帰還
骸頭が撤退した後の戦場はとても静かだった。周囲には機械生命体たちの残骸が転がっていてどこか虚しさを感じる。まるで嵐の後の静けさ。台風が全てを壊していったかのようだった。カイトとヤミコはそれぞれ武器を納める。周囲の敵は殲滅済み、増援の気配もない。周囲に敵はいない。少年たちは初めて戦場を生き延びたのだ。
ようやく一息、と思いきやカイトは肩を掴まれる。
「さっきのは、何?」
「オゥマイガァ」
思わずネイティブ顔負けのオーマイガーが出てしまった。どうやら彼の戦いはまだ終わってはいなかったらしい。ヤンデレとは言い換えれば「どこでも戦場キット」だが今回はカイトにも多少の非があるようにも思える。ヤンデレ幼馴染の前で他の女の子の手を取り「君を守るよ」などとくっさいプロポーズのような台詞を吐けば殺意が向くのも当然だろう。
「ワタシ、ワルクナイヨ‼ただこう何と言いますか。男の子としての熱い友情的なサムシングがグッと来てガっとなったというわけでありまして」
カイトは早口で答える。ヤミコの様子を見たところ彼の寿命の秒読みはすでに始まっているのかもしれない。
「友情に答えようと思ったんですね。だから友情に答えたんです」
お前は何を言っているんだ。というツッコミが飛んできそうだが今のカイトにそれを捌き切る力はない。今の彼は焦りすぎて自分が何を言っているのか分かっていない。おめめグルグルのパニック状態なのだ。どうにかこの場を切り抜けたい。生きて帰りたいという生存本能で頭の半分が埋め尽くされているのだ。
ようやく敵を退けたというのに幼馴染に殺されるなど一体どんなバッドエンドだ。そんな鬱展開が許されていいのか。いいや許されていいはずがない。そんなことをすれば非難の嵐だ。むしろそうなってもらわなければ困る。
「言い訳は、終わった?」
「もうちょっと続けてもいい?」
「だめ」
「ははっ☆」
オワタ。もう助からないゾ♡という言葉が頭の中に明確に浮かんだ。後ろのハートマークがどうにもならない絶望感を表しているのがわかる。ハートマークはエロさと可愛さ以外の表現でも使えるものだったのか。カイトは初めて痛感した。しかし吞気にそんなことを痛感してる場合ではない。
「なんとか機嫌直してもらえませんかねぇ?」
「やだ」
「ぴえん」
即答されてしまった。そろそろ辞世の句でも考え始めようかと思っていたその時だった。カスミがカイトとヤミコに抱きつく。不意を突かれたカイトとヤミコは一体何事かと固まってしまう。
「2人とも助けに来てくれてありがとうございます」
カイトとヤミコは互いに見合うと笑った。
「当たり前だろ?」
「まだ利用する価値があるから助けただけ」
ヤミコは素直じゃない。カイトよりも早く出掛ける準備をしていたうえにマルタニへ向かうために列車に密航しようとした時は警備員を脅そうとしてまでも列車に乗ろうとした。そして最後には骸頭とも全力で戦った。全てカスミのためにやったことだろう。
カイトはそう思い「やれやれ」と息を吐いた。ヤミコは普段はただのヤバイやつだ。しかし何やかんやで根は良いやつだったりする。今のこの力も前世の徳の高さがあるからこそ。カイトがヤミコを嫌いになり切れないのはこういった憎めない一面があるからである。おかげで付かず離れずになってしまった。本当にカイトという男はダメな男である。
「帰ろうか」
カイトたちは歩き出す。
「もう疲れた」
「じゃあ帰ったらカスミちゃん印の特製スタミナカレーにするッス!!」
「やったぜ」
カイトたちは帰りの列車の中で発車までの時を待っていた。疲れてこそいたが残念なことに座席のある車両は中央警察の兵士たちが負傷者の待機場所として使っているため座れず、カイトたちは仕方なく列車の最後尾に連結された貨物車両に乗る羽目になった。床は硬い。だが乗せてもらえるだけ文句は言えない。
「ヤミコちゃん寝ちゃったッスね」
「まあ1番の功労者だからな。疲れたんだろ」
ヤミコはカイトの右肩に寄りかかって眠っている。骸頭との戦闘はヤミコとっても負担の大きなものだったということだ。今はしっかりと眠らせてやろう。
「骸頭の重量を感じさせないあの動き。あれは多分エーテル機構を搭載してるッス」
「エーテル機構?」
「電気エネルギーを使う部品と違ってエーテル、魔力を使って動く部品ッス。普通の部品よりも数倍の出力があるんスけど、構造の複雑さとか色んな理由で世にも珍しい一品ッス。まさか機械生命体も持っているなんて」
なるほど。それが骸頭の機動力の秘密か。エーテル機構などという未知の技術が使われているのなら常識では考えられないような動きができてもおかしくはない。さすがは他の機械生命体とは一線を画す上位個体と呼ばれる個体だ。この様子なら他にもカイトたちの予想を上回るような機能があってもおかしくはない。
「カイトさん。改めて助けに来てくれてありがとうございました。本当に嬉しかったッス」
「そんなに言わないでくれよ。何かムズムズするだろ」
こんな時にも謙虚な姿勢になってしまうのは小心者の日本人だからだろうか。しかし今回のカイトは誰がどう見てもお手柄だったのではないだろうか。中央警察の作戦に割って入ったのは事実だし、救えなかった命があったことも事実だろう。だが彼が1人でも多くの命を救ったことに変わりはなく、機械生命体を退けたのも事実である。それがどれだけ偉大で勇気ある行動だったのかは少し考えればわかることだ。
「でもどうして助けに?」
カスミとカイト、ヤミコの関係など所詮は居候。しかも突然転がり込んできただけ。普通に考えればかなり非常識のヤバい奴だ。彼らの関係はとても薄っぺらく浅い。本来であれば助ける理由なんてないのかもしれない。ましてや彼らがいたのはアーケイドの外周区。世間的にはスラム同然の地区だ。強盗、殺人、合法違法に関わらず何でも起こる。そんな野蛮な連中しかいない。まともな人間など誰もいない。薄情なやつなんてごろごろいる。なのにこんな危険な場所までやって来るのはバカか反吐が出るほどのお人好しだけだ。
「え?その説明いる?」
しかしカイトはあっさりと答えを出す。というよりも彼は最初から答えを出していた。
「仲間だし当然だろ?」
カイトにとって大切だったのは時間だけではなかった。どれだけ短い時間であろうともカスミは仲間だ。そう思えるのは心から語り合えたからだ。カスミの機械が好きという純粋な気持ち、優しさに触れたからこそカイトもまた偽ることなく心からの言葉で話した。例え共にいた時間が短くとも共に過ごし、結びついた心は簡単に解けはしない。結びついた心が互いを引き合わせる。そして引き合う限り、見捨てはしない。
友だから仲間だから助ける。ただそれだけのこと。
しかし『最大級』の答えだ。
「そんな難しく考えないでくれよ。困ってるやつを助ける便利屋?みたいなものだと思ってくれ」
カイトはきっとヒーローにはなれない。それだけの力もないし、この世界で生きていくにはヒーローという存在はあまりにも眩しすぎる。そして眩しいが故に生きにくいだろう。今のカイトにできるのはせいぜい自分の仲間を助ける程度のことだ。
「だからまあ、何ていうか。気にするな」
上手くまとめられないのが恥ずかしい。しかし仲間を想う気持ちは本物だ。
「ありがとうございます」
カスミはまた礼を言った。
「おい、お前ら少し話を」
「どうした?」
貨物車両の入り口で立ち止まった中央警察の兵士に対して同伴していた後ろの兵士が問う。
「いや、悪いが毛布を持ってきてくれ」
後ろの兵士が覗き込むと互いに寄りかかって眠る3人の少年と少女の姿があった。
「あれほどの戦闘だ。疲れたんだろう」
兵士たちは無理に少年たちを起こすことはなくそのまま引き返した。ゴツい装備をしているため怖い見た目だが意外と優しい。
カイトたちはその後、そのまま列車に揺られアーケイドへと帰還した。しかし目を覚ました彼らを待っていたのは兵士たちからの長ったらしいお説教だった。お咎めこそなかったがカイトとヤミコは列車への密航、作戦への乱入、戦闘行為についてカスミも戦闘に参加したことをしっかり怒られた。
兵士たちの先ほどまでの優しさはどこに、という感じだがこれもまた彼ら大人からの愛の鞭。カイトたちを想ってこそのもの。しっかり受け止めてもらおう。
ながーいお説教から解放されたカイトたちはようやく家に帰るとカスミ特製カレーを食べた。こうしてまたいつも通りの生活へと戻っていく。めでたしめでたし。・・・などと思ったのもつかの間。
ここで事件が発生した。
「あれ、ここにあった虫はどうした?」
カイトが言っているのはマルタニに向かう前、ヤミコが買ってきた名前がやたら長くて覚えにくいクソでかサソリのことである。明日にでも土に還して処理しようと思いとりあえず蓋つきゴミ箱の上に置いておいたのだがそれが無くなっている。
「それならカレーの中に入れたッスよ?」
「え?」
「え?」
この後、全員体調不良になった。仕事は3日ほど休みになった。




