荷物の行方
荷物を盗んだ泥棒少女、もといアメリは悪疫街の崩壊した住宅街を歩いていた。
この住宅街は文字通り崩壊している。ここに存在する建物のほとんどが崩れて瓦礫の山のようになっているか、かろうじて形を保っているかのどちらかだ。なぜこうなったのか。「治安最悪の悪疫街だから」と言えば説明せずともなんとなく察しが付くだろう。しかしこんな瓦礫同然の状態でも雨風をしのげる。住めないわけではない。それにここほど隠れ家にうってつけの場所もそうない。建物のほとんどは無人。何もないので人も寄り付かない。
コソ泥がここに住み着くのは道理だった。
アメリはそんな物騒な場所を平気な顔をして堂々と歩く。背中にはリュックを背負っていて今回盗んだ獲物が大物であることを示していた。昨日、成果を得られなかっただけでなく、自分の銃を盗まれ返され挙句には盗んだ相手に追跡されていたという失態を犯したアメリにとって今回の獲物はそれをなかったことにできるほどのものだと期待に胸が高鳴っていた。
中身はまだ確認していない。まずは誰にも見つからないところでゆっくりと中身を確認するのだ。昨日のようにすぐに質屋に駆け込んで後を付けられていたらあの質屋は使えなくなる。同じ轍を踏む気はない。中身を確認し、価値のありそうなものは売り飛ばし、利用できそうなものは傍に置いておく。生きるための基本だ。
アメリは周囲を確認し、誰もついて来ていないことを確認するとそそくさと崩れた建物と建物の曲がる。
日の差さないその暗い瓦礫の陰でアメリは改めて人がいないことを確認するとリュックを下し、中身を確認し始めた。そこは決して安全な場所ではなかったが隠れ家に着く前にリュックの中身を確かめずにいられなかったのは彼女がまだ幼いが故の未熟さなのか、それとも成果に過度に期待を寄せていたからだろうか。
リュックの中身は携帯食料、よくわからない本、医療品の入ったポーチ、コンパス、少額の金。
「うーん、ちょっと微妙なのよさ」
金銭的な価値があるものは少ない。医療品は一見高そうに見えるが入っているのは別に貴重な薬品など絵はなく、軟膏や包帯などアーケイドの外周区でも手に入る程度の品物だ。ちょっとした怪我しか処置できない。売るよりは自分で使った方が価値のあるものと言えるだろう。アメリは少しズレたハンチング帽の位置を直すと他にも何かないかリュックの中を探す。
「ん?これ・・・」
アメリがリュックの奥底で何かを見つけたその時だった。
「おいガキぃ。いきなりでわりぃんだけどよぉその荷物、俺らに渡してくれねえか?」
振り向くとそこには3人の男たちが立っていた。悪疫街をうろつくチンピラだ。別に珍しいことじゃない。この悪疫街では力こそが絶対の証。欲しいものがあるのなら力で手に入れてしまえばいい。相手が子どもだろうが手に入れたものこそが所有者だ。
「うひゅひゅ良い子にしててくれたら。俺ら何もしないからさぁ」
男たちの1人、太った男が息を荒くしながら言う。状況は3対1。それも少女のアメリと巨漢の男たち。腕っぷしでは少女のアメリが適うはずもない。逆らえば命はないだろう。ここは大人しく荷物を渡してこの場を去った方が良い。たとえ今日の獲物がなくても明日がある。明日またどこからか盗んでくればいい。
それが賢明だった。
「はぁ?底辺負け組のクソザコに渡すわけないじゃん」
しかしアメリの選択はまったくの真逆だった。
「何も言わずに後ろから撃つなり刺すなりすればいいのにわざわざ声とか掛けちゃって?後ろから殺す度胸もないとかよわよわ~」
「このガキっ‼」
「どうせ自分より弱いヤツしか相手にしたことないんでしょ?子ども相手に鼻息荒くしちゃってさ。あ、近寄らないでくれるぅ?汗が飛んで臭いのがうつっちゃう」
アメリの男たちを煽る言葉は止まらない。それはまさに愚行という他ないだろう。男たちの怒りのボルテージが頂点に達するであろうその時、ここぞとばかりにアメリはバカにした表情で渾身の一言を言い放つ。
「ざぁ~こ♡」
「やっちまえ‼身ぐるみ剝いで売り飛ばしちまえ‼」
チンピラたちが刃物を取り出してアメリに向かって行く。それと同時にアメリもまた自身の脚のホルスターに収められた銃に手をかける。少女の小さな体には相応しくないほどに大きなその銃は日の当たらない陰の場所でもそれでもなお銀色に輝いている。アメリがチンピラたちの刃物の間合いに入るよりも素早く、3度大きな音が崩壊した住宅街に鳴り響いた。
消えた幻の銃。エレクトロ・ホーネット。
そこから発射される弾丸は火薬の爆発による加速に加え、銃に搭載された加速器によってさらに加速する。その弾速は普通の拳銃の域を優に超える。発射され加速された3発の弾丸はそれぞれチンピラの脚を正確に貫いた。
「ぐあああぁぁぁ‼」
地面に倒れた男たちは足に走る激痛に声を上げる。アメリはリュックを背負うと入っていた医療品をチンピラたちの前に捨てるように落とす。
「ぷぷー!子どもに負けてるとかホントザッコ―‼ま、弾は貫通してるだろうしせいぜいその医療キットで治したらぁ?」
アメリはチンピラたちを必要以上に煽ると余裕な態度でその場を去る。この程度のいざこざなどアメリからすれば何ということはなかった。エレクトロ・ホーネットがあればこの辺のチンピラなど取るに足らない存在だ。銃は剣よりも強し。ましてや銃すら持っていないような相手など何の脅威にもならない。
チンピラたちと遭遇した場所から離れたアメリだったが数ある瓦礫の山の曲がり角である少年に出会った。アメリは一瞬体を強張らせホルスターのエレクトロ・ホーネットに手をかけた。ダボッとしたパーカーにダボッとしたズボンを着た自分よりも背の高い年上の少年。
銃声を聞いて駆け付けたカイトだ。
「見つけたぞ」
アメリはエレクトロ・ホーネットを引き抜くと引き金を引く。銃口をカイトに向けてから引き金を引くまでのディレイがほぼない素早い射撃。さながら西部劇のガンマンのような早撃ちだった。1発の銃声が再び鳴り響く。しかし驚いた表情を見せたのはいきなり撃たれたカイトではなくアメリの方だった。
「なぁっ!?」
アメリの撃った銃弾はカイトには当たらなかったのだ。アメリとカイトの距離は互いに手を伸ばせば届くほどの超至近距離。しかしカイトは何食わぬ顔でゼロ距離から放たれた弾丸を最小限の動きで避けたのだ。普通の人間ができる動きではない。アメリが驚くのも無理はないだろう。
驚くアメリに対してカイトの方は平然としている。
「すごい早撃ちだな」
などと感想を言う始末である。
「けど1発は1発だ」
カイトはそう言うとアメリの頭に向かって容赦なくげんこつを落とす。
「あいったーー‼」
女の子には優しくしなさいと言われてきたが相手が発砲してきたのだからこれくらいの反撃があったとしても世間は許してくれるだろう。カイトのげんこつをくらったアメリは頭を抱える。しかしカイトはそんなことお構いなしに話を進める。
「さっきの3発の銃声はお前のだな。誰か撃ったのか?」
「そんなことオマエに関係ないのよ」
カイトはアメリの肩を掴むと彼女の目を見て訊く。
「殺したのか?」
「・・・チンピラに絡まれて足を撃っただけ。致命傷じゃないし医療キットもあげたし何ともないのよ」
アメリはカイトの真面目な気迫に押されたのか顔をそらしどこかバツが悪そうに言う。それを聞いたカイトは心底安心した。目の前の少女は間違いなく悪党だ。だがこれ以上罪を重ねて欲しくはなかった。他人であろうが出会ったばかりだろうが子どもが間違った方に進もうとしているのならそれを止めるのが年上の者の役目だろう。この秩序の欠けた街で過ごしていてもそれを忘れるほどカイトは腐ってはいない。
「そうか。偉い‼」
安心したカイトはそう言ってハンチング帽越しにアメリの頭を撫でた。この地獄のような街の中で誰かに救いを与えてあげられるアメリという少女は根は良い子なのかもしれない。
「はぁ?きもっ。勝手に触んないでくれる?何?ロリコン?」
「・・・・・」
前言撤回。やっぱりクソガキかもしれない。ま、まあ今のはカイトが悪かったと割り切るべきか。初対面同然の相手の頭を撫でるなど日本なら変質者として扱われる行為だ。相手が子どもならば猶更だ。どれだけイラついてもまだ笑顔で対応するのだ。見せるのだ。大人の余裕というやつを。
「でもそれはそれとして荷物は返してもらうぞ」
「これはアメリの獲物なのよ!!」
「それがないと困る人だっているんだ。お前だって銃を盗まれたら困るだろ?てか昨日痛い目見ただろ?」
「それでもこいつは渡せないのよ!!」
妙に強情だ。マグナ・マグナを盗んだ時も抵抗はしていたがその時よりも明らかに強情で荷物を手放そうとしない。それほどに価値のあるものがそのリュックの中に入っているのだろうか。食料、いや普通に考えて金品か。依頼者は金持ちのようには見えなかったしそれほどに価値を持っているとは思えないがアメリの必死な様子からして何かがあるのは間違いないようだ。
逃げ出そうとするアメリを捕まえカイトはリュックの中を漁る。リュックの中は携帯食料、本、コンパス、少額の金。どれも大した価値のあるものでも珍しいものでもない。しかしそれらとは別にリュックの中で唯一違和感のあるものを見つける。
それは小さな袋だった。