その思い出から始まった思い Ⅱ
私がまだ小さい時、それこそ潜行者なんて言葉すら分からない幼少期の話。
その日は何だか街中が浮かれていて、大人達はずっとソワソワしてた。遠くから歓声が届くと、観客が作った道をひとつのパーティーが堂々と歩いて来るのが見えたんだ。
【ヴァバールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】の凱旋が、沿道に集まる人の多さでパレードみたくなってたんだ。
前を行く赤髪の女性は柔らかな笑顔を浮かべているんだけど、優しさと同時に凛とした強さもあって、幼心に凄くかっこ良かった。
今もさ、最深層まで行くと話題にはなるけど、昔は英雄のように称えられていたじゃない。その英雄の凱旋を見ようと多くの人が道に溢れ出してさ、今じゃ考えられないよね。
私はもっと近くで見ようと、大人達の足元を這って、前へ出たんだ。顔をもう朧気だけど、パーティーはみんな笑顔で手を振って、歓声に応えていた。目標を無事達成して、誇らし気な笑顔で、堂々と前を向いていた気がする。
その姿に私は圧倒されて、ポカーンって顔で、目の前をゆっくりと通り過ぎる【ヴァバールタンブロイド】の雄姿を見つめていたんだ。
凄い! かっこいい!
沿道からの声援に応える姿は、私にはキラキラ輝いて見えた。
でも、一番後ろを、少し俯いて歩いている人がいてさ。なんでだろう? って、幼心に少し違和感を覚えたの。
その人が目の前を通る時に、握り締めていた小さな花を差し出したんだ。花って言っても、道端に生えている雑草みたいなものよ。彼は少し驚いた仕草を見せて、ゆっくりとそれを受け取ると、口元に笑みを浮かべてくれたんだ。顔はもう覚えていないけど、その優しい口元は今でも覚えている。
(離れなさい!)
次の瞬間、お母さんが私の手を引いた。なんで? って、思いながらも、沿道の人垣に飲吞み込まれて行く。
私はお母さんに見えない様、彼に小さく手を振ると、優しい笑みと一緒に彼も私に小さく手を振り返してくれた。
■□
「それがグリアムさんってこと?」
「どうだろ、顔は朧気で確証はないけど。その人が【忌み子】だったのだって、理解したのはずっとあとだしね。でも、【忌み子】でS級なんて、そういないでしょう」
「確かに。【ヴァバールタンブロイド】にいた、忌み子の地図師=グリアムさんってのは、しっくり来るね。でも、【ヴァバールタンブロイド】ってさ⋯⋯」
「そう。その次の最深層への潜行で全滅、帰って来なかった」
「だよね。全滅したのに、なんでそんなに【忌み子】の地図師に固執してたの?」
「最後の潜行の日も、今度は送り出すのでお祭り騒ぎ。あの頃って、そうだったじゃない。で、私も、この間のお兄さんをひと目見ようと、沿道に紛れて見てたんだけど、いなかったんだよ。彼は最後の潜行に参加していない。潜行者になって、いろんな人に聞いたり、記録をあさったりしたけど、全滅したって話しかなくてさ。なんかずっとモヤモヤしてたんだよね」
アザリアはカップを握りながら、テーブルに頬杖をついた。カップの中で揺れるお茶を見つめながら、満足気な笑みを見せる。
「なるほどね。憧れの人が生きていた⋯⋯か。良かったじゃん」
「そうと決まったわけじゃない。けど、大きな希望を持てるよね。いつか、本人に聞ける日が来ればいいけど」
「そこは期待しないで待ってるしかないんじゃない」
「だね」
アザリアは頷きながらカップを口元に持っていった。
前回の潜行失敗から、どことなく元気のなかったアザリアに、以前の覇気が戻ったとラウラは感じる。
「ウチらもまずは32階。【ヴァバールタンブロイド】の意志を引き継ぐんでしょう」
「勝手にだけどね」
「28階より、4も下かぁ~。先は長いね」
「こればっかりは、一歩一歩行くしかないよね」
「【グラットンドッグ(大食い犬)】の34階とか、ヤバ過ぎ。良く潜れたよね」
ラウラは大袈裟に肩をすくめて見せると、アザリアも苦笑いを返す。
「28階だって一度しか行けてないもんね。昔のパーティーは化け物揃いだったんだよ」
「グリアムさんとか見たら、その言葉納得出来るかも」
「ぐむむむぅ⋯⋯その雄姿を見れたなんて⋯⋯羨ましい⋯⋯」
駄々っ子のように口を尖らすアザリアに、ラウラは勝ち誇った笑みを見せた。
「ムフ~ン、羨ましいでしょう。って、言いたいけど、ホント大変だったんだよ」
「そっか、だよね」
ふたりは同時にカップを口元に持っていくと、視線は絡み合う。どちらという事も無く、ふたりから笑みが零れていった。




