そのパーティーは遠い出口を目指す Ⅲ
「そういや、どうしてオレらに声を掛けたんだ?」
上層に入ると緊張感も薄れる。グリアムの後ろを行く【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】のティムが声を掛けてきた。
【忌み子】に声を掛けるなんて、変わったやつだと思いながらも、そこに悪意は感じられず、グリアムはイヴァンを背負い直し答える。
「ちょっと前だが、あんたらと下層でスレ違ったんだよ。その時【ベヒーモスの外套】に、あんたらが引っかかったのを思い出したんだよ、その鎚の紋章を見てな。紋章を持っているってことは、B級より上。だが、【ベヒーモスの外套】に見せた反応は、こいつを持っていない、A級を狙うのにこいつが欲しい。だから、【ベヒーモスの外套】をエサにして、護衛を頼めないか声を掛けてみたんだ」
「そんなことあったっけ? ま、いいや。確かに【ベヒーモスの厚皮】が手に入らなくて足踏みしてたからなぁ、あんたの読み通りだな」
「そうか。まぁ、良かったよ」
「あ、そうだ、こいつ飲んでおきな。ウチらには、もう必要ないからさ」
「え?!」
ティムはそう言って、腰のポーチから小瓶を取り出した。
グリアムは戸惑いながらも、その小瓶を素直に受け取る。そのまま一気に飲み干すと、ジンジンと熱を持っていた左肩から痛みが引いていくのが分かった。
「ありがとう、助かるよ」
「いいって、いいって。こんなもの【ベヒーモスの外套】に比べたら、安すぎるさ、フフ~ン」
変なやつ。
気がつけば、鼻歌まじりに浮かれているティムの姿に、グリアムは口元に笑みを浮かべていた。
□■□■
「着いたぜ」
先頭を行くロイのシルエットを逆光が映し、グリアム達は目を細めた。
なんとか地上に帰ってこられた。
洞口に飲み込まれる潜行者達を横目に、煌々と照り付ける陽の光に顔を上げる。
重傷者を背負う【忌み子】の姿に、冷ややかな視線と言葉が掠めていくが、今はそんな事はどうでも良かった。全員が欠けることなく辿り着けた事に、ようやく心から安堵する。
「ありがとう。潜行の邪魔をして、すまなかったな」
グリアムは素直に頭を下げると、ロイは軽く手を上げて応えて見せた。
「ああ、いい、いい、そういうのは。こっちは貰える物を貰えれば、それでいい」
「そうか。ラウラ、渡してやってくれ」
「はいはい、あなた達ラッキーだね」
ラウラはするりと外套を脱ぎ去り、そのままリーダーのロイへと手渡した。【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】の面々は満面の笑みで、今日の報酬を愛で始め、足早にその場をあとにする。早く帰って、希少素材を、いじりたくて仕方がないのだろう。その姿はまるで、新しいおもちゃを手にした子供のようにも見え、グリアム達も自然に笑みが零れていた。
「ラウラ、本当にありがとう。あんたがいなかったら、100%帰って来られなかったよ」
「ウヒヒ、そう? 今日はその言葉を素直に受け取っておこうっと。グリアムさんに褒められたって、アザリアに自慢してやるんだ」
「あ、いや、その、なんだ⋯⋯助けて貰っておいて何なんだが、下で見た事だけどな、見なかった事に⋯⋯」
言い辛そうに視線を逸らすグリアムに、ラウラはニヤっと悪意のある笑みを返す。
「それはどうかな? 下での光景は私の御褒美みたいな感じ? いい土産話ができたって感じよ。ま、でも、グリアムさんもいろいろあるみたいだし、噂は広まらないようにするね」
「頼むぜ、ホントに。それと、オレらに出来る事があれば、何でも言ってくれ。デッカイ貸しができちまったからな、返すチャンスがあれば、いつでも言ってくれ⋯⋯って、言っても大した事は出来んがな」
「フフン、いいね。土産話とグリアムさんに貸しが一個。うん、悪くない報酬ゲットだね」
ふたりがやり取りしていると、【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】に手を振っていたヴィヴィとサーラのふたりもラウラに頭を下げた。
「ラウラ、ありがとう」
「ラウラさん、ありがとうございました」
「いいって、いいって。みんなで頑張って、いい結果が出てホント良かったよね」
「ホント助かった」
「もういいって。じゃあ、行くよ、またね」
「ああ」
ニンマリと笑顔を見せるラウラに、グリアムは笑顔で頷いた。去って行くラウラの後ろ姿に、ヴィヴィとサーラはしばらくの間、手を振り続ける。安堵に包まれる体に疲労が一気に襲い掛かると、背中のイヴァンからズシっと重さが伝わった。
■□■□
「イヴァンくん!」
ギルドに到着するや否や、ミアはボロボロの【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の姿に受付を飛び出す。沈着冷静ないつもの姿は消え、焦りに我を忘れかけていた。
「寝ているだけだ、生きているよ。派手にやられてはいるがな」
ミアはその言葉を聞くと、グリアムの両肩に手を掛け、安堵の溜め息と共に首を垂れる。
「びっくりしたよ、もう~。医療班呼んで! 急いで!」
ミアが受付の奥へ声を掛けると、受付は慌ただしく動きはじめた。グリアムはギルドの職員に、すぐ取り囲まれ、背中の重みから解放される。疲労の蓄積は思っている以上に酷く、気を抜けば、すぐに膝から崩れ落ちてしまうだろう。
「ミア、あとは任す。オレ達は帰る」
「あなた達も怪我しているじゃない」
「今はいい。帰って、飯食って、寝る」
「そう。わかった」
後ろ手にミアに手を振り、グリアム達はギルドをあとにする。鉛のように足は重く、家までの道のりが果てしなく遠く感じてしまう。
「ヴィヴィ、テール預かろうか?」
「ううん、大丈夫。もうちょいだから」
「そうか。テールは大丈夫か?」
「多分。テールもお疲れ様だね」
「明日、ルバラのところに連れて行くか」
「うん」
グリアム達は煌々と照り付ける太陽の下、人の流れに逆らうように家路についた。
■□■□
「ただいまー!」
「ちょっとラウラ! どこ行ってたのよ。みんな心配してたんだよ」
「ごめんって。とりあえず、ひと息つきたい。説明はそのあと」
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地。そこにある、共同住宅ほどの大きさを誇る集会所の中で、メンバー達が忙しく動き回っている。
天井は高く、その天井近くに張られている大きなガラス窓が、柔らかな陽光を取り込み、明るい空間が広がっていた。派手な装飾などは一切ないが、清潔に保たれている室内はポジティブな空気に溢れる。そんな中をいくつもの小さなパーティーが、準備や雑用に追われ、忙しなく動き回っていた。その一番奥にある大きな執務机の向こうで、アザリアはふくれっ面でラウラを出迎えた。
「ラウ様! 今日、C級の潜行手伝ってくれる約束だったのにー、どこ行ってたんですかぁー」
こちらもまたふくれっ面でラウラの帰りを待っていた、金髪のベリーショートの猫人。快活な印象を後押する大きな瞳に、幼さを残す顔立ちの女が、ラウラを恨めしそうに見つめていた。
「カロル、ごめんって! 急用だったんだよ」
「もう仕方ないですけど、ラウラさん、次はちゃんと付き合って下さいよ」
「アリーチェもごめん、ごめん。ちゃんと埋め合わせするから」
カロルの隣で、不貞腐れている茶髪の女は、どことなくラウラに雰囲気が似ていた。物怖じしない物言い。髪型もラウラに寄せているのか、軽やかなショートカットを見せていた。
「あのふたり、ずっとヤキモキしながらラウラの事待っていたんだよ。いったいどこで、何してたの?」
アザリアも一緒になってラウラを責め立てる。ラウラはどう答えようか少し考え、ありきたりの言葉で逃げることにした。
「うーんと、人助け⋯⋯みたいな」
「「「みたいな?」」」
アザリア達は、煮え切らないラウラの言葉に三人揃って首を傾げる。
「ラウ様! もっとちゃんと言って下さい、こっちは一晩中寝ないで待っていたんですからね」
「そうですよ⋯⋯って⋯⋯怪我しているじゃないですか! まったくもう、ここに座って下さい」
アリーチェは強引にラウラを座らせ、腕や足の傷を手当てしていく。ラウラは諦めにも似た境地で、なすがままにされていった。
「結構、深い傷もあるね。本当に何をしていたの?」
アザリアが真剣な表情で、治療の様子を覗き込むと、ラウラはいつもの快活な笑みを返す。
「そんな心配するような厄介事じゃないよ」
ラウラはそう言って、アザリアにだけ目配せした。
「カロル、アリーチェ、治療が済んだら、ラウラを私の部屋に寄こして。ちょっとお説教よ」
アザリアはそう言い残し、自室へと向かう。カロルとアリーチェは少し心配そうにラウラに向き直ると、ラウラは肩をすくめて見せた。
「治療ありがとう、ちょっと怒られてくるよ」
そう言って、ラウラは席を立ち、アザリアの後を追った。




