その決闘(デュエル)の行方 Ⅴ
14階に辿り着くとグリアムは人差し指を口に当て、パーティーの足を止めた。回廊の洞口から、細心の注意を払いながら先を覗くグリアムの後ろ姿を、パーティーは固唾を飲んで見守る。グリアムは、14階の洞口から紅い瞳を覗かせ、ヤツらの気配を探っていった。
静か過ぎる⋯⋯。
不気味に感じるほど静かな14階は、グリアムの心を粟立てる。何も気配のまったく感じない洞口から再び身を隠し、ヤツらの目がこちらに向いていない事をあらためて確認すると、張り詰めていた緊張を少しばかり緩めた。
(いる?)
グリアムの横からヴィヴィも顔を出す。キョロキョロと紅い瞳を動かし、必死に気配を探った。
「いや、ここでのお出迎えはなしだ」
【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の姿がない事に、パーティーは肩透かしを食らい、緊張は緩んでいった。
「師匠、さっき仰っていた、待ち伏せているであろう十字路って、正面から行く形になるのですか? 後ろとか横から、そっと行けないのでしょうか?」
「行けん。下に行こうとする道が、その十字路に一度集約され、そこからまた枝分かれしていくんだ。どう足掻いても、ヤツらとは正面からぶつかる事になる」
「本当に待ち伏せてますかね? まだどこかで、アイテムを探している可能性とかありませんか?」
「ねえな」
淡々と進むグリアムの後ろで、サーラは不安を隠せない。
グリアムの即答は、サーラの不安をさらに煽り、十字路が近づくにつれ顔色は蒼くしていった。
モンスターとのエンカウントもなく、静かに進んで行くだけ。その静けさが、パーティーの緊張を後押しする。
しかし、これでいいのか? ヤツらは十中八九アイテムを持っていない。喉から手が出るほど、こいつを欲しているはずだ。
グリアムは腰のポーチに手を掛けると、唐突に足を止めた。
「おっさん、急にとまるなよ。あぶねえぞ」
「あ、わりぃ。ちと急だが、少しだけ作戦を変更しよう」
「はぁ?」
ルカスは盛大に顔をしかめ、直前での提案に難色を隠さない。ヴィヴィやサーラも反対しないまでも、戸惑いは隠せず不安な表情を見せた。
「大きく変えるわけじゃあねえ。ルカスの博戯走者としての、知名度を利用するのは変わらん。ヤツらとぶつかったら、作戦通り、ルカス、おまえが全力で15階を目指すのは変わらん。ヤツらはおまえの足を警戒して、兎を喰いつかすはずだ。それを⋯⋯」
グリアムは淡々と説明を続ける。三人は真剣な表情で、グリアムの言葉に耳を傾けた。ひとつひとつの言葉を聞き逃すまいと、三人は頷きながら、聞き入っている。次の一手が間違い無く勝負所になるのは、だれもが理解していた。
「ルカスさんが飛び出して、兎人との勝負に持ち込む為、私達がフォローをするというのは、以前の作戦と変わりませんね」
「まあな。オレ達の役回りは変わらん。ぶつかるのは避けられん、ルカスに手出しをさせるなよ」
「分かってるって。むしろ早いとこ、ヤツらをギャフンって言わせたいよ」
ヴィヴィは拳を握り締め、パシっと自らの手の平に当てやる気を見せる。
「行くぞ」
グリアムが一歩進む度に、緊張の度合いは少しずつ積み重なる。だが、堂々と胸を張り、パーティーは不遜な者達の待つであろう十字路へ、積み重なる緊張と共に近づいていった。
グリアムのオッドアイが人影を捉える。いつでも抜けると、グリアムは後ろ腰のナイフの柄に手を掛けながらその人影に近づく。値踏みすらしない、緊張感が欠落したいくつもの視線が【クラウスファミリア(クラウスの家族)】へと向けられる。男も女も薄ら笑いを浮かべ、ダラダラと緊張感のない姿を見せていた。
「ご苦労さん、アイテムを置いて回れ右して帰れ。オレは紳士だからよ、尻尾まいて逃げて行くヤツらをイジメるような事はしねえさ。なぁ? 痛い思いすんのはイヤだろう? オレの優しさを無下にすんなよ、な?」
エルンストの言葉にグリアムはフードを深く被り直し、マスクの奥で口端を盛大に歪ませた。視線を忙しなく動かし、状況を瞬時に精査していく。
男がふたりに、猫とドワーフの女、クソエルフ⋯⋯この間のヤツらか⋯⋯。
チッ! 兎の野郎は冷静だな。舐めてくれればいいものを⋯⋯。
「お断りします。アイテムを手に入れる努力すらしない方々に、渡すわけにはいきません!」
「そうだそうだ! ま、探したところでアンタ達には無理だろうけどね!」
毅然とした態度で、エルンストを睨むサーラの隣に、ヴィヴィは意気揚々と並ぶと、勝利を確信するかのように上からの視線を【レプティルアンビション】に向けていった。
「ハハハ、口の悪いお嬢さん達だ⋯⋯舐めるなよ」
静かに凄味を利かすエルンストにヴィヴィもサーラも、一歩も怯まない。睨みを利かすエルンストに、ふたりは揃って睨みかえした。
「もういいだろう、エルンストよう、早く終わらせようぜ」
イルが自身の身の丈はあろうかと言うほどの戦斧を構えるのを合図に、場の緊張は限界を超え破裂した。
「ルカス!」
グリアムの合図にルカスが頭を低くして、【レプティルアンビション】の中を突っ切り、15階、緩衝地帯へと繋がる回廊へと俊足を見せる。そのあまりの速さに【レプティルアンビション】は呆気に取られ、あっさりとルカスの突破を許してしまった。
「おい! てめえらボーっとしてんな!」
エルンストの憤りに【レプティルアンビション】のメンバー達は次々に武器を構えた。グリアムは腰のポーチから取り出したアイテムを、ルカスに向けて放り投げる。
放物線を描きながらルカスへと向かうアイテムに、エルンストはすかさず叫んだ。
「オッタ! 仕事だ!」
言い終わる前には、グリアムとルカスの線上にオッタは飛び込んでいた。その跳躍力とスピードは、グリアムの想像のはるかうえを行き、オッタの伸ばした長い手にアイテムは吸い込まれていく。
「チッ!」
「ブァッハハハハハハハ! ご苦労さん、勝負あったな。オッタ! そのまま行け!」
オッタは頷きもせず、15階への回廊を目指す。長くしなやかな足がバネと化し、弾けるように前へと進む。
軽やかに跳ねて行くオッタの姿に、グリアムは盛大に舌打ちをし、エルンストは高笑いを見せ勝利を確信した。
「ルカス、頼む! テール、おまえも行くんだ」
「おまえら! おバカと犬っころもまとめて、行かすな! 勝ち確決めんぞ!」
グリアムの叫びが、ルカスとテールの背中を押す。快足を見せるオッタの背中を、ルカスはまた一段ギアを上げ、テールはエルンストの頭を軽く飛び越えると、スピードを上げるルカスのあとを追った。
「【ファイアーボール】」
「今度はやらさないよ! 【氷球】」
クレールが間髪容れず、ルカスとテールに狙いを定める。
放たれた火球は、業火を纏い真っ直ぐにテールへ迫る。
舌なめずりして、勝ち誇るクレールの脇を通り抜ける氷球が、火球へと向かう。その氷球のスピードは、火球の速さなど意に介さないほどの爆速を見せ、あっさりと火球へ追いつくと、火球を巻き込み爆ぜた。
「はぁっ?! 何だ今の?!」
前髪が表情を隠していても、クレールの驚きは隠せない。余裕を見せていた姿は消え失せ、何が起こったのか理解できず、混乱を見せていた。
「⋯⋯ダッサ」
その表情に、ヴィヴィはせせら笑いを浮かべクレールの頭に血を昇らせた。
「くっ! 【ファイアーボール】」
「【氷球】」
遠ざかるルカスとテールに火球が届かない。ヴィヴィの氷が、それを許す事はなかった。
「【ファイアーボール】」、「【氷球】」、「【ファイアーボール】」、「【氷球】」⋯⋯。
遠ざかる背中にクレールは何度も狙いを定めるが、その火がルカスにもテールにも届く事はない。驚愕の表情でヴィヴィを見つめるクレールからは、驚愕と困惑しかなかった。
「てめえら! クレールのフォローだ! あの小娘を潰せ!」
「させません!」
エルンストの言葉に、いち早くヴィヴィに飛び込もうとするロージーの前に、サーラが立ちはだかる。勢いを殺されたロージーの大きな瞳が、怪訝な眼差しをサーラに向けた。
「おっと、おまえらはオレが遊んでやる」
グリアムはナイフを逆手に握り、エルンスト、ボリス、イルの三人の前にゆらりと立ちはだかった。
「おいおい、おまえB級三人を相手するつもりか? 頭大丈夫か?」
舐め腐るエルンストの言葉を受け、グリアムはマスクをしっかりと上げ顔を隠す。
「B級? そうか⋯⋯。でも、おまえら三流⋯⋯いや、ただの四流潜行者じゃん。おまえらに付いている冠なんざぁ、お飾りだろう。おまえらは、どうにもならないクズってだけだ」
そう言ってグリアムは、四流とばかりに見下す視線をエルンストに向けた。




