その恩返しはリーダーのいない時に Ⅴ
「アリーチェ、ちょっとおいで」
最後の首をアリーチェが刎ねると、ラウラはすぐにアリーチェを呼びつけ、身振り手振りで何かを話し始めた。
サーラはふたりの姿を見つめながら、ドロップを漁っているグリアムの横に立つ。
「師匠」
「ああ? なんだ」
グリアムは手を止め、サーラへ向き直ると、サーラはラウラの話に神妙な表情で頷いているアリーチェの姿を見つめながら言葉を続けた。
「さっき、ラウラさんがアリーチェさんの飛び込む姿を見て、『甘い』って言っていたんですが、何が『甘い』のでしょう?」
「甘い? ああ⋯⋯多分、罠の仕掛けが良くなかったんだろ。あいつ、罠を仕掛けたはいいが、三分の一程度しか削れなかった。ラウラなら、半分以上は削るだろうからな」
「半分以上ですか?!」
「そうだ。パーティーにとって盗賊の罠は、魔法と同じく戦況をひっくり返す事の出来る重要な武器になる。優秀な盗賊ほど、罠のタイミングや効果を最大限に扱えるんだ。おまえもこの間見たろう、レギアボアスの亜種に仕掛けたラウラの罠。あの状況で、しかもあの短時間で、完璧に罠を扱った。それだけでとんでもなく優秀な盗賊って分かるんだ」
「ラウラさん、そんなに凄い方なんですね」
「あいつだって、悪くない。D級で、あれだけ罠を扱えれば十分⋯⋯だが、先生が優秀過ぎて、求められる基準が高くなっちまっているんだろうな」
「簡単そうに見えて難しいのですね。もしかしたら、私でも扱えるかなって思ったのですが⋯⋯」
サーラはアリーチェのマネをして、指先を動かしていた。
「ま、難しいな。ゴソゴソ準備している間にモンスター叩かれて終いだ。罠で使う【ハチトリ草の種】の扱いがむず過ぎるんだよ。ちょうど手の平に納まるくらいのデカイ種を、指先でこじって刺激を与えるんだ。すると種が開き始め、開ききると強力な粘着質の層が現れる。そこに【シビレキノコ】を置けば、シビレ罠になるし、油を多く含む【ガリオンの実】と着火石を置けば、火炎種の罠になる。【ハチトリ草】に与える指先の刺激で、開く時間を調整するんだ。モンスターとの距離を測り、【ハチトリ草】に与える刺激を、指先で微妙に調整をする。そいつをモンスターと対峙しながらやるんだ。しかも、火炎種の罠なんて、【ガリオンの実】と着火石の距離⋯⋯って言っても、小指の爪先より小さな差で、爆発時間を調整するんだ。しかも片手で、モンスターを目の前にしてだぜ、曲芸の世界だよ」
グリアムはそう言って、指先で種をこじる動きをサーラにして見せた。
「師匠、詳しいですね」
「おまえと同じく、オレも扱えないか試した事があるんだよ。けど、開いた【ハチトリ草】のベトベトが手に付いて落ちなくてな、ヒデェめにあって止めた」
「な、なるほど。師匠が諦めるほど難しいのですね⋯⋯諦めます」
「お薦めはしねえが、やってみるのは悪くない。どっかで一度試してみればいい」
「ですかね。手先はあまり器用ではないので、試す事すら不要かも知れませんが」
グリアムは返事の代わりに肩をすくめると、またドロップを漁り始めた。
■□■□
「気を抜くとヤバイ目に遭うよ。舐めて掛かると一気に襲ってくるからね、ダンジョンは」
パーティーの途切れがちの集中に、ラウラは静かに声を掛ける。
11階を進む急造パーティーからは、溜め息すら聞こえていた。いつものラウラらしからぬ静かな声色は、途切れ掛けていた集中をパーティーに取り戻させる。だが、目的のモンスターとの遭遇は叶わず、昇級とは無関係のモンスターとばかりの戦闘に、疲弊は蓄積していた。集中と失望の繰り返しは、パーティーの気力をいたずらに削いでいく。
「ちょっと休憩するか?」
グリアムは、集中の途切れるパーティーに、休憩所を指差した。
思うようにいかない潜行は、潜行者達にいらない負荷しか与えない。それを経験則から、グリアムは知っていた。
グリアムの提案に、パーティーは顔を見合わせ、互いの出方を窺う。
急造パーティーでイニシアティブをだれが取るのか。
それは、その急造パーティーの中で一番実力のある者、経験のある者が自然に取っていくもの。
だが、このパーティーの実力は明らかに拮抗しており、だれがイニシアティブを取るのか迷いが生じていた。グリアムは案内人として提案しただけで、ラウラも決断はパーティーに委ね、静かに見守っている。
「⋯⋯んじゃ、休む?」
硬直ぎみの空気を打破するヴィヴィの遠慮がちなひと言に、各々頷くと休憩所の洞口に頭を屈めていった。
狭い空間に輪になって腰を下ろすと、一気に緩む緊張に疲弊が顔を出していく。思うようにいっていない潜行は、パーティーの表情を曇らせ口を閉ざす。
続く沈黙。それに耐えられなくなったサーラが、おずおずと口を開いた。
「あのう⋯⋯そういえば、師匠がアリーチェさんを褒めてたよ。いい盗賊だって」
「嬉しいけど、案内人さんに褒められても⋯⋯ね」
「え? なに? なに? グリアムさんが、アリーチェを褒めてた?! 私は? 私の事は??」
サーラの発した何気ない言葉に、ラウラが凄い勢いで身を乗り出して来た。まさかの勢いに、サーラとアリーチェは驚きのあまり、思わず固まってしまう。だがすぐに、アワアワとしながらも、サーラはラウラに言葉を返した。
「ラ、ラウラさんはとても優秀で、一流の盗賊だといつも言っていますよ」
「ふっふ~ん、どうよ。アリーチェ、まだまだね」
「わ、私は案内人さんじゃなくて、ラウラさんやアザリアさんに褒めて貰いたいのですよ⋯⋯」
ドヤるラウラに、アリーチェは少しばかり頬を膨らました。
「チッ、チッ、チッ。分かってないわね。経験豊富な案内人さんに認められてこそよ。きっとグリアムさんの言葉を、アザリアに聞かせたら羨ましがるに違ない⋯⋯。シシシシ、帰ったら言ってやろ~」
人差し指をアリーチェの眼前で振って、ドヤ顔で胸を張るラウラを見つめながら、サーラは全く違う事を考えていた。
ラウラさんとアザリアさん⋯⋯もしかして、師匠の秘密を知っている?
ラウラさんほど優秀で経験豊富な方が、リーダーを救出する師匠の姿を見れば、自然に気が付いてもおかしくはないですよね。でも、その事をアリーチェさんには言わない。
やはり秘密にすべき事ですか。潜行者のタグも、引き出しの奥に隠していましたし⋯⋯だいぶ雑でしたけど⋯⋯。
「12階に下りるか? この面子なら問題ないだろ」
「案内人様の仰せのままに」
サーラがグリアムの言葉で我に返る横で、ラウラは自分の胸に手を当て、大仰に首を垂れて見せた。もちろん、そんなラウラの姿にグリアムは渋い顔を見せ、ヤレヤレと首を振る。
「グリアム、12階って難しいんだっけ?」
ヴィヴィがハンドボウガンの手入れをしながら、グリアムに問い掛けた。
「いや、11階から14階はそこまで一気に難易度は上がらない。ゆっくりと上がっていく感じだ。ま、14階まで一気に下りてもいいが、今回は昇級が目的なんだ、無理するところじゃねえよな」
「分かった。12階、行こうよ」
「あんた達はどうだ?」
グリアムがカロルとアリーチェに振り向くと、ふたりも黙って頷いた。




