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ろくじゅう
忘れ物を教室まで取りに戻った夕方
扉を開ける直前に、中から一人泣きながら飛び出していった
何もなかったかのような静かな教室
不躾にも教卓に座った彼は不気味なほど優しい表情をしていた
「彼女は僕が好きだといったが、僕は彼女が嫌いなんだ」
独り言のような小さな声だったが、誰もいない教室では良く聞こえた
僕は無言で机の中から財布を取り出してポケットに入れた
なんとなく1000円札1枚を抜いて、逆ポケットに押し込んだ
彼の独り言は終わらない
「そして、君のような人間はもっと嫌いだ」
足を前後に揺らしながら座ったままの彼が真っすぐに僕を見つめる
「純粋な偽善は善に違いないが、君は小さな悪を偽善に混ぜる」
僕はゆっくりと教卓の前まで歩みを進め、静かに正対する
「天秤はどちらに振れるのかな」
挑発的な彼に微笑んで、僕は聞き取りやすい声で答える
「バランスが取れていないと僕は真っすぐに歩けないんだ」
「いいね」
彼は両手を叩きながら壊れたように笑い続けた