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第78話 取引するロードは、先に値段を見る

「……腹が立つな」


《敵対予告です》


「分かっておる。特に“試す”が腹立つ」


《迷靄洞を格下と見ています》


「もっと腹が立つ言い方をするな」


 余は白い部屋で、黒い新聞と四つの封蝋を睨んでいた。


 号外に載った。


 人間の本隊を喰った。


 白磁庭園の偵察も退けた。


 その結果、ロード同士の世界がこちらを見た。


 交流申請が三つ。


 敵対予告が一つ。


 喜ぶべきか、慌てるべきか。


 ……いや。


 慌てるのは後だ。


 配下の前では、堂々とする。


「先に、使えるものから開ける」


《妥当です》


「赤剣洞は後回しだ。喧嘩を売るやつほど、こちらが慌てると喜ぶ」


《ロード的判断です》


「当然だ」


 余はまず、苔の封蝋を開いた。


 湿った匂いが白い部屋に広がる。


 声は低く、ゆっくりしていた。


『迷靄洞のロード。白磁庭園と戦うなら、苔を侮るな』


「名乗れ」


『苔冠沼。ロード・モルド。沼と苔と沈む道を持つ者』


「何が目的だ」


『白磁庭園が嫌いだ』


「分かりやすいな」


『白磁は乾かす。苔は乾くと死ぬ。だから嫌いだ』


 余は少しだけ、このモルドというロードに親近感を覚えた。


 理由が単純なやつは信用しやすい。


 もちろん、全部は信用しない。


『お前は白磁種子を潰した。ならば、苔の噛ませ方を教える。代価は白磁蝶の羽片一枚』


「羽片一枚で技術を?」


『完全な技術ではない。入口用の簡易苔だ。白磁の根を遅らせるだけ』


「十分だ」


 余は少し考えた。


 白磁蝶の羽片は三枚ある。


 一枚なら払える。


「取引する」


《白磁蝶の羽片一枚を譲渡しますか》


「よい」


 白い部屋の床に、陶器のような羽片が浮かび、苔の封蝋へ吸い込まれた。


 代わりに、湿った緑の塊が落ちてくる。



取得:白噛み苔の胞子


説明:

白磁質の根や粉に絡み、進行を遅らせる苔。

白灯には弱い。

乾燥にも弱い。

湿灰との相性は良好。



「白噛み苔」


《苔灰ゴブリン、湿灰通路、影縫い大蜘蛛の巣周辺に配置可能》


「影縫い大蜘蛛の巣に?」


《白磁花粉が糸を硬化させる前に、苔が粉を噛む可能性があります》


「いい」


 すぐに使える。


 これは当たりだ。


 次に、骨の封蝋を開く。


 乾いた音が響いた。


『死体を使う迷宮と聞いた』


「誰だ」


『骨鳴墓窟。ロード・カラカ。骨と残響と二度目の死を扱う』


「ずいぶん物騒な名乗りだな」


『お前もアンデッドゴブリンを使うのだろう』


「使う」


『雑だ』


「いきなり失礼だな!」


『死骸に湿灰を混ぜて立たせているだけだ。肉壁としては正しい。だが、骨の向きが悪い』


「骨の向き?」


『骨は支えだ。支えは、折れる方向を決められる。代価を払えば、アンデッドを倒れにくくする骨組みを教える』


 余は黙った。


 これは欲しい。


 白灯持ちへの肉壁は、今後も必要だ。


 だが、代価を聞かずに頷くほど馬鹿ではない。


「代価は」


『分隊長の剣』


「高い」


『なら、王都迷宮対策隊の徽章』


「それも使う」


『では、白灯灰と人間の膝骨二つ』


「膝骨……」


《回収可能です》


「やめろ。妙に冷静に言うな」


《素材です》


「分かっておる」


 余は少し悩んだ。


 白灯灰は対策研究にも使う。


 だが、骨組みの知識は長く効く。


「白灯灰を半分。膝骨二つ。それでどうだ」


『よい。値切るロードは長生きする』


「褒めているのか?」


『たぶん』


《取引しますか》


「する」



取得:骨組み術式・初級


効果:

アンデッドゴブリン生成時、骨の向きを整えることで転倒耐性上昇。

白灯で焼かれても短時間前進しやすくなる。

生成ソウル消費+2。



「消費は増えるが、壁として強くなる」


《有用です》


「よし。次」


 濁った水滴の封蝋。


 開いた瞬間、ぽたり、と水音がした。


『帰る道を殺す罠、見事。水路迷宮の技術と交換しない?』


「名乗れ」


『濁り水路。ロード・ミズネ。流れと戻り水と沈む階段の迷宮』


「目的は」


『影縫い罠巣の話を聞きたい。こちらは“戻り水”を出す』


「戻り水?」


『逃げる方向に流れているように見せて、実は奥へ押し戻す水。道を殺すあなたとは相性がいい』


 余は監視面で通路を見た。


 影縫い大蜘蛛の糸。


 カゲヌイの影糸。


 湿灰。


 そこに水の流れが加わる。


 逃げる者は、水の流れを見て下りだと思う。


 出口へ向かっていると思う。


 だが、実際には奥へ戻る。


 悪い。


 非常に悪い。


 つまり良い。


「代価は」


『影縫い罠巣の完全な仕組み』


「断る」


『じゃあ一部』


「どの一部だ」


『帰還縄をすり替えた方法』


「断る」


『けち』


「当然だ。余の主力戦術だ」


 沈黙。


 水音だけがする。


 やがてミズネが言った。


『では、王都の白粉袋。あれ、私の迷宮にも欲しい』


「白粉袋か」


《焼けた白粉袋を保有しています》


 白粉は人間が迷わないために使った道具だ。


 こちらで解析してもよい。


 だが、焼けた袋なら完全品ではない。


「焼けた白粉袋と、破損地図板の端。代わりに戻り水の初歩だけ」


『いいよ』


「軽いな」


『水は流れるものだから』


「信用しにくいな、お前」


『よく言われる』


《取引しますか》


「する」



取得:戻り水の雫


効果:

湿灰通路に混ぜることで、床の流れを錯覚させる。

逃走者を入口ではなく奥へ誘導しやすくなる。

乾燥・強火に弱い。

影縫い罠巣と相性良好。



「当たりが三つか」


《はい》


「問題は」


 余は赤い剣の紋章を見た。


「こいつだな」


 赤剣洞。


 ロード・ヴァルガ。


 敵対予告。


 余はわざと少し待ってから、赤い封蝋に触れた。


 瞬間、白い部屋の空気が熱を持った。


 赤い文字が燃えるように浮かぶ。


『ようやく見たか、迷靄洞』


「ずいぶん偉そうだな」


『号外で見た。人間を罠で殺し、白磁を小細工で退けたそうだな』


「小細工で生き残れぬロードよりは長生きする」


 少し沈黙。


 それから、低い笑い声。


『面白い』


「余は面白くない」


『赤剣洞は、正面から斬る迷宮だ。逃げ道を殺す? 地図を殺す? いいだろう。ならば、斬れる道を斬ってやる』


「何をする気だ」


『試し刃を送る』


「直接侵攻か」


『違う。新聞社式の試しだ。受けるか拒むかは選べる』


《補足します》


 管理音声が割り込む。


《ロード間の直接戦争ではなく、限定的な魔物試験です。受諾すると、相手迷宮の試験個体一体が外縁に出現します。撃破すれば報酬。敗北すれば、迷宮評価が下がり、相手に一部情報が渡ります》


「拒むと?」


《臆病者として新聞に小さく載る可能性があります》


「新聞、性格が悪すぎるだろ!」


『どうする、迷靄洞』


 赤剣洞のロードが笑う。


『受けるか。震えて閉じこもるか』


 余は即答しそうになった。


 受ける、と。


 だが止まった。


 相手はそれを望んでいる。


 挑発に乗るロードは、短命だ。


 余は白い部屋で、監視面を確認した。


 影縫い大蜘蛛。


 カゲヌイ。


 グズ。


 マネ。


 灰噛みネズミ。


 苔灰ゴブリン。


 アンデッドゴブリン。


 追跡者。


 フィルエとの森糸通信。


 そして、今得た三つの技術。


 白噛み苔。


 骨組み術式。


 戻り水。


「試し刃の個体は何だ」


『赤錆剣鬼』


《赤錆剣鬼:剣型魔物。罠を切断しながら進む突撃個体と推定》


「罠を切る、か」


 影縫い大蜘蛛の糸。


 カゲヌイの影糸。


 それを切られる可能性がある。


 相性は悪い。


 だからこそ、試す価値がある。


「受ける」


《本当に受諾しますか》


「受ける。ただし、入口ではなく第一層外縁に誘導しろ」


『よい。三刻後に送る』


「三刻もくれるのか。親切だな」


『準備した罠を斬る方が、試し甲斐がある』


「なら、斬ったことを後悔させてやる」


 赤い封蝋が燃え尽きた。


 白い部屋に静けさが戻る。


 余はすぐに叫んだ。


「全員、配置換えだ!」


《了解》


三刻。


 短い。


 だが、準備はできる。


「白噛み苔は入口偽道ではなく、影縫い大蜘蛛の主巣の外側に薄く撒け」


《白磁用では?》


「赤錆という名だ。錆なら湿気と苔が嫌いな可能性がある」


《推測です》


「推測でいい。使えるものは使う」


 苔灰ゴブリンが湿灰を運び、白噛み苔の胞子を壁際へ塗る。


 薄い緑が、黒い影の中で広がった。


「戻り水の雫は、逃げ道に見える通路へ混ぜろ」


《逃走誘導ですか》


「違う。剣鬼は進む個体だ。なら、進んでいると思わせて同じ場所へ戻す」


《循環罠》


「そうだ」


 カゲヌイが骨針で床の影を縫う。


 影縫い大蜘蛛が天井から糸を張る。


 その下を、湿灰に混じった戻り水がゆっくり流れる。


 見た目には、奥へ流れている。


 実際には、足の感覚だけを狂わせる。


「アンデッドゴブリンを二体、骨組み術式で作れ」


《ソウル24消費》


 古い骨が組み直される。


 膝。


 背骨。


 肩。


 今までよりも、立ち方が安定していた。


 気持ち悪いが、頼もしい。


「お前たちは斬られるために前へ出ろ」


《アンデッドゴブリン、理解不能》


「理解せんでよい。斬られても進め」


 グズが棍棒を鳴らす。


「ギィ!」


「グズは最後だ。相手の剣が鈍ってから殴れ」


「ギ……」


「不満そうにするな。お前を無駄死にさせる気はない」


 グズは少しだけ黙った。


 たぶん、分かっていない。


 だが、棍棒を下げた。


「マネは剣鬼に声が効くか分からぬ。だが音は出せ。後方から人間の悲鳴、剣の音、足音、何でもいい。判断を乱せ」


「ギィ」


「影縫い大蜘蛛」


 天井の主が、静かに脚を広げる。


「お前の糸は切られるかもしれぬ。太い糸を一気に出すな。細い糸を何重にも張れ」


 影縫い大蜘蛛が、かさりと動く。


「カゲヌイ」


 小さな罠師が影から出た。


「切られる前提で縫え。一本を守るな。切られた影糸を、次の罠にする」


 カゲヌイが骨針を二本構えた。


 沈黙。


 だが、伝わった気がした。


 その時、フィルエから森糸通信が入る。


『迷靄洞。赤い匂いが来る』


「外から見えるか」


『うん。鉄と血と熱い石の匂い。人間じゃない』


「下がれ。これはロード間の試しだ」


『手伝う』


「危ない」


『見てるだけでも手伝える』


 余は少し黙った。


 フィルエはもう、ただの外部観察者ではない。


 迷靄洞側の仲間だ。


「……なら、外から逃げ道を見ろ。剣鬼が迷宮外へ出そうなら教えろ」


『分かった』


三刻後。


 迷靄洞の外縁に、赤い亀裂が開いた。


 そこから、一体の魔物が歩いてくる。


 人型。


 だが、人間ではない。


 全身が赤黒い錆に覆われ、腕の先が剣になっている。


 頭には目が一つ。


 口はない。


 歩くたびに、ぎり、ぎり、と金属が擦れる音がした。


《赤錆剣鬼、出現》


《試験開始》


 赤錆剣鬼は、迷わず入口へ向かった。


 影縫い大蜘蛛の細糸が、最初に触れる。


 剣鬼は腕を振った。


 糸が切れる。


 一瞬だった。


「速いな」


《切断能力、高》


「だが、一本目だ」


 切れた糸の先を、カゲヌイが影へ縫い込む。


 切られた糸が床に落ちる。


 その影が、剣鬼の足元へ絡んだ。


 剣鬼の足がわずかに止まる。


「切ったものが消えると思うな」


 アンデッドゴブリン二体が前へ出る。


 剣鬼の腕が赤く光る。


 一閃。


 一体目のアンデッドゴブリンの胴が斜めに割れた。


 普通なら倒れる。


 だが、骨組み術式で組まれた背骨が、ぎしりと残った。


 半分裂けたまま、前へ進む。


 剣鬼の単眼がわずかに動いた。


 驚いたのかもしれない。


 二体目が剣鬼の脚にしがみつく。


 斬られる。


 それでも骨の腕だけが残り、足首を掴む。


「よし。使える」


《骨組み術式、有効》


 剣鬼が足を振り払う。


 その瞬間、床の戻り水が動いた。


 剣鬼は前へ踏み込んだ。


 だが、感覚だけがずれる。


 進んだはずなのに、同じ場所へ戻る。


 剣鬼の足が、さっき切った糸の影をまた踏んだ。


 カゲヌイが縫う。


 影縫い大蜘蛛が、天井から細糸を十本落とす。


 剣鬼が切る。


 五本切れる。


 残り五本が絡む。


 切れた五本の影が、さらに足に絡む。


「いいぞ」


 余は白い部屋で身を乗り出した。


「切らせろ。切らせた分だけ絡めろ」


 赤錆剣鬼が、初めて動きを変えた。


 腕の剣を床へ突き刺す。


 赤い錆が広がる。


 湿灰が乾く。


 戻り水が弱まる。


《戻り水、蒸発傾向》


「熱か!」


 剣鬼が床を焼き、罠の水分を殺している。


 やはり、ただの突撃個体ではない。


 赤剣洞の試し刃。


 罠を切り、湿りを焼き、正面から進む魔物。


「苔灰ゴブリン!」


 苔灰ゴブリンが壁から飛び出した。


 白噛み苔をまとった湿灰を、剣鬼の足元へ投げる。


 赤い錆に、湿った苔が絡む。


 じゅう、と音がする。


 剣鬼の足が鈍った。


《白噛み苔、赤錆にも微弱効果》


「当たりだ!」


 剣鬼が苔灰ゴブリンへ腕を振る。


 速い。


 苔灰ゴブリンの肩が裂けた。


 だが、その血と苔が剣鬼の刃に付着する。


 錆びた刃の動きが、ほんの少し重くなった。


「グズ!」


「ギィィィ!」


 待っていたグズが横から飛び込む。


 剣鬼の腕ではなく、膝を狙う。


 棍棒が叩き込まれる。


 赤錆の膝がへこんだ。


 剣鬼がグズへ腕を振る。


「下がれ!」


 グズは遅い。


 間に合わない。


 だが、影縫い大蜘蛛の糸がグズの腰に絡み、後ろへ引いた。


 剣が空を切る。


「よし、大蜘蛛!」


 カゲヌイがその空振りの影を縫う。


 剣鬼の腕の影が、壁に一瞬だけ固定された。


 一瞬。


 本当に一瞬。


 だが、追跡者を使うには十分だった。


「追跡者」


《起動しますか》


「試し刃には、こちらの刃を見せる」


《ソウル80消費》


 湿灰の奥で、落武者の鎧が鳴った。


 がしゃん。


 追跡者が現れる。


 赤錆剣鬼の単眼が、追跡者を見る。


 剣と刀。


 赤錆と古錆。


 一瞬、通路の空気が変わった。


「行け」


 追跡者が踏み込む。


 赤錆剣鬼も踏み込む。


 刃がぶつかった。


 火花。


 金属音。


 影縫い大蜘蛛の糸が、その火花の影に絡む。


 カゲヌイが床を縫う。


 戻り水が弱く流れる。


 白噛み苔が足に絡む。


 アンデッドゴブリンの骨腕が足首を掴む。


 グズが横から棍棒を構える。


 迷靄洞の全部を、少しずつ使う。


 剣鬼は強い。


 だが、一体だ。


 迷宮は、一体で戦わない。


「グズ、膝!」


「ギィ!」


 棍棒が再び膝へ入る。


 赤錆剣鬼の体勢が崩れた。


 追跡者の太刀が、単眼を斬った。


 赤い光が割れる。


 影縫い大蜘蛛が、全身へ糸を吐いた。


 カゲヌイが、その影を床へ縫いつける。


 剣鬼はまだ腕を振ろうとした。


 だが、その刃は重い。


 苔と湿灰と切られた糸の影が、何重にも絡んでいる。


「終わりだ」


 追跡者の太刀が、首を落とした。


《赤錆剣鬼、撃破》


《試験勝利》


 赤錆剣鬼の体が崩れ、赤黒い錆の塊になった。


 白い部屋に、表示が浮かぶ。



【赤剣洞・試し刃】


撃破:

赤錆剣鬼


獲得:

赤錆剣鬼の錆核

刃こぼれした赤剣片

熱を帯びた錆粉

試験勝利報酬:ソウル+90


戦術評価:

影縫い罠巣、有効

戻り水、有効だが熱に弱い

白噛み苔、赤錆系にも微弱効果

骨組みアンデッド、足止めに有効

影縫い大蜘蛛とカゲヌイの切断対応、成功



「勝った」


《はい》


「勝ったぞ!」


《はい》


 余は思わず叫んだ。


 その瞬間、ダンジョン新聞の号外が白い部屋に落ちてきた。



【速報】


迷靄洞、赤剣洞の試し刃を撃破。


評価:

罠依存ではなく、罠を切られた後の再利用が巧み。

影縫い大蜘蛛と影縫い罠師カゲヌイの連携に注目。

新興Cランク迷宮として、警戒度上昇。



「また載った!」


《注目度上昇》


「嬉しいが怖い!」


《正しい反応です》


 赤い封蝋が再び浮かぶ。


 ロード・ヴァルガの声が響いた。


『見事』


「負け惜しみか」


『いや、認めよう。貴様の迷宮は、斬って終わりではなかった』


「当然だ」


『いずれ本戦を申し込む』


「来なくてよい」


『それまでは、敵ではなく競争相手として見てやる』


「上からだな!」


 赤い封蝋は笑うように震え、消えた。


 余は大きく息を吐く気分になった。


 戦った。


 勝った。


 そして、得た。


 白噛み苔。


 骨組み術式。


 戻り水。


 赤錆剣鬼の錆核。


 影縫い大蜘蛛とカゲヌイの、新しい戦い方。


 罠を切られても、終わりではない。


 切られた糸すら、次の罠にする。


 それが迷靄洞だ。


『迷靄洞』


 フィルエの声が、森糸から届く。


「見ていたか」


『うん。今の戦い、よかった』


「そうか」


『でも、外に匂いが残ってる。赤剣洞の匂いじゃない』


「何だ」


『人間』


 余は監視面を外へ向けた。


 森の遠く。


 まだ迷靄洞の影響圏外。


 そこに、小さな灯りがいくつも見えた。


 白灯ではない。


 松明だ。


 人間の隊列。


 数は多い。


 王都ではないかもしれない。


 だが、迷靄洞へ向かっている。


《敵性集団接近》


「……休ませる気がないのか」


《ありません》


「即答するな」


 余は監視面の中で、影縫い大蜘蛛とカゲヌイを見た。


 二体とも消耗している。


 だが、まだ動ける。


 グズも棍棒を握っている。


 追跡者は湿灰へ沈み直した。


 赤錆剣鬼の錆核が、白い部屋に静かに浮いている。


「よい」


 余は笑った。


「今度は、人間で試す」


《何をですか》


「赤錆剣鬼から得た錆粉だ」


 罠を切る剣鬼。


 熱を持つ錆。


 それをそのまま捨てるのはもったいない。


「人間の武器を、錆びさせる罠を作る」


《新規罠案:赤錆噛み》


「採用」


 外の松明が、少しずつ近づいてくる。


 迷靄洞の中では、影縫い大蜘蛛が新しい糸を張り、カゲヌイがその影を縫い始めた。


 余は白い部屋で、低く言った。


「来い。今度は剣ごと喰ってやる」

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