その恩返しはリーダーのいない時に Ⅶ
「てっめぇ⋯⋯何様のつも⋯⋯」
「はぁ!? なんだって?! どの口がほざいた!?」
我関せずとばかりにドロップを漁る不遜な態度のパーティーに、グリアムが立ち上がるより早く、ラウラは怒りのままに詰め寄って行った。
ラウラの隣でグリアムもまた、睨みを利かす。だが、ふたりの圧など、気にする素振りすら見せず、ドロップを漁り続けるパーティーの姿に、ラウラの怒りは天井知らずで上がっていく。
「いたたた⋯⋯すいません。ドジりました」
意識を取り戻し、煤けた顔を見せるサーラに何が起こったかなど分かるはずもない。自身を責めるサーラの言葉に、グリアムはギリっと奥歯を噛んだ。
「サーラ、おまえは悪くねえ。ヴィヴィ、サーラに回復薬をかけまくれ。てめえら、こっちが叩いているの分かっていて魔法をぶっ放したよな?」
グリアムの冷静な声色は静かな怒気を孕む。
獲物を間違って取り合うことはあっても、獲物は、先に手を出していた人間の物。というのが、暗黙のルールとして一般化されていた。多少の小競り合いはあっても、相手を大怪我させるような潜行者など皆無。
あってはならない事をした。
その想いが、グリアムとラウラを熱くしていた。
パーティーは五人⋯⋯。
男がふたり、ドワーフの女と猫の女、それとエルフの男。一般的な面子だな。紋章持ち⋯⋯蛙? 蛇?⋯⋯なんだありゃ?
グリアムの冷ややかな値踏みを、リーダーらしき男は一瞥だけして黙々と朽ちた屍人の山を漁り続ける。自分達の獲物だと言わんばかりの、不遜な態度を見つめグリアムの中で何かのスイッチが入り、冷静に現状を精査していた。
こいつがリーダーか。
茶色の短髪。筋肉質に煤けて汚ねえ顔。太い眉と厚ぼったいバカっぽい口元。背中に大剣を背負って、シェルパは雇っていない。下層程度なら余裕で潜れるって事か。
グリアムは屍人のドロップを飄々と漁り続ける男を冷ややかに見つめる。
ラウラは怒りの形相で、リーダーらしき男の眼前スレスレまで近づいた。ラウラの足元が目に止まり、頭を下げていた男はようやく漁るのを止め、ヤレヤレとばかりに顔を上げる。
ラウラの胸の紋章が目に入っても、一瞬眉をひそめるだけで、面倒そうに肩をすくめた。
「いやいや、まいっちまったな。そこの姉ちゃんには申し訳ない事したが、こいつは事故だ。女神アテーナ様に誓おう。事故だよ」
男は軽々しい笑みと共に、軽く右手を上げてラウラに宣誓して見せる。人を小馬鹿にしたかのようなその態度に、ラウラの瞳は一気に冷えていった。
「おい、エルンスト⋯⋯【忌み子】⋯⋯」
リーダーらしき男の後ろに控えていた、ひょろっとした長身の男が耳打ちする。エルンストと呼ばれた男は、その言葉に笑みを深め、いやらしく口端を上げると、視線はグリアム達【クラウスファミリア(クラウスの家族)】へと向いていた。
グリアムは表情ひとつ変えず、眼前のパーティーを見つめている。グリアムとエルンストの視線が静かに混じり合う。
エルンスト⋯⋯やはりこの短髪がリーダーか。
グリアムは煮えまくる心の奥底を隠すかのように、冷ややかな視線で不遜なパーティーの値踏みを続けていた。
「フン、【忌み子】風情が⋯⋯」
エルンストの零したひと言に、ヴィヴィは無表情で静かに手の平をかざす。それはいつでも詠唱出来ると言わんばかりの動きだった。
「止めろ止めろ、魔力の無駄だ。それに魔法をぶっ放したのがバレると、いろいろ面倒くせぇ。ラウラ達にも迷惑が掛かるぞ」
「⋯⋯でもさ」
「分かっている。だから、今は抑えろ⋯⋯」
グリアムは静かにヴィヴィの腕に手を掛ける。やり切れないとばかり、グリアムを睨むヴィヴィ。だが、いつもとあまりに違うグリアムの凄みに、ヴィヴィは素直に手を下ろした。
「ヒャッヒャッヒャッ。あぁ~あんまり笑わせないでくれよ。弱小パーティーが粋がって、潰れるなんざぁ、ダンジョンではよくあるんだぜ。気を付けないとな、お嬢ちゃん」
最後尾で手をかざしていた顔色の悪いエルフが、高笑いと共に残念そうに薄笑いを浮かべ手を下ろす。
その手はいつでも撃てると、グリアム達へと向いていた。B級に満たない潜行者との詠唱勝負なら、勝てると踏んでいたのだろう。
こっちを潰す気満々ってところか。紋章なしが食って掛かった所を、正当防衛を盾にして、問答無用で潰す。
プライドを傷つけられた? いや、違うな。
余裕かまして楽しんでいる? 格下を潰すのに慣れている感じがするよな。日常的にこ
んな事をやっているクズ共ってところなのか?
「このクソ野郎⋯⋯」
「ラウラ、止めろ。あんたが出るほどの価値なんて、コイツらにはねえよ」
今にも飛び掛からんばかりのラウラの熱を、グリアムは冷静な言葉で冷やしていく。
「なんだ、なんだ。【忌み子】風情が随分と舐めた口を聞くじゃねえか!」
グリアムの物言いにプライドが傷つけられたのか、口泡を飛ばすエルンストが、じりっとグリアムの眼前へにじり寄る。グリアムは引くどころか、冷め切った視線で、頭ひとつ分小さいエルンストを見下ろしていった。
「おいおい、随分と吼えるな。そう言やあ、弱えヤツほど吼えるって言ったっけ。何をそんなビビッてるんだ」
睨み合うグリアムとエルンストにだれも割って入る事が出来ない。
サーラに寄り添うヴィヴィも、カロルとアリーチェも、グリアムとラウラのあまりもの熱量に傍観者と化していた。
そしてそこには、はち切れそうな緊迫感だけが漂っていた。
「うん? どうしたエルンスト? あんなに吼えてたのに急に黙っちまって、さっきまでの余裕はどうした」
押し黙るエルンストにグリアムは静かに追い打ちを掛ける。突然グリアムの口から自分の名が出た事で、怒りと共に困惑が生まれ、エルンストは思わず口ごもってしまう。
「チッ! 行くぞ⋯⋯」
エルンストが踵を返すと、不遜なパーティーのメンバー達は黙ってそれに続いた。
遠ざかり小さくなって行くエルンスト達の背中をグリアムは冷ややかに見つめ、急造パーティーは怒りの炎を燃やす。真っ赤な炎を燃やすヴィヴィやラウラ。その後ろでグリアムは冷たい青い炎を滾らせていた。
「グリアム、行っちゃったよ。いいの?!」
「今はいい」
「なんで?! グリアムはいつも甘いよ!」
「ああ? 甘い?」
「ヴィヴィちゃんが言うのも分かるよ。ああいったヤツらは、一回トコトン懲らしめないとダメだって」
ヴィヴィとラウラは、ふたりでグリアムに詰め寄る。するとグリアムは、ふたりに口端を上げる。その不敵で不気味な突然の微笑みに、ヴィヴィとラウラは思わず顔を見合わせてしまった。そしてグリアムは、無言のまま転がる屍人の屍を漁り始めた。
「みっともないから止めな」
「そうだよ」
屍人の屍を漁るグリアムに、カロルは盛大に顔をしかめ、アリーチェも隣で大きく頷いた。
「何言ってる。こっちの獲物をあいつらが仕留めただけだ。あいつらが拾っていったドロップも、ぶん取ってやりてえくらいだ」
グリアムは、そう言って屍人のドロップを背負子へと放り込んでいく。
黙々と仕事をこなすグリアムの静かな雰囲気はいつもと違った。
何者も寄せ付けない冷たい熱を孕むその雰囲気に、ヴィヴィもサーラも、いつでも明るさを忘れないラウラでさえ掛ける言葉を失っていた。
「ラウラ。すまんが、見ての通りサーラが怪我しちまった。薬も使い切っちまったし、帰還でいいか?」
「も、もちろん。帰ろう!」
グリアムの静かな圧は、A級のラウラでさえ飲み込んでしまう。有無を言わさぬその圧に、ラウラは思わず何度も頷いてしまった。
グリアムはパーティーに軽く頷くと、上へと繋がる回廊を目指し歩き始める。グリアムの背中から怒りや憤り、後悔や懺悔など、今までグリアムから感じたことのない冷たい熱を、ヴィヴィやラウラは感じ取っていた。
■□■□
寡黙なパーティーが進む。前を行くグリアムの感情を抑え込んでいる静かな姿に、パーティーは自然と口をつぐむ。怒りと困惑に包まれるパーティーは、上層5階へと足を踏み入れた。
「サーラ、大丈夫か?」
「大丈夫です。少しヒリヒリしますが、歩く分には問題ありません」
煤けた顔。服が焼け、ところどころ肌が剝き出しになっている手足。回復薬でだいぶ治まったとは言え、剝き出しの肌に残る水膨れは痛々しい。煤けた顔で微笑んで見せるも、その微笑みに笑い返せる者はいなかった。
「⋯⋯何か聞こえない?」
カロルの耳が器用に音の方向を探ると、一点を見つめる。テールも顔を上げピクピクと耳を動かしながらカロルと同じ方向を見つめた。
見つめる先は、大きな曲線を描く坑道。カロルは目を大きく開き、テールは静かに見入っている。グリアムは、カロルとテールの姿に、パーティーの足を止めると前方から何かを感じ睨んだ。
「⋯⋯サーラ、おまえは下がってろ。ラウラ、いざとなったら頼む」
グリアムの言葉にふたりは黙って頷き、その得体の知れない何かに、パーティーは集中を上げて行く。
「来るぞ⋯⋯」
目に飛び込んで来たのは、猛スピードでこちらへと駆けて来る男の姿。その後ろには大量のモンスターを引き連れていた。
「チッ! 怪物行進だ!」
グリアムの怒号を合図に、パーティーは臨戦態勢をとる。A級と見紛うスピードを見せる男に、ラウラは盛大に顔をしかめた。
「あのバカ⋯⋯」
そんなラウラの言葉を気に掛けている余裕などなく、大量のモンスターを迎え撃つべく、パーティーは武器を握る手に力を込めた。




