その始まりは静かに Ⅰ
会合から数日——————
あれからルーファス陣営に大きな動きはなく、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、静かな日常を送っていた。
「マノンー! これって、ここでいいのか?」
「大丈夫です! ありがとうございます、リーさん」
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】から、護衛のために来てくれたのはセカンドパーティーの犬人、リーダーでもあるシャノンと、猫人のリー。薬の解析に奔走しているルイーゼに対抗して、リーは護衛任務に自ら立候補した。
だが、護衛とはいうものの、そう簡単に襲撃などあるわけもなく、マノンの雑用を手伝ったりしながら平穏な日々を送るだけで緊張感のない日々が流れていた。
「ねえ、シャノン。もう慣れた?」
居間のソファーでだらけているヴィヴィが、テーブルで休んでいるシャノンに声を掛ける。だらしない姿のヴィヴィに、シャノンはまず、カップに口を付け、微笑んだ。
「さすがにまだ慣れたとまでは言えないな。でも、いい本拠地だ」
「ふふ~ん。でしょ」
「元々、ここは宿屋だったのだろう? 湯浴み場が広いのがいいよな」
「【ノーヴァアザリア】のは、小さいの?」
「そうだな。小さいのがひとりひとりに、あてがわれているんだよ」
「普通の家みたいな感じだ」
「そうそう。あとここは、ご飯が美味しい」
そう言うと、シャノンがまた微笑んで見せた。
他愛のない会話で、午後のひとときを過ごしていると、テールがむくっと頭をもたげ、何かを感じ取ったのであろう、顔を玄関に向けた。
「ただいまー!」
玄関から聞こえた声に、だらけていたヴィヴィも体を起こした。
「イヴァンだ!」
「ただいま⋯⋯って、あれ?? シャノンさん?? なんでここに??」
「やあ、久しぶりだね。ウチのリーダーの提案でね、本拠地の護衛の手伝いに来たよ」
「護衛⋯⋯」
『護衛』という緊張感のある単語に、イヴァンの表情が引き締まる。
「まぁ、そう硬くなるな。何も起こってはいないよ」
シャノンはイヴァンの緊張を解こうと表情を緩めると、玄関の気配を感じたサーラが自室から下りて来た。
「あ、リーダーおかえりなさい。予定より早くないですか?」
「向こうが思いのほか順調だったんだ。それでサーラ、こっちの状況は?」
「そうですね⋯⋯」
サーラが会合での内容を簡潔に伝えていく。イヴァンは真剣な表情で耳を傾け、時折、考える素振りを見せた。常識を覆す真実と、見えて来ない真実に、イヴァンの表情は冴えない。
「ルーファスのヤツ、なかなか尻尾を見せないね⋯⋯そういえば、グリアムさんは?」
「師匠は鍛冶屋さんに呼ばれて出ています。何か、お願いしていた物が完成したらしいですよ。それで、リーダーの方はどうですか?」
「こっちは大丈夫。首尾は上々だよ」
自分の動きに対して、イヴァンは自信を見せた。
□■□■
「よっ! 来たな、来たな! ハッハハハ!」
グリアムが【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】の入口をくぐると、リーダー兼店長のロイ自ら上機嫌で待ち構えていた。その圧に気後れしながらも、グリアムは店のカウンターの前に立った。
「出来たんだな」
グリアムの言葉に、ロイはニヤリと自信に満ち溢れた笑みを口元に湛えた。
「ああ。こいつはすげぇぞ」
ロイはそう言って、カウンターに一枚のインナーシャツを置いた。純白の何の変哲もないシャツをグリアムはそっと手にする。
「うぉ! えらい軽いな」
「ハッハァ~だろう~」
ロイは目を丸くするグリアムに、さらに得意になって見せる。
グリアムが預けていた大蜘蛛の糸で製作した装備が完成したと、早駆けが届くとグリアムはすぐに【ノイトラーレハマー】に足を運んだ。
手ぐすねを引いて待ち構えていたロイが差し出したインナーは、非常に軽量で優しい手触りをしている。それは防具として成立しているのか、不安になるほどのしなやかな作りだった。
「これって大丈夫なのか? これじゃただの肌着じゃねえか」
その質問を待っていたかのように、ロイはナイフでインナーを斬り裂こうと振り下ろす。鋭い刃はインナーを撫でるだけで、ほつれひとつ起こさない。それでもグリアムはまだ懐疑的な視線を向け、もう一度斬り付けろとばかりに、両手でしっかりとインナーを持ち直した。
ロイはもう一度ナイフを振り下ろす。本気で斬り裂こうとする勢いが、その刃にはあった。
「ハイミスリル製だぜ」
やはり、ほつれひとつ起こさない強度を見せ、それを誇るかのようにロイはナイフをチラつかせると、得意げに言葉を続けた。
「斬撃、氷、炎、どれにも無類の強さを見せる。弱点は打撃にすこぶる弱いってところだ。だからよ、答えは簡単だった。鎖帷子のかわりにインナーにすればいいってな。でも、ここからが大変だったんだぜ。まぁ~切れねえ。編み込むのはわけねえんだが、裁断にホント苦労したよ。だが、おかげで最高の物ができた」
最高の物と言い切るロイの自信が、言葉の端々から伝わる。
「鎖帷子のかわりか⋯⋯重さは下手したら鎖帷子の十分の一くらいか? スピード特化型のウチにはもってこいだな」
「十分の一じゃきかねえよ。もっと軽い」
「たしかに⋯⋯そうかもしれんな」
グリアムは今一度大蜘蛛製のインナーを掲げ、その性能と汎用性の高さに感心した。
「重量級のオレ達は、こいつを大楯に仕込んだ」
ロイはそう言うと、カウンターに大盾を載せていく。カウンターが軋むんじゃないかと思うほどの重厚さを見せる大盾だが、ロイは軽々と扱って見せた。
「重くないのか?」
グリアムが少しばかり驚いて見せると、ロイは待っていましたとばかりに、得意満面に口角を上げる。
「この糸のおかげで、打突だけを考えればいい。むやみに分厚くする必要はねえ。多少、ひん曲がってもこっちに届かなきゃいいんだからな。だが、軽すぎてもダメだ。吹っ飛ばされないように踏ん張るためには、重さも必要だ」
「⋯⋯そうか」
大盾など使うことのないグリアムに、ロイの熱量は伝わっていないようだった。
「そうなんだよ。盾のバランスが肝でな、上は重くせず、下に重さを集中させることで踏ん張りが利くようにしているんだぜ。それでな⋯⋯」
「あぁー! わかった、わかった。すげぇ盾ができたってことだな」
「すげえってもんじゃねえんだよ! 盾界の革命だぜ!」
「そうか、そうか。そいつは良かった」
「【ノーヴァアザリア】のベニートとも情報共有して、最高の物ができた!」
「お、おお⋯⋯そうか⋯⋯んじゃ、こいつをありがたく頂いてくぜ。ありがとな」
カウンターに積まれた大蜘蛛のインナーを、ひったくるように袋に詰め込むと、グリアムはあの熱量にはついていけないと、逃げ出そうと踵を返す。
「お! ちょっと待った。そのインナーを使うなら、装備の強化したらどうだ? 多少重くなっても、トータルで軽量化できて、耐久性ができるなら使い勝手はかなり増すぞ」
「商売上手だな。近いうちに装備一式預けるよ」
「ハッハァ~毎度!」
グリアムは、背中越しに軽く手を上げて店をあとにした。
製作してもらった大蜘蛛のインナーは、間違いなくS級の代物で、満足できるできだ。
【ノーヴァアザリア】と情報共有したってことは、向こうでも大蜘蛛の糸を使った装備が完成しているってことか。
地味な装備ながらも、その効果は絶大だと【ノイトラーレハマー】の看板を見ながら、フっと笑みをこぼした。
「しかし、『盾界』ってなんだよ? そんな界隈聞いたことねえぞ」
だれに言うでもない悪態をつきながらも、装備のできに満足したグリアムの表情は晴れやかだった。
□■□■
正体を隠すように外套で体を包む、小柄なエルフが緩衝地帯にたどり着こうとしていた。
失速することなく一気にダンジョンを駆け下りる姿は、手練れの様を見せつけた。
(本当にノーラか?)
(間違いない)
狼人が兎人に不安を耳打ちするが、兎人は自信に満ちた答えを返した。




