そのパーティーは遠い出口を目指す Ⅱ
グリアムに声を掛けられた、アタッカーばかりの五人組パーティーは、反射的に振り返る。関わりあいになりたくないのは、その表情からすぐに読み取れた。
厄介事はゴメンだとばかり、足早に立ち去ろうとするパーティーに、グリアムは再び声を掛ける。その姿にラウラでさえ、微妙な表情を見せた。下へと急ぐパーティーに薬をねだるのは、マナーに反する。自分達がギリギリの状態なのは分かるが、ここはダンジョンであり、自己責任の世界だ。
「ま、待ってくれ。薬を分けてくれとか、そんな話じゃない」
予想に反する言葉に、リーダーらしき男は、グリアムに怪訝な瞳を向ける。グリアムの隣でラウラも、少し驚いた顔を見せた。薬を分けろという話以外に何があるのか、ラウラにも思い当たる節は見当たらない。
深層で【忌み子】との遭遇。それだけで向こうのパーティーにしてみたら、幸先いいスタートを切ったとは言えない。しかも、いきなり声を掛けられるとは、思ってもいなかったはずだ。
「な、なんだよ。急いでいるんだけど」
「分かっている、すまん。ひとつ頼みを聞いてくれねえか。とりあえず聞いてくれるだけでいい。なぁ、頼むよ」
グリアムの言葉を訝しがるリーダーらしき男は、自身のパーティーメンバーと顔を見合わせる。
「ロイ、サッサと行こうや。あんたらには悪いが、ワシらは急いでおる。他を当たってくれや」
大きな戦鎚を背負うドワーフは、不機嫌を隠さず言い放つ。忌憚の無い言い方は、いかにもドワーフらしい。
「分かっている! 聞いてくれるだけでいいんだ、頼むよ」
重傷者を背負う【忌み子】の必死の懇願に、リーダーらしき男は困惑しかない。隣にいるラウラでさえ、グリアムの言葉に困惑しかなかった。
グリアムさん、何をしたいのかな?
「ああ! もう、分かったよ。話を聞くだけだぞ」
「ああ。ありがとう」
「で、何だよ」
「オレ達を上まで護衛して欲しい。あんたら紋章持ちってことは、B級だよな。ここからオレ達を上に運ぶのなんてわけないだろ」
「はぁ? おまえ、何言ってんだ? オレ達はこれから下に潜るんだぞ、話は終わりだ。悪いな」
「待てって。もちろん無料でなんて言わん。こいつをあんたらに報酬として渡す。どうだ?」
グリアムはそう言って、ラウラを引き寄せた。
「え? どういう事?? さすがに私イヤだよ、売られるのなんて」
ラウラは戸惑いながらも、怪訝な表情でグリアムを睨む。
「ちげえよ、そんな事するわけねえだろ。こいつだ、このベヒーモスの外套を報酬として渡す。どうだ? あんたら、こいつが喉から手が出るほど欲しいんじゃねえのか?」
「おい、これ本物だぜ! マジでくれんのか」
リーダーの横にいた軽装備の男が、ラウラの纏う外套に手で触れる。その目は爛々とした輝きを見せ、興奮を隠せないでいた。
すれ違いざまにグリアムの目に映った鎚の紋章。既視感を覚えたグリアムは、反射的に声を掛けた。
見覚えのあるその紋章に、一縷の望みを託す。駆け引きも何もない。これでダメなら仕方がないとダメ元での声掛けだった。
だが、グリアムの中で、少なくない勝算も存在していた。
「こいつが無くてB級で足踏みしてんだろ? ここにある全部とはさすがに言えないが、こいつだけでもショートケープに作り直せば二人分になる。今日の報酬としては悪くないはずだ」
リーダーは顎に手を置き、下へと続く道とグリアムを交互に見やり、悩む姿を見せている。ラウラは、グリアムの言葉に驚き過ぎて固まっていた。パーティーを助ける為に、超レアアイテムをあっさり手放すなんて、ラウラは聞いたことがない。
(ラウラさん、これが高いことは聞いてますけど、そこまでの物ですか? 薬を分けて頂ければ、いいのではないですか?)
固まっているラウラの耳元で、サーラが囁く。ラウラは突然の囁きに固まっていた体と思考が動き出す。
(いやいや、サーラちゃん、ベヒーモスの外套って、そこまでの物と言うか、それ以上の物だよ。この数を簡単に揃えられるグリアムさんが、おかしいんだって。金額もあるけどさ、単純に物が出回っていないんだ。ベヒーモスの出現する26階より下に潜れるパーティーが、限られているからね。あの子の為にあっさり手放せるグリアムさんが、凄すぎなんだよ)
驚きを隠さないラウラの姿に、サーラも驚いて見せる。
(そうなのですか?! さすが師匠)
(ね。それと薬は基本、他のパーティーにはあげないんだ。もちろん、例外はあるけど。昔は助け合いの精神があったから、薬をあげたり、貰ったりって、当たり前だったらしいけど。だけどさ、どこにでも悪いやつらがいて、分けて貰った薬を売って金に換えるやつが現れたんだよ。そうなると、楽に稼げちゃうからマネするやつらが、たくさん出ちゃったんだって。そりゃそうだよね、モンスターと戦ったりしなくていいんだもん、楽ちんだよ)
ラウラの話に真意を汲み取り、サーラは大きく頷いた。
(なるほど。それでパーティー同士、どんどん疑心暗鬼になっていて、薬をあげたり、貰ったりしなくなっていたのですね)
(そういうこと。今じゃ、薬を分けてくれって言うのすら、マナー違反って感じ。だから、この間グリアムさんが、有無を言わさず薬をくれたでしょう。あれは嬉しかったよね。治るわけじゃないけどさ、運ばれている仲間が楽になるもの)
(いやぁ~、さすが師匠。でも、師匠って何者なのでしょうか? ただのシェルパじゃないですよね)
(ね、どうなんだろう。でもきっと、いつかみんなに話すよ。今は、今まで通り、導いて貰えばいいんじゃないの)
(はい、一生導いて貰います)
(一生はどうかと思うよ⋯⋯)
ラウラはサーラに苦い笑いを返すと、悩んでいるリーダーに向き直った。グリアムは黙って、答えが出るのを待っている。その姿は、答えはすでに決まっていると言わんばかりの落ち着きを見せていた。
「確かに、そいつは喉から手が出るほど欲しい物だ。だが、確証がない。上に着いた途端、のらりくらりと躱されて、手に入りませんでしたってなったら、昨日からの準備が水の泡だ」
「そこは信じてくれとしか言えん。ここで手渡して、バイバイされたら、それこそこっちは手詰まりだ」
互いに言っていることに間違いはなく、答えは平行線をたどり始めてしまった。互いが納得出来る答えが見つからず、互いの希望だけがひとり歩きを始めてしまう。
そんな状況にラウラは肩をすくめると、ベヒーモスの外套をまくり胸の紋章を露わにした。
「女神アテナの横顔!? え? あんたら【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の人間なのか?」
驚愕の表情を浮かべるリーダーの男に、グリアムはすぐに否定する。
「あ、いや違う、違う。彼女は今回たまたま手伝ってくれただけだ」
「【ノーヴァアザリア】のラウラだよ。万が一君達が外套を貰えなかったら⋯⋯ま、そんな事ありえないけど、ウチにある分をあげるよ。これでどう?」
「どうって⋯⋯」
【ノーヴァアザリア】の名に、後ろに控えているメンバー達もざわめき始めた。リーダーの男も突然のラウラの言葉に驚きしかなく、思考が停止してしまい、戸惑いしか見せない。
「ラウラって、ラウラ・ビキだよな。本物か?」
ベヒーモスの外套を愛でていた軽装の男が、訝しげな視線をラウラに向けた。
「本物だよ~。あ、ほらほら⋯⋯」
ラウラはそう言って、タグを胸から引っ張り出して見せる。そこにはしっかりラウラ・ビキの名と、A級の刻印が刻まれていた。
「いや、マジでA級だ。初めて見たよ⋯⋯」
そのタグを見つめる瞳は、再び爛々と輝きを見せ、A級への憧れを隠せない。
それは後に控えているメンバーも同じ。そのざわつきに、A級への渇望を隠せないでいた。
「はぁ~分かったよ、あんたの話に乗った。上まであんた達を運んで、そいつを頂こう。確かに報酬としては旨すぎるからな」
「ありがとう、助かるよ。おい、ヴィヴィ」
グリアムはヴィヴィに顎で挨拶を促すと、ヴィヴィは一歩前に出る。状況をいまいち把握しきれていないものの、グリアムの指すままに頭を下げた。
「【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のヴィヴィです」
「わ、私はサーラ・アムです。よろしくお願いします」
「【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】のロイ・ボールデンだ。よろしく」
「オレはティム・マーカム。あそこの不愛想なドワーフはカラ・バエス。無口でボーっとしてるのが、ニルス・バッグ、一番後ろで槍を持っている若いのがトッド・ロランだ。みんなB級、よろしく!」
【ベヒーモスの外套】に目を輝かせていたティムは、笑顔で仲間を紹介していく。その笑顔から、ティムの明るさが伝わった。
「グリア⋯⋯」
グリアムはヴィヴィの口をそっと塞ぐ。グリアムは口元に、ようやく笑みを見せた。だが、その力のない笑みは、安堵とともにどこか寂しさも感じ、ヴィヴィは素直に口を閉じた。




