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第102話 中継庭園は、根から腐る

白磁庭園の根片は、戻り水の中で震えていた。


 濡れるたびに、白い表面が細かくひび割れる。


 灰を落とせば、ひびは広がる。


 赤錆噛みが近づくと、根片は嫌がるように縮む。


 白錆噛みが歯を鳴らすと、表面の白がわずかに濁った。


「……分かりやすい弱点だな」


《湿気、灰、錆に対する耐性が低いようです》


「前に戦った時も思ったが、綺麗すぎるのだ、あいつらは」


 白磁庭園。


 白い根。


 白い花。


 白い騎士。


 左右対称の庭。


 汚れを許さず、歪みを許さず、他の迷宮を白く固めていく敵対ダンジョン。


 だが、迷靄洞はその逆だ。


 霧。


 灰。


 泥。


 戻り水。


 影。


 糸。


 錆。


 死体。


 追跡。


 綺麗なものなど、最初からほとんどない。


「相性は悪くない」


《ただし、敵も前回戦闘から学習しています》


「分かっている」


 先の外縁噛みで、白磁庭園の根は硬くなっていた。


 以前よりも噛みにくかった。


 向こうも迷靄洞を覚えている。


 こちらが灰と錆と水で汚すことを知っている。


 それでも噛めた。


 なら、次はもっと大きく噛む。


「中継庭園を潰す」


《外縁に存在する白磁庭園の小規模拠点です》


「本体ではない。だが、ここから迷靄洞へ根を伸ばしている」


《はい》


「なら、ここを潰せば、しばらくは白磁庭園の侵蝕を遅らせられる」


《同時に、白磁庭園本体へ向かう線も得られます》


「それが本命だ」


 余は床の地図を見下ろした。


 南東外縁。


 森の浅層。


 そこに小さな白い点がある。


 白磁庭園の中継庭園。


 前に迷靄洞を侵した白い根と、同じ系統の線がそこから伸びている。


 完全な本体ではない。


 だが、白磁庭園にとっては外へ出した舌のようなものだ。


「舌を出したなら、噛まれる覚悟くらいあるだろう」


《今回の目的を整理します》


 白い床に文字が浮かぶ。



作戦名:

《中継庭園破壊》


目的:

一、南東外縁の白磁庭園中継庭園を破壊

二、白磁根の再侵蝕を阻止

三、白磁庭園本体へ伸びる線を灰刃追跡者に記憶させる

四、可能であれば白磁庭園騎士の芽を破砕

五、中継庭園の構造片を回収



「よし」


《投入候補を提示します》


「出せ」



投入候補:


白錆噛み 二体

白磁根破砕役。ただし一体は後脚損傷中。


赤錆噛み 五体

護衛、回収、固定根破壊役。


影縫い大蜘蛛の糸片 三束

外縁罠核。中継庭園の対称構造を乱す。


影縫い罠師カゲヌイ

影針二本を遠隔設置可能。


戻り水の細流

撤退路および白磁床の湿潤化に使用。


苔灰ゴブリン 二体

灰かぶりゴブリンが森水と森灰の影響で変質した進化個体。外縁短時間活動、灰撒き、苔による足場汚染に適する。


アンデッドゴブリン 三体

損耗前提の囮。白磁化された場合は即座に破棄推奨。


マネ

音響偽装役。外縁へ直接投入せず、迷宮内から森音を重ねる。


灰刃追跡者

本体投入不可。ただし封線追跡圧を送り、白磁庭園本体への線を記憶可能。



「苔灰を出すか」


《森側外縁での作戦適性が高いです》


「灰かぶりのままではなく、森灰と森水で変質した個体だったな」


《はい。苔灰ゴブリンは湿った苔と灰を利用した汚染行動に適します》


「白磁庭園の白い床には、ちょうどいい」


 灰だけではない。


 苔。


 湿り。


 森の腐った匂い。


 白磁庭園が嫌うものを、苔灰ゴブリンは運べる。


「グズは出さない」


《入口防衛に残します》


「当然だ。門番長は門にいるから強い」


 入口の方で、グズが満足そうに泥を鳴らした。


「ただし、泥核を一つ借りる」


「グオ?」


「お前の本体ではない。入口の泥を少し外縁へ送る。白磁庭園の床を汚す」


「グオオ」


 グズは少し考え、それから棍棒で泥をかき混ぜた。


 濃い泥が一塊、戻り水のそばへ流れてくる。


《泥門番長ゴブリン由来の泥核を取得》


「よし」


 これでいい。


 白磁庭園は綺麗すぎる。


 綺麗すぎるなら、最初に汚す。


「行くぞ」


《中継庭園破壊、開始します》


 南東の森は、静かだった。


 いや、静かすぎた。


 虫の音がない。


 獣の匂いが薄い。


 湿った土の中に、乾いた白が混じっている。


 フィルエの契約糸が、森の根を伝って囁いた。


『ここから先、森が嫌がってる』


「白磁庭園の領域か」


『まだ完全な領域じゃない。置かれた小さな庭。森の中に、白い皿が埋まってる感じ』


「皿か」


 嫌な表現だ。


 皿ならば、何かを盛る。


 あの白磁庭園が盛るものなど決まっている。


 他の迷宮の残骸。


 白く固められた魔物。


 折り畳まれたコアの欠片。


 そして、いずれは迷靄洞。


「皿ごと割る」


 白錆噛みが先行する。


 その背後に赤錆噛み。


 苔灰ゴブリン二体が、湿った灰袋と苔の塊を抱えて進む。


 灰かぶりゴブリンから変質した個体だけあって、外縁の森でも動きが鈍りにくい。


 背中には灰。


 腕には苔。


 口元には、湿った土を舐めたような緑黒い汚れ。


 白磁庭園には、ひどく似合わない。


 だからこそ、いい。


 アンデッドゴブリン三体は、さらに後方。


 動きは鈍い。


 判断も悪い。


 だが、死を恐れない囮としては使える。


 いや、もう死んでいるのだから当然か。


「……余の判断もだいぶロードらしくなったな」


《効率的です》


「褒めているのか?」


《はい》


「ならよい」


 やがて、森の奥に白が見えた。


 木々の間。


 不自然に開けた場所。


 そこだけが、白い庭になっていた。


 小さな噴水。


 左右対称の小径。


 陶器の花壇。


 顔のない庭番人形。


 そして、中央の白い根。


 中継庭園。


 白磁庭園本体から伸びた舌先。


 美しい。


 だからこそ、気持ち悪い。


 森の湿りの中で、そこだけが乾いている。


「……あれが迷靄洞の外にあったのか」


《はい》


「近いな」


《かなり近いです》


「潰す」


 余は即座に命じた。


「苔灰、撒け」


 二体の苔灰ゴブリンが、湿った灰袋を振った。


 灰だけではない。


 灰に絡んだ苔。


 森水を吸った黒緑の塊。


 それが、白い庭の縁へべちゃりと落ちる。


 瞬間、白磁の小径がきしんだ。


 ただの灰よりも、反応が大きい。


 白磁床の表面に、緑黒い染みが走る。


《白磁床、表層反応低下》


「よし。苔灰が効いている」


 庭番人形が一斉に顔を上げる。


《敵反応》


「白錆噛み、根へ」


 白錆噛み二体が飛び込む。


 赤錆噛みが左右に散る。


 庭番人形が指先を向けた。


 白い粉が飛ぶ。


 だが、そこへ戻り水の細流が走った。


 粉が濡れる。


 固まりきる前に、苔灰ゴブリンが灰と苔を投げる。


 白い陶器化の粉が、灰色とも緑ともつかない泥になって落ちた。


「効いた!」


《陶器化粉、反応低下。苔灰混入により白磁化失敗》


「よし。続けろ」


 庭番人形が三体、白錆噛みに向かって走る。


 速い。


 小さいくせに、関節の動きが不気味なほど滑らかだ。


 赤錆噛みが一体、庭番人形の足元へ食いついた。


 金属ではない。


 だが、白磁の関節に混じる固定芯を齧る。


 庭番人形の膝が崩れた。


「白錆噛み、今だ」


 二体が中央根に噛みつく。


 ぎりぎりぎり。


 硬い。


 前より硬い。


 だが、戻り水に濡れ、苔灰を浴びた白磁根は、完全ではなかった。


 ひびが入る。


 白い根が震える。


 その震えが、中継庭園全体に広がった。


《中継庭園、防衛反応》


 白い噴水が動いた。


 水ではない。


 白い液体。


 陶器を溶かしたような液が、噴水から溢れ出す。


 地面に触れた瞬間、白い床が盛り上がり、新しい小径を作る。


 庭が組み替わる。


 左右対称の道が増える。


 逃げ道が、白い迷路に変わっていく。


「地形を変えるか」


《白磁庭園構造罠です》


「なら、こちらも地図を殺す」


 余は天井奥へ意識を向ける。


「影縫い大蜘蛛」


 黒い糸片が、森の影から落ちた。


 白い小径の上に、細く広がる。


 白と黒。


 綺麗な対称の上に、汚れた蜘蛛糸が走る。


「カゲヌイ」


《影針、起動》


 針が刺さった。


 庭の影が、ずれた。


 左右対称の小径の片側だけが、影に引っ張られて歪む。


 白磁庭園の迷路が、ほんの少し狂う。


 そこへ、苔灰ゴブリンが苔を投げ込んだ。


 歪んだ白い小径の継ぎ目に、湿った苔が貼りつく。


 白磁庭園が修復しようとする。


 だが、苔が水を吸い、灰が入り込み、表面の白が濁る。


《対称修復、遅延》


「いいぞ」


 完璧な対称は、一度狂えば気持ち悪くなる。


 白磁庭園は、その歪みを直そうとする。


 根が修復に力を使う。


「今だ。根を噛み切れ」


 白錆噛みが、さらに深く歯を立てた。


 白磁根が割れる。


 その奥から、白い光が漏れた。


 中継庭園の核。


 小さな白磁核だ。


《中継核を確認》


「それを壊せば潰れるか」


《高確率で機能停止します》


「白錆噛み、核へ――」


 言いかけた瞬間。


 中央の花壇が割れた。


 白い花弁が開く。


 そこから、騎士が出てきた。


 白磁庭園騎士の芽。


 前回見た半成長の個体ではない。


 今回は三体。


 細身の白い鎧。


 顔のない兜。


 手には白い剣。


 まだ完全体ほどの圧はない。


 だが、三体同時はまずい。


「三体は聞いてないぞ!」


《前回終端部にて三つの開花反応を確認しています》


「そうだったな!」


『ロード、来る』


「見れば分かる!」


 三体の騎士の芽が、同時に剣を構えた。


 綺麗な構え。


 無駄がない。


 人間の剣士とは違う。


 生き物の癖がない。


 白磁庭園という構造そのものが、剣を振るっている。


「アンデッドゴブリン、前へ」


 三体のアンデッドゴブリンが、のろのろと前に出た。


 剣が振られる。


 一体目の胴が斬られた。


 白い斬撃が、腐った肉を陶器のように固める。


 アンデッドゴブリンは倒れた。


 だが、倒れる直前に、抱えていた灰袋を破いた。


 灰が騎士の足元に降る。


 二体目が斬られる。


 首が飛ぶ。


 飛んだ首が、白磁床に噛みつく。


 意味があるのか分からない噛みつき。


 だが、そこに赤錆噛みが群がった。


 白磁床の固定芯を齧る。


 三体目が、騎士の剣を両腕で受けた。


 腕が白く固まり、砕ける。


 だが、一瞬だけ剣が止まる。


「白錆噛み!」


 白錆噛みが核へ飛んだ。


 しかし、二体目の騎士がそれを斬ろうとする。


 まずい。


 白錆噛みが落ちる。


「カゲヌイ!」


《二本目、使用》


 影針が飛んだ。


 騎士の剣影を縫う。


 剣が半拍遅れる。


 白錆噛みの背を、刃がかすめた。


 血ではなく、白い粉が舞う。


《白錆噛み一体、中度損傷》


「まだ動けるか!」


《活動可能》


「なら噛め!」


 白錆噛みは、核へ食いついた。


 ぎり。


 白磁核にひびが入る。


 だが、割れない。


「硬い!」


《中継核、白磁庭園本体と接続中。防御が上昇しています》


「なら接続を切る」


 余は、奥にいる灰刃追跡者へ意識を向けた。


「追跡者」


 暗がりで、刃が鳴る。


「お前が覚えた線だ」


《……》


「今、斬れるか」


《迷宮外。斬撃不可》


「なら、噛めるか」


 沈黙。


 長い沈黙。


 白い部屋の床に浮かぶ白線が、震えた。


 灰刃追跡者は、線を追う魔物だ。


 迷宮内ならどこまでも追う。


 だが今、敵の侵蝕線は外にある。


 斬れない。


 届かない。


 それでも、先の外縁噛みで覚えた。


 今回も見ている。


 白磁庭園が中継核へ力を流す、その線を。


《封線追跡圧、集中》


 白い部屋の奥で、灰刃追跡者の輪郭が揺らいだ。


 落武者の兜の隙間から、灰色の光が漏れる。


 刃が、白ではなく灰に濡れる。


《対象:白磁庭園接続線》


《追跡》


《追跡》


《追跡》


 白線が震えた。


 斬れない。


 だが、追っている。


 追って、追って、追って。


 線の逃げ場をなくす。


 白磁庭園側が、中継核へ力を流そうとする。


 その線に、灰刃追跡者の圧がまとわりつく。


 白線が細くなる。


《接続線、流量低下》


「今だ!」


 白錆噛みが、再び核を噛んだ。


 ぎぎぎ。


 ひびが広がる。


 そこへ戻り水が流れ込む。


 苔灰が混じる。


 赤錆噛みが、核の根元を齧る。


 白磁庭園騎士の芽が、三体同時に動く。


 剣が振られる。


 アンデッドゴブリンの残骸が砕ける。


 苔灰ゴブリンの一体が肩を斬られ、悲鳴を上げる。


「戻せ! 苔灰は戻せ!」


《苔灰ゴブリン一体、撤退》


「もう一体は苔を撒け!」


 残った苔灰ゴブリンが、泣きそうな顔で苔袋を投げた。


 灰と苔が騎士たちの兜にかかる。


 白い鎧が灰色に汚れ、継ぎ目に緑黒い苔が張りつく。


 その瞬間、白磁庭園騎士の動きがわずかに乱れた。


 ほんの一瞬。


 だが、迷宮戦では一瞬でいい。


「影縫い大蜘蛛、糸を重ねろ!」


 黒い糸が、白い騎士の足元に絡む。


「カゲヌイ、針はもうないな」


《ありません》


「なら影を引け!」


《実行》


 刺せなくても、影は引ける。


 騎士の足元の影が、白磁床の歪みに引っ張られる。


 白い騎士の一体が、半歩遅れた。


 その半歩の隙間へ、赤錆噛みが入り込む。


 関節の裏を齧る。


 騎士の膝に、赤い錆ではなく、灰色の濁りが走った。


《白磁庭園騎士の芽、一体機動低下》


「よし!」


 だが、別の騎士が剣を振った。


 赤錆噛み一体が斬られる。


 小さな体が白く固まり、床に転がった。


《赤錆噛み一体、喪失》


「……っ」


 余は、奥歯を噛んだ。


 損耗。


 必要な損耗。


 分かっている。


 だが、痛くないわけではない。


「無駄にはしない」


 余は低く言った。


「核を割れ」


 白錆噛みが、最後の力で噛む。


 灰刃追跡者の圧が、白磁庭園の接続線を絞る。


 戻り水が、ひびの奥へ染みる。


 泥核が、白磁床の下から盛り上がる。


 グズの泥だ。


 入口にいる門番長の泥が、遠く離れた白い庭の床を汚す。


 白磁庭園が嫌う、重く湿った泥。


 それが核の根元を包んだ。


 さらに、苔灰ゴブリンが最後の苔灰を投げ込む。


 泥。


 灰。


 苔。


 戻り水。


 錆。


 白磁庭園の核に、迷靄洞の汚れがまとわりつく。


 ぱきん。


 小さな音がした。


 白磁核に、大きな亀裂が入った。


《中継核、破砕寸前》


「もう一度!」


 白錆噛みが噛んだ。


 今度こそ、核が割れた。


 白い光が弾ける。


 中継庭園全体が震えた。


 噴水が止まる。


 左右対称の小径が歪む。


 陶器の花壇がひび割れる。


 庭番人形たちが、一斉に動きを止めた。


 白磁庭園騎士の芽も、剣を構えたまま固まる。


《中継庭園、機能停止》


「撤退!」


《破壊後の回収は》


「最低限だ! 欲張るな!」


 白錆噛みが、割れた核の欠片を咥える。


 赤錆噛みが、斬られた仲間の白く固まった残骸を引きずろうとする。


「それは置いていけ」


《回収困難です》


「……置いていけ」


 声が少し重くなった。


 だが、命令は変えない。


 全滅するよりいい。


 苔灰ゴブリンが一体、肩を押さえながら戻り水の線へ走る。


 もう一体は無事。


 白錆噛みは二体とも損傷。


 赤錆噛みは一体喪失。


 アンデッドゴブリン三体は全損。


 影糸も大部分が白く固まっている。


 だが、中継庭園は潰した。


「戻れ!」


 戻り水の細流が、部隊を引き戻す。


 白磁庭園の本体から、怒りのような圧が走った。


 割れた中継核の奥。


 まだ切れきっていない細い線の向こうから、白い視線が来る。


 白磁庭園がこちらを見た。


 敵として。


 餌ではなく。


 ただの邪魔者でもなく。


 コアを奪い合う敵対ロードとして。


 その瞬間、灰刃追跡者が動いた。


《線、記憶》


《線、追跡》


《線、喰い》


 白い部屋の奥で、追跡者の刃が震えた。


 灰色の刃に、細い白線が絡みつく。


 それを、追跡者は引きちぎるように飲み込んだ。


《灰刃追跡者、能力変質》


《新特性候補:白線喰い》


「白線喰い……?」


《白磁庭園系の接続線、侵蝕線、逃走線に対する追跡精度が上昇します》


 余は息を止めた。


 進化ではない。


 まだ完全な進化ではない。


 だが、兆しだ。


 白磁庭園との戦いで、追跡者が白い線を覚えた。


 そして、喰った。


「よし」


 余は笑った。


 怖い。


 損耗も出た。


 白磁庭園は本気になる。


 だが、それでも。


「よし」


部隊が迷靄洞へ戻った時、白い部屋の床には損耗記録が並んでいた。



作戦結果:

《中継庭園破壊》


成果:

・南東外縁の白磁庭園中継庭園を機能停止

・中継核の欠片を回収

・白磁庭園騎士の芽三体を一時停止状態に追い込む

・白磁庭園本体へ伸びる接続線を記録

・苔灰ゴブリンの苔灰汚染が白磁床と陶器化粉に有効と確認

・灰刃追跡者に新特性《白線喰い》の兆候発生


損耗:

・赤錆噛み一体喪失

・アンデッドゴブリン三体全損

・白錆噛み二体損傷

・苔灰ゴブリン一体負傷

・影糸罠核多数喪失

・カゲヌイ影針二本喪失


回収物:

・白磁中継核片

・白磁庭園の根片

・白磁床の破片

・庭番人形の腕部破片



「痛いな」


《はい》


「だが、勝ったな」


《はい》


 中継庭園を潰した。


 白磁庭園の足場を一つ奪った。


 そして、本体へ続く線を覚えた。


 これはただの防衛ではない。


 こちらから仕掛けて、敵の構造を壊した。


 初めて、白磁庭園の腹へ一歩近づいた。


『ロード』


 フィルエの声がした。


『白磁庭園、怒ってる』


「だろうな」


『次は、向こうも中継じゃなくて、もっと深く根を伸ばすかも』


「なら、その根も噛む」


『本体に近づく?』


「ああ」


 余は、白磁中継核片を見た。


 白かった核は、戻り水と灰と苔で濁っている。


 美しい庭の一部だったものが、今は余の白い部屋の床に転がっている。


 敵の欠片。


 敵の道。


 敵の弱点。


「白磁庭園は、迷靄洞を庭にするつもりだった」


《はい》


「なら、余は白磁庭園を腹に入れる」


 奥で、灰刃追跡者が刃を鳴らした。


 その刃には、かすかに白い線が絡んでいる。


 逃げる線。


 繋がる線。


 迷宮と迷宮を結ぶ線。


 それを追うための、新しい餌。


「次は、本体へ続く根を探す」


《白磁庭園本体との直接衝突に近づきます》


「分かっている」


《危険度は極めて高いです》


「それも分かっている」


 余は笑った。


 笑いながら、少しだけ震えていた。


 怖い。


 当然だ。


 敵は別のダンジョン。


 人間の冒険者とは違う。


 白磁庭園は、迷宮を喰う。


 だが、こちらももう、ただ喰われるだけではない。


「管理音声」


《はい》


「次の作戦名を用意しておけ」


《内容は》


「白磁庭園の本体根を探し、逆走する」


《作戦名候補を提示します》


「言え」


《白庭逆喰い》


 余は、少し黙った。


「……悪くない」


 戻り水が、床下で低く鳴った。


 灰刃追跡者が、白い線を覚えている。


 白錆噛みが、傷ついた体でなお白磁片に歯を立てている。


 グズの泥が、入口で重く揺れる。


 影縫い大蜘蛛が、新しい糸を吐く。


 カゲヌイが、失った針の代わりを影から削り出す。


 苔灰ゴブリンが、負傷した肩に戻り水を浴びながら、まだ苔の匂いを吐いている。


 余の迷宮は、少しずつ形を変えている。


 まだ霧灰白庭迷宮ではない。


 まだ白い庭は、余のものではない。


 だが、その未来へ続く最初の根は、今、噛み砕いた。


「白磁庭園」


 余は、見えない南東を睨んだ。


「次は、余がそちらへ行く」

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