その恩返しはリーダーのいない時に Ⅵ
「いたぁああああー!!」
ヴィヴィの赤い瞳は獲物を見つけると爛々と輝き、だれよりも早く前へ飛び出した。そして、前方に構えるハンドボウガンの短矢は、だれよりも早くその獲物を撃ち抜く。
『キュウゥゥ⋯⋯』
短い断末魔を上げ地面に転がる一角兎の額には、深々とヴィヴィの短矢が突き刺さっている。ガッツポーズで胸を張るヴィヴィの鼻息を荒く、12階到着と同時にお目当ての獲物を見つけた事は、パーティーに安堵と希望をもたらした。
「やっと一個! あと三個だ。ちゃちゃっと、やっつけちゃおう!」
【アルミラージの一角】を高々と掲げるヴィヴィの横で、テールが後方を気にする素振りを見せた。
『⋯⋯グルゥ⋯⋯』
「テール、どうしたの?」
「ねえ、何か臭わない?」
カロルが目を閉じ、臭いの先を探る。獣人の敏感な鼻が何かを捉えたのか、鼻先に神経を集中する姿を見せた。
「カロル、どんな臭い?」
「何か生ゴミみたいな⋯⋯肉が腐った臭い」
ラウラはカロルの言葉に何かを確信して、大きく頷いた。
「どっちから臭う?」
「⋯⋯あっちかな」
テールと同じく後方を指差すカロルに、パーティーは一斉に回れ右をする。その臭いの主が何なのか、手練れに聞かずとも一同はすぐに理解した。
遥か後方に、緩慢な動きを見せる人影が目に映ると、またもヴィヴィが勢い良く飛び出そうと前方を睨んだ。
「あれだ! よーし⋯⋯」
「ちょーっと待て! おまえは後方から支援しろ。ありゃあ群れで来るんだ、チマチマと矢で突いても埒が明かん」
「ちぇ~」
グリアムに首根っ子を押さえられ、ヴィヴィは恨めしそうにグリアムを睨んだ。
ようやくお出ましのお目当ての群れに、パーティーのテンションは一気に上がっていく。ズルズルと迫る屍人の影は大きくなっていき、独特の腐敗臭が漂い始めた。
「行きます!」
屍人の大群にも臆する事なく、サーラが地面を蹴ると、カロルとアリーチェもそれに続く。ヴィヴィの短矢はサーラの横を掠め、屍人の額を撃ち抜いていく。
サーラの拳が屍人に狙いを定めた瞬間。
「【ファイアーボール】」
魔法詠唱? だれだ?
グリアムの耳に届いた予期せぬ詠唱は、混乱を運ぶ。
屍人群れのさらに後方から強烈な熱が届き、サーラは反射的に拳を止めた。その熱は、あきらかに群れごとこちらを飲み込もうと迫る。
次の瞬間、屍人の群れへと迫る巨大な火球を、サーラの瞳が捉えた。
「避けてー!!」
切迫したサーラの叫びに、カロルとアリーチェを壁側へ反射的に跳ねた。
巨大な火球は、屍人の群れを容赦なく飲み込んでいく。そしてその火球は、サーラをも飲み込んだ。
「サーラ!」
ヴィヴィの叫びに呼応するかのように、爆散する火球が屍人の四肢を吹き飛ばした。
その一瞬に、グリアムの思考は忙しく駆け巡る。だが、頭とは裏腹に体は動いてくれない。
あの火球、魔法だよな? 何が起こった?
いったい、どうなってやがる。
そうだ、サーラ⋯⋯サーラは大丈夫なのか?
「テール、来い!」
我に返ったグリアムが、テールと共に白煙が立ち込める中、サーラの元へと飛び出した。
腐った肉の焼けた、嫌な臭いが洞内に充満している。グリアムは、視界を遮る白煙を必死に掻き分けサーラの元へと急いだ。地面に散らばる屍人の残骸を放り投げ、サーラの影を探した。
「サーラ!」
グリアムの声はサーラに届かないのか。その悲痛な叫びに反応はなく、グリアムは地面に積もった屍人の屍を放り投げ続けた。
「返事しろ!」
グリアムは、サーラの影を求め続ける。放り投げる腕や足が、サーラのものではないかと、手に取る度にグリアムの胃はキュっと締め付けられた。白煙が漂う中、焦燥だけが、積み重なっていく。
「おい、サーラ! 返事しろ!」
カラっと小石の転がる音にグリアムが振り返ると、積み上がった屍人の屍の中から、煤けた手が弱々しく突き出ていた。
「こっちだ! 手伝ってくれ!」
ヴィヴィとラウラも駆け出す。煤けたカロルとアリーチェも、よろめきながらも駆け付けた。全員で屍の山を掘っていく。弱々しく差し出された手から、生気は徐々に抜け落ちて行く。
「⋯⋯サーラ」
屍の山から現れたサーラの姿に、パーティーは思わず立ちすくんでしまう。
ヴィヴィは名を呼ぶだけで精一杯となり、それ以上の言葉は出てこない。
横たわるサーラから血の気は引き、全身は煤け、剝き出しの皮膚は水膨れを起こしていた。目は閉じたまま、こちらの呼び掛けに反応は見せない。その凄惨な姿に、カロルとアリーチェ、ラウラですら言葉を失ってしまう。
グリアムは生死の確認などしない。
テールのサドルバッグからありったけの回復薬を取り出していった。
「ヴィヴィ! こいつを無理やりにでも飲ませろ!」
小瓶をヴィヴィに投げ渡すと、グリアムはサーラの体に回復薬を振り掛けていく。
「あれ? 人いたの? ごめんごめん。気がつかなかったよ。悪気はなかったんだ、不可抗力ってやつだね」
グリアム達の焦燥など気にも留めていないニヤケ顔の男は、それだけ言い放ち屍人の屍を漁り始めた。




