一方その頃
カスミがマルタニ鉱山で働いているであろうその頃、アーケイドで留守番中のカイトとヤミコは家の食卓に向かい合って座っていた。二人の間の食卓には謎の生き物の死骸が乗っている。
「なんだ、これは」
「カラクロスガタカタサソリ。学名カラスガタカラカタンタラカンタラサソリ」
「?????」
頭の中にははてなマークがいっぱい。もう1度同じことを言われても恐らく何も理解できないだろう。
わかることは「か」と「た」と「ら」がたくさんついているということだけだ。
さてそんなカラダ、カラスガラ・・・カタカタサソリの見た目だがサソリというだけあって黒く光る6本の足と両手の大きなはさみ、そして最大の特徴である尻尾がある。見た目は間違いなくサソリだ。しかしその大きさは明らかに普通のサソリよりも大きい。サソリも大きいものは20センチ以上になるそうだがテーブルに乗っかっているそのサソリはそれよりも大きい。
サイズ的には小型犬さえも襲って食べてしまいそうなくらいには大きく、ただのサソリではなくモンスターの部類であるのがわかる。
「で、これは一体何なの?」
「市場で売ってたから買ってきたの」
「絶対ゲテモノばっかり売ってるタイプのヤバい露店で買ってきただろ」
おそらく平気で瓶詰めのハブを置いていたり原型を留めたままのカエルとかを吊り下げている店だろう。残念だがアーケイドではそういった店も珍しくない。日本、沖縄の市場にはなかなかお目にかかれない珍しい食材がずらりと並んでいる。しかし異世界、アーケイドにはそれさえ霞むほど嫌がらせとさえ思えるほどのゲテモノ食材が普通に並んでいることがあるのだ。
この巨大なサソリはその最たる例だろう。
「なんで買ってきたの?え?本当になんで買ってきたの?」
カイトからは困惑しすぎてそれ以外の言葉が出てこない。このゲテモノを一体どうしろというのだろうか。伊勢海老のようなロブスター的なものだったなら伊勢海老を食べたことのないカイトも喜んで食べるだろう。しかし目の前にあるのはサソリ。サソリは食べられるらしいがこんなものを食べているのは体当たり系番組に出演するアイドルか昔のAKB48くらいのものだ。
「最高に精力剤」
「あー」
こんな短いやり取りでこれを買ってきた真意がなんとなくわかってしまうのが悲しい。カイトはあまりこの手のものには詳しくないが確かにマムシとか訳のわからないものが材料になっているというイメージはなんとなくあった。しかしこんなグロテスクな見た目の虫なのかカニの仲間なのかすら判別しにくいキモいもので元気になれるとは思えない。というかこんなもので元気になりたくはない。
「今すぐ土に返してきなさい」
こんなものどうやって食べろというのか。サソリは小さいからこそ多少キモくても「ま、まあ食べられるか?」と錯乱できるのであって大きかったら錯乱するまでもなく食べられないという結論しか出ない。素揚げにしてバリバリ食うわけにもいかないし、おそらくこういうものは本来は食材というよりも薬剤師とかが薬を作るために使う材料なのだろう。
カイトはカラッカラになっている巨大サソリの死骸をテーブルから下ろす。こんなものが食卓の上にあってはいけないのだ。ヤミコといると苦労が耐えない。
(カスミ、早く帰ってきてくれ)
口に出して言うことはない。そんなことをしてしまったらきっと今日が命日になる。だからカイトは頭の中でカスミのことを考える。きっと今頃、立派に技術者としての仕事をこなしているのだろう。同世代の少女にしては本当に立派なものだ。技術があって、真面目に働いてカイトたちに住処まで提供してくれて頭が上がらない。だがそのうえでカイトは切に願う。
(早く帰ってきてください)
「ねえ、どうして私が目の前にいるのに他の子のことを考えてるの?」
「こっわ」
そんなに顔には出ていなかったはずだがそれさえも看破されてしまうというのか。ヤンデレというのは好きな人が相手ならエスパーにさえなることができるらしい。こう簡単に心の中を見破られてはおちおち考え事もできやしない。
「あの女、ちょっと胸が大きいからって」
「いや胸のデカさは関係ないけど」
確かに大きい。ついつい目が行きそうになることもないわけではない。だがそれはそれだ。例えカスミ体型がイタ娘スラリーボーディーだったとしてもカイトがカスミに向ける心と目は同じ。友達、仲間、同居人。カスミという少女はカイトにとってそんな存在だ。身体的特徴で優劣をつけるなんてありえない。
「誑かされたの!?そうなのね!?」
ヒートアップするカスミからの威圧にカイトが生命的な危機を感じ始めたその時だった。
「おーい!誰かいるかー!?」
店の方で誰かが読んでいる声が聞こえた。
「あ、お客さんだ」
グッドタイミングで客が来た。この場を離れる良い口実だ。カイトは目を泳がせながら店の方へと向かう。カイトたちが住む住居スペースと工房と店は繋がっていてすぐに店に向かうことができる。しかしカイトは住居スペースから外に出て裏手からぐるりと少し遠回りして店の前に出た。カスミのいない数日間は店は休みだ。それ故に店にはシャッターが降りている。
それでも客が来たということはおそらく営業日だと勘違いして来たのだろう。
店の前にはカスミと同じような薄汚れた格好の男が立っていた。おそらく機械技師だろう。
「悪い。うち今日は休みなんだ」
「そんな事じゃねえ‼お前何も聞いてないのか!?」
男からの返答はカイトの予想していたものとは違った。なにやら焦っているようだ。
「なんかあったのか?」
「マルタニ鉱山が機械生命体に襲撃されて占拠されたらしい‼」
心臓を掴まれたかのような感覚だった。
「ど、どういうことだ!?いやそれよりもどういう状況なんだ‼」
カイトは思わず男に掴みかかった。男は驚いたような様子で続ける。
「く、詳しいことはわからん。だが、被害は小さくないらしい。中央警察も動き始めてる」
中央警察。いわゆるアーケイドという都市が所有する軍隊が動き始めているということはすなわち政府が動いているということ。そしてこの都市のトップの組織が動いているということは自体はかなり悪い方向に動いているということだ。カイトの脳裏にカスミの顔がよぎった。
(こんな形でお別れなんてゴメンだぞ)
カイトはすぐに家の中に戻った。
「ヤミコ‼出かける準備だ‼」
「もう出来てる」
ヤミコは静かにグローブを手に馴染ませるように指を動かしていた。その格好はすでに戦うための姿へと変わっていた。
そして小さく呟いた。
「あの女にこのまま死なれたら目覚めが悪い」
準備が早いのはカスミのことが嫌いでも住処をくれたり、良くしてくれたことにヤミコなりに少なからず恩義を感じているということだろう。カイトはプロテクトスーツを着て、レーザー銃、マグナ・マグナとインパクトマグナムをそれぞれホルスターに突っ込み、ナイフを腰の鞘に入れると自分のトレードマークなりつつある万能ゴーグルを頭に装着する。
2人は家を飛び出して列車へと向かう。
(無事でいてくれよ。今助けに行くから)