その決闘(デュエル)の行方 Ⅷ
少しずつ近づくオッタの背中に、ルカスは自分の身体に限界を超えろと念じ、さらなる力を両足に込めた。血流が破裂しそうなほど心臓はポンプを繰り返し、肺は常に酸素を要求する。力強く地面を蹴り、一歩、また一歩、オッタの背中がわずかに大きくなっていった。
届け。
その思いだけが、ルカスを突き動かす。
オッタは後ろからの圧を感じ振り返るが、勝利を確信したのかゴールを目前にして、スピードを緩めていった。
その姿に、賭け札を握り締める者達が、歓喜の雄叫びを爆発させる。
大きな歓声に迎えられ、オッタがゆっくりゴールすると、ルカスも数秒遅れでゴールへと飛び込んだ。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯カハァ⋯⋯クソ⋯⋯届かなかった⋯⋯」
涼しい顔を見せるオッタとは正反対に、ルカスは膝に手をつき、肩で息をしながら爆発しそうな心臓を押さえつけていた。
その姿を見つめるラウラの表情は動かない。隣のいるアザリアは一瞬顔をしかめたが、大きな嘆きを見せると思われたラウラの妙な落ち着きが気になり、アザリア自身もすぐに冷静さを取り戻していた。
「アハハッ! 残念ねぇ~。まだちょ~っと、勝負を挑むのは早計だったかしら」
イヤルがわざとらしく顔を覗かせると、ラウラはチラっとイヤルを覗いただけで、またすぐにゴールへと顔を向けた。
「チッ! 言い返す事も出来ないのかよ。ま、ご愁傷様~」
ラウラは、イヤルの捨て台詞にも反応を示さない。
ゴールでは、ギルドの職員がオッタからアイテムを受け取り、確認作業に入る。
ようやくルカスが顔を上げると、タッタッタッと軽やかな速歩で、テールがゴールへと現れた。
「ねぇ、もしかして、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の負け?」
アザリアの言葉にようやくラウラは反応を示す。
「分かんない⋯⋯」
自信なさげに発するラウラの言葉は尻すぼみ、そしてまたゴールの様子を睨んでいった。
【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の賭け札を掲げ、雄叫びをあげる者達が、金の使い道をあれやこれや、妄想を語り合い、その熱は止まる事を知らない。欲望に囚われた者達によって、ゴールの周辺は熱を帯び続けた。
「テール! 来い」
テールはルカスの声に、テテっと軽やかな足取りでルカスの側に寄り添う。
ゴールの熱を避けるように遠目で佇んでいる犬人に、ルカスが目配せすると、犬人はひとつ頷き、上に向かう回廊へと一気に駆け出した。
「ちょっとあんた、ギルドのやつだろ? こっち来てくれ」
ルカスが白い腕章をつける職員を捕まえる姿に、ラウラの表情が一瞬緩んだ。何かに納得したかのようなラウラの表情を、アザリアは不審に思い、ラウラの顔を覗き込んだ。
「ダメだったのかな?」
「大丈夫じゃない⋯⋯」
「へ?」
「だから、大丈夫じゃない」
「え? え? 大丈夫??」
何を根拠に言っているのか、アザリアにはまったく分からなかった。だが、その言葉を信じたい思いは、素直にその言葉を受け入れ、いつの間にか確信に満ちたものになっていた。
『それでは! 勝者を発表致します! 勝者⋯⋯』
ギルドの職員が一歩前に出ると、拡声器を口に当て、声を上げる。
その場にいる者は、何を今さら、【レプティルアンビション】で決まりだと、言わんばかりの弛緩した空気がその場を覆い、そこに緊張感は皆無だった。
■□■□
グリアムを先頭に、15階へと下りる回廊を目前にすると、猛然と走り抜ける犬人とすれ違った。すれ違う一瞬、グリアムはその犬人と視線を交わすと、互いに軽く頷き合った。
「どうやら決着がついたみてえだ」
グリアムはそれだけ言って、【クラウスファミリア】を15階へと導いて行った。
■□■□
人の流れに逆らう犬人が、肩で息をしながら、ギルドの受付前でキョロキョロと辺りを見渡していく。杖を傍らに置くイヴァンの姿を見つけると、すぐにイヴァンの下へと駆け寄った。
「あんた、【クラウスファミリア】の人間か?」
「はい、そうです」
犬人の問い掛けに、イヴァンは間髪容れずに頷いた。
彼の登場が何を意味しているのか、イヴァンはすぐに理解し、受付に座るミアに声を掛ける。
「ミアさん!」
少しばかり切迫したイヴァンの声にも、ミアは慌てる素振りを見せずゆっくりと立ち上がった。
「行きましょう。準備を急いで!」
ミアは受付の奥に声を掛けると、イヴァンもベンチから腰を上げていく。イヴァンは犬人に振り返り、丁寧に頭を下げた。
「あなたもありがとうございました」
「いやぁ~なかなか美味しい仕事だったよ。またなんかあったら声掛けてくれ。じゃあな」
イヴァンが礼を伝えると、犬人は軽やかな足取りでギルドから消えて行く。そして犬人と入れ替わるように、入り口にはギルドの職員を乗せた数台の馬車が滑り込んで来た。
「イヴァンくん」
「すいません」
馬車の中から差し伸べられたミアの手を、イヴァンはしっかりと握り馬車の中へと乗り込んだ。
■□■□
『勝者⋯⋯【クラウスファミリア】です!!』
拡声器から発せられた勝者の名に、場が凍りつく。一瞬、水を打ったかのように静まり返り、直後に怒号や罵声、そして嘆きが一気に爆発した。
(どうなってる?!)
(【レプティルアンビション】が先にゴールしたじゃねえか!)
(オ⋯⋯オレの全財産が⋯⋯)
その光景にギルドの職員達は、なすすべなく肩をすくめ合い、この場が沈静化するのを待った。
「やったね! グリアムさん達、やったね!」
「ほらね、大丈夫だったでしょう」
興奮ぎみのアザリアが、ラウラの両肩を揺さぶると、ラウラも口端を上げてそれに応えた。するとラウラは、キョロキョロと辺りを見回し、だれかを探す。そして、眉間に皺を寄せ、険しい表情のイヤルを見つけると、指差して大笑いして見せた。
「アハハハハ、見て見て、あの顔!」
「ちょっと止めなって」
アザリアに諌められ、ラウラは仕方ないと前に向き直すと、ギルドの職員達は諦めたかのように一向に落ち着く気配を見せないこの場に、拡声器を向ける。
『お静かに! 静かにして下さい! 先にゴールしたのは【レプティルアンビション】ですが、この決闘は、あくまでも先にアイテムをゴールに届けた方の勝利となります。残念ながら、【レプティルアンビション】から預かったアイテムは【スライムの胚】で、【シルバースライムの胚】では、ありませんでした。そして、【クラウスファミリア】から預かったアイテムは、【シルバースライムの胚】! よって、勝者は【クラウスファミリア】となります!!』
オッタはギルドの職員から返されたアイテムを見つめていた。
「ハハ、そうか、これは違うのか。最初からあの白犬が持っていた⋯⋯全部計算ずくだったんだ。アイツらじゃ何回やったって勝てんわな、【クラウスファミリア】が何枚も上手だ⋯⋯しかし、どうっすかな⋯⋯マズイな」
自嘲を込めた笑いと共に、だれに言うでもないオッタの囁きは、喧騒に飲み込まれていく。
「あんたにしては良くやった」
「うるせえ! 負けてむしゃくしゃしてんだ」
ラウラの上から目線にルカスは苛立ちを見せる。
「まぁまぁ、勝ったんだから良かったじゃない。見なよ、だれも【クラウスファミリア】が、勝つと思ってなかったんだから。ねえ、最初からテールが持つ予定だったの?」
アザリアが割って入ると、ルカスも落ち着きを見せる。賭け札を地面に叩きつけ、悔しがっている人間を見つめていると、ようやくルカスにも勝利の実感が湧いて来た。
「いや、直前でだ。最初の作戦では、ヤツらより先に【シルバースライムの胚】を見つけて、オレが持って逃げ切る作戦だった。だけど、ヤツらがアイテムを探さず横取りを考え、待ち伏せしている予想がついたんで、おっさんが急遽作戦を変更したんだよ」
「グリアムさん、気が付いたんだ」
「ああ。でも、オレでも分かったぜ、バレバレだったよ。んで、たまたま【スライムの胚】を持っていたんで、オレが【スライムの胚】を持って逃げて、兎にうまいこと奪わせて、【シルバースライムの胚】はテールに持たせるって、作戦に変更したんだ」
「【スライムの胚】を【シルバースライムの胚】と勘違いさせる。そしてその裏で、テールに【シルバースライムの胚】を持たせて悠々とゴールを目指す⋯⋯」
アザリアはルカスの話を聞きながら、大きく頷き納得して見せた。
「当初は、オレが【スライムの胚】を持って逃げる算段だったんだけど、おっさんがうまい事やって、兎に【スライムの胚】を持たす事に成功したんだ。あとはオレが兎を必死に追いかけて、後ろから【シルバースライムの胚】を持ったワンコが悠々とゴール。んで、こっちの勝ち。兎が【スライムの胚】を持って、本気で逃げ始めた時点で、こっちの勝ちは決まったんだ。けど⋯⋯先にゴールしたかった!!」
悔しがるルカスに苦笑いしながら、ラウラもアザリアも、自分達の事のように胸を撫で下ろし、清々しい心持ちになっていた。




