暴かれた悪意
小さな袋。どこにでもあるような小さな巾着袋で中身は見えない。大きさはカイトの手に収まる程度。別におかしなところはない。その袋が7つあり、何かを小分けにしているようであるという点を除けば。
嫌な予感がして巾着の中を確認した。そしてその予感は案の定、的中する。
巾着の中に入っていたのは折りたたまれた薬包紙だった。白い薬包紙はその中に同じく白い粉状の何かを包み込んでいる。この粉が何なのか正確な判断はカイトにはできない。しかしこれが薬だということはなんとなくわかる。そしてそれが「良い薬」ではないということも。
自分で服用する薬にしてはこんなに細かく小分けにしているのは妙だ。絶対におかしい。どこかに隠すために小分けにしているようにしか見えない。カイトは人生で初めて明確にドス黒い悪意に満ちたものを見つけてしまった。依頼人の正体は違法薬物の密売人だったのだ。とんでもないことだがアーケイドならあり得ない話ではない。危うく良いように使われるどころか犯罪の片棒を担がされるところだった。
「お前、これをどうするつもりだった?」
違法薬物はギャングの資金源になっていると聞く。それはつまりこのクソふざけた代物が取引次第で組織を成長させるほどの大金になるということだ。小分けにされてはいるが合わせるとかなりの量になる。悪疫街をうろつくただのコソ泥にとってこれは文字通り一攫千金のチャンス。この機を逃すはずがない。
「売りさばくつもりだったのか?」
良いヤツに見えても所詮はコソ泥か。善悪などどうでもいい。とにかく自分が生きるため、金のためならどんなことでもやる外道なのか。こんな小さな少女でさえもそうなのだろうか。カイトは自分で少女に聞いておきながら答えを聞くのが少しだけ怖かった。目の前の少女さえもそんな救えない人間だと思いたくなかった。失望したくないと思った。アメリは少しの沈黙の後に口を開く。
「そんなことしない‼そんなもの、なくなってしまえばいいの・・・」
激しく言い放つアメリだったがその言葉は段々と萎れていくように力がなくなっていく。この様子からすると過去に何かあったのかもしれない。どんなことかはわからないがまず間違いなく良い思い出ではないだろう。それにしても厄介なことになってきた。この薬物を中央警察に届けるのは簡単だがそれをするとカイトも密売人の仲間として問答無用で拘束されるだろう。「説明すれば何とかなる」と思うかもしれないが現実はそんなに甘くはない。
日本でもよく聞くだろう。「違法薬物は持っているだけで捕まる」と。それと同じだ。さらにそれが治安の悪いスラム街の人間ならば言葉の説得力は薄く、疑われるのは道理というものだ。言葉で解決できるならこの外周区はもっと平和なものだっただろう。
少々面倒くさいが依頼人もとい密売人とセットで中央警察に突き出せば何とかできるだろうか。
「見つけたぜぇ例のブツをよぉ」
声のする方へ振り向くとそこにはガラの悪い男たちがぞろぞろと集まっていた。銃声を聞きつけてきたのか。例のブツ、本来の取引相手ということか。カイトたちのいる路地裏を中心として人が集まっている気配を感じる。数は10人以上。かなり大きなグループのようだ。
カイトの頭のすぐ横を赤いレーザーのような線が伸びる。実在するレーザーの照射ではない。これはカイトの能力である唯一の未来による攻撃の予測線。予測線に割り当てられたカウントダウンが5秒を切っている。5秒後に攻撃が飛んでくる。おそらく銃撃だ。警告もなくいきなり発砲するつもりでいるあたり本当にド悪党といった感じがする。
唯一の未来の予測通り悪党の1人が銃を構えて迷わず発砲した。カイトはその銃弾を恐れることなく荷物とアメリを抱えて走り出す。銃弾が頭のすぐ横を通過していくが当たらないと分かっているなら恐れる必要はない。
「逃がすな‼」
表通りに出ると同じように複数人のチンピラが待ち構えていた。カイトは荷物とアメリを抱えたまま目の前のチンピラを蹴り飛ばして突破するとこの場から離れる。崩れた住宅街に怒号と銃声が鳴り響く。カイトは建物と建物の間を縫うように何度も道を変えながらチンピラたちから距離を取る。そしてしばらく走った後崩れた建物の物陰に息を潜めた。少しの間は静寂が訪れたがすぐにどたどたと複数人の足音と声が近づいてきた。しかしそれもすぐに遠くの方へと消えていった。
どうやら見失ってくれたらしい。
「厄介なことになっちまった」
「これからどうするのよさ?」
状況は全くもってカイトの言葉通りのものになってしまった。敵の狙いはこの荷物だが当然渡すことは出来ない。だがこのままでは悪疫街の外に逃げることもできない。このまま帰れば違法薬物所持の罪を被るどころか奴らを家まで連れてくることになりかねない。そうなった時どうなるか考えたくはない。
非常に危険で、不本意で強引だがこの状況を打破する方法は1つ。
「奴らを壊滅させる。やり返す気もなくなるくらい。徹底的に」
「お前正気なの!?相手は多分麻薬カルテルの一種、そこらのチンピラとは違うのよ!?」
「カルテルだろうがカラメルだろうがやるしかないさ。安心しろ巻き込んだりはしない」
カイトは荷物を背負うと表通りへと出て行く。通りにはやはりチンピラどもがうろついている。数は5人。大したことはない。カイトはチンピラに向かって走り出す。チンピラが撃つ銃弾を余裕で避けるとチンピラを殴り飛ばす。そこからは瞬く間の出来事だった。次に来る攻撃が全て見えているカイトにとって高度な知能と戦術を持つ機械生命体でもない人間の相手など取るに足らない。いや、それ以前に能力などなくてもただのチンピラと人間離れした身体能力を持つカイトとの間には決して埋まらない大きな差があった。
チンピラたちが次々と倒れる。死んではいない。全員脳震盪による気絶か負傷によって動けなくなっただけだ。
カイトは意識のあるチンピラの一人の胸ぐらを掴む。
「お前らどこのグループだ。名前は?拠点は?どれだけ人数がいる?」
「お前なんかに‼」
抵抗しようとするチンピラの顎カイトは銃を突きつける。レーザー銃マグナ・マグナ。機械生命体の金属装甲すら貫くその銃は人間の骨など簡単に溶かし穴をあけるだろう。その性能は人間に使うことがタブーな武器だと言える。
「抵抗すると自分のためにならないぞ」
「・・・名前はガゼル。拠点は西の方の廃棄された工場地帯だ。他のことは何も知らねえ‼」
所詮は下っ端というところだろうか。得られる情報はないのかもしれない。カイトはチンピラを殴って気絶させる。目指すべきは西の廃工場だ。そこにこいつらの拠点がある。そこへ行って奴らを叩く。そうすればこの一連の出来事を解決できるはずだ。
ただの荷物探しの依頼だったはずがとんでもない騒ぎに化けたものだ。中央警察はすぐには動かないし動けない。しかし運の良いことにカイトには自分で何とかできる力がある。正直うまくできるのか不安だ。カイトはスーパーヒーローではない。どれだけの力があっても心は所詮ただの少年だ。少年の妄想のような思い上がった挑戦だ。それでもやるしかあるまい。こんなクソ野郎どもを1秒でも長く放置しておく理由はない。
この唯一の未来の力がどうあるべきなのか。カイトの中では既に決まっている。




