の矢には、油が塗られている。


 まずい。


 当たれば糸が燃える。


「灰噛みネズミ!」


 ネズミが壁を走る。


 弓使いの足元へ飛びつく。


 だが、弓使いは蹴った。


 一匹が潰れる。


《灰噛みネズミ一体損耗》


 矢が放たれる。


 影縫い大蜘蛛の腹へ向かう。


 その直前、カゲヌイが自分の影を引いた。


 大蜘蛛の影を半歩ずらす。


 矢は腹ではなく、天井の岩に刺さった。


 油が燃える。


 だが大蜘蛛は無事。


 余は冷たく言った。


「追跡者」


《起動しますか》


「いや、まだだ。あいつに使うのはもったいない」


 余は赤錆噛みの床を広げた。


 弓使いの矢筒の影へ。


 カゲヌイが縫う。


 影縫い大蜘蛛が細糸を一本、矢筒へ絡める。


 赤錆粉が伝う。


 矢尻が錆びる。


 弓使いが次の矢を抜いた瞬間、矢尻が崩れた。


「は?」


 その隙に、天井から影縫い大蜘蛛が落ちた。


 弓使いの顔へ糸を吐く。


 目。


 口。


 喉。


 影ごと壁へ縫う。


《侵入者一名捕縛》


「よし。情報を吐かせる」


 糸で口を完全には塞がない。


 息はできる。


 喋れる。


 弓使いは泣きながら叫んだ。


「賞金だ! 賞金が出たんだよ! 王都の隊が消えた迷宮を調べれば金が――」


「そうか」


 やはり新聞ではない。


 人間の噂と金だ。


「もうよい」


 影縫い大蜘蛛が糸を締めた。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:29》


残りは四人。


 槍使い二人。


 女魔術師。


 荷物係一人。


 もう一人の荷物係は、戦闘が始まった直後に入口へ向かって逃げていた。


 だが、入口ではない。


 戻り水と影縫い偽道で、奥へ向かっている。


 本人だけが、外へ逃げていると思っている。


「逃げた者は」


《追跡者の対象になります》


「まだ起こすな。奥へ行かせろ」


 逃げる荷物係には、持たせたいものがある。


 恐怖だ。


 迷宮の奥に逃げ込んだ人間は、悲鳴をよく響かせる。


 その悲鳴は、残った者の判断を壊す。


 槍使いの一人が女魔術師を守るように立った。


「魔術師さん、出口は?」


「分からない! 風が戻ってくる! この通路、空気の流れがおかしい!」


 戻り水だけではない。


 影縫い大蜘蛛の巣が空気も分けている。


 カゲヌイが風の影を縫っている。


 風魔術師には、逆に迷いやすい場所になっていた。


「なら、壁を壊す!」


 槍使いが石突きで壁を叩く。


 だがそこは本物の壁ではない。


 影縫い大蜘蛛の糸を厚く重ね、湿灰を塗った偽壁だ。


 槍の先が沈む。


 抜けない。


 赤錆噛みが、槍の穂先を噛む。


 槍使いが引く。


 穂先が取れた。


「くそっ!」


 苔灰ゴブリンが横から飛び出し、槍使いの膝に噛みつく。


 倒れたところへアンデッドゴブリン。


 骨組み術式で立ち方を整えた死骸が、槍使いの上に覆いかぶさる。


 刺されても止まらない。


 喉に噛みつく。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:31》


 女魔術師が悲鳴を上げながら、風の刃を放った。


 アンデッドゴブリンの首が飛ぶ。


 ついでに苔灰ゴブリンの腕も飛ぶ。


《苔灰ゴブリン損傷》


「痛いな」


《苔灰ゴブリンは再生可能》


「ソウルがかかるだろうが」


 女魔術師は強い。


 風で霧を払う。


 糸を揺らす。


 火よりは迷宮を燃やさないが、視界を通されるのが厄介だ。


「なら、音で壊す」


 マネが、奥へ逃げた荷物係の声を真似た。


「出口だ! こっちに出口がある!」


 女魔術師が反応した。


「どこ!?」


 本物の荷物係も、奥で叫んだ。


「助けて! 誰か! こっち暗い、暗い!」


 声が二つ。


 似ている。


 同じ人間の声。


 片方は偽物。


 片方は本物。


 判断が割れる。


「こっちだ!」


 最後の槍使いが声の方へ走った。


 女魔術師は止めようとしたが、間に合わない。


 槍使いが踏み込んだ場所には、錆影縫いがある。


 鉄の影だけを噛む赤黒い縫い目。


 槍。


 鎧の留め具。


 靴の鋲。


 全部が床に引かれる。


 体が前に倒れる。


 そこへグズ。


「ギィ!」


 棍棒が背骨を叩き折った。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:30》


 残り二人。


 女魔術師。


 荷物係。


 荷物係は、もう奥の袋小路で泣いている。


 女魔術師は、杖を両手で握りしめた。


「出して……出してよ……」


「出すわけがなかろう」


 余は静かに言った。


「お前たちは、余の武器を狙った。余の大蜘蛛を狙った。余の迷宮を金に換えようとした」


 もちろん、彼女には聞こえない。


 だが、言わずにはいられなかった。


「なら、金の代わりにソウルを払え」


 女魔術師が最後の風を放とうとした瞬間。


 影縫い大蜘蛛が、天井から赤黒い糸を吐いた。


 錆影縫い。


 その糸は、杖の金具に絡み、影ごと床へ縫った。


 杖が重くなる。


 女魔術師の手が下がる。


 カゲヌイが、彼女の足元の影に骨針を通す。


 足が止まる。


 グズが前へ出る。


 女魔術師は、泣きながら言った。


「やだ……死にたくな――」


 棍棒が振り下ろされた。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:42》


 最後の荷物係は、奥の袋小路にいた。


 本物の出口を探して、壁を叩き続けている。


「開けてくれ! 開けてくれ!」


「開くぞ」


 余は言った。


 袋小路の壁が、ゆっくり開いた。


 荷物係の顔が明るくなる。


 だが、その向こうにいたのは出口ではない。


 追跡者だった。


 落武者のような影。


 錆びた太刀。


 青白い片目。


 荷物係の顔から、希望が消えた。


「ひっ」


 太刀が振られた。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:19》


 戦闘が終わった。


 第一層には、錆びた武器と、割れた油壺と、焼けた布と、死体が転がっている。


 影縫い大蜘蛛は、天井へ戻っていた。


 脚の傷は浅い。


 だが、そこから垂れた糸液と赤錆粉が混ざったことで、新しい罠が生まれた。


 カゲヌイは、赤黒い縫い目をじっと見ている。


 小さな骨針で、何度もつついている。


 気に入ったらしい。


《戦闘結果を表示します》



【民間討伐隊迎撃戦】


撃破:

大盾持ち

斧使い

槍使い二名

弓使い

火付け役

女魔術師

荷物係二名


獲得ソウル:

+38

+34

+31

+30

+29

+26

+42

+19

+21


消費:

灰噛みネズミ生成:−8

苔灰ゴブリン生成・補修:−21

アンデッドゴブリン生成:−12

赤錆噛み展開:−18

影縫い罠巣維持:−16

戻り水維持:−9

追跡者短時間起動:−35


取得:

錆びた鉄盾

折れた斧刃

油布

風術師の杖金具

冒険者組合の賞金札

予備武器の束

荷車の車輪

錆影を帯びた糸片


新規罠候補:

錆影縫い



「賞金札?」


《人間側の依頼証です》


 監視面に、湿灰の上へ落ちていた紙が映る。



迷宮調査協力金

対象:黒霧の洞窟

条件:内部構造、魔物種、帰還者情報

追加報酬:王都隊の遺品回収



「黒霧の洞窟だと?」


《人間側の仮称です》


「余の迷靄洞を、勝手に変な名前で呼ぶな」


《人間側は正式名を知りません》


「それはそうだが、腹立つ」


 フィルエの声が届いた。


『迷靄洞、外の荷車は残ってる』


「使えるか」


『武器と丸太と油。あと、食料』


「食料はいらぬ」


《ゴブリンには使用可能です》


「……いるな」


 グズが監視面の端で、肉の入った袋を見つめていた。


 口からよだれが出ている。


「食わせてよい。ただし、変な毒がないか見てからだ」


《了解》


 その時、白い部屋に別の表示が浮かんだ。


《灰噛みネズミ一体、赤錆粉を摂取》


「ん?」


《変質進化の兆候》


「何だと」


 監視面が、通路の隅を映す。


 さっき弓使いに蹴り潰されかけた灰噛みネズミ。


 片目が潰れ、体の毛が赤黒く染まっている。


 そいつが、赤錆剣鬼の錆粉と、錆びた矢尻をかじっていた。


 ぎり。


 ぎりぎり。


 金属を噛む音がする。


 普通の灰噛みネズミより、牙が赤い。


 背中の毛が針のように逆立っている。


《進化候補が発生しました》



灰噛みネズミ変質進化候補:


赤錆噛みネズミ


特徴:

鉄・刃物・鎧金具を好んで噛む

噛んだ箇所に錆を広げる

罠解除道具や武器の破壊に適性

生体への殺傷力は低い

白灯には弱い

湿灰・赤錆噛み罠との相性良好


必要ソウル:45



 余は笑った。


「来たな」


《進化させますか》


「当然だ」


《ソウル45消費》


 灰噛みネズミの体が、赤黒い湿灰に包まれた。


 骨が鳴る。


 牙が伸びる。


 背中に錆色の筋が走る。


 やがて、そいつは湿灰の中から這い出した。


 小さい。


 弱そう。


 だが、牙だけが異様に赤く光っている。


 赤錆噛みネズミ。


 新しい魔物枠。


「いいぞ」


 余は静かに言った。


「お前は人間の剣を喰え。鍵を喰え。鎧を喰え。地図を守る筒も、罠を外す道具も、全部噛め」


 赤錆噛みネズミは、きちきちと牙を鳴らした。


 影縫い大蜘蛛が天井から細い糸を垂らす。


 カゲヌイが、その糸の先に錆影を少し絡める。


 赤錆噛みネズミが、それをかじった。


 きち。


 きちち。


《赤錆噛みネズミ、影縫い罠巣との連携適性あり》


「ますますいい」


 迷靄洞は、また一つ強くなった。


 ただ敵を殺しただけではない。


 敵の武器を喰う罠を得た。


 敵の錆から、新しいネズミを得た。


 影縫い大蜘蛛とカゲヌイの連携は、錆影縫いへ広がった。


 これだ。


 戦って、喰って、変わる。


 迷宮はこうでなくてはならない。


 だが、そこで終わらなかった。


 ダンジョン新聞が、白い部屋に落ちてきた。


 また号外かと思った。


 だが違う。


 紙面の端に、小さな黒枠の記事があった。



【迷宮間通信】


赤剣洞ロード・ヴァルガより追伸。


“赤錆を扱ったか。ならば、次は刃ではなく、鎧を送る”



「……あいつ、しつこいな」


《競争相手として注目されています》


「嬉しくない」


 さらに、もう一つの記事が浮かぶ。



【白磁庭園動向】


白磁庭園、迷靄洞周辺への直接侵入を一時停止。

代わりに、人間側勢力の動向を観測中。



「人間を先にぶつける気か」


《可能性があります》


 余は監視面の外を見た。


 森は静かだ。


 だが、その静けさはもう信じない。


 人間。


 白磁庭園。


 赤剣洞。


 他ロードたち。


 いろいろな敵と興味が、迷靄洞へ集まり始めている。


 昔なら、余は叫んでいた。


 いや、今も少し叫びたい。


 だが、配下の前では叫ばない。


 余はロードだ。


「影縫い大蜘蛛、カゲヌイ」


 二体がこちらを見る。


「錆影縫いを固定化する。赤錆噛みネズミを、罠解除道具狙いの遊撃にする。グズは入口の打撃役。マネは大盾持ちの声を追加。追跡者は奥で温存」


《了解》


「次に来る連中には、こう教えてやる」


 余は、錆びて折れた剣を見下ろした。


「迷靄洞では、剣すら生きて帰れぬとな」

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