その決闘(デュエル)の行方 Ⅵ
イルの振り下ろす戦斧が、グリアムのすぐ横をすり抜ける。致命傷を与えるであろう斬撃は、激しく地面を叩き、小石を巻き上げた。巻き上がる小石の量にその斬撃の重さはグリアムにも伝わる。戦斧から逃れたグリアムだが、その脇腹目掛け、ボリスの蹴りが飛ぶ。
「イテェー!」
呻きを上げたのはボリス。グリアムの肘が、飛んで来たボリスの脛を狙い打ち、脇腹を目前にしてボリスの蹴りは失速した。
遠のくルカスの背中を横目に、グリアムは眼前の三人に睨みを利かす。ルカスに手出しはさせぬと、強烈な圧を掛けていった。
エルンスト、イル、ボリスというB級を前にしても、グリアムは落ち着き払っている。その落ち着きを理解出来ないB級潜行者達は、いたずらに焦りを積み重ねていた。
「てめえら、何遊んでんだ! 相手はひとりだぞ!」
「うるせぇ! おまえも手伝えや!」
「そっちで何とかしろ! こっちはする事があるんだよ!」
エルンストとイルの苛立ちが、激しくぶつかり合う。
事は簡単に片付くはずだった。
思うように事が進まぬ予想外の展開は、火に油を注ぎ続け、冷静さを奪い取る。
グリアムの冷えた瞳が相対する三人の姿を、忙しなく追っていた。ヴィヴィに飛び込もうとするエルンストの姿が映ると、グリアムは全身のバネを使い、一瞬でエルンストとの距離を詰めた。
「うぜぇ⋯⋯」
忽然と目の前に現れたグリアムの姿は、エルンストの予想の範疇を超え苛立ちは限界を迎える。イルとボリスが背後からグリアムを狙う。イルは容赦なく戦斧を振り下ろし、跳ねるグリアムにボリスの蹴りが再び襲った。
「ぐぁっー!!」
バギ! っと、ボリスの脛が鈍い音を鳴らし、地面に転がって行く。そして、再び轟くボリスの叫び。
グリアムの肘が、再びボリスの脛に打ち付けられた。見事カウンターとなったその一撃は、ボリスの脛を破壊した。ボリスは脛に手を当てたまま、ゴロゴロと地面で悶絶し続ける。その姿をグリアムは、感情の薄い瞳で一瞥し、再びエルンストに睨みを利かした。
「てめぇ、やりやがったな」
「おいおい、不可抗力だぞ。こいつが蹴って来たんだぜ、蹴って来なきゃいいだけじゃねえか」
「舐めやがって⋯⋯」
グリアムは不可抗力だと言わんばかりに、飄々と両手を広げて見せた。
エルンストとイルの怒りがグリアムに注ぐ。我関せずとばかりに、冷ややかに受け流すグリアムの姿は、ふたりの怒りの炎に再び油を注ぐ。エルンストは怒りのボルテージを上げ、静かに腰の剣を抜いていった。
■□
「っつう!」
サーラはロージーの拳を受けながら、背中からグリアムの気配を感じ、ルカスを狙う炎をヴィヴィが氷で爆砕し続けているのを横から感じ取っていた。
この人、隙がない、強い。
決して舐めていたわけではない。だが、ロージーのしなやかな手足が鞭のようにしなり、サーラの顔面や腹を捉え続ける。サーラは、ロージーをヴィヴィへと近づけないようにする為に必死に喰らい付いていった。
グリアムとヴィヴィが頑張っているのに自分が足を引っ張るわけにはいかない。その想いが、サーラを動かし続ける。力では引けを取らない、むしろサーラの方が上だと思われる。しかし、サーラの拳はロージーの鼻先を掠めもせず、サーラのダメージだけが蓄積していく。
対人戦の経験差が如実に現れ、それはそのままふたりのダメージ差になっていた。ペロっと舌なめずりを見せるロージーの余裕に、サーラは余裕を失っていく。
サーラは一度後ろへと跳ね、ロージーから距離を取り、仕切り直しを図る。サーラは痛む顔や体を押し殺し、鋭い視線をロージーに向けた。ロージーは薄ら笑いでその視線をいなし、余裕を失う事はなく、自信を持ったまま舐る視線をサーラに向ける。
ジリっと地面に足を沿わせ合い、互いの距離が近づいて行く。互いに自分の距離を計りながら、ゆっくりと距離を縮めて行った。
リーチなら私が勝っている。
サーラは重心を後へ掛けながら、軸足はそろりとロージーとの距離を詰めていった。ロージーの意識が足下に向かぬよう、サーラの鋭い視線はロージーの大きな瞳を睨み続ける。
今!
サーラの全体重を乗せたハイキックが、ロージーの顔面を狙い打つ。
ニヤリと口元に笑みを浮かべ、ロージーは体を後ろに引くと、サーラの鉄靴が、目標物を失い空を切る。
しまった⋯⋯。
サーラがそう思った瞬間。がら空きになったサーラの脇腹に、ロージーの鋭いフックがめり込んだ。
グシッ!
体の内部から鈍い音がサーラの耳に届く、その瞬間脇腹からの激痛が体を貫いた。
脇腹を押さえよろめくサーラに、ロージーは満足気な笑みを見せる。思い通りにいったと言わんばかりの笑みに、サーラは痛みと焦燥に襲われた。
「ほらもう、寝てろ。粘ったって、痛い思いするだけだ」
サーラは無言で体を起こすと、拳を上げ、折れてはいないとばかりに戦う意志を見せた。ロージーを睨むサーラの瞳はギラつきを失っていない。ロージーから笑みは消え、面倒だとばかりに顔をしかめて見せ、不機嫌を隠さなかった。
「まったく⋯⋯可愛くない目しやがって、気に入らねぇんだよ!」
ロージーが一気に距離を詰め、しなる手足でサーラに猛然とラッシュをかける。左、右、上、下と容赦のない蹴りと拳の雨に、サーラはじりじりと後退を余儀なくされ、捌き切れない拳は顔面を歪ませ、痛めた脇腹に蹴りが突き刺さる。
「カハッ!」
サーラの動きが止まってしまう。ロージーの拳がサーラのこめかみに照準を合わせる。
勝負を決めると、ロージー渾身のフックがサーラを狙い打つ。
ズルっと崩れ落ちるサーラに、ロージーの拳が空を切った。
そこに出来たロージーの隙。
サーラは態勢を崩しながらも、がら空きになったみぞおちに鉄の拳をめり込ませる。
「ゴハァッ!!」
中途半端な体勢からの一撃では、勝負は決まらない。だが、腹を押さえながら後ろへよろめくロージーを確認しながら、サーラは顔をしかめながらも、ゆっくりと体を起こしていった。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
「⋯⋯テメェ⋯⋯遊びは終わりだ⋯⋯」
ロージーは肩で息するサーラを睨みつけ、腰に帯刀していた剣を静かに抜いていく。
サーラは大きく息を吐き出し、態勢を整えると再びロージーに相対していった。
■□■□
「【ファイアボール】!」
「【氷球】」
ルカスを狙うクレールの炎が、ルカスの背中に届く事は無かった。何度詠っても、その炎は爆散し、地面へと落ちていく。まったく想像していなかった状況に、垂れた前髪の奥から、焦りは滲み出ていた。
「クソが!」
「まだやんの? 飽きずによくやるよねぇ~」
クレールの怒りを逆撫でるヴィヴィの薄ら笑いを、クレールは前髪の奥から睨みつける。だが、クレールは肩で息をし、怒りとは裏腹に魔力の底はもう見えていた。クレールに余裕を持てるほどの力は残っておらず、眼前で余裕を見せるヴィヴィの姿を睨み、クレールは勝負所を必死に探していた。
クレールの視界からルカスとテールが小さくなっていく。クレールはヴィヴィへと振り返り、手をかざす。ルカスとテールをとり逃がした苛立ちの矛先を、ヴィヴィへと向けた。ヴィヴィの余裕は嘘だと踏み、クレールはなりふり構わず勝負に出る。
「【ファイアーストーム】!」
炎の渦が坑道塞ぐ、激しい炎の嵐がヴィヴィへと渦巻く。冷静さを失ったクレールの詠唱が、同胞すら巻き込む炎の嵐を産み落とした。その熱は周辺へと伝わり、その勢いにエルンストやイル、ロージーも目を剥いた。
「クレール! 何考えてんだ、テメェ!」
味方をも巻き込む炎の嵐に、エルンストは叫ぶ。だが、エルンストの叫びなど、クレールの耳に届かない。
巻き上がる炎が、そこに居る者すべてを焼き尽くさんと渦巻いた。
「ヒャアッハッハッハハ! 燃えちまえ! 全部燃えちまえ!!」
狂気を孕むクレールの叫びと業火の唸りだけが、坑道に鳴り響く。




