その真実と不穏 Ⅳ
「サーラ様、何かご存知なのですか?!」
これにはパオラも驚きを隠せず、新たな情報に期待のこもった熱い視線をサーラに向ける。対して向けられたサーラは苦笑いで、その熱い視線を受け止めるしかなかった。
「その⋯⋯まずですね、普通にしているぶんには【アイヴァンミストル】は安全です。普通に採取するのも、使用するのも、問題になりません。問題なのは⋯⋯なんと言えばいいのか⋯⋯【アイヴァンミストル】の芯に当たる部分。中心部に問題があります」
「ど、どういうことですか? なぜ言い切れるのですか? 実証実験でもされた情報が、どこかにあるのですか??」
パオラの興奮は止まらず、矢継ぎ早に質問攻めをする。止まらぬパオラに圧倒されながら、サーラは説明を続けた。
「パオラさん、落ち着いて! 今から説明します。【龍の守り人】の儀式に使用する失恐薬という薬があります。こちらは、これから死に向かう人の恐怖を麻痺させ、祭儀の場といえば良いのでしょうか、そこから動けなくしてしまう薬だそうです」
「その薬の材料が【アイヴァンミストル】⋯⋯」
「その通りです」
パオラの中で点と点が繋がっていくと、ようやく落ち着きを見せ始めた。先ほどまでざわついていた者達も、パオラと同じように言葉を発することなくサーラの言葉に絶句し、互いの様子を窺い合う。
「ただし、私達が普段触れることのない中心部分が材料となり、そのまわりにあたる部位に問題はありません」
「中心部というのはどのくらい中心なのでしょう?」
「ごめんなさい、そこまでは分かりません。ただ、【龍の守り人】の方々の中では常識らしく、割れた【アイヴァンミストル】に対して、とても警戒した姿を見せていました」
「割れると真ん中が剥き出しになっちゃうからね。気を付けないといけないんだよ」
ラウラの言葉にヴィヴィが我が物顔で言葉を加える。
「でもあれね、【アイヴァンミストル】を採取している潜行者や、加工職人から、何か症状が出たという話を聞いたことがないわ。ユーリアはあって?」
「いや、ないですね。話が表に出ていないだけかも知れませんが、出たとしても、隠れてしまう程度の数しか出ていないってことですよね」
「これだけ生活に根付いていて、実害はほぼゼロ。混乱を避けるためにも、公表は控えた方がいいのかしら?」
バルバラとユーリアはギルドの立場から頭を悩ませていると、グリアムはその様子に仕方ないとばかりに口を開いた。
「【アイヴァンミストル】自体に問題がねえのは、潜行者や、ダンジョンで暮らしているやつらが証明している。だからギルドが焦って動く必要はねえ。下手に動くとこっちの動きが向こうに悟られちまう」
「私も師匠と同意見です。それより気になるのは、ルーファス陣営がこのことを、どうやって知り得たかです。薬学や医療に精通しているバルバラさん達も知らず、学者の端くれである私も、こんな話は聞いたことがありませんでした」
サーラの言葉によって広間を疑問符が埋め尽くし、ざわめきが止まらない。
「ヴィヴィさん、その失恐薬というのは、どうやって作っていたの?」
「アザリアごめん、知らないんだ。守り人の中でも知っているのは、ひと握りだと思う。私達が教えられていたのは、割れた【白剰石】⋯⋯【アイヴァンミストル】を触っちゃいけない、ってことだけ。片付ける時は必ず、大人を呼ぶことって」
「そうですか⋯⋯まぁ、そうそう割れるものではありませんものね」
疑問には答えられていないものの、アザリアは一定の納得を見せていく。この場にいる者達が皆、難しい顔している中、サーラはひと一倍、険しい顔をしていた。
「サーラちゃん、険しい顔してどうしたの?」
「ラウラさん、これだけ話していて、ルーファスの顔が見えてこないというか⋯⋯彼はいったい何がしたいのでしょう?」
サーラの問い掛けに、だれもが沈黙してしまう。こうなると分かっていたのか、サーラはそのまま言葉を続けた。
「【ライアークルーク(賢い噓つき)】は、お金儲けのために運び屋をやっています。でも、ルーファスは【アイヴァンミストル】の買い取りに回すお金のためにやっていました。私腹を肥やすとかではなく⋯⋯なぜルーファスが、そのようなことをしていたのでしょう?」
「そりゃ、おまえ、ギルドの人間だから⋯⋯だろう?」
グリアムは答えておきながら、言っている途中で答えになっていないことに気が付いた。
「ルーファスじゃなくても良い⋯⋯金商省の方がやるべきことではないですか?」
サーラの投げかけた疑問は、ルーファスの行動の不可解さを際立たせる。やらなくとも良い仕事を、手を汚してまでやらなくてはいけない理由が見つけられないでいた。
「あのとき、ギルド長の一声で、買い取り額を上げることが決まった。ヨシフ⋯⋯金商省の総長は、予算の確保が難しいと、買い取り額のアップに難色を示していた。そこに、ルーファスがかわりにやると手を上げた⋯⋯」
バルバラが、あの時の会合を思い出しながら言葉を紡ぐ。その言葉にサーラは、さらに表情を険しくさせ、見せたことのない厳しい顔を見せていた。
「え?! 買い取り額のアップってギルド長の提案だったのですね。ということは⋯⋯」
「ルーファスの後ろにギルド長がいる」
グリアムもまた厳しい表情を見せる。ギルド長、つまりギルドそのものが、後ろで操っていた可能性に重い沈黙が流れる。
「その可能性を考慮しなくてはいけませんよね」
サーラはグリアムに大きく頷いて見せ、グリアムはことの重大さに天井を仰いでしまう。そんな中、バルバラはひとり違う思いを抱いていた。
「でも、ギルド長が裏で糸を引いているというのは、何かピンと来ないわ」
「なぜですか?」
バルバラがグリアムやサーラに、反対意見を口にするとアザリアが困惑を見せる。アザリアだけでなく、他の者達も、バルバラの言葉に眉をひそめ、その言葉に納得していなかった。
そんな空気にバルバラは、嘆息混じりに答えた。
「あの爺さんは、ギルドの存続しか考えていない。ギルドが存続するには、街の繁栄は必須。その為に【アイヴァンミストル】が足りないなら、ギルドがお金を出してでも集めましょう。って、考えただけよ。だってあの爺さん、ギルドの財務状況なんて、気にも留めていないもの」
この中で、ギルド長と繋がりがあるのはバルバラだけだ。そのバルバラの言葉を信じるなら、街の繁栄とギルドの存続しか頭にない純粋な男となる。バルバラがここで嘘をつくメリットがあるわけもなく、嘘をついている雰囲気もない。そうなると、ルーファスの動きについて、疑問が強まるだけだった。
「⋯⋯ルーファスが見えなさ過ぎて不気味だね」
笑顔のすっかり消えた鋭い眼光を放つラウラが、口元を覆いながら呟く。その言葉が全員の思いを代弁していた。
答えの見えない雰囲気を掻き消そうと、アザリアが口を開く。
「そうそう。グリアムさん、差し出がましいかもしれませんが、【ノーヴァアザリア】から、何人か【クラウスファミリア】の護衛に回そうかと思うのですが、いかがでしょう?」
「そらぁ、願ったり叶ったりだが⋯⋯サーラ、だとよ。どうする?」
「非戦闘員を抱えているので、とても助かります」
サーラはアザリアの提案を素直に受け入れる。
「⋯⋯では、私が⋯⋯」
「ちょっと、ちょっと、リーダーが本拠地を空けちゃダメでしょう! ここはどう考えても私でしょう!」
「私がいなくとも、ラウラがいれば問題ないでしょう」
「何言ってんのさ、ダメに決まってるじゃん」
「おいおい、ふたりともダメだろうが、他に適任者がいるだろう」
睨み合うアザリアとラウラの間にグリアムが割って入り、混乱を治めようと必死になった。
「はいはい、ふたりともナシ。私達が行くよ。【クラウスファミリア】さん、いいかな?」
セカンドパーティーのリーダーである犬人のシャノンが、アザリアとラウラに呆れながら手を上げてくれた。
「もちろんです! よろしくお願いします」
サーラが勢いよく頭を下げ、アザリアとラウラはすごすごと引き下がる。
「⋯⋯シャノン、しっかりやって来てね。さて、考えても答えが出ないことは後回しにして、やれることからやっていきましょう。まずはシン、オッタさん、ルーファス陣営の動きをノーラから探って貰える?」
ふたりが黙ってうなずくと、会合は幕を閉じた。




