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第177話 氷は、帰り道の形をして砕ける

 ガルドスは、戻らなかった。


 誰も振り返らなかった。


 振り返れなかった。


 背後では、まだ盾が軋む音がしていた。


 骨槍が何度も打ちつけられる音。


 戻り水が重く跳ねる音。


 白磁根はくじこんが何かを締め上げる音。


 そして最後に、重いものが泥へ沈む音。


 それが、ガルドス・レイムという男の最期だった。


 アレクは走っていた。


 白銀の剣を握り、歯を食いしばり、前だけを見ていた。


 振り返れば、止まる。


 止まれば、ガルドスが作った道が無駄になる。


 だから、振り返らない。


 だからこそ、胸の奥が裂けるように痛んだ。


 ガルドスに命令した。


 置いていけ、と。


 あの男に、盾として死ねと命じた。


 隊長として。


 仲間として。


 それが正しい判断だったとしても、正しい判断が痛くないわけではない。


「アレク!」


 エリシアの声が飛んだ。


 その声で、彼は意識を前へ戻す。


 灰白回廊かいはくかいろうの先で、白い霧がまた形を変えていた。


 リンドが見つけた裂け目を抜け、ガルドスの不落城杭ふらくじょうぐいで押し開いた先。


 そこには、広い通路があるはずだった。


 だが、今、道は三つに割れている。


 右は白い光。


 左は薄い風。


 正面は、外の土に似た匂い。


 どれも出口に見えた。


 どれも嘘に見えた。


 リーゼが割れかけた魔力盤を見つめ、青い顔で言った。


「また……全部、外部反応があります」


 マルクが血濡れの記録板を抱えたまま、息を整える。


「迷宮側が、出口反応を複製している……?」


 オルフェンが祈祷布を広げる。


 布は三方向すべてへ引かれ、次の瞬間、力を失ったように垂れた。


「祈りも、道を選べません」


 ベルグが双斧を握りしめた。


「なら全部ぶっ壊して進む」


 ネイザが即座に言う。


「それをやる体力はない」


「じゃあ、どれを選ぶ」


 誰もすぐには答えなかった。


 リンドはいない。


 道を読む斥候はもう死んだ。


 トーマもいない。


 霧を散らす薬も、戻り水を鈍らせる薬も、もうない。


 サラナもいない。


 光砂で道を照らす者もいない。


 ガルドスもいない。


 盾で道を押し開く者もいない。


 残った者たちは、欠けた形で立っていた。


 アレクは剣を下げず、短く言った。


「エリシア」


「見てる」


「選べるか」


 エリシアは、杖を床へ軽く当てた。


 氷色の魔力が、白い床へ染み込む。


 戻り水の流れ。


 床下の骨。


 霧の湿り。


 壁の温度。


 彼女はそれを、氷の広がり方で読んでいく。


「出口は分からない」


 エリシアは正直に言った。


「でも、嘘の薄い道は分かる」


「どれだ」


「左」


 ベルグが顔をしかめる。


「風の道か」


「ええ。風は偽物。でも、下の水脈は一番外側へ向いてる」


 リーゼが魔力盤を覗き込む。


「確かに、左だけ戻り水の流れが少し冷たい。外縁側の水温に近いです」


 マルクが記録する。



灰白回廊、出口反応三分岐。

エリシア・ノートの氷界術ひょうかいじゅつにより、左路の水脈が最も外縁に近いと推定。

視覚、風、匂いは信用不能。



 アレクは頷いた。


「左だ」


 その瞬間、正面の通路から骨音がした。


 右の通路から、白磁根が這い出した。


 左の通路からは、何も来ない。


 ベルグが笑う。


「分かりやすいな」


 ネイザが弓を構える。


「来ない道ほど怪しい」


「それでも行くしかねえ」


 ベルグが双斧を回した。


双斧技そうふぎ――道割みちわり!」


 右から伸びる白磁根を、双斧が叩き切る。


 正面から来る湿骨軍列の前列へ、ネイザが矢を放つ。


黒弓技こっきゅうぎ――鴉目貫からすめぬき」


 矢は霧の中で曲がるように飛び、骨兵の戻り水中核を貫いた。


 骨兵が崩れる。


 だが、その後ろからさらに槍が来る。


 止まらない。


 止まる気がない。


 アレクは左路へ身を向けた。


「走る。エリシア、足場を」


「任せて」


 エリシアは杖を両手で握った。


「氷界術――銀路連ぎんろれん


 氷の道が、左の通路へ伸びた。


 さきほどの銀路固定より細い。


 だが、速い。


 走るための道。


 戻り水を完全に封じるのではなく、踏む瞬間だけ凍らせる技。


 魔力消費は大きい。


 しかし、今は速度が必要だった。


「行って!」


 エリシアの声で、全員が走り出した。


    ◇


 左の通路は、出口の顔をしていた。


 薄い風が吹いている。


 遠くに外光のような明るさがある。


 だが、風は冷たすぎた。


 外ではなく、迷宮の床下を通った戻り水の冷気だ。


 マルクは走りながら記録しようとする。


 アレクが怒鳴った。


「今は書くな!」


「ですが――」


「生きてから書け!」


 マルクは唇を噛み、記録板を胸に抱えた。


 その横で、リーゼが魔力盤を抱えている。


 盤はひび割れている。


 針も一本折れている。


 それでも、まだ水脈の温度差だけは拾っていた。


「左奥、冷気が強い! ただし、途中に大きな空洞反応!」


 ネイザが叫ぶ。


「空洞?」


 リーゼは答える。


「分かりません! 穴か、部屋か、罠か!」


 ベルグが笑った。


「全部だろ!」


 その言葉通りだった。


 通路の先が開ける。


 だが、そこにあったのは外ではない。


 円形の空間。


 床一面に、薄い氷のような白磁膜が張っている。


 その下で、戻り水が渦を巻いていた。


 中央には、折れた旗のような白い柱が立っている。


 柱の先には、外光に似せた白い輝き。


 まるで、そこが出口であるかのように。


 しかし、エリシアが見た瞬間、言った。


「駄目。床全部が水」


 アレクが即座に止まる。


 だが、後ろから湿骨軍列が迫っている。


 右の通路から白磁根。


 正面の偽道から骨槍。


 背後は閉じていく。


 前は戻り水の池。


 進むしかない。


「渡れるか」


 ネイザが聞く。


 エリシアは顔をしかめた。


「私が凍らせれば」


「魔力は」


「足りない」


 その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。


 エリシアは続ける。


「普通に凍らせるには足りない。でも、足場だけなら作れる」


「落ちたら?」


「沈む」


「分かりやすいな」


 ベルグが吐き捨てた。


 エリシアは杖を構える。


「全員、一列。私の氷以外は踏まないで。走らない。飛ばない。重さを散らす」


 アレクが頷く。


「順番は」


「軽い人から。リーゼ、マルク、オルフェン、ネイザ、私、ベルグ、アレク」


 ベルグが眉を上げる。


「俺がアレクより先か」


「あなたは重いけど、アレクより足運びが荒い」


「おい」


「事実」


「否定できねえ」


 アレクは言った。


「俺が最後でいい」


 エリシアは首を振った。


「違う。最後は私」


「何?」


「氷は、私が最後まで維持する。全員渡った後、私が渡る」


「それは危険だ」


「知ってる」


 エリシアはアレクを見た。


「でも、ガルドスが残ったばかりで、あなたにまた最後をやらせたら壊れる」


 アレクは言葉を失った。


 エリシアは、少しだけ笑った。


「隊長は、まだ前を見てて」


    ◇


 白い部屋で、余はエリシアを見ていた。


「氷術師が要だな」


《はい》


「ここで殺す」


《対象エリシア、魔力消耗大。成功率高》


 フィルエが静かに言った。


「ロード、あの人、かなり無理してる」


「分かっている」


「でも、あの氷がある限り、みんな渡れる」


「だから殺す」


 戻り水の円形空間。


 これは、エリシアを削るために用意した。


 足場を作らせる。


 維持させる。


 仲間を渡らせる。


 最後に、本人だけを残す。


 ガルドスが盾として残った。


 今度はエリシアが足場として残る。


 鋼旗の四剣は、仲間を守るたびに軽くなり、同時に重くなる。


「だが、簡単には死なないだろうな」


《Aランク氷術師です》


「だからいい」


 余は戻り水へ命じた。


「最初は渡らせろ。半分までは安全に見せろ」


《実行》


    ◇


 リーゼが最初に氷へ乗った。


 エリシアが作った氷板は、足を置いた場所だけ白く硬くなる。


 踏み出すと、前方に次の氷板が生まれる。


 後ろの氷は薄くなり、消える。


 無駄を削った足場。


 魔力を節約しながら進む技だ。


「氷界術――渡りわたりぎん


 リーゼは震えながら進む。


 足元の白い氷の下で、黒い戻り水が渦を巻いている。


 もし足を踏み外せば、沈む。


 骨片が水中を流れ、時折、氷の裏をこつこつと叩いた。


 リーゼは泣きそうになりながらも渡った。


 次にマルク。


 彼は記録板を胸に抱えたまま進む。


 途中で何度も下を見た。


 戻り水の流れ。


 骨片の方向。


 氷板の形成速度。


 すべて記録したい。


 だが、今書けば落ちる。


 彼は歯を食いしばり、記憶することにした。


 次にオルフェン。


 彼は祈祷布を水面へ向けて広げた。


祈布術きふじゅつ――沈み留め」


 祈祷布が薄く光り、氷板の下へ広がる。


 万一割れた時、一呼吸だけ沈みを遅らせる補助。


 エリシアが小さく言った。


「助かります」


「あなたほどではありません」


 次にネイザ。


 彼は軽い。


 だが、途中で弓を構えた。


 水中に、何かがいる。


 戻り水の中を、湿骨軍列の骨槍が泳ぐように近づいていた。


 ネイザの目が細くなる。


「黒弓技――水鴉みずがらす


 矢が水面へ斜めに入った。


 普通なら、水で軌道が曲がる。


 だが、ネイザの矢は黒い魔力をまとい、水中で一度だけ羽ばたくように角度を変えた。


 水中の骨槍の中核を撃ち抜く。


 骨が崩れる。


「一体」


 彼は短く言った。


「まだいる」


 次にベルグ。


 彼は足運びを慎重にした。


 荒い前衛だが、こういう時に馬鹿ではない。


 ただ、氷板が少し沈んだ。


「重い」


 エリシアが言う。


「知ってる!」


「斧を持ち上げて。重心が低すぎる」


「細かいな!」


「落ちたいの?」


「言う通りにする!」


 ベルグは斧を肩へ担ぎ、どうにか渡った。


 次にアレク。


 彼は最後まで残りたがったが、エリシアが首を振った。


「行って」


「エリシア」


「行って」


 その声は、命令に近かった。


 アレクは一瞬だけ目を閉じ、氷板へ乗った。


 白銀の剣を構え、周囲を警戒しながら進む。


 水中から骨槍が伸びる。


 アレクの剣が走る。


「白銀剣技――水裂みずさき


 骨槍ごと、戻り水の流れを斬る。


 氷板へ触れる前に、罠を断つ。


 彼は無事に渡りきった。


 残るは、エリシアだけ。


    ◇


 エリシアは、一人で氷の始点に立っていた。


 背後では湿骨軍列が迫っている。


 白磁根も伸びている。


 影針も水面に落ち始めている。


 前には仲間たち。


 全員が渡り終えた。


 彼女が渡れば、また隊列を組み直せる。


 アレクが手を伸ばす。


「来い!」


 エリシアは頷いた。


 最初の一歩。


 氷板が生まれる。


 二歩。


 三歩。


 彼女は軽い。


 魔力制御も正確だ。


 氷板は割れない。


 だが、迷宮は彼女一人になる瞬間を待っていた。


 戻り水の渦が、急に速くなる。


 氷板の裏へ骨粉が集まる。


 氷の成長が乱れる。


 エリシアの足が、わずかに沈んだ。


「っ!」


 アレクが踏み出そうとする。


 ネイザが止める。


「氷に乗るな! 割れる!」


 ベルグが叫ぶ。


「じゃあどうする!」


 エリシアは自分で立て直した。


「氷界術――銀蓮ぎんれん!」


 足元に、蓮の花のような氷が咲く。


 薄い氷板を幾重にも重ね、重さを分散させる技。


 沈みかけた足が持ち上がる。


 彼女は進む。


 だが、水中から白磁根が伸びる。


 オルフェンが祈祷布を投げる。


「祈布術――白縛り!」


 根が一瞬止まる。


 ネイザが矢を撃つ。


 白磁根を撃ち抜く。


 ベルグが、届かない距離で斧を握りしめる。


 アレクは、剣を構えながらも何もできない。


 距離がある。


 氷板を壊せない。


 飛べば戻り水に沈む。


 エリシアは、ゆっくり近づく。


 あと五歩。


 四歩。


 三歩。


 その時、霧の中から声がした。


「エリシア」


 ガルドスの声だった。


 アレクの顔が歪む。


 エリシアは止まらなかった。


「聞かない」


 彼女は言った。


「あなたは、そんな声で私を呼ばない」


 声が変わる。


「エリシア」


 今度はリンドの声。


「右だ」


「あなたなら、方角だけじゃなく理由も言う」


 また声が変わる。


「エリシア」


 サラナの声。


「光が見えるよ」


「あなたはもう、道を作ってくれた」


 また声が変わる。


 カルム。


 トーマ。


 知らない声。


 死んだ者たちの声が、霧の中で重なる。


 だが、エリシアは止まらない。


「うるさい」


 氷の魔力が、彼女の周囲で強くなる。


「私は、声じゃなくて温度を見る」


 その瞬間、戻り水の下で何かが動いた。


 声が効かないと見て、迷宮は直接来た。


 軍帰路喰らいの落武者が、水面の向こうに立っている。


 いつの間にか。


 刃を構えて。


 彼が斬ったのは帰路ではなかった。


 エリシアの氷路だった。


 帰る道として作られた氷。


 仲間へ戻るための足場。


 その意味を、刃が喰う。


 氷板が一瞬だけ、自分が何のためにあるのかを失った。


 形は残る。


 だが、足場としての機能が薄れる。


 エリシアの足が沈む。


「エリシア!」


 アレクが叫ぶ。


 エリシアは、落武者を見た。


「そう」


 彼女は小さく笑った。


「道を喰うなら、道じゃなくする」


 彼女は杖を水面へ突き立てた。


氷界術奥義ひょうかいじゅつおうぎ――白牢凍華はくろうとうか


 戻り水の池全体が、白く光った。


 氷の道ではない。


 氷の牢。


 水面に、巨大な白い花が咲く。


 花弁の一枚一枚が氷壁となり、戻り水を押さえ、白磁根を閉じ込め、骨槍を凍らせ、落武者の足元までも白く固める。


 道ではない。


 だから、帰路喰らいの刃では喰いにくい。


 エリシアは自分の足元ごと、戻り水を封じ込めた。


 アレクたちの側へ、最後の氷の花弁が伸びる。


「行ける!」


 ベルグが手を伸ばす。


 あと少し。


 エリシアがその花弁へ足を乗せた。


 だが、白牢凍華は代償が大きすぎた。


 エリシアの唇から血が落ちる。


 魔力が底をつく。


 氷の花が軋む。


 落武者は完全には止まっていなかった。


 刃を上げる。


 今度は道ではなく、エリシア本人の「戻りたい」という意思を斬る。


 彼女の目が揺れた。


 足が止まる。


 そこへ、水中で凍りきらなかった骨槍が一本だけ伸びた。


 ネイザが撃つ。


 矢は間に合わない。


 アレクが踏み込む。


 届かない。


 ベルグが叫ぶ。


 オルフェンが祈祷布を投げる。


 マルクが息を呑む。


 リーゼが泣く。


 骨槍が、エリシアの背中から胸へ抜けた。


「……あ」


 エリシアの体が揺れる。


 それでも、彼女は杖を離さなかった。


 白牢凍華の氷は、まだ崩れない。


「アレク」


 彼女は血を吐きながら言った。


「前、見て」


 アレクは、答えられなかった。


「隊長でしょ」


 その言葉が、最後だった。


 エリシアの体が、白い氷の花の上で崩れた。


 氷の花弁が、彼女の体を包むように閉じる。


 次の瞬間、白牢凍華が砕けた。


 水面に無数の氷片が散る。


 その一部が足場となり、アレクたちの前に残った。


 彼女は、死んだ後も道を残した。


《Aランク氷術師エリシア・ノート、死亡》


《獲得ソウル:1,530》


《取得:氷界術奥義片、白牢凍華の記録、足場維持意思の残滓》


    ◇


 白い部屋で、余は息を吐いた。


「よく粘る」


《はい》


「Aランクというのは、死ぬ時にも仕事をするのか」


《高位冒険者に多く見られる傾向です》


「面倒だな」


 だが、悪くない。


 エリシアは死んだ。


 ガルドスの次に、鋼旗の支えを失った。


 残る鋼旗は、アレクだけ。


 暁鴉はネイザとベルグ。


 調査隊はマルク、リーゼ、オルフェン。


 六人。


 戦力は大きく削れた。


 しかし、死者が道を残すせいで、彼らはまだ進んでいる。


 帰るために。


 記録を持ち帰るために。


「次で暁鴉を折る」


《対象:ネイザ、ベルグ》


「片方を先に殺せば、もう片方が荒れる」


《ベルグの怒り値が高いです》


「なら、ネイザからだ」


 フィルエが静かに言う。


「ベルグ、暴れるよ」


「暴れさせる」


 余は、白い霧の中で崩れそうになりながらも立っているアレクを見た。


 彼の目は、もう静かではない。


 だが、まだ壊れてはいない。


 仲間の死を、隊長として受け止めている。


 それが、かえって危うい。


 ガルドス。


 エリシア。


 リンド。


 彼の仲間は、もう全員死んだ。


 それでも彼は、調査隊を守ろうとしている。


 記録を持ち帰ろうとしている。


 折れていない。


 なら、さらに重くする。


「進ませろ」


 余は言った。


「次の回廊で、暁鴉を殺す」


    ◇


 アレクは、エリシアの氷片を踏んで進んだ。


 足元で、氷が小さく鳴る。


 それは、彼女の声のようだった。


 前を見て。


 隊長でしょ。


 アレクは歯を食いしばった。


 泣く時間はない。


 怒る時間もない。


 止まる時間もない。


 だが、胸の中には確かに何かが積もっていく。


 リンドの短剣。


 ガルドスの盾音。


 エリシアの氷。


 それらが、彼の中で重くなる。


 ベルグが、低く唸るように言った。


「鋼旗は、お前だけか」


 アレクは答えた。


「ああ」


「暁鴉も、半分になった」


 ネイザが静かに言う。


「まだ半分いる」


 ベルグは笑わなかった。


 アレクは、マルクを見た。


「記録は」


 マルクは、血と水で汚れた記録板を抱えて頷いた。


「あります」


「なら、まだ帰る理由はある」


「はい」


 リーゼは泣いていた。


 オルフェンは祈祷布を握っている。


 ネイザは弓を構え、ベルグは双斧を握る。


 六人は、白い氷片の道を越えた。


 その先には、新しい回廊がある。


 黒い羽のような影が、壁に揺れていた。


 暁鴉の弦に向けた、次の殺し場が待っている。

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