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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その始まりは静かに

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その始まりは静かに Ⅲ

「⋯⋯分かった」


 ロビラは、落ち着いた口調とともに袋を開いて見せた。中を覗き込んだふたりは、その中身に困惑してしまう。


「はぁ? こ、これ??」

「はい」


 袋の中には見覚えのある小瓶が何本か。それと小さな袋が入っていた。

 シンはまったく想像していなかった物が見えたことに戸惑いをみせながら、真剣な表情のロビラの持つ袋から小瓶を取り出していった。オッタはシンの表情に首を傾げながら、小さな袋の方を取り出していく。


「これ、塩だよな? こっちは胡椒か? 他のは⋯⋯香辛料に⋯⋯これは塩? あ、砂糖か?」

「こっちはビンゴだぞ」


 オッタが取り出した袋の中には、見覚えのある薬包紙が詰まっていた。その中からひとつ取り出し、軽く振ってみるとカサカサと中に粉状のものが入っているのが分かる。


「瓶の方は、一度大婆(オーマ)へ渡して、みんなで分けるんだ。そっちの粉には【失恐粉】を少しばかり足して、地上人に渡すんだよ」


 ロビラは、悪びれる素振りも見せずに答えた。自分達が作った物で、何が起きているのかなど知る由もなく、そこに一切の悪意は見えない。

 ヴィヴィや、ディディア達の純真さは知っている。

 そして、ロビラからも同じようなものを感じ取れた。それ故に、その純真さにつけこみ、裏で糸を引いている者への苛立ちはさらに強まる。

 険しい表情を見せるオッタとシンを、ロビラはチラチラと様子見していた。何か悪い事をしてしまったのかと、オロオロと不安な様子を見せる。その姿を見たシンは、薬包紙をひとつ取り出した。


「おまえは悪くない。ただ、この粉のせいで壁の向こうは廃人だらけだ。こいつはオレ達で破棄する。調味料だけ持って帰るんだ。そして、今後粉の調合はしないことになったと、大婆(オーマ)に伝えろ。いいな」

「ええ⋯⋯あ、はい⋯⋯」


 ロビラは突然のことに状況がうまく呑み込めない。困惑するロビラの瞳をシンは真っ直ぐ見つめた。


「どうせすぐに上に行くんだ。もうこんなものは必要ない。だろう? 調味料なんて、上に行けば腐るほどあるぞ」


 ロビラは黙ってうなずいた。その姿にオッタは表情を崩す。


「ロビラ、おまえにこれをやる。シン、おまえのも出せ。これはこれからおまえにして貰うことへの手付だ」


 オッタは、腰の小さなポーチから携行食を数個取り出す。シンもそれに倣い、携行食を差し出した。


「こ、こんなにいいのか?」


 ロビラが目を丸くして喜ぶ姿に、シンは思わず困惑してしまう。


「こんなもんでそんなに喜んでもらえるなら、いくらでもやるよ」

「【龍の守り人】にとっては、めったにありつけないごちそうなんだよな」

「そうなんだよ。たまにダンジョン探索に行ったやつが、運よく拾ってくるしかないからね」


 両手いっぱいの携行食に、ロビラは目を輝かした。


「よし、契約成立だ。おまえはすぐに上に行きたいやつらを、いつでも行けるようにまとめておけ。オレ達も準備を急ぐ」


 テンションの上がったロビラに、シンはすぐにすべきことを伝えた。案の定ロビラは、勢いのままうなずいて見せるが、同時に不安も見せる。


「分かったよ。でも、大丈夫かな⋯⋯」

「大丈夫だ。ヴィヴィとディディア、ファビオが待っている」

「そっか。あいつらはもう上の生活に馴染んでいるんだね」

「ああ。馴染み過ぎるくらい馴染んでいるよ」


 オッタがわざとらしく肩をすくめて見せると、ロビラの不安が薄らいだ。


「おまえと連絡をとりたい時はどうすればいい?」


 ロビラは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに奥へと手招きする。


「こっち。念のため他の人に見つからないように気を付けて。地上人を見たらびっくりしちゃうから」


 オッタとシンは互いに目配せし、すぐにロビラの後をついて行く。

 ここは通常のダンジョンほど複雑な造りではない。時折、左右へ通路が続いている程度で、下へと続く回廊へは、ほぼ一本道だった。

 ロビラは少しだけ警戒を見せるが、オッタとシンが気後れするほど足早に進んで行く。


「ロビラ、そんなに雑に進んで大丈夫なのか?」

「アハ、大丈夫だよ。この辺りで人と会うことなんて滅多にないからさ」


 ロビラは、シンの心配を笑い飛ばす。

 考えてみれば、この広大なダンジョンには3、40人しかいない。となれば、潜行(ダイブ)中の他パーティーとすれ違うより確率は低くなる。


「おっと。この辺りから居住区だから、気を付けて進もう」


 ロビラが慎重な足取りを見せ始めると、オッタとシンはフードを深く被る。


(オッタ、何階だ?)

(21階)


 ふたりは耳打ちし合い、高くなった天井を見上げた。

 緩衝地帯(オアシス)のように、ダンジョンとは思えないほど明るく。小川のせせらぎが、オッタの耳に届く。


 なるほど。ここに水があるから、人が集まっているのか⋯⋯。


「こっちだよ」


 ロビラが左右を警戒しながら、ふたりを誘導する。

 横穴の入口を布で隠している箇所がぽつりぽつりと現れ、そこから人の営みの気配が感じ取れた。


「ここ」


 ロビラが布をめくり上げ、ふたりを中へと招き入れる。ふたりは頭を下げながら、入口をくぐって中へと入る。部屋は楕円状に膨らんでおり、意外に広く感じた。高い天井のおかげで圧迫感はまったくなく、寝床と必要最低限のものしかないのも、広く感じられる要因かも知れない。


「布が掛かっているところに人がいるってことか」


 シンは部屋の端々に目を向けながら、ロビラに確認を取っていく。


「うん。でも、空き穴もいっぱいあるよ。人が減っているからね。ここに人を招き入れたのも初めてだよ」

「そうか⋯⋯」


 地上と比べると、ここには何もない。比べることのできない【龍の守り人達】には、その感覚はないのであろう。


「ここに時間の概念ってあるのか?」


 シンが、部屋を見回しながら聞いた。

 ずっと【アイヴァンミストル】の輝きに照らされていたら、朝夕の区別などつかないと考えてしまう。


「あるよ~。ないと困るでしょう。ダンジョンが揺れて時間を教えてくれるんだよ。起きる時間。真ん中の時間。寝る時間⋯⋯ってね」


 随分とざっくりしているが、もうひとつのダンジョンの哭きは規則性があるということだ。普段、自分達が潜っているダンジョンの不規則な哭きとは違う。連動していないということは、別物と考えるべきなのだろう。


「いつなら連絡がつく?」

「う~ん⋯⋯寝る時間には必ずここにいるよ」

「今はどのあたりだ?」

「真ん中の時間が過ぎてちょっと経ったくらいかな?」


 ふたりは地上の時間を体感で照らし合わせた。


「オッタ。今、昼過ぎて三の刻くらいか?」

「あぁ、それくらいだろう」

「地上の時間と連動している」


 ふたりは頷き合うと、シンはロビラに向き直した。


「いいだろう、夜なら人に会うリスクも減らせるしな。近いうちにまた来る。その時までに、上に行きたいやつらをまとめておけ。そして薬はもう終わりだ、いいな」

「わかった」


 シンは返事の代わりにポンポンと肩を叩くと、外を覗き人の気配を探る。人の気配がないことを確認すると、通路に飛び出し一気に上へ向かう回廊へと駆け出した。


「ふぅ~」


 ロビラは、初めてづくしのことで緊張をしていたのか、ふたりの背中が見えなくなると肩の力が抜けていく。だが、大役を請け負ってしまった重圧(プレッシャー)から、表情は硬くなってしまう。


「よぉ!」

「だ、だれ?!」


 ふたりと入れ替わるように、左目に大きな傷痕のある犬人(シアンスロープ)が現れた。


「わりぃ、わりぃ、びっくりさせちまったな。あんた、()()薬を作っているんだろう? いい~話を持って来たぜ」


 犬人(シアンスロープ)は口元に笑みを浮かべながら、大仰に両手を広げ悪意を隠す。


「薬? それならもう作らないってさっき⋯⋯ていうか、あんた誰だよ?? いきなり人の穴に入り込んできてさ」

「だから、わりぃって言ってんじゃん。驚かすつもりはなかったんだよ」


 疑心暗鬼な表情で犬人(シアンスロープ)を見つめるロビラに、犬人(シアンスロープ)は、両手を広げたまま笑みを深め、言葉を続けた。


「さっきのヤツらは、作らなくていいって言ったのか⋯⋯まぁ、ちょっとした方向転換ってやつさ」

「あんたはシン達の仲間なのか?」

「うん? あぁ⋯⋯そうそう、仲間だ。あいつらに『やっぱり作ることになった』って、伝えようと思って必死に追いかけて来たんだよ。だけど、ほれ、慣れないところだからよ、見失っちまってな。ここからヤツらが、出て行くのが見えた⋯⋯って、わけさ」

「ふぅ~ん。追いかけて来たのか」


 ロビラの警戒心が少し薄れていくのを感じ取ると、口元の笑みは厭らしく歪んでいった。


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