その再会は戸惑いを運ぶ Ⅲ
アクスが戻り、医療棟に入院しているという情報はギルドのだれしもが知る事実となる。業務を粛々と遂行しながらも、しばらく行方不明だったアクスの帰還は、ギルド内を浮き足立たせた。
特に医療棟に従事する者達は、アクスがいるとされている個室の前を通る度に、ソワソワと扉を覗き見していく。
アクスの身に何が起きたのか?
戻るなり、病室に隔離状態となってしまったアクスの身を、慮る者もいれば、根も葉もない噂を流す者もいる。とはいえ、それを含めて想定内のことではあった。
夕闇が訪れ、ギルドから喧騒は消えていく。仕事に従事していた者達も、当直を残して帰宅の途についてゆく。
「ユーリアさん、あの⋯⋯この部屋の方はどうすればよろしいですか?」
ユーリアは、女性のエルフに、少し心もとない感じの声を掛けられた。
「あ、ここはいいよ。知っての通り特別だからね。バルバラさんが直接診るんで大丈夫。君は他の方をしっかりお願いね」
「はい。失礼します」
ユーリアの言葉に安心したのか、頭を勢いよく下げて業務へ戻っていった。ユーリアは去っていく背中にヒラヒラと手を振りながら、表情を引き締める。
「これでいいんだよね?」
ユーリアの問い掛けに答えてくれる者はいなかった。
暗い廊下の燭台に明かりが灯り、夜の訪れを告げる。ユーリアの足音だけが長い廊下に響き渡り、長い夜の訪れを告げていた。
□■
月明かりが大きな窓から、ベッドを照らす。
ベッドの主は眠っているのか、微動だにしない。ギィっと窓が静かな音を鳴らすと、薄いカーテンは風に揺れ、月明かりが人影を映した。そして、握り締めたナイフが月明かりに照らされた瞬間、ベッドの上へと勢いよく振り下ろされる。
ドスっと布団を突き破る刃の鈍い音は響くことなく、人影はナイフに体重を乗せたまましばらく動かなかった。そこには、一撃で確実に仕留めるという強い意志が込められている。だが、ナイフから伝わる違和感に、人影は身をひるがえそうと体を起こした。
「⋯⋯おっと、そこまでだ」
月明かりに浮かぶ長い耳のシルエットが、人影を頭から押さえ込んだ。そしてそこにグリアムが飛び込む。その手に握るランプの灯りが人影を映し出すと、その姿が露わになった。
「こいつは驚いた。大物が釣れるとはな。てっきり、三下を使ってくるかと思ったけど⋯⋯まさか自分で尻ぬぐいに現れるとは、見直したぜ、エーリッヒ」
ランプの灯りに目を背けるエーリッヒに、グリアムは見下すかのように冷ややかな瞳を向ける。
「シッ!」
そして、押さえつけられているエーリッヒの顔面スレスレに、ナイフを突き立てた。ランプの灯りに照らされる自身の姿が、突き立てられた刃に映る。言葉を発することのできないエーリッヒは、突き立てられたナイフとグリアムを交互に見やった。
その姿にグリアムは、布団をめくって見せた。そこにアクスの姿などなく、空いた穴から羽が飛び出している丸められた布団が現れた。
「ここにアクスはいねえよ、バーカ。こうも簡単に釣れるとは、手間が省けていいや。襲撃してきたバカを絞り上げて、オマエに辿り着こうと思っていたが、まさか自分で来るとはな」
グリアムはエーリッヒの眼前で、わざとらしく冷笑を深めて見せた。
「なぁ、なんでコイツは、さらわずに殺そうとしたんだ? 情報を得たいんじゃなかったのか?」
オッタが押さえ込む手に力を入れ直しながら、グリアムに疑問を投げかける。
「アクスがここに来たということは、情報はすでに漏れていると考えたんだろう。だから次は、見せしめのために殺そうとしたんじゃねえのか……違うか、エーリッヒ?」
「おっさん、連れて来たぞ」
グリアムとオッタの表情に厳しさが増したところに、ルカスが病室へ現れた。その後ろにバルバラと側近のふたり、ユーリアとルゴール、そしてミアと見たことのない若い女のエルフが、息せき切って飛び込んできた。
「えっ?! 本当に⋯⋯」
オッタに押さえつけられているエーリッヒの姿に絶句する女のエルフの肩に、ミアがそっと手を置いた。
「ロイン、信じられないと思うけど、これが現実よ。【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】も、このことは存知している」
「話は聞いていたけど、目の当たりにするとさすがに⋯⋯」
「知らねえ顔だな」
ふたりのやり取りに、グリアムはチラリと視線を送り、口を挟んだ。
「あ、グリアムさん達は初めましてですね。こちらは【ノーヴァアザリア】を担当しているロインです」
グリアムは返事の代わりに、エーリッヒに視線を向き直す。
「コイツは、どうする?」
ルカスが、押さえつけられているエーリッヒを覗き込んだ。
「汚れ仕事をギルドの人間に押し付けられねえしな。こっちで片付けるか。ルーファスが裏で糸引いているのも、これで確実になったわけだし、何よりギルドの人間が、この現行犯を目撃している」
グリアムはそう言って、ミアやバルバラ達に視線を向ける。視線を向けられたバルバラが軽く頷いて見せると、グリアムは言葉を続けた。
「コイツがアクスを殺しに来た裏には、間違いなくルーファスがいる。コイツ自身が、何よりの証拠なんだろう」
「んじゃ、コイツ用済みじゃん」
「わ、私の独断だ! ルーファス様は関係ない!」
「うるせえな、病室ではお静かにだ」
グリアムは突き立てているナイフを、エーリッヒの頬にあてた。刃の冷たい感触に、エーリッヒは息を飲む。
「お! そうだった。テメェにはもうひとつあるんだよ」
グリアムはナイフを向けたまま、胸ポケットから薬包紙を取り出すと、エーリッヒの眼前に投げ置いた。
「それ何? 薬?」
医療棟に従事しているバルバラ達は、見たことのない薬包紙を、怪訝な表情で覗き込む。エーリッヒが薬包紙から視線を逸らす姿を、グリアムは冷ややかに見つめていた。
「エーリッヒ、知らねえとは言わねえよな。こいつはな、緩衝地帯でバラ撒かれている快楽薬だ」
「どういうこと?」
困惑を深めるバルバラに、グリアムはナイフを抜いて向き直る。
「どうもこうも、コイツらがバラ撒いているんだよ。緩衝地帯の中毒者共の数は、ヤベえことになっている。上にいたんじゃ想像できねえほど、荒んでるぞ」
グリアムの冷静すぎる物言いが、逆にギルドの人間の心拍数を上げていく。
「毎日のように行っているから分かるんだよな。日に日にヤバくなっているぜ。今じゃ、終わってる野郎共であふれ返ってる」
ルカスがグリアムの言葉に付け加えると、ギルドの人間はみるみる深刻な表情になっていった。
ギルドの人間にあるまじき行為。
それに手を染めた者を目の前にして、どういう反応をすればいいのか、混乱すら見せていた。聞いたことのないギルドの人間による不正行為に、どう反応すればいいのか混乱を生んでいた。
薬包紙を見ようともしないエーリッヒの髪の毛を、グリアムは乱暴に掴み、力ずくで薬包紙へと向けていく。
「おまえが、【ライアークルーク(賢い嘘つき)】を通じて快楽薬をバラまいているのは、確認済だ。【ライアークルーク】の本拠地のそばにある林の奥で、【ライアークルーク】の犬っころにコイツを渡し、犬っころは同僚の猫にコイツを託した。そして、その猫が緩衝地帯のぼったくり酒屋に納品だ」
グリアムの言葉に、さすがのエーリッヒも動揺を隠せない。視線を忙しく動かし、落ち着きを失っていく。
「何でバレた? って感じだな。ずっと尾けてたんだよ。アクスが消えた時からな!」
グリアムは怒りのまま、ナイフをエーリッヒの顔面スレスレに再び突き立てた。行き場のない怒りをその刃に乗せる。
「今すぐぶち殺してやりてえが、ギルドの手前、止めといてやる。ここがギルドで良かったな」
アクスに対する悪行を思い出す、グリアムの殺意は本物だった。その殺意を咎める者はいない。それが逆に、グリアムを踏みとどまらせる。
「⋯⋯いち側近でしかねえオマエが、こいつを精製してバラ撒けるとは思えん。ルーファスが裏で糸引いてるんだろう」
「違う!! 私の独断⋯⋯ゴフッ」
グリアムの拳が、エーリッヒに振り下ろされる。今までの怒りを込めての拳は強烈な一撃となり、エーリッヒの頬はすぐに腫れあがり、口元から血が流れ落ちた。
「うるせえな。病室では静かにしろって言ってんだろうが。あとな、テメエの汚ねえ血で、シーツを汚すな」
アクスを誘拐したというだけでも衝撃的だったところに、快楽薬の元請けまでしていたとなれば、ミアや今日話を聞いたばかりのロインなどは理解の範疇を優に超えていた。言葉を失い、グリアムとエーリッヒのやり取りを呆気に取られながら見つめることしかできない。
「しかし、まぁ、随分と儲けてんだろう。ギルドの給金ってのは安いんか? それとも、何か悪だくみでもしてんのか?」
グリアムは、エーリッヒの顎を乱暴に掴み上げ、自分の顔を寄せていく。その横で、バルバラは何か引っ掛かったのか、考え込む姿を見せていた。




