アメリ2
「どいつが暴れまわっているのかと思えば、まさかアンタだったとは驚きだよ」
女はそう言ってまたタバコの煙を吹かした。この女とアメリはどうやら面識があるらしい。一体どういう関係なのか本人達に問いたいところだが悠長に話している時間はなさそうだ。攻撃線のカウントダウンがすぐそこまで迫っている。銃撃が始まる。今はこの場を切り抜けなければならない。
「男の方は殺しな」
「了解」
チンピラたちがカイトに狙いを付ける。カイトは放心状態のアメリの首根っこを掴むと後方へと投げ飛ばす。それと同時にチンピラたちの銃の引き金が引かれた。閃光と爆音ととともに銃口の先から放たれた弾丸は何の異常もなく火薬に弾かれた当然の摂理として真っすぐにカイトへと向かって行く。
カイトは向かってくる無数の弾丸の隙間を抜けていく。まるで針に糸を通すように、あるいは舞踊のようにとても自然で無駄のない動作。その動きは自然そのものであったが同時に無駄がないゆえにカイトだけがこの世界から隔絶され、彼の周囲だけ時間がゆっくりと流れているようにも錯覚してしまう。その場にいた誰もが眼を疑った。
地面の数か所に小さな砂埃が立つと同時に周囲は静寂に包まれた。そしてカイトは舞い終わったかのようにそこに佇んでいた。
「バカなっ!1発も当たってないのか!?」
「撃て撃て‼ハチの巣にしろ‼」
カイトは走り出す。弾丸がカイトの後について来るように次々に着弾する。銃を引き抜くことなく地上にいるチンピラたちの懐へと駆けていくと素手で敵を無力化していく。そしてチンピラたちから銃を奪うと倉庫の屋根の上で銃を構えるチンピラたちを撃つ。
殺しはしない。あくまでも無力化するだけ。急所は狙わない。
「何なんだ‼お前は!」
「教えてやる義理はない」
カイトは目の前のチンピラを殴って無力化する。しかしその時、カイトの足元に何かが落ちてきた。屋根の上から投げられたものだ。黒塗りのそれはサイズとしては野球ボールのような手でギリギリ握り込めることのできそうな、まさにボールのようなわかりやすい球体だった。
「逃げてっ‼」
アメリの叫び声が聞こえた次の瞬間にはその黒い球体は閃光を放ちながら爆音とともにカイトの足元で爆発した。
85式手榴弾。高い威力と生産コストの低さを持つその手榴弾はアーケイドではライセンスこそ必要ではあるが武器屋に行けば気軽に手に入れることのできる非常に危険な代物だ。この手榴弾の最大の特徴は人間を殺すことを目的としていないことだ。殺すのはもっと別の大きく強いもの。
つまり機械生命体を破壊するために作られた手榴弾なのだ。威力は奴らの金属装甲を吹き飛ばすには十分。そんな爆発を人間が食らったらどうなるのかなど口にせずともわかることだろう。人間に爆発物を投げつけるというのも非人道的だがこの85式はその最たるものと言えるかもしれない。
爆発によって生まれた黒煙がゆっくりと晴れていく。周囲にはかつて人間だったものが僅かに形を残して散らばっている。
アメリはただ見ていることしかできなかった。声を出そうとしても出なかった。駆け出そうとしても足が動かなかった。目の前で人間が吹き飛んだのだ。つい先ほどまで話していた人が。それは当然の反応だろう。ましてや幼い彼女にとってそのショックは計り知れない。
目の端から自然と涙が溢れる。それは悲しみか、怒りか、悔しさか。
しかしそれらを裏切るように黒煙の中から姿を現した者がいる。2本の足で立つそいつは自分の顔の前で腕を交差させ防御の姿勢を取っていた。
「ったく。やってくれる」
カイトは自らの手で黒煙を払った。その姿は四肢はもちろん、指の1本も失ってはいなかった。背負っていたリュックも吹き飛び服は焦げてボロボロになっているが空いた穴の中の隙間からネイビーカラーのプロテクトスーツが僅かに見えている。使い物にならなくなった服を引き裂いて脱ぎ捨てるとそこにはいつもの奇妙な格好のカイトの姿があった。
「本当に人間か!?」
「1度退くぞ‼急げ‼」
「あ、待てこら‼」
逃げ出すチンピラたちを追いかけようとしたカイトだったがその場に膝から崩れたアメリを見てチンピラたちよりもアメリを優先した。
「大丈夫か!?どこか当たったか!?」
アメリの顔、胴体、手足などを調べるが外傷はないように思える。あの銃撃に巻き込まれるようなことはなかったようだ。あの銃撃の中で1発でも弾に当たろうものなら生きてはいなかっただろう。最後の手榴弾の爆発にも巻き込まれていなくて良かった。あまりにも激しい銃撃だったためアメリは少し放心状態になっているのだろう。ひとまず無事でカイトは安堵する。
「しかし酷いことしやがる。仲間ごと吹き飛ばすなんて」
手榴弾の爆発を間近で受けて無事でいられる人間はいない。近くにいたチンピラも当然助かりはしなかった。敵はどうやらカイトが思っていた以上にとんでもないクソ野郎だったようだ。
「お前、何ともないの?怪我は?」
「大丈夫だ。ほら指だってちゃんと全部あるだろ?」
そう言ってアメリに手を見せる。言った通りどれ1つとして欠けている指はない。
「あんな爆発の近くにいたのにどうして・・・?」
「スーツのおかげだ。それより移動するぞ。1度立て直す」
カイトとアメリはひとまずその場を離れ、工場地帯から少し離れた2階建ての空き家への逃げ込んだ。背負っていた荷物は手榴弾の爆発により吹き飛んだため先ほどよりも身軽だ。空き家の2階からは先ほどまで彼らがいた工場地帯が少しだけ見える。ここでしばらく敵の動きを探ると同時に休憩するとしよう。
予定が狂った。敵に待ち伏せされているとは迂闊だった。人の気配はなかったがどこか遠くから見られていたのだろう。工場地帯には背の高い建物が多い。見晴らしは限りなく良い。建物を縫うように移動して見つかりにくくしてきたつもりだったがしっかりマークされていたようだ。この様子ではここも見つかっているかもしれない。
もうすぐ完全に日が暮れる。闇に紛れて見つかりづらくはなるがそれは敵も同じだ。この夜をどう過ごすのかがこの先の展開を決めるだろう。マグナ・マグナの残弾はマックス12発。まだ1度も使っていない分弾数はあるが残念ながら弾丸の補充はできない。そしてチンピラから奪った銃の残弾は5発。これが今カイトが持つ全てだ。相手に出来るのは数人。なかなかキツイ状況だ。最小限の装備で来たのは失敗だった。
銃を手に窓から外の様子を覗くカイトだったが、ふとアメリの方を見る。アメリは先程までの元気が嘘のように静かで心ここにあらずといった具合に放心状態だ。銃撃と爆発による精神的なショックのようなものかと思っていたがこの様子からするとそうではなさそうだ。おそらくさっきのチンピラたちのリーダだった女が原因だろう。
「さっきの女。知り合いか?」
「仲間なのよ。昔の」
「泥棒仲間か?」
「アメリ、3年前まで強盗団の一員だったのよ」
アメリは壁にもたれかかって膝を抱える。その様子がカイトにはまるで寒そうに、そしてどこか怯えているように見えた。カイトはもう1度窓の外を見て様子を確認すると銃をしまってアメリの隣に座った。
「嫌じゃなければ何があったのか話してくれないか」
「・・・よくある話なのよ」
アメリはそう言って話を始めた。小さな小さな世界で起きた与太話を。




