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第72話 白磁庭園からの使者

封鎖線が崩れた翌朝。


 迷靄洞の前には、人間の壁がなかった。


 焼け焦げた板。


 割れた火油樽。


 湿灰に沈んだ槍。


 半分だけ灰になった足跡。


 昨日までそこにあった人間の意志は、もうない。


 入口には、泥門番長ゴブリン・グズが立っている。


 進化したばかりの体で棍棒を担ぎ、いつもより少しだけ偉そうにしていた。


「グズ」


「ギィ」


「そこに立っていろ。今日は妙なものが来る気がする」


「ギィィ」


《理解率、やや上昇》


「おお」


《ただし、詳細な警戒対象は理解していません》


「駄目ではないか」


 余は白い部屋で、監視面を睨んだ。


 封鎖線は崩した。


 ラウゼンは撤退した。


 Cランク査定も始まった。


 だが、安心できる時間はなかった。


 ダンジョン新聞に、昨日からずっと同じ通知が残っている。



【接触申請】


申請者:白磁庭園

分類:上位ロード

内容:保護契約の提案

回答期限:本日中


備考:

未回答の場合、迷靄洞は「無作法な新興迷宮」として扱われる可能性があります。



「無作法とは何だ」


《ロード社会における外交評価です》


「勝手に来て、勝手に契約を迫る方が無作法ではないのか」


《上位ロードはそう考えない場合があります》


「面倒な連中だ」


 保護契約。


 言葉だけなら聞こえはいい。


 だが、管理音声に確認させた内容は最悪だった。


 上位ロードが下位ロードを守る。


 その代わりに、ソウル、情報、魔物運用権、罠技術、迷宮構造の一部閲覧権を要求する。


 守るふりをした支配だ。


「従う気はない」


《即時拒否は危険です》


「分かっている。だから検討中の顔をしている」


《顔は存在しません》


「気分の話だ!」


 その時。


 監視面の外周に、白い点が映った。


 蝶だった。


 磁器で作られたような、白い蝶。


 それが、ひらひらと焼け跡へ降りてくる。


「来たか」


《白磁庭園の使者と推定》


「返事もしておらぬのに」


《上位ロード側は、挨拶と称した先制接触を行う場合があります》


「それを侵入と言うのではないか?」


《かなり近いです》


 白磁の蝶は、迷宮領域のぎりぎり外側に止まった。


 こちらが噛みつきづらい距離。


 だが、こちらを観察するには十分な距離。


 嫌な位置だ。


 蝶の羽に、白い文字が浮かぶ。



ごきげんよう、迷靄洞の若きロード様。

封鎖線突破、誠にお見事でした。

白磁庭園は、貴洞の才覚を高く評価しております。



「気持ち悪いほど丁寧だな」


《はい》



つきましては、正式な保護契約の前に、当庭園よりささやかな贈り物をお届けいたします。

新興迷宮に必要なものは、礼節、後ろ盾、そして美しき秩序。

どうぞお納めくださいませ。



 蝶の足元に、小さな白い種が落ちた。


 磁器の粒。


 それが湿灰に触れた瞬間、ぴしり、と音を立てる。


 白い根が伸びた。


 細い。


 美しい。


 だが、その根は真っ直ぐに迷靄洞の外周へ向かっていた。


「管理音声」


《警告。外来迷宮因子を確認》


「贈り物ではないな」


《寄生型の庭園種と推定》


「やはりか」


 白い根は、昨日火油が染みた湿灰へ潜り込もうとしている。


 傷ついた外周。


 まだ余の支配が完全に戻りきっていない場所。


 そこを狙ってきた。


「焼け」


《即時焼却にはソウル50が必要です》


「高い!」


《放置した場合、白磁庭園による観測点が形成される可能性があります》


「もっと高い!」


 余が命令しようとした、その時だった。


 監視面の端に、別の影が映った。


 森の影。


 人間の歩き方ではない。


 冒険者の足取りでもない。


 くすんだ外套。


 木の皮のような留め具。


 背に小さな鞄。


 焼け跡の灰を踏まず、湿りの呼吸を読むように歩いてくる。


 余は、その姿を見た瞬間に眉をひそめた。


「……フィルエか」


《はい。以前、再評価の日に接触し、その後ロードと対談した個体です》


「忘れておらぬ。森から来た、あの妙な女だ」


《過去にロードへ連絡あり。迷靄洞への対話姿勢あり》


「連絡どころか、余と話した。こちらをただの穴ではなく、相手として見た女だ」


 フィルエ。


 森から来たもの。


 人間ではない。


 エルフとも断定できない。


 ギルドの調査員でも、冒険者でもない。


 正体は分からない。


 だが、迷宮を見る目を持っている。


 以前、余と対談した時もそうだった。


 あの女は、迷宮を殺すべき怪物としても、信仰するべき神としても見ていなかった。


 呼吸する場所。


 変化する生き物。


 森とぶつかり、森と混ざるもの。


 そういう目で見ていた。


 だから危険だった。


 そして、だから使える。


「今度は連絡ではなく、直接来たか」


《はい》


「相変わらず面倒な時に来る女だ」


 フィルエは、白磁の蝶を見た。


 次に、白い根を見た。


 顔が変わる。


 好奇心ではない。


 警戒だった。


「……白磁」


 小さな声が、監視面越しに届いた。


 フィルエは足を止め、白い根から距離を取る。


「迷靄洞。それ、触ったら駄目」


「聞こえておるわけではないだろうが、言い方が腹立つな」


《聞こえる前提で話しかけている可能性があります》


「やはり腹立つ」


 フィルエは白い根を指さした。


「贈り物じゃない。根札。所有の印。外周に入ると、あなたの灰の癖を抜かれる」


「管理音声」


《検証中》


「正しいか」


《正しい可能性が高いです》


「やはり見抜くか」


 白磁の蝶の羽に、文字が浮かんだ。



森のもの。

そこは貴女が口を挟む場所ではありません。



 フィルエは蝶を見た。


「あなたも、森に根を入れようとして追い払われたこと、忘れたの?」


 白磁の蝶が、一瞬だけ止まった。


 余は目を細めた。


「知り合いか?」


《敵対履歴が存在する可能性があります》


「なるほど」


 蝶の羽の文字が、ゆっくりと変わる。



迷靄洞のロード様。

その者は危険です。

森は迷宮を理解したふりをして、いずれ境界を奪います。

今すぐ処理なさることを推奨いたします。



「余に命令しているのか」


《形式上は助言です》


「助言の形をした命令だ」


《はい》


 フィルエは迷靄洞の入口へ視線を向けた。


 グズが棍棒を構える。


 フィルエは逃げない。


 ただ、以前対談した時と同じように、静かな声で言った。


「迷靄洞。決めて。白磁を入れるか、森の忠告を聞くか」


「偉そうだな」


《はい》


「だが、分かりやすい」


 余は白い部屋で、白磁の根を見た。


 白磁庭園は余にフィルエを殺させたい。


 フィルエは白磁庭園の根を焼けと言う。


 どちらも信用はできない。


 だが、判断は簡単だ。


「管理音声」


《はい》


「白磁庭園が望むことは何だ」


《フィルエの排除。および白磁根の定着です》


「では、その逆をする」


《白磁根を焼却し、フィルエを生存させる判断ですか》


「そうだ」


《ロード的判断です》


「分かっている」


 余は命じた。


「白磁の根を焼け」


《ソウル50消費》


 湿灰の奥から、昨日得た火油染みが滲む。


 灰かぶりの残灰が混ざる。


 白い根がさらに奥へ伸びようとした瞬間、灰色の火が走った。


 根が割れる。


 白磁の粒が悲鳴のような音を立てる。


 蝶の羽が震えた。



……それは、当庭園からの贈答品です。



 余はダンジョン新聞を開き、短く返した。



迷靄洞より白磁庭園へ。


贈答品は焼いた。

余の外周に勝手に根を張るものを、贈り物とは呼ばぬ。


保護契約は検討する。

だが、次に根を張れば、贈り主ごと敵と見なす。



 送信。


 白磁の蝶はしばらく沈黙した。


 やがて、細い文字が浮かぶ。



勇ましいこと。

では、検討のお返事を楽しみにしております。

森のものを側に置くなら、いずれその代価も知るでしょう。



 蝶は砕けた。


 白い破片になって風に散る。


 その破片が湿灰に落ちる前に、余は灰で包ませた。


《白磁片、取得》


《外来因子、焼却済み》


《白磁庭園との関係:悪化》


「構わぬ」


《敵対行動を受ける可能性があります》


「従っても敵になる相手だ。遅いか早いかだけであろう」


《はい》


問題は、フィルエだった。


 白磁の蝶が消えた後も、フィルエはその場に立っていた。


 逃げない。


 近づきもしない。


 ただ、こちらを待っている。


「管理音声」


《はい》


「フィルエを殺せるか」


《現在の位置なら、小規模外周咬合で足を捕捉可能。追跡者を併用すれば殺害可能です》


「ソウルは」


《推定不能。人間とは異なるため、標準換算不可》


「分かりにくいな」


《はい》


 殺せる。


 だが、殺す意味は薄い。


 白磁庭園が喜ぶ。


 森との繋がりを失う。


 迷宮の異常を見抜く目を失う。


 しかも、フィルエはすでに余と対談している。


 余をただの魔物の巣として扱わなかった。


 なら、ただの餌ではない。


「フィルエ」


 余は直接声を出せない。


 だが、以前の対談で使った経路は残っている。


 森から伸びてきた細いマナの糸。


 迷宮新聞とも違う。


 管理音声とも違う。


 フィルエが一度だけ、余へ言葉を届かせた道。


「管理音声。前の対談経路は使えるか」


《微弱に残存》


「開け」


《警告。外部存在との対話経路を開く場合、情報流出リスクがあります》


「構わぬ。今回は、こちらから首輪をつける」


《了解》


 白い部屋の空気が、わずかに震えた。


 森の匂いがした。


 湿った土。


 若い葉。


 古い根。


 フィルエが顔を上げる。


「……聞こえた」


「聞こえておるなら答えろ、森から来たもの」


 余の声は、白い部屋から森の糸を通って届いた。


 フィルエは少しだけ目を細めた。


「久しぶり。迷靄洞」


「余は迷靄洞のロードだ」


「知ってる」


「なら、名で呼べ」


「あなた、名前をくれなかった」


「……そうだったか?」


《ロード個体名は未設定です》


「そこは後で考える!」


 フィルエが、少しだけ笑った。


 腹立たしい。


 だが、その笑いは敵のものではなかった。


「フィルエ」


「なに」


「お前は白磁庭園の敵か」


「好きではない」


「質問に答えろ」


「敵。少なくとも、向こうは私を嫌ってる」


「なぜだ」


「森に根を張ろうとしたから。白磁は、きれいな庭にするって言いながら、他の場所の呼吸を奪う」


「余の迷宮にも同じことをしようとした」


「うん」


 フィルエは焼けた白磁根の跡を見た。


「だから言った。触らない方がいいって」


「助かったとは言わぬぞ」


「言わなくていい」


「だが、利用価値は認める」


「そっちは言うんだ」


「余はロードだからな」


 フィルエはしばらく黙った。


 それから、真っ直ぐに迷靄洞の入口を見た。


「私も、あなたに用がある」


「何だ」


「迷靄洞は、森を壊しすぎてない。普通のダンジョンより境界が荒いけど、全部を腐らせる穴じゃない。だから見ていた」


「監視していたの間違いではないか」


「同じ」


「違う」


「似てる」


「違うと言っておる」


 少し前なら、この会話だけで余は苛立って切っていた。


 だが、今は違う。


 フィルエは白磁を見抜いた。


 灰かぶりゴブリンの不安定性も見抜くだろう。


 森の変化も、外部ロードの匂いも、人間の足跡とは違う形で読める。


 これは武器だ。


 罠でも魔物でもない。


 目だ。


 余が持っていない目。


「フィルエ」


「うん」


「余の側につけ」


 フィルエの表情が止まった。


「……側?」


「仲間になれと言っている」


《用語確認。配下化ではなく、外部協力者としての契約を推奨》


「うるさい。余が今いいところなのだ」


《失礼しました》


 フィルエはすぐには答えなかった。


 その沈黙の中で、グズが入口で棍棒を鳴らす。


 マネが奥で白磁の蝶が砕ける音を真似する。


 湿灰の底では、追跡者が静かに眠っている。


 フィルエは、それらを順番に見た。


「私は、魔物にはならない」


「ならなくてよい」


「あなたの配下にもならない」


「配下でなくてよい」


「森のことを優先する時がある」


「迷靄洞を売らぬなら構わぬ」


「白磁庭園とは敵対する」


「ちょうどよい」


「人間にも、たまに話す」


「迷宮の情報を流すなら喰う」


「分かった」


 返事が早かった。


 余は少しだけ拍子抜けした。


「よいのか」


「うん」


「余はダンジョンだぞ」


「知ってる」


「侵入者を殺すぞ」


「見た」


「ソウルにするぞ」


「知ってる」


「お前も、裏切れば殺すぞ」


「それも分かる」


 フィルエは、静かに言った。


「でも、白磁に根を張られるより、あなたが自分で育つ方がいい」


「理由はそれだけか」


「もう一つある」


「何だ」


「あなた、森をただの餌場にしなかった」


 余は黙った。


 フィルエは続けた。


「封鎖線を崩す時も、外へ無理に広がらなかった。帰る道を喰ったけど、森そのものを全部殺そうとはしなかった」


「届かなかっただけだ」


「それでも、届いた場所を全部腐らせてはいない」


「……」


「だから、見たい。迷靄洞がどう育つのか」


 余は白い部屋で、ゆっくりと笑った。


「やはり危険だな、お前は」


「うん」


「自覚があるのか」


「ある」


「ならよい」


 余は管理音声に命じた。


「契約案を出せ」


《外部協力者契約を構築します》



【契約候補】


名称:森客契約


対象:フィルエ


分類:

森から来たもの

詳細不明


契約内容:

・フィルエは迷靄洞の敵対勢力へ、迷宮中枢情報を流さない

・フィルエは白磁庭園を含む外来迷宮因子を発見した場合、迷靄洞へ通知する

・迷靄洞はフィルエを通常侵入者として即時捕食しない

・迷靄洞は必要に応じて、フィルエへ限定的な観測許可を与える

・フィルエが敵対行動を取った場合、契約は破棄され、捕食対象となる


付与権限:

・外周限定通行許可

・森糸による短距離対話

・迷宮新聞の閲覧不可

・コア領域接近不可


推奨:締結



「森客契約」


《はい》


「客か」


《配下ではなく、客分として扱う契約です》


「よい。仲間扱いにはなるのか」


《広義では、迷靄洞側の協力者となります》


「ならよい」


 余はフィルエへ告げた。


「この契約を飲め」


 フィルエは、何もない空間を見るようにして、契約内容を感じ取ったらしい。


 しばらく目を閉じる。


 そして、頷いた。


「飲む」


「軽いな」


「必要なものだから」


「裏切れば喰うぞ」


「三回目」


「大事なことだ」


「分かった。裏切らない。少なくとも、迷靄洞を白磁や人間に売らない」


「少なくとも、が気になる」


「森を売れと言われたら断る」


「それでよい。余も迷靄洞を売れと言われたら断る」


「なら、同じ」


「同じではない」


「似てる」


「違うと言っておる」


《契約を実行しますか》


「実行」


《森客契約、締結》


 湿灰から、細い緑の線が伸びた。


 森の根ではない。


 迷宮の根でもない。


 その間にある、境界の糸。


 それがフィルエの足元へ届く。


 フィルエは逃げなかった。


 糸が彼女の手首に触れ、薄い灰色の輪になる。


 首輪ではない。


 鎖でもない。


 だが、迷靄洞との繋がりだ。



【契約成立】


フィルエが迷靄洞の外部協力者になりました。


新規機能:

森糸通信

外来因子警戒

境界観測

魔物進化歪みの助言


注意:

フィルエは配下魔物ではありません。

命令強制はできません。

信頼度が低下した場合、契約が不安定化します。



「命令強制できぬのか」


《はい》


「やはり面倒だ」


 フィルエがこちらを見た。


「聞こえてる」


「聞こえるようになったのか!」


「少しだけ」


「管理音声!」


《森糸通信が成立しています》


「早く言え!」


《今、言いました》


 フィルエがまた少し笑った。


 余は腹が立った。


 だが、悪くない。


 白磁庭園は敵になった。


 だが、こちらにも森の目がついた。


 人間側でもない。


 ロード側でもない。


 森から来たもの。


 フィルエが、迷靄洞の仲間になった。


フィルエは、契約が成立するとすぐに仕事をした。


 白磁根の焼け跡にしゃがみ込み、灰を採る。


 今度は、余の許可を待った。


「採っていい?」


「何に使う」


「白磁の次の根を見分ける」


「なら許す」


 フィルエは小瓶に白磁灰を少しだけ入れた。


 次に、灰かぶりゴブリンの残灰を見た。


「やっぱり不安定」


「何がだ」


「白灯に焼かれた灰と、火油の染みが混ざってる。今の灰かぶりは、湿っている時は強い。でも乾かされると割れやすい」


「対策は」


「森水を混ぜる」


「森水?」


「森の奥の、根が夜に吐く水。火には弱いけど、白灯には少し粘る」


「取ってこられるか」


「少しなら」


《新規素材候補:森水》


「おお」


 余は監視面の表示を見た。



【新規素材候補】


森水


効果:

・灰かぶり系魔物の崩壊遅延

・湿灰の乾燥耐性向上

・外周咬合の再生補助

・白灯系浄化への抵抗微増


入手経路:

フィルエによる森側採取



「役に立つではないか」


「だから言った。見たいって」


「見たいだけで、よくこちら側につくな」


「白磁に整えられるより、迷靄洞に荒れて育ってほしい」


「褒めているのか?」


「たぶん」


「たぶんか」


 フィルエは立ち上がり、森の方を見た。


「今日は長くいられない。白磁が見てる」


「また来るか」


「来る。契約したから」


「よし」


 余は少し考えてから言った。


「フィルエ」


「なに」


「次に来る時は、勝手に灰を持っていくな」


「許可を取る」


「あと、入口でグズに近づきすぎるな。馬鹿だから殴る」


「分かった」


「あと、余の弱点を見つけたら、まず余に言え」


「敵より先に?」


「当然だ」


「分かった」


 フィルエは頷いた。


 そして、迷靄洞の入口に向かって小さく頭を下げた。


「また来る。迷靄洞」


「ロードと呼べ」


「まだ名前がない」


「ぐっ……」


 言い返せなかった。


 フィルエは森へ戻っていく。


 その手首には、灰色の細い輪がある。


 迷靄洞の森客契約。


 外部協力者。


 仲間。


 ややこしい立場ではある。


 だが、今ここで線は引いた。


 フィルエは敵ではない。


 少なくとも、白磁庭園よりは余の側にいる。


夜。


 ダンジョン新聞が震えた。



【Cランク査定更新】


迷靄洞に外部協力者を確認。


対象:フィルエ

分類:森から来たもの

契約:森客契約


評価項目追加:

・外交判断

・外部観測者の取り込み

・白磁庭園の外来因子排除

・森側存在との限定協力


査定状況:

継続



 交流欄が流れる。



・“白磁庭園”:森のものを入れるとは、ずいぶん野趣ある選択ですこと

・“灰冠のロード”:いい判断だ。白磁の根より森の目の方がまだましだ

・“朽縄井戸”井守:森の子? 食べちゃだめなやつ?

・“針骨回廊”:外部協力者契約を確認。迷靄洞、運用思想を更新

・“玻璃宮の姫”:白磁庭園と森側存在の間に立つ気ですの? 面白いですわね

・“名無しの小洞”:仲間できたの? いいな

・“灰冠のロード”:仲間は餌より面倒だ。だが、餌より役に立つ時がある



「仲間は餌より面倒」


《はい》


「だが、餌より役に立つ時がある」


《はい》


「……覚えておく」


 余は新聞を閉じた。


 封鎖線を崩した。


 白磁の根を焼いた。


 フィルエを仲間にした。


 迷靄洞は、また少し変わった。


 ただ喰うだけの穴ではない。


 敵を殺し、罠を育て、魔物を進化させ、外の目すら利用する迷宮になり始めている。


 だが、白磁庭園は黙っていない。


 ラウゼンも報告する。


 人間側も、ロード側も、森側も、余を見始めた。


「管理音声」


《はい》


「次は何が来る」


《白磁庭園からの二度目の干渉。あるいは人間側の上位報告に伴う調査隊が予想されます》


「同時に来るなよ」


《その保証はありません》


「腹立つ!」


 余は叫んだ。


 だが、その声には昨日までとは違う響きがあった。


 焦りだけではない。


 恐怖だけでもない。


 迷靄洞には、グズがいる。


 マネがいる。


 追跡者がいる。


 灰かぶりがいる。


 灰噛みネズミがいる。


 そして、森から来たもの――フィルエが、こちら側についた。


 白い部屋の監視面に、森糸通信の細い表示が灯る。



接続先:フィルエ

状態:微弱接続

関係:森客/協力者



 余はその表示を見て、低く笑った。


「よい」


 迷靄洞の湿灰が、静かに息をする。


「白磁庭園よ。次に根を張るなら、覚悟して来い」


 入口でグズが棍棒を鳴らした。


 奥でマネが白磁の蝶の砕ける音を真似た。


 湿灰の底で、追跡者の鎧が一度だけ鳴った。


 がしゃん。


「余の迷宮には、もう森の目がある」

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