泥棒少女
貧民街の道を走るその少女は笑っていた。頭に紺色のハンチング帽を被った少女の手にはレーザー銃であるマグナ・マグナが握られている。マグナ・マグナは世界に1つしかない世界最小のレーザー銃。この世界には本来存在しない銃であり、それを扱える人間は1人だけ。1つしかなく、1人にしか扱えないならば当然持ち主も1人。しかしその持ち主はこの少女ではない。
つまりこのマグナ・マグナは盗品だった。
うまくいった、と少女は笑う。少女は貧民街の建物と建物の隙間を縫うように何度も何度も道を変え複雑に移動していく。走り抜けていく先は治安の悪い貧民街の中でも特に酷い場所。そこは貧民街の住人はもちろん中央警察の兵士すら近づかない。
人々はそこを悪疫街と呼ぶ。住むのはギャングや闇商人など平気で法を犯す犯罪者たちや貧民街を生きられない力なき者たち。悪疫街に治安なんてものはない。人が死ぬのも建物が壊れるのも日常茶飯事。誰かの怒号が聞こえたと思えば次の瞬間には銃声が鳴り響いている。口を開くよりも先に引き金を引いているような力と姑息さが全ての最悪の場所だ。
少女はそんな悪疫街へと躊躇なく進む。そして路地裏へと入りボロボロの建物へと入った。
「おっちゃん‼これ売りたいんだけど‼」
少女はマグナ・マグナをカウンターに叩きつける。
「んぁ?」
カウンターの下から顔を出した髭面の店主は面倒くさそうにマグナ・マグナを手に取り状態を調べる。しばらく黙ってマグナ・マグナを触っていたが店主は呆れたように口を開いた。
「ああ、まあ300モンドってところか」
「はぁ!?見たとない奴が持ってた見たことない銃なんだからもっと価値あるでしょ!?」
「そうは言ってもなぁ。引き金も引けないし、マガジンも弾を入れる場所がない。こりゃおもちゃだ」
「そんな」
「どうする?買い取ることには買い取るが?」
少女は自分の成果物が思っていたよりも価値がなかったことにショックを受けた。変な格好をしている男から盗んだ銃だから価値があると思っていたのにまさかそれが今日の飯を食う金にすらならないという事実。肩透かしを食らったわけだ。しかし金にはなる。300モンドとはいえ金は金、受け取らない理由はない。
「じゃあ」
「ちょっと待った!」
少女が金を受け取ろうとしたその時、店のドアが開いた。
「いらないなら俺に譲ってくれないか?」
そこにいたのは変な格好をした少年だった。少女はそれを見た瞬間、心臓が飛び出てしまうそうなくらい驚愕した。その少年は少女が盗んだ銃の持ち主だったからだ。
「もう買い取った後だ」
「ならコイツと交換しよう」
少年はそう言って銀色の大口径の銃を見せる。少女は再び驚いて自分の足のホルスターを見た。少女のホルスターは空っぽだった。少女が少年の銃を盗むのと同時に少年もまた少女の持っていた銃を盗んでいたのだ。
「さあ、どうだ」
スリの技術は最初から持っていたわけではない。転生前のカイトはただの高校生。犯罪に加担したことなどないし、危ない思想を持っていたわけでもない。しかしアーケイドに住んでいると不思議と手癖が悪くなる。アーケイドで暮らしてから今日まで財布などを盗まれた回数は4回。そしてそれだけ盗まれれば彼らがどうやって物を盗んでいるのかがよく分かった。だからスリを防ぐのも逆にやり返すのも簡単なことだった。
マグナ・マグナを盗まれた時に本来ならばそれを防ぐべきだったのだがカイトも咄嗟に少女の銃を盗み返してしまった。トレードと言ってもいい。互いの悪事、それが今のこの状況を生んでいる。
「その銃はまさか、エレクトロ・ホーネット‼」
「これそんな名前なのか」
カイトの盗んだその銃は銀色のリボルバーだった。6発装填のリボルバーだがその銃身は太く大きい。誰もがイメージできるようなリボルバーの形ではない。そしてそれ故に重たい。ちょっとしたダンベルのようなずっしりとした重量は普通の拳銃とは違い発砲時の強烈な反動を抑えるためかわざと重たくされている。
エレクトロ・ホーネットという名前なだけあって銃の側面には蜂の姿が印字されている。
「アメリの銃返して‼」
少女がカイトに迫る。
「お前俺の銃売っただろうが‼それでどうなんだ。交換するのか?」
「もちろんだ!」
「だーめー‼おっちゃん300モンド返すからそれ返してぇ‼」
必死にエレクトロ・ホーネットに向かって手を伸ばすが少女の身長はカイトと比べると低すぎてカイトが腕を上にあげるだけで届かなくなる。つま先で立ち頑張って手を伸ばしてもカイトの手には届かない。まるでカイトが小さな子に意地悪しているような構図だが事の発端はこの少女が原因だ。
勝手に人の銃を売ったくせに自分の銃が売られそうになったらこの始末。カイトはその自分勝手な態度に
怒りを通り越して呆れの感情が前に出てきた。見たところ少女はカイトよりも数年は年下。子どもらしい態度といえばそうなのだろう。
外周区の治安の悪さに揉まれてきたカイトだが流石に子ども相手に酷いことをするほど落ちぶれてはいない。それにこれ以上キャンキャン騒がれても面倒くさい。大きくため息をつきながらもしっかりと大人の対応をする。
「おっさん、悪いんだけど金返すからそれ返してくれ」
そう言って店主にエレクトロ・ホーネットの銃口を向ける。
「鉛玉、食らいたくねえだろ?」
大人は大人でも子供には絶対に見せられない悪い部分での対応だ。この銃のことはよくわからないが価値あるもののようだ。確かに珍しい一品だ。カイトもこんな銃は外周区では見たことがなかった。見た目もキレイだし間違いなく貧民街製のガラクタの安物の銃ではない。そんじょそこらで手に入るような輸入品というわけでもない。
形状が違い過ぎる。
何より気になるのはやはりこの銃の特徴でもある太く重過ぎる銃身。発射する弾丸の大きさは見る限り特別大きいものというわけでもないようだがそれにしては過剰だ。発砲時の反動抑制だとしても一体何故こんなにも重たいのか。疑問が残る。
「早く返して!!」
カイトは押し付けられたマグナ·マグナをホルスター納める。そして西部劇のガンマンのようにエレクトロホーネットをくるりと回すと持ち手の方を向けて少女に返す。
「もう盗みとかするなよ」
「ふんっ!子どもに盗まれてるようなクソザコが指図しないでくれる?」
「クソザコに盗まれたお前はそれ以下だけどな」
この少女まるで反省していない。治安最悪の悪疫街に出入りしているだけあって性格が悪過ぎる。とりあえず次同じことがあったら容赦なくあの銃売り飛ばしてやろうとカイトは思った。そして改めて目の前の少女を見る。相手は悪疫街を行き来する10歳くらいの子ども。この歳で犯罪に手を染めなければ生きていけないほどの貧しい生活を強いられているのだろう。
果たして今日食べるものはあるのだろうか。
「ほら、やるよ」
カイトはそう言って持っていた携帯食料を渡した。銀色の袋に包装されたその携帯食料は長時間の依頼をこなす際の軽食、いざというときのための非常食だった。残念ながらおいしいものではない。味のしない硬めのスナック菓子のようなものだ。しかし腹は膨れる。どうせ活躍の場も少ないし、なくなっても問題はない。
「腹の足しにはなるだろ」
「は?子ども相手に善人気取り?きんもー。てかお金の方がうれしいんだけどぉ」
バカにしたようなその物言いにカイトは少しイラつきながらも少女に携帯食料を握らせると背を向ける。これ以上この少女と話していると間違いなくどこかのタイミングで手が出る。ここは大人として冷静に対処するのだ。今度は大人の良い部分を見せなければ。
「じゃあなクソガキ!」
最後の最後で少し感情が少し漏れてしまったがカイトはあくまでも冷静に立ち去る。カイトは夕日に照らされた悪疫街を抜け、いつもの貧民街へと戻っていくのだった。




